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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第8話(3) 『協力的な厚意を受け』

 テーラと共に三番街の外れにある魔導具店へと訪れた俺。

 目的地へと着くとやはり最初に視界に入るのは、入口があった場所に設置されたあまりにも異質な存在感を放つ岩壁だ。


 そしてそれを視界に入れないよう逃げようとすれば次に目に映るのは裏側でまたしても同じ存在感を放つ小型の岩壁だった。

 それは裏手にある外窓に設置されていて、俺が気の向くままにやらかした罪の重さを証明しているみたいだ。


「……あー」


「……ん? どうしたん?」


「……ごめん、テーラ。まじでごめん」


 だから思わず隣のテーラに今までの謝罪も籠めて頭を下げた。


 侵入方法がこれしか無かったため仕方なかったものの、あの時の俺はイキり散らしてたとしか思えない。


 な~にが『正攻法は俺らしくない』だ。

 これが赤の他人の家だったらその考えもまた一興ではあるものの、テーラの家でそれをやったという事実がどうにも俺に罪悪感を抱かせて来る。


 だがそんな俺の謝罪に対しテーラは受け入れるわけでもなく、どうしてか両手で俺の頬を持ち強制的に顔を上げさせてきた。


「――自分は頭下げちゃいかんよ!」


 思わず目を丸くする俺に向けテーラは怒気の籠った瞳を向けている。


「自分のおかげでうちは今ここにいる。ただ生きるだけの場所で、何も無かったうちの家に色を付けてくれたのは自分なんやから、もっと誇らしくして。ね?」


「お、おお。ごめん」


「ん! 自分は堂々としててええんやから」


 謝ると言っても別にそこまで深く気にしていたわけでは無いんだが、テーラにとっては看過できない言葉だったみたいだ。

 大人しく自分の非を認めるとテーラは満足そうに頷いて、そのまま流れで俺の手を握ってくる。


「さ、行こ。修理、手伝ってくれるんやろ?」


「ああ、任せとけ」


 手を引いて自分の家へと招待してくれるテーラに素直に付いて行きつつも、俺は彼女が岩壁を消滅させる姿を眺めながら、これからの修理にやる気を燃え上がらせていた。



――



 修理と言っても魔導具店の扉の構造はそこらの扉とそこまで大きな違いはない。

 幸いにも壊れたのは扉の方ではなく金具だけだったから、修理にそこまで時間は掛からなかった。


 これがもしもドア自体も破壊されてたら色々と手配しなくちゃならなかったかもしれないが、金具だけなら金具を交換すれば良いだけの話だ。

 取付部位が破損していたからそこは修繕しなければならなかったものの、これでも家族唯一の男手だったということもあって日曜大工はそこまで苦ではない。


 幸いにもテーラ自身この家の建築にそこまで興味が無かったのか大体の作りはおまかせだったということもあり、窓ガラスのサイズもよく一般家庭で使われているものですぐに用意することが出来た。


