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第23話 勇者の矜持、警官の信念

@機内 エコノミークラス 機体破損部(大穴)付近


「──来るッ!」


 誰かが叫ぶよりも早く、空から赤熱の閃光が降ってきた。機体後方、開いた破口の向こう──空に浮かぶドラゴンが、咆哮とともに、巨大な火球を口から吐き出したのだ。


 灼熱の炎塊が、流星のように機体へ直進する。


「避けられない──!」


 その瞬間、セリスが立ち上がった。両手を空へ掲げ、詠唱を短く紡ぐ。


「術式展開──マギア・ドーム・シールドッ!」


 光が弾け、機体周囲に半球状の障壁が展開された。


 火球が衝突──


 大型肉食獣の咆哮のような空気が砕ける音が響き、光の壁がきしむ。セレスの鼻腔から血が流れる。


「っぐ……!」


「魔力を使いすぎだっ! 死ぬぞ」


 アルヴィンはセリスを支えながら叫ぶ。

 

「何もしなくても皆死んじゃう!」


 セリスは大きく首を振って、唇を噛んだ。


「でも……もう今ので本当に限界かも」


 久我は立ち上がり、手の中の聖剣を見た。


 状況を打開する鍵はコイツだ。だが──


「……重い……!」


 その剣は、人の意志を試すようにずっしりと腕に沈み込んでいた。


「“勇者の振るう聖剣であれば、魔族を討てる”──そう伝承されています」


 期待と羨望と嫉妬が入り混じった視線を久我に向けて、アルヴィンは言う。


「じゃあ……」


 久我は剣を引き絞り、真正面からネクレム──魔族リザードロードに突進した。


 だが──


 刃が振り抜けるより前に、相手の腕が返ってくる。久我はこんなに大きな刃物を扱う訓練を受けていない。大剣は現代戦術ではありえない武器だ。


「く……速い……!」


 剣が重い。体が剣に振り回される。精神は最早完全に勇者だ。だが、それに体が追いついていない。気持ちばかりが空回る。

 そんな場合ではないが、警察学校時代を久我は一瞬思い出していた。


『焦るな。焦ってスタンドプレーをすれば善良な市民が死ぬぞ。警察は組織だ。仲間を頼れ』


 教官の声がフラッシュバックする。


 久我は素早く周りを見渡した。今も――いる。

 頼れる仲間が。


「誰か……! 奴の動きを止めてくれ!!」


 久我の叫びに、後方から涼しげな関西弁が返った。


「──ほな、ええもんあったわ」


 振り向けば、ギャレーの天井収納から半身を出したエイミーがいた。


 彼女の手には──


「航空保安庁の最新モデル、|電磁粘着式多関節拘束銃《G10-Custom》」や」


 銀と黒のフレームに包まれた、異様にメカニカルな銃が構えられる。


「忍法……粘雷縛ねんらいばく!」


 エイミーが気持ちよさそうにそう叫び、狙いすました一射がネクレムの下へ向かう。

 ネクレムはその体躯に似合わぬ俊敏な動きでそれを避けたかに見えた。


「忍法、舐めたらあかんで!」


 エイミーの叫びに呼応するように、特殊弾はネクレムを追尾した。弾が展開し細く光るケーブルがネクレムに吸い寄せられ、全身に爆縮するように纏わりついた。

 リニアモーターカーの推進力以上の電磁力がネクレムを拘束する。


「――人間風情が!」


 ネクレムが憎悪の籠った人間の声とは思えぬ低い声で叫ぶが、科学の網からは逃れることができない。


 ネクレムの動きが止まった。久我の目に、光が戻る。


「……今だ!──ここで、終わらせる!!」


 久我は咆哮とともに聖剣を構え直す。拘束銃で動きを封じられたネクレムは、それでも驚異的な膂力で腕だけは拘束から逃れ、激しく吠えながら反撃の爪を振るう。


 それでも、久我の踏み込みは止まらなかった。


──それはまるで、聖剣そのものが意志を持ったかのように。


 ネクレムの胸元を深々と貫いた。


「──ッ、グ、アァア……ッ!」


 苦し気なうめき声と共いぐらりと上体を仰け反らせるネクレム。だが、倒れない。鱗に亀裂が走り、魔力の波動が乱れても、しぶとくまだ生きている。


「防御障壁……もう、持ちません……!」


 セリスの声が震える。


 危機はまったくもって去っていない。大穴の向こうの大空で、ドラゴンの第二射準備が始まっていた。火球の魔力が溜まり、空気が震えている。

 あまりに非現実的過ぎて、久我の思考は明後日の方向へと向かう。


 異世界も空は青いんだな……そうだ、異世界!


