第8話(1) 『優劣があっても』
人間界での『大人』の扱いが何処から始まるのかは詳しく知らない。
メイトが13歳になったら教会を出るということは知っているが、だとしても働き口を見つける必要がある年齢は環境によってまちまちだと思う。
それでも天界だけでの観点で話をするなら、俺は正真正銘の『大人』だった。
神様に仕えるためだけに生を受け、天使として相応しい清く正しい存在になるための勉強が6歳から始まり三年制で15歳までの月日を使う。
16歳になった時点で『大人』として天界を維持するために働き始めながら『神天使』に選ばれるのを待ち続ける。
それが天使としての人生だ。
そして現時点で16歳である俺も、天使として『大人』になった。
けれど大人になってからの一年……いや、半年ぐらいの人生は酷く堕落的だったと今では思う。
まだ大人になるには時間が足りない妹を守るためにと免罪符を持ってだらだらと毎日を生き続けていた。
みんなに「そのままじゃいけない」と言われてもこれが正しいことなのだと無駄なプライドを持ち続け半端者のまま生きてきた。
まだ『子供』のエウスを、守るためにと。
天使として相応しくない俺だけが悪党を【断罪】する権利があると思い続けて。
けれど違った。
天界にいた頃の俺には本当の意味での【断罪】の覚悟なんてものを何一つ持ってなどいなかった。
天界での俺は学園内では負け無しで誰もが俺の強さを認めていたから、これだけ強いのだから復讐者だって簡単に殺せると高を括って何もして来なかった。
……でも今は違う。
人間界で俺は、あの頃と違って結果をちゃんと残してきたはずなのだ。
天界では小さなことばかり【断罪】するとのたまっていたけど、人間界に来てからは本当の意味で罪人を裁くことが出来るようになった。
それは俺が悪人と同じ、咎人になったからだ。
俺はきっと、天界にいた頃とは大きく変われている。
人間界に来てからは誰かの力になれている。
挫折を味わった上で、ガルクを殺すための新しい力も手に入れた。
そんな自分が誇らしかった。
自分が正しいことをしている自負の念を抱いたから、俺は自分の行いに自信を持つことが出来たんだ。
……だけど人間界で暮らしていると、偶に思うことがある。
俺は本当に『大人』になれているのだろうか、と。
――
日が昇り始めてまだそこまで時間が立っていない世界で。
俺は教会の近くの森の中で、数多くいる人間を紅く光る冷たい瞳で見下ろしていた。
「あの時の俺は本当にガキだったとしか思えないな。ストレス発散とか、煽ってみたりとか……まあそのおかげで今の信頼を勝ち取ることが出来たから一概に間違っていたとは言いにくいんだが」
「――がっ!!」
恐怖に染まった目で、地面に這い蹲っている人間が苦痛に呻きながら俺を見上げていた。
ここで倒れている人間の全てが、隠れながら聖女であるセリシアを結界のある教会から誘き出すために三番街の住民を人質に取ろうと作戦を立てていた非教徒たちだった。
そんな非教徒の一人を足蹴りにしながら、ふとそんなことを語ってみる。
6人程の男が地面に倒れ、何処からの骨が折れている。
額や鼻、口からはそこそこの量の血を垂れ流していて、目元が大きく腫れている奴も中にはいた。
それもこれも全部、俺がやってきたものだ。
「赦し――ぐあああああッッ!!」
「それでも、大義もないあの時とは違って今は明確な基準を自分の中に作ることが出来たんだよ。あいつらを守りたい。あいつらが何の気概もなく、こんなクズ共を視界に入れることなく幸せな日々を送ってほしいって、今は心の底から思ってる」
「げほっ! げほっ!」
謝罪や懇願の赦しなど無視して、俺はあくまで事実のみを根拠に再度非教徒の男に天罰を下している。
そもそも謝るぐらいなら最初からやるなという話だ。
自分の行動で自分が不幸になる可能性を受け入れなければ動いてはならない。
そう思うから、俺は地面に這い蹲りながらも本能でゆっくりと後ろに下がろうとする非教徒の顔前に聖剣を突き付けた。
