第8話(2) 『変わったもの』
朝早くから、らしくもなく面倒な仕事をやり遂げて教会に戻った俺。
散歩と嘘を吐いて出掛けた俺の帰宅を律儀に待っててくれたセリシアと一緒に朝ご飯を腹に収め、休憩がてら裏庭の木の幹に寄り掛かりながら寝っ転がっていた。
心地よい風と木々によって隠れた日陰は最高の昼寝スポットであるが、今の俺は昼寝をするわけでもなくずっと考えていることがある。
「……金が欲しい」
……と。
ここ最近ずっと考えていた。
俺はいつまで無一文のまま教会に寄り掛かり続けるんだろうって。
もちろん教会に養ってもらうこと自体はウェルカムなのだが、問題なのは俺自身が何も買うことが出来ないという所にある。
俺がテーラにプレゼントをしようと思った時。
俺はぬいぐるみすら買えない自分自身の甲斐性の無さに恥ずかしさを覚えていた。
あの時は店主の計らいによってぬいぐるみをタダで貰えたから良かったものの、このままじゃ良くないと思っている自分も確かにいる。
それに……
「セリシアにも何かプレゼントしたいし」
いつも忙しいのに、こんな堕落した俺に色んなものをくれたセリシアに何かあげたい。
そう思ってしまってるから俺はこのままではいけないと思うようになった。
今着てる教会の人間であると証明する服も、居場所も、セリシアはくれた。
たかが物をあげただけでそれらの恩を返せるなど微塵も思っていないが、それでもその恩返しとしてセリシアには喜んでほしいと思ってる。
金を手に入れるには働かなくてはならない。
それが知能のある生物の生き方だ。
考えてる時間があるならさっさと働き口を見つけろというのは至極真っ当な意見だろう。
最初に自問自答した時、俺が真っ先にそう思ったものだ。
だからもちろん以前に一度セリシアに聞いたさ。
働き口は無いかって。
そう、聞いたんだが……
『なあ、セリシア』
『はいっ、なんでしょう?』
『俺さ……少し働こうかなって思ってんだけど』
『……ええっ!? ど、どうしてですか? ……!! ここの生活に不満があるのであれば私になんでも言って下さい! 改善出来る所があれば出来る限り行うつもりですっ』
『い、いや不満なんてあるわけないだろ? でもさすがに無一文のままっつーのも個人的に過ごしにくいかなって思って……』
『――! 確かにそうですね……保護対象である子供たちと今まで過ごしてきたので、プライベートというものを気に留めていませんでした。メビウス君にもやりたいことがたくさんあるはずですよね……すみません!』
『いや、謝らないでくれよ……だから俺としては働き口でもあれば――』
『そういうことでしたら、こちらをどうぞ!』
『……なにこれ』
『今月のお給料ですっ。まだ正式にでは無いですが、メビウス君にも教会のお仕事を手伝ってもらっていますし、正当な報酬を支払うべきでしたよね……!』
『……いや、俺何もしてないけど』
『そんなことはありません。メビウス君がこの教会にやって来てから子供たちも教会自体も明るくなりました。私も聖女としてメビウス君から受けた恩に報いたいと、ずっと思っていたんです。ですから、こちらをどうぞ』
『……めちゃくちゃ入ってるんだけど』
『はいっ! 今までのお礼も籠めて、50万リードをご用意しています。信者の方々の寄付金ではなく教会の運営資金なのでしばらくは軽い節約をする必要はあるかもしれませんが、どうぞ受け取って下さい!』
『……いや貰えるかっ!!』
……と、言う感じでセリシアによる過大評価によりえげつない定期小遣いを貰いそうになったため、結局なあなあにして逃げたのだ。
さすがに教会の運営資金なんか受け取っちまったら、子供たちにも街のみんなにもどんな目で見られるか分かったもんじゃない。
それにセリシアは勘違いしてるだろ。
「……はあ。あの子のお人好しっぷりにはさすがに寄り掛かれねーっつーの」
俺が教会を明るくしたことなんて一度も無いし、むしろ暗くしてばかりだった。
その度に救ってくれたのは……セリシア、君なんだよ。
そんな君から幸せすら貰ってるってのに、金なんて貰えるわけがない。
それにセリシアから貰った金でセリシアへのプレゼントを買うとか、それはもうヒモなんだが。
俺が何か教会に対して強い奉仕活動を行っているならまだしも俺は彼女の仕事の邪魔をしてあの子の時間を浪費させてるだけだ。
だからセリシアにもう頼むことは出来ない。
今はその話になりそうになったらそそくさと逃げ続けているものの、この世界の地理や歴史についてはよくわからないためただの浮浪者がどうやって生計を立てているのかを早めに知る必要がある。
「んー……んー!」
唸り、頭を捻る俺。
三番街の店主の誰かに数日だけ雇ってもらうか?
