02 転転転移
「異世界への渡り方は大きく分けて二種類あります。
それは転移と転生です。
この違い分かりますか?」
宙に浮かんでいた女神はそう言うと、また下に降りてきた。何故一旦宙に浮かんだのかはよく分からない。
「えーと、転移というのは、今の自分の姿のまま異世界に行くって感じですかね。
転生は、異世界で生まれ変わって、全く自分と違う人間になって人生を送るっていうか。中身はこれまでの自分自身だったりするけど」
女神は笑顔になって拍手してみせた。
「はい、大体合っています。素晴らしい」
いや、俺の記憶が覗けるなら、これぐらいは知っていることは分かるだろうに…
「転移の場合もその容姿や年齢、時には性別も変わることがあって、転生との境界が曖昧なところもあるんですけど、基本的にはあなたのおっしゃるとおりだと思います。
ただあなたの場合は転移でなく異世界転生と決まってるわけですが――」
「え、そうなんですか?」
俺が少し驚いた声を上げると、女神はニッコリ微笑みながらも「そんなの当たり前だろ」と言わんばかりの圧を感じさせる口調で返してきた。
「あなたは一旦亡くなってますからね。当然生まれ変わる必要がありますよ。
まあ、死んで転移ってケースもなくはないんですけど、死体のまま異世界に行くわけにもいかないですし、じっさいは行った先で蘇生するんですが、これはこれで転生なんじゃないかって説もありますね。
その辺厳密に定義しなくてもよいとは思いますけど」
女神の早口に気後れしつつも、俺はおずおずと懸念を口にする。
「じゃあ、この身体は失われてしまうと…」
「そうですね。というか、既にあなたの身体は存在してませんよ。
今のあなたの姿はあくまで仮のものです。
そもそも記憶がないのですから、元の身体にも執着はないと思うのですけどね」
当たり前だが、俺は亡くなっているわけだから、身体は火葬場で焼かれてしまうのだろう。いや、もうとっくに骨壺に収まってるかも知れない。俺の葬式では誰か泣いてくれただろうか。何も思い出せないので想像もできない…
「そういうわけで、今回のあなたには関係のない異世界転移ですけれども、一応そのメリットとデメリットをお話しておきましょう」
そう言って女神は、かけてもいない眼鏡を右手で直す仕草をしてみせた。
「メリットとしては、今の自分の身体をそのまま異世界に持っていけるってとこですかね。
なので、お年を召した方は基本的に転移を選びません。
若くてピチピチした身体のほうがいいですからね。
そういったわけで、転移はほとんど十代の少年少女となっています」
「はあ、そうなんですか」
「それから、複数人同時に転移した場合は、元の世界の人間関係をそのまま維持できることもメリットですかね。
学校の同級生とか幼なじみとか、大抵男女混合で関係性は恋人未満って感じです。
異世界に渡ってからの恋愛への発展が期待できますからね。フヒヒ」
女神は一瞬ゲスな笑みを浮かべるも、気を取り直したように真面目な表情へと戻った。
「学校の1クラスがまるっと転移といったケースもありますね。
こちらはスクールカースト底辺の生徒が、会得したチートスキルで逆転を図るといった下剋上が期待できます」
女神の説明を聞けば聞くほど「転移」は俺とは縁が無さそうだ。何しろ俺は(恐らく)30代なのだから。
「それと転移の場合は、転生と違って元の世界に戻れる可能性がありますね。
元の世界で不遇な扱いを受けていた人は戻りたくはないでしょうが」
俺は生前の記憶がないので、元に戻りたいかどうかさえ分からない。既に死んでいるので、ゾンビになるしかないかも知れないが。
「ついでに言うと、異世界転移は異世界側がトリガーとなるケースもあります。
例としてはやはり『勇者召喚』ですかね。
呼び出した勇者に魔王を倒してもらおうという意図です。
私からすると、これはあまりにギャンブル過ぎるって印象ですね。
素性も能力もよく分からない人を呼び出して、自国の運命を委ねようってことですからね」
「えーと、もう他に打つ手が無かったとかじゃないですか?」
「うーん――」
女神は悩ましい表情でブツブツと呟く
「だったら仕方ないのかなー。でもなー」
この女神は、異世界で勇者召喚が行われるたびに「納得いかねー」と思ってたのだろうか。いっそ女神の力で魔王を倒してあげればいいのに。そんなパワーを持っているのか知らないけど。
「あ、神は転生の際にお手伝いはしますけど、その後は一切不干渉ですからね。
世界に干渉する神がいたとすれば、それは本当の神ではありません。
人間以上神未満みたいな存在でしょうか」
また「神察し」が発動したようだ。
そう言えばさっきも何とか未満って言ってたな。あ、恋人未満か。
「ちなみに、あなたが今後勇者として召喚された場合に備えて、今ここでアドバイスしておきます」
女神様直々のアドバイスということで、俺はポーズだけでも居住いを正してみせるが、そもそも俺が勇者として召喚されることなどあるのだろうか?
「勇者召喚は度々複数人を同時に呼び出しますが、その際、あなたはその中で一番無能なフリをしてください」
「え、有能に見せたほうがいいんじゃないですか?
