物語は終わったばかり
深夜の鐘が鳴る。
この学園に来て2度目の夢の宴が終わる。
同時に今学年全ての履修単位も終了となり、明日から冬休みとなる。
冬休みが終わったら、最終学年の始まりだ。
でも今は、今は、この終わりの余韻に浸りたいっ!
……終わった……
やっと、この2年間が終わったのだ………
華やかな宴は、毎年行われる履修発表祭の最終日に行われる後夜祭だ。
履修発表祭は3日におよび、各学科、サロンや友好会などの1年の成果が学園の至るところで発表される、学生達の腕の見せ所である。一大いべんとなのだ。
勿論私も例に漏れず、紛走した。
いや自意識過剰ではなく、確実に他の人より駆けずり回ったと自負している。
それもこれも、あの薄目のつり目野郎のせいである。
今思い返したら、なぜあやつの口車に乗せられたかと思わないでもないが、とにかく終わった!終わったのだ!
寮の部屋に帰って来て、開口一番、両手を握り私は叫んだ
「っっっっっっっっっやったぁぁぁぁぁ!ヤってやったぞークソッタレがぁぁぁっ!!」
……………
自己紹介をしよう。
私は、ジオルド。17歳女です。
も少しいうと王都から2週間ほどかかるところにある
カナリー子爵領の第一子で長女。父と母がいて2つ下に弟がいる。
地方の村や町を管理するために中央から派遣されたお役人が、うちのご先祖様。だが、それなりに古い家柄で領民からの信頼関係もそれなりにある。過も不足もあるがそれほど大きな問題はない良くある中堅貴族だ。
私は2年前に、うちの国の貴族のステータスであるいくつかある公立学園に入学した。
何事もなく良識見識を広め修めて、卒園するはずだった。
しかし、入園5時間後に私の常識と平穏は終わった。
私の前に薄目つり目のあいつが現れたからだ。
~~~~~~~~~
入園式の日は寒かった。朝から雪がまたふりだすのかと思われるような空だったが、入園したての私は学園周りを探索していた。
「ねぇ、ちょっと!そこの……」
背後から声がしたと思いつつ、1つ角を曲がろうとした時に、いきなり肩を捕まれた。
私が呼ばれていたらしいと気づく。
「あんたっ。もしかしてパンか菓子を持ってないか?」
「はあ?」
「こっちに行ったらルートに入るぞ。あ、いや、行かない方がいい。えーと………良くない気がする……から」
「はあ?というか、誰ですか?……ちょっと気安く触らないでもらえます?」
肩をつかんだのは、痩せた、私と同じ位の背丈の男子生徒だった。
目が細く少しつり目なのが特徴と言えば特徴の普通の男の子。だがいきなり声をかけ、触るほど近付くのは流石にマナーが悪い。
私が不機嫌な対応をとったからか、少し改まり数歩退いたが、言ってきたのは意味不明なことだった。
「あ、ごめん。オレはアーシュリー・オリジン。1年生で…ちょっ…ちょおっとこの先に鳥が来やすい木があるんだけど、今ははあんまり行かない方がいいと思っていうか…」
「はあ?」
本日3回目の「はあ?」である。なんだこいつキモい
な。という第一印象だった。
それと同時に名前に引っ掛かりを覚えた。
「オリジンって、あのオリジン商会と関係あったりします?」
「えっ?あっ、う、うん、オリジン商会はうちの家の事業の1つだよ」
マジかと思ったね。オリジン商会はここ最近良く聞く商会だ。詳しくは知らないのだが、とにかく革新的な新商品を産み出し続けていて、王都だけでなくウチみたいな片田舎でも名前を聞かない日はない。
是非お近づきに、という思いと、えーでも何か変な人だし、という思いが一瞬せめぎあったが、取り敢えず話聞いてみるか、と思った。
のが、私の怒濤の学園生活の幕開けだった。
~~~~~~~~~
言っておくが、私は転生者ではない。
あと、逆はーれむとかいうのも企んだこともない。
大事な事だから、しっかりと解ってほしい。
私は2人以上の異性に、同時期に、必要以上に、好かれようと思ったことなどない!
