最終話 世界一、あきらめの悪い男
「だから、お前たちはもう……行け!!」
久我のその声にセリスの迷いが消える。意を決して詠唱を始め、魔法陣が咲く。四海、エミリー、アルヴィン、セリスが次々に光に包まれていく。
「久我さん──!!」
四海が叫んだ。
久我はその声で思い出す。彼女は昔、自分が救った少女であることを。ならば、言葉はいらない。ただひとつ、背中越しに右手をあげた。
──それだけで十分だった。
眩い光が一斉に咲き、彼らの姿が、機内から消えた。
久我は誰もいなくなった機内で、なお渉を探し続ける。ドラゴン衝突までに残された時間は1分もないだろう。闇雲に探している時間はない。
「……泣いてたよな」
久我は呟き、聴覚に全神経を集中する。
そして微かに聞こえる、鼻をすするような音。久我はその音を頼りに、機体後方の一角──トイレのドアに手をかけた。
「大丈夫だ、俺は味方だ。開けるぞ」
ゆっくりと、ドアを引いたその先には毛布にくるまった、小さな影。泣き腫らした目の少年が、顔を上げた。
「……正義の味方の……おじちゃん……?」
「……無事か、怪我はないか?」
四海渉はこくりと頷いた。
「僕、嘘ついてたんです。あの人は本当のお母さんじゃなくて……そうすれば、施設から出られるって聞いたから」
時間がない中、渉の独白を聞いているのはもどかしかったが、全部話させないと落ち着かない事を久我は経験上知っていた。
「それで、みんなが、すごく怒っていて……施設を思い出して……僕も嘘つくって悪いことしてるから、怒られると思って怖くて、隠れたら……いつの間にか、寝ちゃってて……」
「もう大丈夫だ、正義の味方が助けに来たからな」
久我は渉の頭を撫でた。
その直後──機体全体が、突風に巻かれたように激しく揺れ渉が悲鳴をあげる。魔法防御壁が壊れ、ドラゴンの火球が機体に当たり始めているのかもしれない。
「しっかりつかまって目を瞑るんだ、渉。良いというまで決して開けちゃだめだぞ」
久我はそう言って渉を背負う。外から、竜の唸りのような低い音。火球が炸裂する音が遠く響いた。
それでも、機体は止まらない。まるで、何かに導かれているかのように、一直線に空を切り裂き、ドラゴンへと迫っていく。
ダグの最後まで優秀だった。あらゆるエラーを無視して、とにかく竜へ衝突するようにオートパイロットを設定していた。
「あのオタクの信頼に応えなきゃ、勇者じゃないよな」
機体はボロボロだった。外装は裂け、配線がむき出しになり、気流が吹き荒れている。久我は周囲に目を走らせた。
「脱出装置、パラシュート……どこだ……」
安全マニュアルを記憶から呼び起こし、コックピット側へ向かう。
そして、見つけた。
補助席脇のロッカーが開いており、内部には畳まれた非常用パラシュートが一つだけ、転がっていた。
よし、間に合う!
