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第17話 忍と影、そして鍵

本エピソード、17話を飛ばして18話が投稿されていました。大変失礼しました。

@機内 エコノミークラス 客席後方



 スコットまたの名をケヴィン、そしてそのChaosでの真名ネクレムは、機内後方の窓際席に座ったまま、腕を組み、静かに目を閉じていた。

一見すると、長時間フライトに疲れたビジネスマンのようにも見える。だがその胸中では、今まさに複数の“計画”が絡み合っていた。


 Chaosとの接続は進んでいる。ゲートが近づき魔力は機体全体に満ち始めた。干渉率は七割を超えたはずだ。勇者の召喚が現実味を帯びてきて、魔王としては由々しき事態だろう。


「──順調だ。今のところはな」


 魔王サイド幹部である彼は何故か、そう呟いた。そして、それは負け惜しみなどではなく、彼の本音だった。


 彼は周囲に不穏分子が居ない事を確認して、再度件のメモを取り出す。


 ”20241128 AAC108便に大いなる災厄を(もたら)す者あり”


 いよいよ、時が迫っていた。





「預言にあった我々に災厄をもたらす者。こちらに来る前に消せ。できるな?」


 そう命じたのは、魔王だった。


 幹部であろうと魔王の命令は絶対だ。逆らえない。ネクレムはその命令の裏にある思惑が手に取るように分かっていながら、従うしかなかった。

 

 “こちらに来る前に” その意味が重く圧し掛かる。


 異世界への渡航はChaosでも魔王など限られた人間しか実行できず、一方通行だ。こちらの世界に戻っているには、向こう側の鍵となる人物が必要。それが災厄を齎す者なのだ。


 忠実な道具としては用いたが、もはや信用には足らぬと──野心を持つ者として、魔王はネクレムを切り捨てようとしている。

 それは彼に謀反を決意させるには十分な理由だった。


 私は簡単に捨て駒になどならぬ。魔王、最早これまで。必ず戻って私が玉座を奪う。


 Chaosへ、この飛行機ごと返り咲く。しかし、勇者は葬り去る。それが彼の目的だった。





「問題は、災厄──“鍵”をどう処理するか、だ」


 ケヴィン《ネクレム》はそう呟き、猛禽のような久我の眼光を思い出す。ただならぬ雰囲気。強靭な意思。私を恐れぬ胆力。あれが鍵である可能性は極めて高い。


 Chaosのあるべき姿を歪めるなら、必ず消えてもらう。


 だが、まだ今は排除できない。扉を開けるまでは鍵は必要だ。用済みになったら大きな花火と一緒に葬り去ればいい。


「もうしばしの異世界。堪能するとしよう」


視線の先、雲が割れ始める。


召喚の門は、間もなく開かれる。


ケヴィン《ネクレム》の唇が、音もなく笑みの形を結んだ。



@旅客機内 貨物室下部エリア



 エミリーは、機体下部のハッチから貨物区画へと足を踏み入れた。


 外部作業用のフルフェイスヘルメットを脱ぎ捨て、軽く息を吐く。ついさっき、機外でのMEC接続作業を完了したばかりだった。正直、かなりの体力を消耗したが泣き言を言っている時間はない。

 久我とエミリーの直感が当たっていれば、今からこなすタスクもタイムリミットが迫っているからだ。


「……ほんま、なんちゅー日やねん」


 ブツブツと文句を言いながら、エミリーは足早にコンテナの間を縫う。通信は貨物室に向かう途中で切れた。原因は不明だが、調査している時間はない。一時的なものであればと彼女は願ったが、相変わらず音も映像も、全てが沈黙している。


 久我の一言だけが、行動の指針になっていた。


『──恐らく、ある。お前なら見つけられる』


 ただ、それだけ。


「スーパーNINJAにお任せあれ。ってほんま、人使い荒いで」


 愚痴は止まらなかったが、手はもっと早く動いていた。荷物をひとつ、またひとつと確認していく。


 と。


 一瞬だけ、目の端に“何か”が映った。


 ほんの僅か。

 ジュラルミン製のコンテナの表面──その冷たい金属の艶に、ありえない“影”が横切った。


「……ッ!」


 反射より早く、背中をよじり、転がるように床へ身を投げた。次の瞬間、背後から“何か”が風を裂いた音がした。鋭利な刃のような何かが、さっきまで彼女がいた空間を切り裂いた。


