第10話 作戦会議
@機内 ビジネスクラス 前方 ギャレー内
「じゃあ改めて……状況を整理する」
「──まてまて、待ってくれ。まず俺が呼ばれた理由を教えてくれ。俺はあくまでモブ中のモブよ! アンタ達みたいに切った張ったはできない。自分じゃ言いたかないが、こんな体だしな」
ダグは太鼓腹を両手で指し示す。
「ワォ、めでたい。何か月なん?」
「おい、くのいち。失礼なことを言っているのは分かるぞ」
エミリーが日本語で茶化すと、ダグが睨みつけた。久我は興味なさそうに視線すら向けずに冷たく言い放つ。
「──超法規的措置だ。俺の同僚にお前を推薦した奴がいる」
「そういうのは推薦じゃなくて、押し付けというんだよ。英語の勉強もっとしてくれ」
その直後、通信機から佐藤の声が響く。ダグとエミリーもピアス型の通信機は既に装着していた。
『推薦者は私です。FinalPatchさんなら必ず突破口を見つけられる。そう確信しています』
「リアルでその名を呼ぶなよ! 星詠サテラ! ほら、はずいだろ。あと、煽てても俺はやらないからな」
FinalPatch《最終改神》はダグのハンドルネーム。星詠サテラは佐藤のバ美肉VTuberとしての活動名だ。何故か暴露合戦を二人でしている。
『煽ててません。事実です。あと、サテラの宣伝活動ありがとうございます』
「全然動じてない!?」
じれったいやり取りに久我がドスを効かせて割り込む。
「このままじゃ、墜ちるぞ。そうなったら、嫁とは二度と会えない」
「……それはそう」
ダグは正論に反論できないが、ただの民間人である自分が何故そんな重大なプレッシャーに曝されなければならないのかという思いがまだあった。
「……俺は自由に生きてきた。その結果がこのボディだ、見りゃわかるだろ。大勢の命が懸かったこんな場面で役に立てる器じゃない」
煮え切らないダグに、佐藤が交渉の最終兵器を投じる。
『作戦が成功すれば、原作者に頼んで“嫁の直筆原画”を描き下ろしてもらえます。世界に一つだけの──君専用の』
「乗った」
今までの逡巡が嘘のように、ダグは真顔で即答した。鼻息が荒い。
「ワイには? ワイにはないんか?」
エミリーが羨ましそうにそう言うと、「お前は任務だろうが」と久我が制した。
「じゃあ、仕切り直しだ」
久我が低く切り出すと、室内の空気が引き締まった。
「コックピットは閉鎖されたまま。操縦士の応答なし。副機長は姿を消している。操縦不能のまま、現在この機体は自動航行中。進路は──バミューダ諸島方面だ」
「……分かった! バミューダトライアングルで異世界旅行やな」
「こいつ、ホントにエージェントなのか怪しくなってきたな。フィクションを現実に持ち込むオタクは迷惑だぞ」
エミリーが冗談なのか本気なのか分からないトーンでそう言うと、ダグが心配そうにつぶやいた。
久我はそのやり取りを無視してダグに鋭い視線を向ける。
「コックピットに入らず、飛行機のコントロールを取り戻す方法はないか? 不法侵入は得意だろ?」
「もっと言い方があるだろ。協力しねぇぞ」
「ええやん。スーパーハカー。かっこええで」
ダグは満更でもなさそうな顔をして、数秒溜めた後徐に告げる。
「……簡単じゃねーぞ?」
「そうだな。簡単なら今頃世界はリモートハイジャックだらけだ。いいから本題に入れ」
ダグは胸を張って語り出す。
「この機体の電子制御の要、いわゆる心臓部は──MEC、Main Equipment Center
ってやつで、要は機体中のフライトコントロールや電源制御、ナビゲーションや通信系を集中管理してるセントラルハブだ」
久我とエミリーもその事は基本知識としては知っていたが、その詳細までは把握できていない。だから、ダグを頼るのだ。
「で?」