「待ってくれ! 頼む! 待ってぐあああああああっ! ま、待ってっ、くれ!!」
「犯罪者と話すことなんて何もないだろ」
ストレス発散に使おうとしていた下劣な頃とは違って、今はもう無理に時間を長引かせる必要性はない。
だから手っ取り早く非教徒たちの心を折って二度と反抗出来ないようにしようと聖剣を叩き付けてみるが、それでも諦めることはせずしつこく俺に話を聞いてもらおうと訴えかけてきた。
そうされてしまえばこちらとしても僅かな善意が邪魔をして振ろうとした剣を停止させてしまう。
仕方なくため息を吐きながら言葉を待つと、非教徒は話を聞いてもらえると悟ったのか焦りで顔を歪めながらも必死になって口を開いた。
「あ、あんたはっ、教会の人間じゃないだろ! なのになんで聖女なんかの味方をするんだ!」
「……あ?」
確かに俺は教会の人間に見えなくもない服を着ているとはいえ正式な教会の陣営ではない。
けどこの世界の常識からして聖女の味方をする理由を問われても疑問符を浮かべることしか出来なかった。
別に聖女を守ることに対しての理由なんて必要ないだろうに。
だが非教徒たちにとってはそうじゃないのか、俺の表情を見て溜め込んでいた不満を爆発させたようだった。
「聖女がいるせいで俺達下民はいつも厳しい生活を送ってる! この街にいる奴らだって、みんな聖女の恩恵を受けることが出来る裕福層ばかりだ! けど俺達みたいな生まれ持った権力もない奴らはいくら神に祈っても祝福を授けられることなんてない! 聖女のいない街の住民ってだけでだ! 聖女がいるせいで恩恵も受けられないのに搾取され続けてるのは俺達なんだぞ!? 自由になりたいって、そう思うのはいけないことなのかよ!?」
「……」
「そ、そうだそうだ! 聖神騎士団だって聖女のいる街しか守ってくれないじゃないか! こんな格差社会でずっと俺達はそいつらの踏み台になり続けろってのか!? 神は俺達を見てくれていると寄ってたかって言ってるけど、現実は俺達の貧困や魔法の才能がある奴による一方的な犯罪が増えているだけだ! 俺達が少しでも楽出来る世界を創りたいと夢見て、何が悪いんだよ!?」
一人が不満を曝け出せばそれを皮切りに他の奴らも同調し、痛みに耐えながらも必死に自分の憤りを俺へとぶつける。
神の裏切り。
世界による人々の格差。
そして聖女の恩恵を受けられないというどうしようもない優劣。
それらを納得しながら生きていくのは確かに難しいのかもしれない。
聖女が三人も所属していて、尚且つ何の弊害もなく暮らしている【イクルス】の住民に八つ当たりをしようと思うのもわからなくはなかった。
そして非教徒の言葉を聞いて、一つ腑に落ちたこともあった。
こいつらは以前の非教徒とは違って何故か魔法を使わなかったのだ。
だから人数が多くとも魔法というわからん殺しが無かったおかげで簡単に制圧することが出来たのだが、魔法とは才能や適性も必要らしい。
そしてその言葉通りなら、最初に来た非教徒二人組はこいつらでいう所の犯罪者……つまり更にこいつらを搾取する側の人間だったということなのだろう。
あいつらは自分たちの欲望が先行していて見るに耐えなかったものの、こいつらの目には確かな信念というものがあった。
だからその感情をぶつけられても、俺は非教徒たちの言葉全てを否定することは出来なかった。
……でも。
「……あんたたちの言い分は、そこまで世界に詳しいわけじゃないから全部ではないけどまあわかった。その気持ちを抱く感情はわからなくもない」
「――ならっ!!」
「……でも。それで聖女は不幸になっても良いって、あんたたちはそう思ってんだろ」
「――ッ!」
言い分はわかる。
でもその行いは、自分たちが不幸だから周りもみんな不幸になってほしいという醜い感情に他ならない。
聖女を傷付けてもいい理由には、ならない。
