第8話(4) 『引き攣った笑みを浮かべて』
テーラの厚意により魔導具店で無事働くことになった俺だったが、実際の所何をすればいいのかわからずにいた。
「……で、俺は何をしたらいいんだ? さすがに働くとなれば俺も真面目にやるつもりだけど」
「……それなんやけど」
さすがにこれからすぐに魔導具についての手伝いは知識不足で出来ないし、男手が必要なことも正直風魔法で物を移動出来るテーラにとってそこまで重要ではない気がする。
無論やる気はあるが、今までずっとテーラ一人で安定して経営出来ていた商売に俺が介入する意味を自分のことながら見出せずにいた。
だがテーラ本人はそうは思っていないようで、何か俺が出来る仕事はあるがそれを言いずらそうにしているようだった。
「んと……実は今までずっと断り続けてた案件が一つだけあるんやけど、もしかしたら受けてもいいかな~って最近は思っとるんよ。でも……自分が嫌だって言うならここでのんびりするのもいいかなって思って……」
「なんだよ、俺に気なんて遣わなくて良いから言ってみろって」
俺のことを気にしてくれているのか、テーラはやけに言いよどんで迷っているみたいだ。
その内容はわからんが、とはいえせっかくテーラがやる気を出しているのにそれが俺のせいで諦めようとしているのであれば、俺のプライドなど簡単に捨てることが出来る。
テーラはテーラのやりたいようにやってくれればいい。
だから上目遣いを向けるテーラに笑ってみせると、テーラも安心してくれたのかゆっくりと口を開いた。
「じ、自分がそう言うなら……それでその案件なんやけど、実はずっと前から聖女様に三番街の子供たちにお仕事体験をさせてあげてもらえないかって言われてて……!」
「……ん?」
そうして言葉として発せられた内容に、笑みを浮かべていた俺の頬が少しだけ引き攣ってしまった気がした。
――
日付が変わり、場所も変わって教会の表庭。
そこで10は優に超える子供たちの視線を一身に受けながら、俺は隣に立つテーラと共に引き攣った笑みを浮かべ続けていた。
「は~いそれでは皆さんこんにちは~! 今日のお仕事体験、楽しみにしてくれていたかな!?」
「「「「はーい!!」」」」
「はいはいはーい! リッタは楽しみにしてた!」
「シロ兄挨拶はいいから早くやろうよー!」
「……ぷっ、あははっ!」
「笑っちゃ駄目だぞユリア……!」
「そ、そうだよお姉ちゃん……! お兄さんがせっかく頑張ってるのに……!」
……んーこのガキ共。
三番街の子供たちはまだ幼い子が多いのもあってそこそこ従順に指示を聞いてくれるが、幾分俺の本当の姿を知っている教会のガキ共は俺の外面に色んな感情を抱いてるみたいだ。
この前はプライドなど捨てられると思ってた俺だが、こうしてガキ共に醜態を見られてるとなると屈辱と恥ずかしさでどうにかなってしまいそうになる。
そして更に最悪なのは……
「頑張って下さい、メビウス君っ!」
「~~っ!」
少し離れた場所で俺や子供たちのことを見守るセリシアの視線だった。
まるでニートから脱却した息子の仕事ぶりを見学するお母さんみたいなことを同年代の少女にされているという現実に俺は今すぐ逃げたくなってくる。
そしてその後ろにはこれまた三番街の子供たちの家族が見学に来ていて、最早気分は授業参観の日に授業を受け持った先生の気分だ。
「ひ、ひぇ……! やっぱり子供の視線なんて耐えられへんよぉ……!」
「お、お前なぁ……!」
だがそれで逃げてしまえば今度はこうして俺の背中に隠れて子供たちからの好奇の視線から逃げ続けているテーラの信頼を見捨ててしまうことになるのだ。
前日まではあれだけやる気を出していたから俺もそこそこ真面目に魔導具について勉強してきたというのに当日になった途端これだ。
何しに来たんだよコイツは。
俺はあくまで補助兼助手役で、説明するのはお前なんだけど。
「おにーさーん! そろそろ魔導具について教えて下さーい!」
「こ、こらユリア……!」
「このガキ」
「もう口に出てますよ師匠!」
おっといけない。