「誰やねん! サインなら正面からお願いしてや!」


 叫びながら背中のナイフホルダーに手を伸ばす。音も気配もない。なのに、確かに“そこ”にいる。


 黒い影。

 形は人間に似ている。だが輪郭が曖昧で、目も口もない。空間の綻びから滲み出たような、光を喰らう“異物”。影そのものが──実体を得て立っていた。


 見たことない化け物。が、エミリーにためらいはなかった。


「けったいな見た目しとるが、敵、やな?」


 エミリーの声は静かだった。驚きも混乱も、今は脇に置く。たとえ正体が何であれ、今この場で命を狙ってきた存在──なら、排除する。それがプロ。それがNINJA。


 予備動作なくいつでも攻撃、守備ができるおうな脱力した構えを取る。奇しくも、影も似たような姿勢を取った。


「──ほう……あんたもNINJAかいな!」


 ゆっくりと間合いを測る。


 “忍び”としての戦いが始まる。エミリーの細められた目は冷たく、鋼のように研がれていた。



@機内  ビジネスクラス ギャレースペース



 貨物室のはるか上、旅客機の前方部では、別の火花が散っていた。


「……Chaosとやらに行ったら、お前も戻れないんじゃないのか?」


 久我が交渉の突破口を見出そうと四海に問いかける。


「魔王を倒し、Chaosが安定すれば恒常的にゲートを構築できる可能性が高いの。そうしたら、乗客達も帰って来られるわ。だから、我々は彼らの魔王討伐に協力し、その見返りに魔法技術を輸入するのよ」


「可能性って事は確実ではないんだろ? そもそも魔王とやらが無事討伐できるかも怪しい。 だから、そんな大層な任務なのに実働部隊がお前だけなんじゃないのか?」


 久我は揺さぶりをかける。アルヴィンとセリスを睨みつけると、二人は気まずそうに目を反らした。

 四海は黙っている。その表情から感情は読めない。


「そんな曖昧な可能性で100名以上の乗客の人生をお前は背負えるのか? ……本当にこれがお前のやりたかった事なのか?」


 久我の声は低かった。怒鳴りもしない。だがその語気には、揺るぎないものがあった。


その問いに、四海はやはり一切の表情を動かさずに答える。


「私の“意志”は関係ない。世界のためよ」


 久我は悲しそうに目を細め問いかける。


「その世界に乗客達や……お前は含まれないのか?」


 四海の肩が、一瞬だけ、小さく揺れた。無表情を崩さぬよう、わずかに唇を噛んだ。


「そんな問いはもう何度も繰り返してきたわ。今更、迷うことは無い」


「渉君にも、同じことが言えるのか?」


「……」


 四海が言葉を詰まらせたそのとき、ダグが空気を読まない発言をする。


「なぁ、魔法使いとか言うなら、テレポーテーションくらいできんのかよ。夢見せてくれよ」


「できますよ?」


 セリスは、首を傾げて素直に答えた。ダグは冗談のつもりだったのか、呆けた表情になる。


「ただしこの魔力量だと、半径百メートル以内、視認した空間に限られますけど」


「ダグ、たまにはいい事言うな。喋って良し」

「許可が無いと俺は喋れないのかよっ!」


 ダグは唾を飛ばして文句を言うが、久我は救出案に考えを巡らせているため聞こえない。


「空中で他の飛行機に乗せ換える。外部に連絡が取れれば……護衛機に乗客を順次転送する手はずを組めるはずだ」


「接近した航空機を魔力転送で?」


 セリスはしばらく考え──ゆっくりと頷いた。


「技術的には可能です。成功率は高くありませんが……乗客を数名ずつ、順に送るだけなら、可能です。」


「それぐらいは命懸けで成功させろ。乗客の人生を、何だと思っている」


 久我の一言に、誰もが言葉を失った。まるでその場の空気ごと、拳で打ち抜かれたかのように。



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