就職面接なんかでもそれがセオリーだと思いますけど」
女神は俺の意見を否定するように目を閉じてゆっくり首を横に振る。
「勇者召喚では逆なんです。
大抵一番有能そうな者が一番使えないのです。
一旦あなたは無能扱いされて勇者枠から外され市井へと放擲されたりしますが、巷で実力をじわじわと発揮していって『真の勇者』として認められるようになるというのが正しい道筋です。
召喚した側は最初にあなたを無能扱いした負い目もあって、あなたに頭が上がらないので、王侯貴族であってもあなたの顔色をうかがうようになるでしょう」
「そういうものなんですか…」
俺はどこか釈然としないながらも質問を加える
「でも無能のフリというのは一体どうしたら…」
女神は少し考える様子を見せてからおもむろに口を開く。
「たしかに魔法や剣技を見せてくれと言われた場合は、そこで手を抜いてみせることが可能ですが、問題はステータスを覗かれてしまうことです。
勇者として呼ばれるぐらいなので、相当高いステータスや高度な魔術スキルを持っているのが自然でしょう。
これでは実は有能であることがバレてしまいます。
鑑定遮断やステータス偽装のようなスキルがあれば誤魔化せますけど、そうでない場合は――」
そう言って女神は俺の顔をじっと見据える
「ヘラヘラ笑いながら王様の靴をベロベロ舐めてください」
なるほど――とはならない。
とても大切なことを教えてやった風な女神を前にして、恐らく俺は微妙な表情をしているはずだが、こういうところでは「神察し」は発動しないのだろうか。神でなくても察するとは思うが。
しかし、勇者として召喚されることなんて、今後あるかどうかも分からないので、ここは貴重な意見として記憶のどこかに留めておこう。
女神は思い出したようにさらに付け加える。
「それと転移とは関係ないですけど、勇者パーティーからお荷物扱いで追放される人は大抵有能なので、これも覚えておいてください」
「あ、はい…」
話が少し「転移」の件からズレ始めていることに、さすがの女神も気づいたのか軌道修正を図りだした。
「そうですね。転移に話を戻しましょうか」
そして軽く咳払いをすると説明を続ける
「転移のデメリットでしたね。はっきり言ってこれはメリットの裏返しで、若くないとやっぱり新天地での人生やり直しはキツいってことですかね。
それから、複数人でなく単独で異世界に向かう場合は、人間関係をゼロからスタートさせなければならないので諸々苦労します。
おまけに言語なんかも異世界の言葉だったりするし、貨幣の価値も単位もよく分かりません。
転生であればその地で生まれ育ちますから、家族もいて社会的な意味でも居場所があって、当然言語も貨幣価値も自然に学んでいきますが、転移の場合は言葉も通じない何者でもない者として突然異世界に現れることになります」
「えーと、そんな状態で、異世界でうまくやっていけるんでしょうか?」
彼女の気持ち(「話の流れに即した大変よい質問ですね」)が、「俺察し」でも分かるレベルで女神は頷いてみせた。
「そこはですね――伝家の宝刀、チートスキルがあります。
大抵言語把握スキルは初期装備なので、すぐに異世界人と話せるようになります。
異世界文字の読み書きもできたりします。
これで異世界TOEIC800点以上は余裕でしょう」
「試験があるんですね」
「ないです。口が滑りました。
それからチートスキルによって、周囲から一目置かれるようになります。
こいつSUGEEEとなること請け合いです」
「いきなりそんなすごい人間が現れて、周りから怪しまれることはないんですか?」
「それについては――」
女神は少し考える様子を見せる
「別の世界からしょっちゅう人がやってくる状況であれば、よくあることで済まされるかも知れません。
そうでない場合でも、例えば異世界は、あなたが暮らしていた21世紀前半の日本とは違い、社会システムが安定していないことが多いです。
なので、流れ者がいることは自然ですし、出自を細かく追求されることはまずありません。
出身を訊かれたとしても、大抵は『東方から来た』と言っておけば無難にやり過ごせるでしょう。
別の世界から来たことは説明が面倒なので、伏せておくほうが得策です。
それでも初めは『お前、珍しい格好してるな』ぐらいは言われるかも知れませんけど、その場合は、チートスキルでお金を稼いで現地の服屋でそこに相応しい服を買いましょう」
いずれにしろチートスキルは必須なんだな…と女神の説明を頭の中で振り返っていると、そこに反応するように女神が付け加える。
「必須なのはチートスキルだけじゃありませんよ。
異世界にとってもうひとつ大事な要素があります」
もう「神察し」は当たり前になってしまっているので、そこにはいちいち触れない。
「それは――美少女です」
「はい?美少女、ですか?」
女神は諭すように言葉を続ける。
「ひとりで異世界に転移した際に、現地を案内してくれたり色々世話を焼いてくれたりしてくれる美少女が必要となります。
彼女の立場としては、お姫様だったり戦士だったり奴隷だったりマチマチですが、そういった存在が一名以上必要です」
「一名以上ということは――」
「複数名となることもありますね。
これはいわゆるハーレムと呼ばれる状況です」
「なるほど…」
「あなたは男性なので、ここでは『美少女』としていますが、女性の場合は『イケメン』ということになります。
ここでは転移のくだりで美少女について触れていますが、転移転生問わずチートスキルや美少女はいずれも異世界では必須となりますので、後ほど詳しく説明しましょう」
そうか…美少女か…
自分がこの先どうなるのかひたすら不安だったが、少し期待してもいいのかも知れない。まあ少しだけな。少しだけだぞ。
「そうですか。少し期待が高まったのはよかったです。
それでは転移についての説明は、一旦以上となります。
次からは、あなたの転生に関連した話をしていきたいと思います」