久我はそれを掴もうと、手を伸ばした──
「……ああ、惜しいな」
低く、くぐもった声が背後から聞こえた。ハッとして振り返った瞬間、磔にされたはずのネクレムの指先が、わずかに動いた。その手から、黒炎のような魔力の火種が漏れ出し、パラシュートに触れる。
瞬時に、炎がパラシュートを包み、燃え尽きていく。
「──ッ!!」
久我は声にならない叫びをあげる。
ネクレムは今日、最高の笑顔を見せる。
「……今度こそさよならだ、勇者よ」
久我の目が、怒りに染まる。渉が背中で小さく震えた。
「……クソッ!」
焼け落ちるパラシュートを前に、久我は拳を握り締めた。渉の震える背中を感じる。
方法は必ずある。罪のない小さな命を背負ったまま、諦めてたまるか。
「……俺はな……」
思わず口に出ていた。
「世界一、不運で……世界一、あきらめの悪い男なんだよ」
絶望的状況は、何度もあった。
それでも、いつも“ギリギリ”を生き延びてきた。
なぜなら、久我は備えるから。
そう、こんな時のための備えがあったはずだ。
久我の目に光が再度灯る。そのとき、ふと脳裏に浮かんだのは、“無駄”だと笑われた自分の習慣だった。
「……あれだ!」
久我は渉を背負い直し、燃えるパラシュートを横目に客席中央へと全力で駆け戻った。
風が吹き込み、破損した座席を飛び越え、床板のきしむ音の中──
彼の席。
その頭上の手荷物入れを、強引にこじ開ける。
──あった。
黒いケース。私物ラベル。金属バックル。久我は取り出しながら、小さく笑った。
「重たすぎて皆に馬鹿にされるが、俺は……いつもこれだけは、持ち込んでる」
個人所有の高高度対応型パラシュート。カスタムモデル。展開高度自動検知式。
これが、今、命を繋ぐ唯一の手段だった。
「渉、まだ目を開けちゃダメだぞ」
機体側面、破損したパネルの先。そこには、どこまでも広がる混沌の空。そして、眼前には、竜──ドラゴンが火球を構え、こちらを睨みつけていた。
機体は、もうぶつかる寸前だ。止まらない。導かれている。
「異世界招待のお礼だ。熱いハグを受け取れ、クソドラゴン」
久我はそう吐き捨て、風を瞬時に読んだ。渉の体を支え、片手でバックルを固定し──
「──行くぞッ!!」
身体を躍らせて、空へ飛び出す。風圧が肌を裂き、渉の悲鳴が耳を突く。
そして──爆音。
後方で、雷鳴のような轟きが空を揺るがせた。
久我が空中で振り返った先には──巨大な火球の中、突っ込んでいく機体の残影ドラゴンの巨体が、炎に呑まれ、砕けていく光景だった。
@Chaos 名もなき平原
「──久我、おい、ヒーロー! 応答しろ!!」
ダグは叫んでいた。
転送の直後、全員の姿はそろっていた。全員が全員、満身創痍ではあるが。
「繋がれ……頼むから繋がってくれ……ッ!」
転送装置からは、ノイズ混じりの信号が繰り返されていた。
「……ピ──……ご……あ……ッ」
雑音の合間に、かすかな“声”。誰かが、息を吐くように返した。
『……こっちは……無事だ……子供も一緒にいる……』
その言葉を確認した瞬間──
「よっしゃあああああああああああッ!!!」
ダグが天を仰いで叫び、他の面々もそれに続いて歓声を上げた。エミリーがこっそりと目元を拭い、四海はわずかに微笑んだ。
「……生きてた」
セリスも、静かに息を吐いた。
しばらくした後、合流ポイントにふらりと現れた久我と渉の姿に、誰もが駆け寄った。何も言わずに、ただ拍手が沸き起こった。
その輪が少し落ち着いたころ。セリスが、すっと前に出て、言った。
「──さぁ次はいよいよ本丸の魔王ですね」
その声に、皆が思わず沈黙する。
誰もが忘れかけていた“次なる戦い”。
だが、それは確かに、ここから始まる。
混沌の世界、Chaos。
召喚された勇者、久我悟空。
そして、その勇敢なる仲間達。
物語は、ここでひとつの幕を閉じ──次の、扉が開くのを待っている。
『Flight to Chaos ~スカイマーシャルが勇者になった日~』
<了>
完結までお読みいただきありがとうございます。
異世界転移ものでは転移は早く済ませるのがセオリーですが、転移するまでの経緯だけで一本長編書いても、面白いものができるんだぞという逆張りで書きました。
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今の所、続編を書く予定はあまりないですが、たくさんのご要望があれば続編も書くかもしれません(笑)




