ふわふわ村のふわりちゃん
この世界にはどんな魔法よりも強い魔法がある。それは。
ふわふわ村……ふわふわ魔法の使い手が住んでいるふわりハウスの中……。
「ふわりちゃん! 朝だよ! 起きて!!」
「……あー、ティアちゃん、おはよう」
「おはよう……って、また体がバラバラになってる! ふわりちゃん! また私に内緒でふわふわ魔法使ったでしょ!」
「……ケサランパサラン」
「え?」
「ケサランパサランのお母さんが変なのに襲われてたから使ったんだよー」
「変なの?」
「うん、なんか黒いスライムに襲われてたー」
デススライムだ……。
「そっか。でも、私の許可なくふわふわ魔法使っちゃダメだよ」
「はーい」
「えっと、ふわりちゃんはできるだけそこから動かないでね。ふわりちゃんが動くと他の部位も動いちゃうから」
「分かったー」
数分後。
「ふぅー、やっと元通りになったー」
「そうだね。でも、ふわりちゃんはまだ見習いなんだからあんまり無茶しちゃダメだよ」
「はーい」
ふわりちゃんが返事をした直後、ふわりちゃんのおなかの虫が鳴いた。
「さあて、今日はどこに行こうかなー」
「ねえ、ふわりちゃん」
「なあに?」
「おなか空いてない?」
「うーん、空いてるような空いてないような」
「そっか。じゃあ、軽く何か食べる?」
「うん、そうするー」
「分かった。じゃあ、ホットケーキ作るね」
「わーい! 私、ティアちゃんのホットケーキ大好きー」
「誰が作っても同じだよ」
「そんなことないよー。ティアちゃんの作る料理は全部おいしいよー」
「はいはい。じゃあ、今から作るからできるまでのんびりしてていいよ」
「はーい」
うーん、もう少し薬の量増やした方がいいかな?
「ねえ、ティアちゃん」
「ん? なあに?」
「ティアちゃんはどうして私の面倒見てくれるのー?」
「それが私の仕事だからだよ」
「そうなの?」
「うん、そうだよ」
「そっかー。なら、どうしてティアちゃんは時々私の顔見ながら泣きそうな顔してるの?」
「それ、私がタマネギ切ってる時の顔じゃないの?」
「うーん、そうなのかなー」
「きっとそうだよ」
「そっかー。そうだねー」
ふわりちゃんは周りをよく見てるな……。
「ふわりちゃん、ホットケーキできたよー」
「はーい。わー、おいしそう。ねえ、もう食べていい?」
「いいよー」
「わーい! やったー! それじゃあ、いただきまーす!」
よかった。おいしそうに食べてる。
「おいしい?」
「うん! おいしいよー。ティアちゃんも食べる?」
「私はいいよ。今、自分の分焼いてるから」
「分かったー」
私の仕事は主に二つある。一つはふわりちゃんを一人前のふわふわ魔法の使い手にすること。もう一つはふわりちゃんの身の回りのお世話をすること。給料はそんなに高くないけど、ふわりちゃんが一人前になったらボーナスがもらえるらしい。その金額がいくらなのかは分からないけど私はそれを受け取るつもりはない。
「ティアちゃん! おかわり!!」
「はいはい、ちょっと待っててね」
*
「あー、おいしかった。よし、じゃあ、遊びに行こう」
「待って。そのボサボサの髪なんとかするから」
「えー、別にいいよ、このくらい」
「ダメダメ。外に出る時くらい身だしなみ整えないと。ほら、こっちおいでー」
「うー……。あっ、そうだ。ふわふわ魔法を使おう」
「ふわりちゃん」
「なあに?」
「それは自分に使っちゃいけないってこと忘れてなーい?」
「あっ、そうだったー。ごめんなさーい」
「ちゃんと謝れてえらいね。じゃあ、こっちおいでー」
「はーい」
ふわりちゃんの白い長髪を整えると私はふわりちゃんをギュッと抱きしめた。
「ティアちゃん、どうしたの?」
「あっ、ごめんね。じゃあ、行こっか」
「うん!!」
ふわりちゃんの散歩コースは日によって変わる。虫、鳥、妖精、魔物、風、気温などに影響を受けることもあれば受けないこともある。
「ねえ、ティアちゃん」
「なあに?」
「もうすぐここにドラゴンさんがやってくるよ」
ドラゴン……在来種だといいんだけど。
「……えっと、それはどこから来るのかな?」
「お空の上から来るよ」
「そっか。ありがとう。じゃあ、今すぐここから離れ」
「ティアちゃん、先に逃げていいよ。ドラゴンさん、私のことしか見てないから」
「ふわりちゃんを一人になんてできないよ!」
「ねえ、ティアちゃん。使っていい? ふわふわ魔法」
「……ダメ」
「そっか。でも、使わないと倒せないから使うね」
「……やめて」
「ふわふわ魔法の継承者、ふわり。今すぐ障害を排除するためにこの力を使います」
「ふわりちゃん! 早くここから逃げよう! ふわりちゃんが倒さなくてもきっと誰かが倒してくれるよ!!」
「その誰かはいつ来てくれるの? その誰かはちゃんとドラゴンさんを倒せるの? その誰かは途中で逃げたり諦めたりしない?」
「そ、それは……」
「いないのなら私がその誰かになるよ」
「待って! ふわりちゃん! 行かないで!!」
私が手を伸ばすと同時にふわりちゃんはその場からいなくなった。
「ふんわりふわふわ、ふわふわりー」
空の上からふわりちゃんの声とドラゴンの断末魔が聞こえてくる。ああ……私はまた止められなかった。
「ただいま」
「……ふわりちゃん」
「ねえ、ティアちゃん。どうしてそんなに震えてるの?」
「……え?」
「私のこと怖い?」
「こ、怖くなんかないよ。だって、私は昔からふわりちゃんと一緒にいるんだよ? そんなことあるわけ」
「無理しなくていいよ。それとさっき倒したドラゴンさん、外来種だったよ」
「……そ、そんな。外来種はここ数年現れてないって村長さんが」
「ふーん、そうなんだ。あっ、今日はもう帰っていいよ」
「え? ど、どうして?」
「鏡を見れば分かるよ。じゃあ、また明日」
「ま、待って! 私を一人にしないで!!」
私がふわりちゃんの手を握ろうとすると、ふわりちゃんはその手を振り払った。
「ダメだよ、ティアちゃん。今の私危ないから、ね?」
「わ、分かった」
「ありがとう。じゃあ、今日はもう帰ろうか」
「……うん」
ふわふわ魔法を使うとふわりちゃんは数分間こんな感じになる。見た目は私より幼いのにすごくお姉さんに見えるというか近くにいるはずなのになんとなく距離があるような気がする。
「ねえ、ティアちゃん」
「な、なあに?」
「今日の晩ごはん、なあに?」
あっ、いつものふわりちゃんに戻った。
「そ、そうだなー。ふわりちゃんは何が食べたい?」
「うーん、そうだなー。私はティアちゃんの手料理ならなんでもいいよー」
「そっかー。なんでもかー」
「うん、なんでもいいよー」
「そっかー。じゃあ、白身魚のフライにしようかなー」
「いいね、賛成!!」