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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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エピローグ(2) 『これが仮初めの幸せでも』

 何とか一つも取り溢すことなく、この大きく広げた腕の中に大切なものを全て包み込むことが出来たはずだ。

 教会に訪れる厄災をまたしても撃破し、失いたくない人達全員を守り切ることが出来た。


 アルヴァロさんを殺したことでまたしても天界に帰るのが遠ざかってしまったが、これら二つを天秤に掛けた結果俺が選んだ選択は正しいもののはずだ。


 またゆっくり天界に帰る方法を探すしかないだろう。

 アルヴァロさんでさえ完璧に結論を出せていなかったことを現ニートである俺が見つけられるわけがない気がするのだが、他の天使も人間界に転移しているのはわかっている。


 いずれまた同族と会った際にその方法を知っている人がいるかもしれない。

 その時に協力して、天界に帰るおこぼれを貰おう。


 少なくとも今はそんな未来のことを考えたくはなかった。


 何故なら……


「シロ兄――!!」


「シロお兄ちゃんっ!」


「お、お兄さんっ……! ……えいっ!」


「ぐえぇっっ……!」


 一階に降りて皆の顔を見ようとリビングエリアに入った瞬間年少組に突貫され、身体に鈍痛を受けながら床へと倒れ込んでいるのだから。


「あははっ、お兄さんもっと筋力付けなきゃ駄目かもね~」


「師匠もっと踏ん張って下さい」


「お、お前ら……! 仮にも俺病み上がりなんだけど!」


 飛び込んで来ない年長組にも、見下ろされながら煽られる始末。

 

 一人はしゃがんで顔を覗き込みながらニマニマと何故か嬉しそうに。

 一人は立ちつつもジト―っと呆れたように。


 何なんだガキ共。

 三日……から二日立ってるから五日ぶりに会ってこの仕打ちとか、少しは俺を労わろうという気持ちがないのか。


 へばりつく子供たちを退かそうと身をよじっても、丸二日寝込んでいて尚且つ血液不足やダメージで疲弊しているためほとんど力が入らない。


 最早どうしようもないので諦め気味に子供たちの玩具になろうと身を投げ出した俺だったが、床がテンポよく軋む振動が身体に伝わって来た。


 どうやらキッチンの方に人がいたらしい。

 リビングへ入って来る一人の少女の姿を感じ取る。


「だ、大丈夫ですかメビウス君っ。皆さん、メビウス君と遊ぶのは具合が良くなってからにしましょう」


 その聞き慣れた声を受けて視線を向けると、慌てて駆け寄って来ていたのは陽だまりのような暖かさを持つ聖女、セリシアだった。

 いつも通りながら心配そうな目をこちらへと向けてくれていて、俺は日常に帰って来たという実感を持つことができた。


 セリシアの言葉を聞いて年少組は俺から離れ何事も無かったかのように振舞うその姿に若干頬が引き攣りつつもセリシアによって身体を起こされる。


 拘束から解放されたのでわちゃわちゃ拷問でもしてやろうかと手を動かし子供たち、特に年長組を牽制する俺だったが、そんな俺を見てくすりとセリシアは笑みを浮かべた。


「皆さん、ずっとメビウス君のことを心配していたんです。音沙汰も無かったですから、倒れたまま帰って来た時はみんなメビウス君の部屋で起きるのを待ってたんですよ」


「うぐっ!」


「せ、聖女様! それは――!」


「……そうなのか?」


 セリシアの言葉に露骨に反応したのは最年長組のユリアとメイトだった。

 年少組の三人はともかくこの二人は思春期を拗らせている所があるから、事実だとしても気恥ずかしさというものが強く出てしまっているのかもしれない。


 チラリとそちらに視線を向けると丁度二人と目が合い、顔を赤くして慌ててカイルたちの背中を押し出した。


「そ、そういえばまだ勉強の途中だったなぁ~」


「オ、オレも特訓の途中だった……ほ、ほらみんな行くよ!」


「えー!? なんで!?」


「お、お姉ちゃん……押さないでよぉ」


「リッタもまだ話したい!」


「「い、いいから!」」


 そして扉を開けてリビングを出て行ってしまう。

 思春期の子供にあの視線は中々厳しいものがあったのだろう。


 少し驚いてしまってまじまじと見てしまったが、悪いことをしたかもしれない。

 それでも心配して少しでも長く傍にいてくれたという事実だけで、俺はここ数日の行動に意味があったのだと安心することが出来た。


「――あ、そうだお兄さん」


 そんなことを思いつつ礼拝堂へ続く扉を眺めていると、不意に扉から顔だけ覗かせたユリアが思い出したかのように声を上げた。


「カッコいい所は、見せられた?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべそんなことを言って来る。