「俺もあんたたちの立場だったら、そう思うかもな。だから同情はするよ。そんなクソみたいな世界、変えたいって思うのも無理はない。ただ文句を並べるだけな奴より、行動しようとするあんたたちの方がよっぽど立派だ。それでも……セリシアだって自分の責任を全うするために頑張ってるんだよ」
俺はそれを見てきた。
確かに全部を救おうというのは無理なのかもしれない。
救いたいものの優先順位の結果、お前らにまでそれが回って来ないというのは現実としてあるはずだ。
怒りや、憤りはわかる。
けれど世界を変えたいと望むのなら、聖女ではなく【帝国】の方をどうにかすることが最善だろ。
少なくとも、いるのかもわからない神に願うよりかはよっぽど可能性のあることだ。
「恨むなら聖女じゃなくて世界の方だろ。あんたたちの敵意を、一人の女の子である聖女に向けるのは間違ってる。そして……それが正しいことだと自分を正当化させてるあんたたちのことを、同情はしても納得することは出来ない」
近付きやすいからという理由でセリシアを狙うのは正当な言い訳にはならない。
寄ってたかって集団で女の子一人を脅そうとするような奴らを、俺は赦すことなんて出来ないから。
……話は、終わりだ。
「光があれば影もある。セリシアみたいな一点の光を曇らせないようにするには、俺以外の影をあの子の前に晒しちゃいけないんだ。あいつらの笑顔を曇らせないために」
「なんで! 俺達は間違ってないっ……! なあっ!? 間違ってないだろ!?」
「間違ってはないかもな。……けど」
聖剣を強く握る。
辛いだろうし悲しいだろう。
どうしようもない絶望を、この人たちも味わったのかもしれない。
だけど俺にはそれは救えない。
そんな大きいものを救う程、俺の手は大きくないから。
だから俺の手に包み込めるだけのものを守る。
子供たちの笑顔を、街のみんなの笑顔を……そして、セリシアの笑顔を奪わせないために。
「それをここまで持ち込むな。俺の創った平和な日々を……邪魔すんなよ」
たとえどんな事情があろうと、誰であろうと、犯罪者を赦すという選択はあり得ない。
それをアルヴァロさんの時、もう決めたから。
だから俺は紅い瞳を輝かせ、剣を大きく振り上げた。
……木々に止まっていた鳥が甲高い音を上げて飛び立つ姿を、何処か他人事のように感じながら。
――
……きっと非教徒とはいえ全員が全員、自分のためだけに行動しているわけじゃないのだろう。
もしかしたら俺と同じように家族のためにとか、誰かのために聖女を狙おうと決意した奴も中にはいるのかもしれない。
そう考えると三番街のみんなが言っていた非教徒の扱いには若干思う所はある。
だが俺が生まれ育った天界ですら神を基準に世界は創られていたわけだし、人間界の社会が異常だとはあまり思えなかった。
それに……仮に非教徒の言う通り全部の街に聖女の役割を担わせに行こうという話になったら、それこそ今度は聖女の負担が一気に増幅してしまう。
そしてそれが当たり前になった辺りで人は思い批難するんだ。
『聖女なんだからそうするのが当たり前。逃げるのは甘え』だって。
自分たちのことは棚に上げて同じ人間をいとも簡単に叩き続ける。
認めたくはないが、世界の平和とは誰かを踏み台にした上で保てている。
そしてそのツケを非教徒の奴らや、俺のような奴が払い続けてるだけのこと。
全部を救うなんて無理なんだ。
何より俺自身も変えようと思う程現状に納得してないわけじゃない。
……それにさ。
「――あっ! お帰りなさい、メビウス君っ!」
「……ああ、ただいま」
この子の笑顔を奪おうとした時点で、どんな理由があろうとやっぱり俺は【断罪】を止める選択はしなかっただろうから。
だから俺にとって非教徒が【悪】なことは、変わることはないんだ。
【大切なお願い】
ブックマーク、感想、レビュー、広告下↓↓の☆☆☆☆☆のどれかをタッチして評価していただけると有難いです! ポイント増加やモチベに繋がります!
よろしくお願いします!