「こっち側に来たんだ。あんたのテレポート、距離は伸びないのか!?」


 久我はネクレムを突き刺した体勢のまま、セレスに聞いた。


「伸ばせます……だけど、魔力がもう……」


 セリスは悔しそうに目を伏せる。


「俺の魔力を使ってくれ。全員一斉に1回くらいなら、賄えるだろ?」


 アルヴィンがセリスを支えてそう言った。セリスは何か言おうとしたが、ぐっと飲み込み頷いた。魔力を渡すということは、それだけ危険なことなのだ。

 久我はそれを察したが、背に腹は代えられない。見なかったことにする。


「よし、俺が合図したら、全員まとめて安全な場所へ飛ばせ!」


「了解です──!」


 久我は決死の作戦を決行しようとしていた。ダグへと通信を切り替える。


「ダグ、ドラゴンの位置は?」


『距離1500、角度12度下、目と鼻の先だ。いつでもハグできるぞ』


「そうだな、じゃあハグしよう。オートパイロット、衝突コースに入れてくれ」


『りょうか……今なんつった?』


「時間がない。俺を信じろ」


 久我は、ダグの返事を待たずに聖剣をしっかりと握り直す。いまだ呻き続けるネクレムの胸に、深く突き刺さったままの剣。


 この剣は、皆でつないだ意志だ。ならば……やれるはず!


「お前も、ドラゴンもまとめてお払い箱だ!」


 久我は渾身の力を込めて、ネクレムの巨体を押しながら機体前方へと走った。座席を巻き込みながら、終点、コックピットまで到達する。

 その開かずの扉に、ネクレムの身体ごと聖剣を突き刺した。銃撃や爆破にも耐えうる強固な素材。正当な開け方でなければ、絶対に開かないよう設計された扉に、聖剣の刃が根元まで深く食い込む。


「──お前が開けたくなかった扉。一緒に往生しろ」


 ネクレムはうめきながら、なお身体をよじらせようとする。だが、動けない。ネクレムの目的を達成するために閉じた絶対不可侵の扉が、皮肉なことにネクレムの体を拘束する磔の土台としてしっかりと機能していた。


 久我は振り返り、セレスへ合図を送ろうとしたそのとき──機内の奥から子供の泣き声が、微かに響いた。


 久我の表情が、ぐらりと揺れる。全乗客の転送は完了していたはず。


「まさか──まだ誰か、残って──!? 人物を認識できなければ転送できません!」


 セリスが叫ぶ。


 そして久我は思い出した。渉―四海の息子を演じていた子供が転送されていないことを。

 機体は、ドラゴンへの衝突コースを一直線に走っている。今ここで、転移を開始してしまえば、渉は取り残される。


「──俺以外を、転送しろ」


 久我は静かに告げた。


「は……?」


「いいから早く。全員だ。俺を除いて」


 セリスは凍りついたように立ち尽くす。風が吹き抜け、崩れた機内がきしむ。その中で、久我は振り返らない。


「無理です……!」


セリスの声が震える。


「あなたは“鍵”です! 勇者です! あなたを置いて、誰がこの先の混沌に抗うというのです……!?」


「ははははは!! やはり、世界は我々に微笑む。最早、頂点に立てぬとも、愚かな理想と共に死んでいく勇者を見ることができるのなら、それもまた一興だ」


 ネクレムの負け惜しみが機内に響き渡るが、久我は無視をする。それどころではない。

 久我は、足早に歩きながら──探していた。さっき聞こえた、小さな泣き声の主を。その姿を見つける前に、迷いは一切捨てておく必要があった。


「……勇者はな」


 彼は、一瞬だけセレスを見た。その顔には微笑も絶望もなかった。ただ──“信念”だけがあった。


「全員救うんだよ。安心しろ、俺も含めて全員だ」


 根拠はない。ただ、沸き上がる自信だけがそこにあった。



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