全てはオリジンが言い出したことだ。あいつが無茶難題を私に吹っ掛けてきたのだ。
自分を「転生者」と呼び、かつ、この私のこの世界と生活を「ゲームにそっくりだ」というオリジンが。
最初の日は、結局オリジンに誘われるままお茶をした。小腹が減った時に食べようと思っていたクッキーを出そうとしたら、「それは危険だから止めよう」というオリジンを当然変なやつ認定したが、話は意外にも普通なやつだった。
しかし、事あるごとに意味のわからない助言をしてくるオリジンに1ヶ月くらいで私がキレた。
すると、ヤツは渋々で嫌々ながらも訳を話だした。
曰く
「オレは転生者だ」
「この世界は、オレがやっていた恋愛ゲームににている」
「お前は主人公で、これから色んなイケメンと知り合って恋をする」
「このゲームは暗い設定も結構あって選択を間違ったら、人死にもある……内紛とかも……」
「その中で人死にがないルート、一番のハッピーエンドは逆ハーレムなんだ」
それを聞いて、私は当然2週間はヤツと話さなかった。目も合わせなかった。
私はオリジンから逃げに逃げたのである。
だって。言ってることがヤッバイもん。
話を聞いたあと、「一介の学生の末路としておかしいでしょっ!」と笑って終わらせようとしたところ、ちょー真面目な目で「信じろ」と返されたら、付き合ってられるか。となったわけ。
だって、聞かれたら無礼どころか不敬罪に問われかねない人の名前も入っているんだから、こんなヤツに付き合っていたらそのうち私も巻き添えを食うと思ったのだ。
だけど……非常に納得がいかないが、一介の下級貴族には訪れない筈の出逢いが起こったのである。
そう下級貴族である、私の身の上に…
私が、第二王子と出会ってしまったのだ。
……オリジンから逃げきった後の裏庭の木の下で、クッキーを小鳥にあげて、なごんでいる時だった……
何か知らんが、やたらめったら話しかけてくる王子にたじたじとなりながらも返答をし、やっと終わったと思ったのにキラキラに見える笑顔で「またな」と言われたりなんかしちゃったら、私は半泣きなるしかなく。で、オリジンに訳を聞くため、男子寮にすっ飛んで行った。
ヤツは「王子からかーーーー」と脱力していたが、取り敢えず「目指すは逆ハーレムだから・・・」と前置きしたあとあーだこーだと、どんどん色んな助言をしだした。
一番大事と言われたのは「バランスよく攻略対象達の好感度をあげる」こと。
そして、「かく対象のいべんとは丁寧に拾っていく」こと。
いべんとってなに?と聞くと
「催し物、とか特別な日、の事かな。学年最後の履修発表みたいな大きな催しごとから裏庭で花に水やったりとかの些細だけども二人の小さいけど大切な思い出になりそうなのも、そうだよ」
そのオリジンの応えに対して私は
「へー。畑に水やりならほぼ毎日してるけど。あれがいべんと?まあ共同観察日記も着けてるし、大切なことだわね」
と言った。
あの時の私の理解力は惜しいところまで来ていた。
そう、キーワードは他のどれでもない『毎日』だったのよ!
オリジンの言った『バランス良く=対象者5人全員』と『いべんと拾い=毎日!!』。
しかし、この2つの両立が何と難しい事かっ!!身体が4つほど足りんと何度思ったことかっ!
大体、そんなあちこちに色目を使う女が、そんなに良いか??目が腐ってるんじゃないの?それとも攻略対象って人たちは自信過剰の集まりなの?自分が一番と思ってる痛いやつなのか?
それに、オリジンから教えてもらった対象者達は、大抵幼馴染の婚約者がいた。まあ貴族だしね。
ただその婚約者たちを差し置いて誘えってどんだけ常識知らずだよ。私にソレになれって?バカ言うなっ社会的に死ぬわっ。
何度オリジンに「嘘いってんじゃーないわよ?!」と襟首捻りあげたか。
おかげで男性不信と良心の呵責に胃が軋む事、幾星霜。
胃薬はすっかり常備薬として引き出しとポーチ(オリジン製)に入っている。
苛まれるのは精神だけじゃなく、勿論身体もだ。
一人の好感度が上がると、勿論ほか4人も好感度をあげる必要がある。
選択授業とか、もう恐怖だった。
どこで好感度が上がるかわからないからだ。誰かとコンビになったら。後の回収が地獄。
勉強いべんとなるものは一緒にお勉強する学生らしい時間のことらしいが、その時間を5人平等に行えと言うのだ。あのアホが。はい、他人の5倍位お勉強した自負がありますとも。
お陰で成績は優しかなかったが…
そして、課外事業やたまの祝日になると、「イベント回収必須だ」というオリジンに指示されまくり学園内どころか街中まで、時には郊外にまで足を伸ばすこともあるのだ。
断言する。私に休日など、この2年間存在しなかった!
でも良かった点といえば、この2年で触れたオリジン商会開発の最新技術の数々だった。いやほんとすごい。裏でこそこそ動いてたからあまり人には知られてないけど、ほぼ最新の技術を、この2年は真っ先に私が私用で試用で使用したのだ。本当は誰かに自慢したい。
人員もさることながらあの数々の商品。オリジン商会全総力をあげてのサポート無くしては、やりきれなかっただろう。有難うオリジン商会、有難うオリジン商会の皆さん。
まあ惜しみなく其れを提供してくれた、アーシュリー・オリジンに礼を言うべきかと思うが、何だか全く納得していないので彼には礼は言いたくない。
そんなこんなありながらも私はやりきったのだ。
オリジンが示した最低限の目標「2年の履修発表祭の後夜祭で候補者5人全員と踊る」を成し遂げたのだ。
「ふ……ふっ…」
雰囲気がどうか何て二の次三の次である!ファーストダンスの相手で無くても、無問題!