 何はともあれそこそこの時間が掛かったものの無事修理は完了し、片付けを後回しにしつつ俺は魔導具店の中で椅子に座り、休憩と称してだらけていた。


「かぁ~疲れたぁ!」


「ふふっ、お疲れさん。紅茶飲む? 少し高いのに変えたんよ」


「是非頂きます」


「ん、待ってて」


 カウンターに肘を付き完全にだらけてる俺とは違い、テーラは甲斐甲斐しく俺を労わる準備をしてくれている。


 確か前に紅茶を飲ませてもらった時、俺は安物だと心の中でほざき散らかしていたわけだが、それを知ってか知らずかどうやら茶葉を変えたらしい。


 恐らくこの街でこれからも暮らすことが確定したからだろう。

 教会に泊まっていた時もちょくちょくこの店には帰って来てたみたいだから、恐らく住居スペースの内装も何も無かった時とは違い何か変わってるのかもしれないな。


 良い傾向だ。

 俺のあの時の選択のおかげでテーラは新たな一歩を踏み出せている。


 その中に俺が入っていることが正しいことなのかはわからないけど、少なからず嬉しいと思ってしまってる自分自身の馬鹿さ加減に自虐の笑みを浮かべたくなった。


「……ははっ。楽しそうだな」


 嬉々としてキッチンで紅茶の準備をするテーラの後ろ姿に流し目を送りながら、頬杖を付きそんなことを呟いてみる。


「俺の手を血に染めた甲斐があったってもんだ」


 俺の選択は間違ってなかった。

 俺の選択の結果、テーラの笑顔は増えてああして楽しそうに日々を過ごしてくれている。


 失ったものもあったけど、それでも得たものが大きかったから俺が平和を取り戻したのだという自覚を持てたんだ。


「持って来たよ。どうぞ、召し上がれ」


「ああ、さんきゅ」


 そんなことをぼんやりと思いながら待っていると、紅茶の準備が終わったのかテーラがポットとカップをお盆に乗せながら近付いてきた。

 カウンター前の対面に座りながら、俺のカップに紅茶を注いでくれている。


 有難くカップを傾けコクッと呷ってみた。

 香りと風味が鼻孔をくすぐり、芳醇な甘みが喉を潤してくれる。


 身体も温まり、ホッと小さく息を吐いた。


「……どう、かな。これでも淹れ方とか練習してみたんやけど……」


「……美味い!」


「……! なら良かった。前も思ったけど、自分は随分と上品に飲むね。いつもの品性とは大違いや」


「どういう意味だ。……まあ、そういうマナーを叩き込まれた時代もあったからな」


「そうなん?」


 天界時代、幼馴染みの一人が『私の隣に立つ以上、王家としてのマナーぐらい覚えてなきゃ駄目! 姫様は許しません。ぷんすか』とかうんたらかんたらと騒ぎ立てて、幼馴染みみんなでよく缶詰にされたもんだ。


 まだ父さんが死んでなかった頃だったからあの時の俺は何も考えずはしゃぎまわっていて、今考えてみるとホントに呑気な日々を送ってたんだなと、嗤いたくなってくる。


「うちも、そういうマナーを覚えた方がええんかな?」


「別にいいだろ。俺のは最早癖みたいになってるけど、みんな同じようにやってたら固っ苦しくて堪らないっての。気軽に過ごしてくれた方が俺も落ち着けるからさ」


「自分がそういうなら良いんやけど……」


 逆に俺の方が直した方が良いかなと思うくらいだ。

 教会で同じようにやった時も子供たちに「意外」だの「似合わない」だの好き勝手言われてはしゃがれたし。


 ……まあ、みんなが楽しんでくれてるならそれでいいんだが。

 それよりも、そろそろ本題に入らなければならない。


 もう一度だけ紅茶で喉を潤わせると、カップを置いて正面からテーラを捉えた。


「それで、テーラに聞きたいことがあったんだ」


「ん? いいよ、何でも聞いて?」


「俺は人間界の知識をあんま持ってないからイマイチわからないんだが、人間界にも浮浪者とかっているんだろ? 旅人とか。固定の稼ぎ手段を持たない奴らは一体どうやって金を稼いでるのかと思ってな」


「んーそうやね。大体は遺跡を荒らして貴重品を盗んだり賞金首を捕まえたり、ギルドに入って依頼をこなしたりと方法だけなら結構あるよ」


「そうなのか?」


「うん。うちも昔はギルドに入ってたしね」


「そうなのか!?」


 それは初耳だ。

 最初から魔導具を売って生計を立てていたわけじゃないのか。


「うちは今イクルスにおるけど、そもそもある程度纏まったお金が無いと移住権も与えられんから。うちも魔導具作成の軌道に乗るまではまあ大変やったよ」


「……そっか」


 ……そういえば、テーラは12歳の頃に急に人間界に転移されたと言っていた。

 まだ幼く、人間界のことなど何もわからない少女が生き抜くためには自分の魔法の才能を使ってどうにかお金を工面しなければならなかったことだろう。


 元々イクルスにはいなかったようだし、アルヴァロさんから逃げるために必死に生き抜いてきたのは間違いないようだった。


 きっと嫌なことや辛いこともたくさんあっただろうに。

 その頑張りと努力はほんとに尊敬する。


「でも……ここを拠点にするならそれらを稼ぎ場にするのは難しいかもしれんね」


「え、なんで」


「聖女が三人もいるイクルスにわざわざやって来る賞金首なんか中々おらんし未発掘の遺跡だって近くには無い。ギルドも一応二番街にはあるけど、あれも結局ギルドとは名ばかりの動物を狩って肉を卸す業者になっとるもんね。それでもギルドに入ろうと思った所で、二番街の市民権が無い人は働くことも出来んし」