ユリアの揶揄いに付き合ってたら俺のペースを崩されてしまう。
コイツはただ俺がこうして外面を晒してるのが面白くて構ってほしくなってるだけだ。
だが他の子供やメイトの次に最年長ということもあって素直になれないだけだろどうせ。
だから無視する。
セリシアだけでなく、三番街の大人まで見に来てるとなると今回の態度で評価が良くも悪くも変わってしまう可能性が高い。
それなりに受け入れてはくれているが、これからのことも考えると俺自身もヘマは出来ないのだ。
「まあまあ皆さんはしゃがない。なんせ今日の体験プランはこの僕が考えたスペシャルプラン! きっとガキ共……ではなく君達が触れたことのない自分だけの魔導具を作り、実際に自分の物に出来るのですから!(費用は親持ち)」
「「「「えーーーー!!」」」」
話を切り替えるようにそう大々的に発表すると、やはり魔導具というものに憧れでもあったのか、三番街の子供たちは大きな歓声を上げていた。
チラッと奥のご家族にニヤリと流し目を送るとほぼ全員が速攻で目を逸らしたが、お前らの購入は確定してるんだから潔く諦めろ。
無駄な抵抗はするな。
「――がしかし! すぐに実践に移りたい所ですがそうはいきません」
「えー!? なんで!?」
「カイル、この世には安全第一を前提とする大人の圧力があるのです。子供時代を過ごした僕もカイルの気持ちは良くわかるため抗議はしたのですが……実際はこのざまなわけよ。まあ仕方ねーんだけど」
子供の時はいちいち制限を設ける教師陣に過保護過ぎだろと思ったものだが、大人になると親は子供がか弱く見えて仕方ないのだ。
俺も子供達に何かあったら責任を追及するだろうし、カイルの気持ちも分かるが今回は安全第一説明順守で行かせてもらう。
「と、いうわけでテーラ先生。どうぞ子供たちにご教授を」
「……む、無理」
「頑張れよ、な?」
「う、うぅ……」
俺の浅い応援にどれだけの力があるのかはわからないが、結果的にテーラはやる気を出してくれたようで勢いよく立ち上がると自分を鼓舞するために小さくガッツポーズを見せた。
そのやる気を下げないよう、俺も外面スマイルを顔に貼り付けて速攻で説明の流れを作ることに努めることにする。
「それじゃあこの引き籠りテーラ先生が魔導具について説明してくれるから、諸君は心して聞くように。イクルスの街に住む以上、これから先魔導具に触れる機会は増えてくるかもしれないからな」
「「「「はーい」」」」
教会のメンバーを見ると素が出てしまいそうになるので、三番街の子供たちに視線を向けて説明のためのお膳立てを完了させた。
テーラが説明しやすい雰囲気を作り出すことに成功した後は、しばらくお役御免のため数歩後ろに下がって背景に徹することにする。
そうして子供たちの視線がもう一度テーラに向けられると、テーラはグッと引き気味になりながらも彼女なりの拙い笑みを貼り付けてたどたどしくも説明を始めた。
「よ、よし……じゃ、じゃあまずは魔導具の説明からやね。まず魔導具とは何ぞやっちゅー話やけど、主に戦闘用と生活用の二種類に使用用途が分けられとるんや。戦闘用は……主に『聖神騎士団』みたいな皆を守る騎士様が用いてるもんやから今回は説明を省かせてもらうね」
さすがに子供たちに【悪人】も持っていることがある、だなんて現実をわざわざ伝える必要も無いので、テーラも気を遣って誤魔化しつつ説明を行っているみたいだ。
聖神ラトナの従順な信者であるこの街の子供たちが魔導具を手にして悪用しようとするとは思いたくないが、それでも子供のうちに知ってしまうのは良くないものもあるのは事実だ。
見学している大人たちもその事については安心したようで、落ち着いて見学出来ていた。
「それでもう一種類の生活用に使用されている魔導具。これは主に生活に重要な熱・水を基本として土・風・氷を用途に応じて発生させることが出来るものが主な魔導具や。例えば熱であれば炎を利用して光源を持続して出すことが出来るし、水であれば新鮮な飲み水をいつでも出すことが出来る。魔導具一つあるだけで、生活水準は飛躍的に上昇するんよ」
