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第16話 それでも、信じる者

@空テロ オペレーションルーム


 モニターが沈黙していた。


 ノイズすら走らない。正常なはずの衛星リンクが、すべての信号を遮断している。瞬間的な事故ではない。意図された、徹底的な遮断。


「……完全に、消された」


 松永は立ち尽くしていた。

 

 十数人のオペレーターたちが端末にかじりつくなか、彼の目は、旅客機の座標が消えた空白地帯に釘付けだった。


「この広域ジャミング……軍用か?」


 気象観測、空管、民間ネットワーク、軍衛星、すべてが寸断され、当該機が観測上は消えた事になっている。


「どんな国家規模のリソースを使えば、ここまで……!」


「バカな……連携してた空軍側のF-22とのリンクすら落ちた!」


 オペレーターが、次々と絶望的な声を上げる。


 百戦錬磨の松永も、打つ手が無い。空テロはあくまでも警察機関だ。米軍レベルの戦術に対抗する術は持たないのだ。


 不幸中の幸いとして、先の魔物との戦闘で消耗した戦闘機は撤退させるとの連絡が米軍から入った。当該機が撃墜される可能性は無くなったが、完全に消息不明になった今、今度は墜落のリスクが高まっている。この瞬間にもすでに堕ちているかもしれない。


 松永の胸に、ぞっとする感覚が走る。


 その時だった。


《――秘匿コードΩ-Σ23を検知。上級回線、着信》


 端末に表示されたその通信IDに、松永の表情が凍りついた。


「この識別子……」


 滅多に使われない“緊急専用回線”。しかも発信元は、国防総省でも内閣でもなかった。


──“それ以上の何か”。


 松永の勘がそう告げる。そして、それは正しい。四海の属する組織による介入だからだ。


 音声が入る。女とも男ともつかない、加工された機械音。


『確認:当該機の通信遮断を検出。優先指令発令──当該旅客機は消息不明と認定。事故として処理せよ』


「──は?」


松永の頭が真っ白になる。


「地上介入は禁止。遺族対応および記録調整は既定通り。繰り返す、これは決定事項だ」


「待ってください、どういう──! 今この瞬間も乗客が──」


「本件に質問及び抗議権限は付与されていない。再度繰り返す──」


 通信が、一方的に切れた。


 ただの命令ではなかった。そこには、政府や軍をも超えた意志──あるいは“システム”のような冷酷さがあった。しかし、誤報ではない。あらゆる命令に優先されることを意味する識別コードが最後に発音されたからだ、


 松永はしばらく動けなかった。指も、喉も凍りついていた。まるで、気づかぬうちに巨大な蛇に飲み込まれたようだった。動けず、抗えず、ただ静かに消化されていく──そんな悪夢の中にいた。


 あの機は見捨てられた。いや、最初から「見捨てる」ために、動いていたのかもしれない。松永は憶測や陰謀論を鵜呑みにするほど単純ではないが、そう思わざるを得ない。


 ──全てが、“異常”だった。



 それでも。



 それでも、久我ドラゴンなら切り抜ける。


 松永がかろうじて正常な精神状態でいられるのは久我の存在があるからだ。通常では考え辛い困難な状況に頻繁に陥る。まるで、彼がそれを引き寄せているように。しかし、そのことごとくを万全の備えと創意工夫、不屈の精神で乗り越えていく。松永はその度に久我の姿を往年の名映画の主人公に重ねていた。クリスマスに不幸が訪れるあの主人公を。


「……悟空ドラゴン、パーティの時間だぞ」


 冗談を飛ばし、松永は自らを鼓舞する。混沌の中に、わずかな希望がある。今はそれを信じるしかなかった。



@機内 ビジネスクラス ギャレースペース



 久我と四海の間の緊張がピークに達したそのとき──


「──私からちゃんと説明させていただきます」


 突如、場違いなほど明るい声が空気を裂いた。その後ろから、同じく奇抜な装いの少女が、戸惑い気味に小走りでついてくる。

 ──まるで“アニメ”の中から抜け出してきたかのような出で立ち。あのコスプレカップルだ。最初は悪趣味な観光客にしか見えなかったその姿が、今は妙に空気と乖離していない。