「そんなヤバい所には、コックピットのハッチ経由で整備士か許可された技術者しか入れないようになってる。通常はスタンドアローン、完全に機体内ネットワークから分離されてるんだ。だから、コックピットにアクセスできないなら、通常はMECにも入れない」
「入れないと困るという話をしているんだが」
「落ち着けよ。通常はって言っただろ。緊急時に外部アクセスする整備端子は残ってる。場所は機体外部の前方下面だ。そこに専用のデバイスを直接物理接続できれば、MECを介して機体を制御できる……かもしれない」
「はぁー政治家みたいなこと言うたらあかんで。できるか、できないかどっちやねん」
「うるせぇな。誰もやっとこと無いんだ。簡単にできると言うほど、俺は脳みそお花畑じゃねぇよ」
喧嘩を始めそうなエミリーとダグを手で制して久我は続ける。
「可能性があるなら、賭ける価値はある。副機長が見つからない限り、それしか方法がないんだからな。しかし、そのデバイスとやらはそんな都合よくあるのか?」
「ない。が──二時間あれば作れる。機内のWi-Fi中継機と一部の給電制御モジュールから部品を取ればなんとかなる」
「やるやんか! どら〇もんなのは、体型だけじゃないんやな」
ダグは面倒なのでエミリーは睨むだけにした。
「次は接続の問題だ。飛行中に外へ出ないとならない。スーパーマンが居れば良かったんだけどな」
久我は悲観的にならないように冗談を飛ばす。
「NINJAならいるみたいだぜ」
ダグが嫌味っぽくそう言うと、エミリーがゆっくりと腰を浮かせ、腕まくりしながら言った。
「せやな、NINJAに不可能はないで。前に訓練で宇宙船の船外活動もやっとる。空飛ぶ鋼のバケモンくらい、慣れたもんやで」
てっきり、エミリー動揺すると思ったダグは目を見開いた。
「信じていいのか?」
久我はエミリーの瞳をじっと見つめる。
「合衆国、舐めたらあかんで」
エミリーはサムズアップで応える。
「なら決まりだ。ダグ、お前はデバイスを作れ。エミリーは乗客を見張りながら接続のシミュレーション。俺はその間に、副機長を炙り出す」
──作戦始動まで、残された時間は僅か。
@機内 エコノミークラス 通路
久我はエミリーとダグをそれぞれ送り出したあと、エコノミークラスの通路を巡回していた。怪しい人物がいないかを確認している。
狙いはただ一つ──副機長の行方を突き止めるためだ。
歩きながら、久我は周囲に意識を向ける。一つでも異常があれば、即座に対応できるように。
「すみません! あの、あの! フライトは無事続く、ですか!?」
唐突に、空港で会ったコスプレカップルの男性の方に話しかけられた。
怪しいと言えば、こちらも怪しい。
久我は警戒のレベルを強める。
「……あんたらか。なんだその慌てようは」
「いえ、あの、だいじょうぶ、なのか、飛行機、ちゃんと飛ぶ……?」
あの時より、日本語がずっと滑らかになっていた。
久我は眉をひそめる。
「随分と日本語が上手くなったな。最初に会った時はもっとカタコトだっただろ?」
男は一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「そ、それは……その……干渉点が近づいて、魔力の──」
「やめなさいっ」
相方の魔法使いがすかさず肘で男の脇腹を小突いた。
「ち、ちがう。コノクニ、デハ、カタコトノ、ホウガ、ミンナ、ヤサシイ」
「ほぉ、器用なもんだ」
久我はじっと二人を見つめた。二人は無理に笑顔を作ってごまかそうとしているが、明らかに何かを隠している。
干渉点。魔力。こんな時でも遊びの延長……なのか?
脳裏に疑念が走るが、今は深入りする時間がない。
「フライトは続いてる。ただし、少し特殊な状況だ。安全のためにも、余計な行動は慎んでくれ」
そう言い残して久我は歩き去る。
背後から「ありがと、ございます……」という微妙な発音の声が追ってきた。
久我は一度振り返り、“コスプレカップル”の表情をもう一度確認してから、再び歩を進めた。