「……でも、ずっと魔導具を使い続けることは出来ませんよね?」
「えっ!? あ、う、うん。魔導具には必ず魔力を供給させるための魔石をセットしなければならないけど、その魔石も品質に寄るけど少しずつ劣化していく。費用を抑えれば抑える程定期的に魔石を交換しないと魔導具を最大限活かすことは難しいんや。……よ、よく知ってるね、ユリアはん」
「……まあ、勉強したことあるので」
素っ気ない態度を取るユリアに、あたふたしつつこちらに助けを求めるテーラと目が合ってしまった。
……んー。
テーラとユリアの仲が悪かったりしてた姿は見たこと無いのだが、俺が引っ込むや否やどうにもユリアはつまらなそうに説明を聞いているように見える。
新鮮な反応を取る他の子供たちとは違い、とても冷めた目でテーラの説明を聞いていた。
それは先程俺を揶揄い散らしてた姿とは対称的だ。
たとえ自分が知っている知識だったとしてもあそこまで露骨な反応を見せる程ユリアは相手の感情の機敏に疎くは無かったはずなのだが、何かユリアをそうさせる理由があるように見える。
ただ話を意図的に遮るつもりは無かったようで、そのまま無言を貫くユリアを確認した俺は再度顎を突き出してテーラに説明を続けるよう促した。
……促すが、テーラは何か伝えたそうな目でこちらを見続けていたので、俺は自分の仕事を思い出し、事前に渡されていたケースを慌てて持ってテーラへと渡す。
あっぶね。
さっきクソ痛いことを言ったくせにただの傍観者になってた……
「……まあそういうわけで魔導具使用に必要な魔石が……じゃじゃんっ! これなんよ! 値段的に品質は落としとるけど、今日はこの魔石を使ってさっき自分が言ってた魔導具作りを行う予定や!」
「「「「おー!!」」」」
ケースを開けて無数に出て来たのは赤・青・緑・茶・水色の五色が一色ずつ塗られた球体の結晶だった。
だがテーラが言った通り球体といってもその形は若干歪な物ばかりで、品質としては彼女の店に置かれている正規品の魔導具の魔石には大きく劣っているとすぐに分かる代物だ。
だが魔石を初めて見た子供たちにとって、その品質の差など分かるはずも分かろうともするはずがなく、キラキラと純粋で輝いた瞳をケースに入った魔石に向けていた。
……まあ、魔導具を作成するのだから必ず誰か失敗するだろうし、初心者用として使うのであれば充分過ぎる代物だろう。
「魔石には基本的に炎・水・風・土・氷の五種類の魔力に対応した物がある。例えば赤の魔石には炎の魔力が籠められていて、使用者が魔力を供給することによって魔導具が熱や炎を出すことが出来るようになるんや。どんな効果を出すかはガワの魔導具の構造や形によって変化するんよ」
つまりは魔石自体が動力部になっているということなのだろう。
そう考えると、大まかな構造自体は天界のとほとんど変わらない気がする。
俺の腰に固定されている聖剣の素材は『聖魔石』という特殊な鉱石だが、生活器具にも魔石と似たような鉱石を素材として使っていた。
天界では魔力というもの自体が存在しないものとして扱われていたため、神の奇跡を宿す鉱石と呼ばれていたが、今考えるとあれも魔石だったのだろう。
素材として使われるか動力部の核として使われているか。
どちらがより進歩した技術なのかはわからないが、俺の中で何となく魔導具というものが身近な物のように感じられた。
とはいえ、俺の関心を他所に子供たちは魔導具作成を今か今かと待ち侘びている。
そのまま説明を続けようとしていたテーラだったが、俺がそれを察して軽く咳払いをして見せると、テーラも俺の意図に気付いたのか小さくはにかんだ。
「でも魔石はこれらの他にも……って、全部を一気に説明するのは良くないよね。じゃあ最後に注意点だけ説明して、早速簡易的な魔導具を作ってみよか」
そう言って、大人しく説明を聞いていた子供たちから歓声が沸き上がる。
何だかんだで真面目に学習しようとしていた子供たちの姿に俺達は互いを見合って破顔しながら、空気を切り替えるべく協力して準備に取り掛かることにした。