「アルヴィン、その必要はない。知れば計画に支障が出るかもしれない」


 四海が戦士の男、アルヴィンを制止する。


「や、やっぱり何も知らない人々を巻き込むなんて……そんな魔王みたいな事、できません」


 女性の魔法使い、セリスの方も、アルヴィンに同意しおずおずと主張した。四海は渋々ながらアルヴィンの申し出を応諾した事をジェスチャーで示す。

 そんな意味不明なやり取りに久我がしびれを切らす。


「ふざているのか? 今は緊急事態なんだ、勘弁してくれ」


 久我がそう言って四海に一歩近づく、と。


 乾いた破裂音。金属臭のような圧が空気を裂いた。久我の耳元すれすれに銃弾が通過し、すぐ横のパネルに弾痕を刻んだ。


 四海が発砲したのだ。


「動かないで。次は、この新人パイロットに風穴が開くことになるわ」


 日本語なので意味は伝わっていないはずだが、ダグがその言葉の持つ不穏さにビクッと体を震わせる。


「……本気なのか、四海。お前が何者か分からないが、こんな夢見がちな奴等と組むなんてどうかしてるぞ」


「信じていただけないようなので、少し実力行使させていただきます」


そう言うと戦士アルヴィン魔法使い(セリス) へ目配せする。今や機内の魔力密度はChaosと比較しても五割程度はある。術式の発動に支障はない。


「な、何をする気だ」


 不穏な空気を察した久我が叫ぶよりも早く、紫の光が空間をねじ曲げるように走り、彼の周囲に蜘蛛の糸のような魔力の線が張り巡らされる。

 動こうとするたびに、不可視の拘束が肉体の奥深くに絡みついた。


「くっ、動か……っ!」


 久我は渾身の力で抵抗するが、肉体の自由が徐々に奪われていく。ただの拘束ではない。何か根源的な力に逆らえない“重さ”が全身を圧迫していた。


「これが異世界の魔法です。信じていただけましたか?」


 アルヴィンは試すような視線を久我に向ける


 久我は魔法だの異世界だの、と笑い飛ばすはずだった。しかし。体が拒否できなかった。理解も反論も超えた“現象”を、久我は体感してしまった。認めざるを得なかった。自分の常識の及ばぬ存在が目の前にいることを。


  紫の魔法光が消え、久我の体が自由になる。わずかに肩で息をしながら、彼は唸るように呟いた。


「……話を聞こう」


 信じたくない気持ちが久我にはまだ残っていたが、感情で事実を拒否すれば判断を誤ることを彼は懸念した。


 アルヴィンは真っ直ぐに頷き切り出す。


「私とセリスは、異世界──Chaos(カオス)から来ました」


「異世界、まじかよ! 最高じゃねえか!」


 ダグが自身の危機的状況を忘れてはしゃぐ。


「ちょっと黙ってろ」

「次、大声を出したら撃ちます」


 久我と四海、二人に叱られたダグはしゅんとする。ただ、久我には日本語には聞こえるが、ダグはなぜ理解できたのか? これも魔法の成せる技か?と疑問が湧いたが本筋ではないので久我はスルーした。


「目的は?」


 久我は知りたいことだけを端的に聞く。異世界がどんな世界とかそういう事には一切興味はない。大事なのは、彼らが脅威になりうるかどうかだ。


「ゆ、勇者を探すためです。Chaosには“魔王”が君臨しており、世界を混沌に陥れようとしています。彼を倒す鍵となる存在──それが、こちらの世界の住人である“勇者”です」