「……じゃあなんだ、三番街にいる俺はもしかして農家しか選択肢しか無いってことなのか?」


「いや自分は街で管理されてる職種には入れんよ」


「はっ!? なんでだよ!」


「だって自分、そもそも三番街の市民権得てないやん? 今は聖女様の計らいでお咎め無しになっとるけど、一人で活動しようと思ったら多分イクルスから追い出されることになるよ」


「……あっ」


 ……そういえばそうだった。

 冷静に考えたら聖女を守護するための街でこんな得体のしれない人物を滞在させたままにするわけがない。


 しかもイクルスで住むためには色々な条件があるのだそうで、当然の如く俺はそれをクリアしてはないのだろう。


 ということは俺はもうこの街ではマトモに働くことが出来ないのだろうか。

 普段だったらむしろ働かない理由が出来てラッキーだと思う所だが今回に限っては俺なりの目的がある。


 ……街へ出てみるか。

 いや、でも何日立つかわからずどれだけの報酬が貰えるかもわからないものに楽しい日々をベッドするわけにはいかない。


 ならどうするべきか……

 先程教会で行っていたのと同じ課題を少しだけ険しい顔のまま考えていた。


「……自分、働きたいの?」


「いいや働きたくない!」


「…………?」


 そんなことを聞かれたから思わず本音が出てしまい、テーラが困惑してしまってるので話を戻す。


「別に働きたいわけでは無いんだが……ちょっと要り様でな。セリシアにも聞いたんだけど、あいつ俺が何もしてないのにえぐい金額を渡そうとしたから、さすがの俺も無償で金を受け取るわけにはいかないって思ってさ。だから『労働による対価として』金を貰いたいと思ってたんだ」


「そうなんだ……」


 落ちていた金ならすぐ懐に仕舞う俺だが、さすがに人からの厚意による金銭など貰えない。

 仮に俺があの時セリシアからお金を受け取って「じゃあもっと頑張ろう」と思ったとしても、結局教会内で出来ることなど限られているし、そもそも男がやって当たり前のことばかりだ。


 それに見返りを貰おうなどという天使には成り下がりたくはなかった。

 堕落していると自負していても、教会の人間として恥ずかしい男になどなりたくはない。


 そんな俺の心情を受けて、テーラはずっと俺の顔を見続けていた。

 心無しか期待の籠った目をしつつも、どうしようかと躊躇してるようにも見える。


 だがそんなテーラの姿に首を傾げていた俺を見たからか、彼女は意を決して口を開いた。


「な、なら……! う、うちの所で働かない?」


「え?」


「ほ、ほらうちも魔導具店を経営しとるけど、丁度男手が欲しかった所なんよ! それにうちの商売はイクルスが管理している職種じゃないし、各番街に供給しなければならないもんでもない。丁度自分の悩みを解決するにぴったりな提案だと思うんやけど……えっと」


「でも、俺魔導具の知識なんて何も無いから邪魔になると思うぞ」


「それはっ、少しずつ勉強してくれたら嬉しいけど、でも客が来ない時とかの話し相手になってくれるだけでも充分やから! だから……あのっ!」


 最早勢いだけなのか早口で捲くし立てながらも、たどたどしく俺の返答を目を瞑って待っていた。


 きっとこうやって自分から誰かを誘おうというするのは初めてなんだろう。

 その初々しい姿が何だか面白くて、ついテーラの気持ちも考えず笑ってしまった。


「な、なんで笑うん!?」


「ははっ! ご、ごめんって。俺のために頑張ってくれてるんだなって、微笑ましくなっちゃったんだよ」


「~~~~っ!!」


 別にテーラに恩を返してもらうために助けたわけじゃないのに。

 あの頃とは違い天使同士だと分かったこともあって、テーラは律儀にも俺に協力的な態度を取ってくれている。


 きっといつかは失望するのだろう。

 俺は、そういう堕落した天使だ。


 それでも大事なのは未来ではなく今なのだと、俺自身が言ったのだから。


「悪いけど、俺で良ければ……頼めるか、テーラ」


「――! うんっ! うちに任せとき」


 今はその厚意に甘えよう。

 どんな結末が待っていようとも、今テーラが嬉しそうに笑ってくれるだけで……俺はそれだけで充分なのだから。

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