それか聖神騎士団の警備に参加して日当を貰うか……いや、確か聖神騎士団は帝国から選ばれた者しかなれない云々って言ってたから、正式加入じゃない以上ただの慈善事業になってしまうだろう。
普通の店でバイトしても金額はたかが知れてるだろうし、それで仕事に精を出して肝心の教会の保護を疎かにしたら本末転倒でもある。
「う~ん! ……あ、これ寝れるわ」
「な~に唸っとんの。自分」
「うおっ!?」
目を瞑って考えている内に睡魔が襲い掛かってきて、抵抗を一切せずに夢の世界へ誘われた俺だったが、そんな俺を呼び止める声が真上にあった。
慌てて目を開けると、そこには俺の顔を覗き込みながら顔を綻ばせているテーラがいて、淡紅色の一部に白色が入った髪を靡かせている。
「……そうだ、テーラがいたんだった」
「……?」
外のことを知っている奴で、社会にも詳しい人物。
あまりにも教会に引き籠ってばかりだったから頭の片隅にしか入れて無かったが、そういえばテーラも数年この世界で生き延びていたんだった。
きっとテーラなら、俺の知りたい答えを知ってる。
あとついでに、すっかり忘れてたやらかしも解決しなければならない。
そう思った俺は名前を呼ばれ首を傾げたテーラに手招きすると、彼女は簡単に隣に腰を下ろし顔を近付けてきた。
「ん、なあに?」
心無しか距離が近いが、テーラの俺に対する態度もだいぶ変わった。
相変わらず軽口は良く言うが、あの頃とは違い表情も幾分か柔らかく素の自分らしき姿を見せてくれることも多くなってて、精神的にも物理的にも距離がかなり縮まったような気がする。
「そういやお前の家の扉、まだ直して無かったよな。丁度良いし今から直しに行かないか? さすがにあのまま放置は気が引ける」
「……別に今日じゃ無くてもええんやない?」
「なんでだよ」
「……だって、直したら自分と一緒に居られなくなるし」
「……お、おー」
俺の提案に不貞腐れたような態度でテーラは苦言を申してる。
急にそんな恥ずかしい台詞をさらっと口にしたため逆に俺が若干動揺してしまった。
やはりテーラはあの時から変わったと思う。
俺は、結局テーラのトラウマを無くすことは出来ず元凶を排除することしか出来なかったけど、それでもあれからテーラはまるで心に固まっていたしこりが取れたかのように生き生きと日々を過ごしていた。
まあ、なんだ。
それに付随して若干距離が近くもなりそんなことを言ってくるが、敵意を向けられていた時よりかはマシだろう。
それにそんな懸念など、もうお前が抱く程の仲じゃないだろ。
「直したって、いつでも泊まりにくればいいよ。まあ俺の一存で決められることでもねーけど、セリシアだってここ最近は同年代の同性と話せて充実してるみたいだし、俺と違ってお前はちゃんと教会の手伝いもしてるだろ」
「……そうだとええんやけど」
とはいえ今までずっと鎖で縛られ続けてきたせいで友達としての感覚がわからないテーラに理解しろと言っても酷な話だ。
むしろテーラがそうした不安な感情を持つのは、一重にセリシアに嫌われたくないという感情が僅かでもあるからだと思う。
でも一人じゃ不安なままなのであれば、その時のために俺がいるのだ。
「ま、どうしても断られるってんなら、俺も一緒に説得してやるからさ。な?」
「――! そうやね! うちも自分が一緒なら何でも出来るから!」
「よし、決まりっ!」
説得力の欠片も無いかもしれないけど、俺の説得でテーラも納得してくれたみたいだ。
不安要素だったものが無くなって、俺へ嬉しそうな笑みを見せてくれる。
「さ、行こうぜ」
「うんっ」
だから俺も安心してはにかみながら立ち上がり、座るテーラに手を差し伸べた。
そんな俺の手にテーラも手を置いて立ち上がると、二人で一緒に軽口を言い合いながら軽い足取りで教会の門を開いた。