 セリスが遠慮がちにそう言った。

 ダグがまた何かを叫ぼうとするが、ハッとして口を紡ぐ。


 そして、沈黙。久我が腕を組んで、呟くように言った。


「その“勇者”がこの機内にいるってことか?」


「はい。この日この時間にゲートへ向かう飛行機に勇者がいます。それが世界の導きです」


 世界の導きなどという宗教的思想は根拠としては心許ないが、先ほど魔法を体感した久我はいちいち疑うことはしない。時間の無駄だからだ。


「なるほど。その扉とやらがバミューダにあるわけか」


「速報。バミューダトライアングルは実在した」


 ダグが小声でそう言った。叫ばなければセーフ。それがルールだと彼は認識した。


「だったら、話が早い。その勇者だけ別の飛行機で連れて行け」


 久我は冷静に合理的判断を下す。全員を救うのが最優先目標だが、複雑に思惑が絡み合った現況と、タイムリミットを考慮すれば、一人の犠牲で済ますのがベストな選択だ。更に犠牲と言っても死ぬわけではない。判断の遅れが無駄な犠牲を増やす。それを久我は経験から痛いほど理解していた。


「そ、それは……」


 セリスが言葉に詰まると四海が口を挟んだ。


「無理よ。理由は四つ。まず、誰が“勇者”なのか、今は分からない。次に、“扉”が開くのは限られたタイミングだけ。そして、この飛行機そのものが向こうで必要。最後に……魔王サイドの妨害がもう始まってる。時間の余裕なんて、ないのよ」


「ひどく理不尽。異世界転移の見本で草」


 ダグはひとり納得し、うんうんと頷いている。最早、誰も彼の相手をしない。


「お前達の主張は分かったが、簡単には応諾できない。ちなみに魔王の妨害というのはテロリストの事か? 奴らがバミューダへの進路を取ったんだぞ。同じ目的地って事はお前達の仲間じゃないのか」


「彼らの事は我々も想定外だった。調べた所、表向きの目的はCEO誘拐による身代金のようだけど、彼らの中にいたのね、Chaosの関係者が。そして、テロを利用して向こうに渡ろうとした。残念ながら、その人物の目的は不明よ」


「そんな言葉、信じられると思うのか?」


「別に信じなくてもいい。強硬手段を取るだけよ。魔法には抗えない、さっき経験したでしょう。何度も言うけど、乗客全員の人生、命は安い犠牲なの」


 四海は、自分に言い聞かせるように冷たい前提を久我に突き付ける。


「早くしないと、魔王の妨害で全員死ぬかもしれません」


 アルヴィンはタブレット端末を取り出す。その恰好とのミスマッチがひどい。映像は先ほどのドッグファイトをコックピットカメラが記録したものだった。


「……この怪獣映画がどうした?」


「ここに映っている旅客機の船首あたりを見てください」


 アルヴィンは映像を止めて当該部分を拡大する。始めは飛行機に黒点のようなものがついているように見えた。拡大が十分にされると、その正体がはっきりと分かった。機体に必死で張り付いているエミリーだった。


「この世界で他に、船首に人が張り付いたまま飛行している旅客機がありますか? ……これはこの飛行機の外で行われていた戦闘です」


 久我は言葉を失った。


 エミリーの船外作業を記録している以上、映っているのはこの機体だと断定される。それはこの映像がフェイクでないことを意味する。

 だが、戦闘機と同サイズで同水準いや、それを上回る軌道を示す生物がこの地球上に存在するとは到底思えなかった。それはつまり、別の世界から飛来した事を裏付ける証拠になる。


 そして、こんな大型生物が大量に押し寄せれば、飛行機は間違いなく撃墜される。


「たとえ話が全部本当でも──乗客全員を巻き込んでいい理由にはならない。俺は、できる限り多くを守る。それが気に入らないなら……この俺を殺してから行け」


 久我の矜持はそれでも折れなかった。




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