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第13話 三つの戦場


@機内 ビジネスクラス 後方客席


 スコット、否、ケヴィンは、腕を組んだまま座っていた。久我の指示でエコノミークラスに移ったのに、再度ビジネスクラスの元自席に呼び出されたにも関わらず不満を一切示さず、まるで自室の書斎にでもいるかのようにリラックスしていた。


 目の前に立つ久我は、無言で睨みつけるようにしばらく彼を見下ろしていた。


「呼び出したのに、だんまりですか?……女性に縁がなさそうだ」


 ケヴィンは久我を揶揄うが、久我は取り合わない。


「……あんたの正体について、そろそろ聞かせてもらおうか」


 ケヴィンは軽く首を傾げて無垢な笑みを浮かべる。


「正体? 映画の見過ぎでは? ただの商社マンですよ。日本酒を輸入してまして」


「最近の商社マンは研修で戦闘訓練でもするのか? 歩き方に一切の隙が無い。ボディチェックでも落ち着きすぎだ。一般人ならもう少し緊張する」


「趣味でサバイバルゲームをよくやっているんですよ。それで鍛えられたのかな?」


 久我はため息をつきながら、ケヴィンにぐいと顔を近づけて耳打ちする。


「この機体は、あと25分ほどで“処分”される。……あんたが何者であれ、道連れになるぞ」


 ケヴィンの笑みがわずかに揺れる。だが、それは一瞬のことだった。


「処分? 何のことかわかりませんね。」


 なりふり構っていられない久我は強硬手段に出る。ケヴィンのDPAXデータに断定はできないが改竄の可能性ありと佐藤から連絡を受けていた事も背中を押し、拳銃をケヴィンの額に突き付けた。


「もう茶番はたくさんだ。お前が誰でもいい。コックピットを今すぐ開けろ」


 そんな危機的状況でケヴィンは笑った。おかしくてたまらないという感じに。


「そちらこそ、茶番はやめてください。ただの商社マンだと何回言ったら分かるんですか」


 久我は反応しない。


「万が一、仮に私がテロリストの仲間だとして、よく考えてみてください。ここまでして奪った飛行機のコントロールはこのテロに置いて最重要目標であるのでしょう。であれば、自分の命に代えてもそれを渡すことはしないと思いますが?」


 久我は苦虫を嚙みつぶしたような表情になる。


「撃ちたければ撃てばいいんじゃないですか? 無垢な市民を殺した無能なスカイマーシャルとして名を残したければ。ああ、貴方ももうじき死ぬんでしたね。この飛行機と一緒に」


 挑むようなケヴィンの視線と久我の鋭い眼光が交錯する。数秒後、久我は徐に拳銃を構えた腕を下ろす。


「……絶対にこの飛行機は堕とさせない」


 それだけ言い残し久我は踵を返す。その背にケヴィンは声を掛けた。


「撃墜はきっと無能な権力者の決定でしょう。であれば、覆す方法はまだあります」


 久我が歩を止める。しかし、振り返りはしない。


「世論です。人々の目に晒す。見せて、語って、感情に訴える。この世界はどこでもそれが可能なはずです。……民衆の感情ほど、扇動しやすく、そして政治に効く道具はありません。特に、今のような不安定な時にはね」


 その声色には、どこか達観した諦念と嘲りが混じっていた。ケヴィンもまたこの飛行機を堕とされては困る者の一人であった。飽くまでも現段階ではの話だが。

 それゆえの提案だった。


「権力者たちは、基本的に“愚民”を見下してますが──実のところ、一番怖れているのも、また彼らなんです」


 それはケヴィンの本音であった。いずれ支配者としての君臨する際の心構えだ。


 久我は返事をせずに立ち去った。しかし、ケヴィンの言う事に理を感じている自分がいた。


 今は感情を捨て、やれることを全部やる。アイツの処分はそれからだ。


 久我はダグの元に足早に向かった。



@機外 機体尾部・外殻付近



 空が、牙を剥いた。遠目で見れば美しい空も、要するに大気。空気の塊だ。猛スピードで動く飛行機には、強烈な抵抗を示す。


 非常口から躍り出たエミリーの身体は、予定していた下方への滑空姿勢を維持できないまま、突如襲いかかった乱気流に横殴りで吹き飛ばされた。


「──ッっッ!?」


 言葉にならぬ叫びが喉奥で潰れる。

 空気が壁のようにぶつかり、視界が一気に揺れた。


 ──想定外。


 慣れているはずの大気制御も、この高度、この速度、この乱れではほとんど機能しない。

 磁力グリップも張りつく前に強風に剥がされ、身体は無慈悲に船尾方向へ弾き飛ばされる。


 それでも、エミリーはあきらめなかった。


 「チィ……このクソ風がぁ!!」


 反射的に右腕を伸ばし、ブーツのマググリップを最大出力へ切り替え──

 機体最後尾にある整流フィンの金属板に、右足だけを無理矢理叩きつけた。


 ガッ!


