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第2話 警報:カテゴリーA発令

@警視庁東京国際空港テロ対処部隊(空テロ) 執務室

 

「カテゴリーAだと!?」


 管制塔の一室。空テロの執務室兼会議室で部隊長の松永警視は、出勤するや否や端末に表示される警報を見て思わず叫んだ。今日は日本の自衛隊と米軍の合同演習があって少し厄介だなと呑気に思っていた思考が一気に吹き飛ぶ。

 

 部下達が一斉に松永へと視線を向ける。


 空調はやや強めに設定されているが、朝の湿気がわずかにこもり、室内はぬるく感じた。

 緊張からか、額に滲む汗を袖で拭う者もいる。モニターに映る青白い警告灯が、部屋中に不気味な色を投げかけていた。


 スクランブルにより大慌てで出勤した者、夜勤明けの者など、午前5時半のため、まだ眠気があったが一気に覚めた。

 各国家機関及び民間会社間で要注意人物情報を共有するシステムが、カテゴリーAという最大限に警戒すべき警報アラームを出している。

 これで眠気が覚めない者は空テロには向いていない。


 旅客機は言わば空飛ぶ大きな密室であり、犯罪があると全乗客が危険に晒される上、ハイジャック≒大量破壊兵器にも成りうる事は過去の経験から世界は学んでいる。


 そのため、実行犯となるリスクが高い人物の搭乗情報は、共通のシステムで広く且つ迅速に各所で共有している。

 その警報は危険度によりカテゴリー分けされていて、Aは超危険人物、重大なテロを起こす可能性の高い人物であり、いわば、国難、いや世界秩序の危機である。


「搭乗する機は特定できているのか?」

「本日発の合衆国行き便のいずれかとしか」

「50便はあるな。人物の詳細は?」

「年齢、性別、容姿など一切不明。何者かが搭乗するという情報しか取得できていないようです」

「既に離陸した便はあるのか?」

「ありませんが、離陸準備している便がひとつあります」

「その便にSM(スカイマーシャル)は手配できているのか?」

「できていません。搭乗手続き後の警報発令だったので」

「他に有力情報は無いか?」

「SSIM経由のCIQ照会では該当者なし。現在、DPAXと照合中ですが、タイムラグの可能性も」

「空港警備隊には先行連絡済み。デルタチェック体制に移行しました」



 矢継ぎ早に放たれる松永からの質問に部下達が間髪入れずに簡潔に答えていく。

 国防の最前線、空テロに所属する警察官はエリート揃いだ。


 だが、焦りは言葉よりも空気の速度で伝播する。キーボードを叩く音と、定期的に鳴るアラームの電子音が、やけに耳についた。


 部下のレスポンスには何の不満もなかったが、松永は内心イラついていた。

 要注意人物情報がファジーであるのは、いつもの事だ。そもそも最大級の機密情報であるし、国家間のバランスなど複雑な問題が絡むからだ。

 それに加えて犯罪者も馬鹿ではない。「犯罪の重大さ」と「身分やその行動を秘匿する手口の高度さ」は比例関係となるのが通常である。


 普段共有される事の多いカテゴリーC以下の情報であれば、判明は数日前で対応に準備期間が十分ある。しかし、カテゴリーAに限って当日の朝に判明するというこのジレンマ。

 何より十数年、空テロに所属している松永もカテゴリーAに遭遇するのは初だ。


 松永は平常心を取り戻すため普段、多用しているユーモアを取り入れる事にした。

 過度な緊張は重大なミスを誘発し、判断を鈍らせる。カテゴリーAだろうがEだろうがやる事は同じだ。機内の平和を維持すれば良い。と松永は腹をくくった。


「よし、佐藤。お前、歌がプロ級に上手かったろ。その便で何曲か歌って時間を稼げ」


 ひときわ優秀だと松永が評価している部下の佐藤に冗談を飛ばす。佐藤はその意図を瞬時に理解した。


「僕はバーチャルアイドルなんで、ガワが無いとステージには立てませんよ。隊長がパパになってください」


 そのやり取りで空テロ内の触れたら切れそうな緊張が少しだけ緩和される。松永はその結果に頷いた。佐藤の言っていることはよく分からなかったが、それは些細な問題だ。

 佐藤もそれは気にしていないようで指で眼鏡の位置を調整すると淡々と続けた。


「隊長、お得意様からリクエストが届いています。ライブはまた今度ですね」


 松永は端末で各省庁からの緊急要望を確認する。


「待機中の便を早く離陸させろ、か。国交省は分かるがなぜ経産省からも要望が出るんだ?」

「経団連のVIPでも乗っているんじゃないでしょうか。どうします、隊長」


 要注意人物情報が発令された該当機は警察の許可無く離陸することはできない。


 松永の思考がジェットエンジンのごとく高速で回転する。

 リスクはできるだけ排除したいが、旅客機の運行を遅延・キャンセルさせれば大きな損失になる事は痛いほど分かってはいる。


 確度が低いファジーな情報で、乗客ひいては国民を過度な不安に陥れる事を避けたいのもよく分かる。近年の感染症対策でそのネガティブな効果を世界は痛感していた。

 

「当該機のDPAX(乗客名簿)を見せてくれ」


 データオブパッセンジャー、略してDPAX(ディーパックス)には、氏名、性別、年齢、顔写真、職業、機内での注文履歴や対応注意事項など様々な個人情報が載っていて、要注意人物情報と同様に各所共通で使用するデータベースだ。


 松永をそれを凄まじいスピードで閲覧していく。松永は東大卒のキャリア組で、情報処理能力は警察組織の中でもトップクラスだ。そうでなければ、この隊のおさは務められない。

 30秒も経たないうちに、松永は何人か気になる人物をピックアップした。更に信頼を置く部下の名前を見つけて、『やっぱりあいつはそういう宿命か』と感心にも似た感情が湧き出てきた。


「離陸許可を出せ」

「了解」

「安定飛行に入ったら、機長と直接話したい。つないでくれ」


 その決定に不服を申し出るものはいない。

 しかし、その指示は珍しいものであったので部下達は少しだけ戸惑っていた。


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