つまり私は攻略対象者5人の「友達以上親友未満」達と、彼らの婚約者に穏やかに送り出されながら1曲『だけ』ずつ立派に踊ったのだ。
「ふふっふふ…ふふふふ」
思えば、攻略者達との関係構築よりも、その周りとの関係改善の方が万倍難しかった。
こちとら、片田舎から出てきた寮生活である。
女社会がいかに恐ろしいか。この点についてもオリジン商会無くしては語れない。
オリジンが持ってくる情報や流行りが、どれだけ婚約者たちとの潤滑油になってくれたかっ!
そりゃあ、危ない時もあった。すわ修羅場かと言うことも背水の時も一度や二度ではない。
しかしそこは貴族社会。利益をちらつかせ、ときに情に訴え、時に世間体の思惑をちらつかせ、ときに最新の流行最先端を目の前にぶら下げた。そして何とか彼女達の逆鱗に逆らう事は免れたのである。
流石上級貴族の令嬢方である。此方のマナー違反に対して条件を出しつつ自分や家の利益を鑑みつつ矛を納めてくれたのである。
彼女達の情報を探り、それに合わせた技術を作り出したあのスピード感。オリジンのお手並み見事という他ない。
…ヤツにお礼は絶対言わないが。
それに、矢面にたって交渉したのは、私だ!
「ふふっふふふふぅ、あーはっはっはっは。やったーーーー!やってやったわーーー流石わたし。えらいっ私!頑張った!頑張ったわーーっ」
私の寮部屋は私1人使い。
思いっきり一人さけぶ。
だって、気分爽快でどーしようにも愉快愉快。
叫びたくってしょうがない気分なのだ。
それに、後夜祭からこんなに早く帰ってきてる生徒も少ないし、そんな生徒は帰省を急いでいるヤツばかりで、今はそもそも寮事態に人が少ないのだ。
「やったわ!これから1年、やっと自由よ。休みの日はダラダラ寝てやるわ!おしゃれしない日があっても良いのよ!」
「女の子のトモダチも作りたいわ!よく分からないキザな言葉に笑いを我慢なんてしなくて良い!上流階級の飾り文字も言い回しも暗号だったし、インクの無駄遣いだったわ。もう書かなくて良いのよっ!!」
「学園の運動部も回ってみたい!意味もなく練習試合を応援できるのね!男女云々の関係なくゲームを純粋に楽しめるなんて最高じゃん!勝手に張り合い始めたりしない?いいえ!なんといっても一人で観戦!?フゥーーーーッ最ッッッッ高!!一人っっ最高ーーー!」
私は何度もガッツポーズで拳を握りしめる。
そして
「そして、恋を…『まっとうな恋』をしてやるわよーーーーーーーっ」
ーーーーーーーーーーーーーーはぁっ…………………
今日はとってもよく眠れそう!
そうと決まれば、ドレス脱いで、お化粧を落として、簡単に汗を落として寝ちゃお。
鼻歌を歌いながら寝る準備をする。
そんな中、突如細かく連続したノックが響いた
「いませーん」
早く寝なくちゃ。
平穏が逃げちゃう。
「ジオっ俺だ。開けていい??」
「ダメでーす」
「入るよ?いいね?いいよね?入るよ?」
「ダメだっつってるでしょーがっ」
ドアを開けて入ってきたアーシェリー・オリジンに枕を投げつける。
「わっ。なに?それより、大変なんだよ!今ね新聞読んでたんだけ」
「喋んな!薄目っ」
「ヒドイっ」
「あっちいけ!でてけ!もぶがっ」
「何でそんなこと言うの?!泣くよ?」
「泣け!泣き疲れて死ね!」
「そんなぁ」
「でてけーーー!私は明日からゆっくり寝るの!休むの!誰ともデートもいかないし、一人で過ごすの!」
「だけどね、あのね、きいて。わわ」
ばたん
部屋の外に出してもアーシェリー・オリジンはグチグチ言っている。うるさいうるさいっ。
「ジーオー聞いてよー」
「うっさい」
「移動動物園が来るんだってぇ。明後日までだよう?明日朝は存分にねてて良いから、夜の部を見にいこーよー」
がちゃ
「動物園?」
「そう!サーカス団もいるんだって!履修発表祭で忙しかったから知らなかったでしょ?俺もさっき新聞で思いだしてっ」
「それは……いべんと?」
「うん?違うよ。行くなら俺とトウヤだよ?どうかな?」
「……え...........うん行く」
「やった。じゃあ夕方迎えに来る。ご飯も一緒にしよ。新作あるんだー、あと服もこれ動きやすいやつ。試してみて!」
「うん。楽しみ」
「うん、じゃ、お休みー明日ね」
ばたん
ふむ。寝よう
そして、明日は朝はタップリ寝て、昼おきて、すこーしお洒落しよう。
あーぁー、ふんふふんふんっシェリーの新作ご飯、たっのしみー
美味っしいんだよなあ~~。