 一瞬、脚が折れるかと思うほどの衝撃が走る。だが、その一撃で彼女の身体はようやく止まった。


「はぁ……っ、はぁ……っ……まじで、死ぬか思ったで……!」


 手元の固定金具を頼りに、ゆっくりと上体を機体に密着させる。ブーツのグリップが金属を噛む、嫌な音が耳を通して骨に響いた。


 「……なんとか飛行機に張り付いたで……振り出し以前に戻されたけどな……くそ、聞こえとるんかコレ……?」


 通信は吹き荒れる風圧に妨げられ、断続的にノイズを挟んだ。


『……き、きこえて……おい……無事か!?』


 ようやくダグの声が届いたとき、エミリーは荒い呼吸を整えながら、船首の方向を睨みつけるが、ここらでは先端は見えない。

 およそ60メートル──大気の暴力に曝されながら、ナメクジのように機体を張っていく。それが、彼女のタスク。

 間違いなく、彼女がこれまでこなしたミッションの中で一番タフなものであった。しかし、彼女は諦めない。彼女もまた久我と同様に諦めという言葉を知らぬ者だった。


「ワイの他に誰がやんねん……ギネスの認定員、呼んどきゃよかったわ」


 自分を鼓舞するために軽口を叩き、エミリーは再び両手両足をマググリップで固定し、這うように機体を前へ進んでいった。


『頑張れ、NINJA! 俺が証人になる……お互い生きてたらな』


 ダグの激励は暴風に飲み込まれる。大気の殺意は、収まる気配はなかった。



@機内 ビジネスクラス前方 ギャレースペース



「ダグ。……配信だ、今すぐやれ」


 久我が端末越しに鋭く言い放つ。顔にはひどく葛藤した後があったが、その声は驚くほど静かだった。


「……は? 配信? 急にどうした、転職か? 今エミリーが命懸けで外にいるんだぞ!? こっちだってテンパってるんだよ!」


 ダグが端末越しに顔を出す。その眉は吊り上がっていた。


「こっちもテンパってる。……あと20分で、この機体は撃墜される」


「……は?」


 その瞬間、ダグの動きが止まった。目が、まばたき一つで素に戻る。


「F-22が随伴してる。準備万端。命令が出たら、秒で堕とされる」


「マジかよ……おいおい、何だってんだよこのフライト……!」


 その台詞は俺が言いたいと久我は言いかけたが、自分の不運も大きく影響しているため言葉を飲み込む。


 ダグは慌ててコードの山を払いのけ、座席下から自作ノートPCを引きずり出す。その動きに合わせて、USBドングルとWi-Fiユニットが次々と接続されていく。


 久我の勢いに押されて、慌てて配信準備していたダグの手がふと止まる。


「あれ? なんでそれで配信なんだ?」


「世論で撃墜決定を覆すんだ。そのために、今からあらゆるチャンネルで発信しろ。SNSでも動画サイトでも何でもいい。旅客機がまだ助かる見込みのある乗客ごと撃墜されかけている、この事実を外に──“世界に”晒せ。」


「はは、そりゃおもしろい!!」


 ちっとも面白くなさそうな顔で叫びながらも、手は止まらない。FinalPatch《最終改神》のハンドルネームが刻まれたログイン画面を叩きながら、ダグは歯を食いしばった。


「バズらなきゃ、はい、ドボン(物理)ってか。どこのデスゲームに参加したんだ、俺は」


 ノートPCの画面に、複数のウィンドウが立ち上がる。 SNSの投稿欄、動画プラットフォームの配信画面、匿名掲示板のスレッド作成フォーム──。


 ダグはショートカットキーを叩き、作り込まれた自作の自動投稿スクリプトを起動した。 画面右下に「Live Feed:Connected」「Relay Nodes:Active」の文字が浮かび上がる。


「すまん、俺のせいだ。だが、頼む──お前しかいない」


 久我の言葉に、ダグは一瞬だけ顔を上げ、にやりと笑う。


「誰もアンタのせいだなんて言ってねぇよ……オッケー。“正義の便利屋”、開業だ。配信開始……っと。世界初のテロ被害者実況だ!」


 ダグのフォローは、久我の罪悪感を薄めることがなかったが、画面上には「LIVE START」の赤い文字が点灯し配信は確かに開始された。



@機外 機体下面・中腹



 轟音が空を裂くなか、エミリーの耳に通信が再接続された。


『──エミリー、聞こえるか? 久我だ。そっちはどうなってる?』


 通信越しの久我の声には、明らかに焦りが混じっていた。

 それを受けて、エミリーは笑うように息を吐いた。


「撃墜の件、聞こえたで。……なんや、楽しそうやな。実況でも始めよか? “飛行中の飛行機に張り付いてみた”──ってやつ」


『やめろ、洒落になってない』


 エミリーはスーツのスペックを最大限活用しながら、大気の殺意をギリギリでかいくぐり、少しずつ前進を続けていた。金属の皮膚を這う振動が、彼女の骨を揺らす。


「聞いてもうたからには──命に代えても、間に合わせるわ。誰も、死なさん」


 その言葉に、一拍の沈黙。


『──お前も、死ぬなよ』


 通信越しに静かに、だが確実に投げかけられた久我の声に、エミリーは口元だけで笑った。


「組織でワイがなんて言われてるか知ってるか? 殺しても死なない女、や!」


 そして再び、風と鉄の上を這い進んでいく。

 ゴールは、すぐそこにあった──。


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