 一瞬だけ呆気に取られた俺だけど、それでも小さく笑って。


「……ああ、何とかな」


「……そっか。なら良かったね!」


 約束したから、自信のある姿をユリアへと見せた。

 その言葉だけ聞けて満足したのかユリアも小さく笑ってもう一度リビングを出る。


 ……やっぱり心配させてしまったらしい。

 恥ずかしさを感じてもそう声を掛けてくれるユリアに俺も喜びを隠しきれそうになく、誤魔化すように頬を軽く掻いてみる。


 騒がしかった子供たちも、そしてユリアもいなくなり、一気に静けさが包む二人だけのリビング。

 顔を合わせるのも久し振りだからか軽く頬を掻きつつ俺自身も若干の気恥ずかしさを感じていると、気を遣ってくれたのかセリシアはゆっくりと立ち上がった。


「丁度暖かいスープを作った所だったんです。少し待っていて下さい」


「あっ……ありが、とう」


 そう言って軽く微笑んだ後、セリシアは再度キッチンへと戻って行った。


 ……セリシアには、どう伝わっているのだろうか。

 それだけが俺の中でずっとぐるぐる回っている。


 テーラには、話せることがあまりにも少なかったため盛大に誤魔化したと聞かされていた。

 あいつもセリシアと腰を据えて話すのはまだ難しかっただろうから、一切の辻褄合わせも出来ていないだろう。


 となれば、きっと今までの真相を聞いてくるはずだ。

 それを問われたとして、俺は一体何て言うのだろうか。


 大切な人であるアルヴァロさんがセリシアを狙っていて、テーラが殺してほしいと願ったから【断罪】した。


 ……そんなこと、言えるわけがない。

 自分がやったことが正しくて、その信念を否定することなど決してないものの、胸を張って伝えられる事柄ではない。


 ……なら、嘘を吐いて誤魔化すのが最善だ。

 けれど嘘を吐くこと自体は大得意だというのに、今の俺は彼女に嘘を吐くとなるとどうにも心がズキリと痛む。


 前まではきっと、簡単に嘘を塗り固めていただろうに。

 立ち上がってリビングの椅子に腰掛け、頬杖を付きつつセリシアの後ろ姿を見つめる。


「……」


 ただ、だからといって真実を口にするという選択肢だってないのだ。

 真実を伝えればセリシアからどう思われるかわからないし、何より一緒に考えると約束したテーラを裏切ることになる。


 どうすればいいのだろう。

 それに、仮に嘘を吐くにしてもテーラの不可解だった様子はセリシアも知っていて、アルヴァロさんだって俺が捕まっている間教会に既に来ていたらしい。


 俺をダシに脅したということは、俺達三人が何かしらに直結しているというのは既に誤魔化しようのない事実のはずだ。


「お待たせしました。少し熱いので気を付けて下さいね」


「ああ……ありがと」


 後ろ姿を眺めていた割には、セリシアがこちらに近付いて来ていることにギリギリまで気付けなかった。

 かなりボーっとして物思いに耽っていた事実を受け入れつつセリシアの注意に則って軽く冷ました後、口元に寄せたカップを傾ける。


「……うま」


 温かい、心安らぐ味がする。

 この教会に来て何度も味わった陽だまりのような味のするスープだ。


 何でも、セリシア特製スープだとか何とか。

 仮に作り方を知ったところで俺がそれを作ってもただの紛い物に変わるだけだから俺は飲む係だけで充分だと思う。


 セリシアも向かいに座り、両手でカップを持ちつつゆっくりと小さな口でスープを含んでいた。


 セリシアも俺から言うのを待っているはずだ。

 必死に頭を回転させて違和感のない言い訳を構築させていく。


 ……一筋の汗が、流れた。


「……あのっ! ……さ」


 思わず声が裏返る。

 緊張し、強烈な喉の渇きを覚えていた。


 それでも、言わなければならない。

 何か納得出来るような言葉を吐き出さなければならない。


 嫌われたくないから。

 自分がやったことを知られたくなんてないから。


 だから、少しでも違和感のないように――


「……良いんですよ、メビウス君」


「――――は?」


「言いづらいことなら、それを口にする必要なんてないんです」


「――――」


 言葉を、失った。

 一瞬だけセリシアの言っていることの意味を理解出来なくて、思わず呆けた息を吐き出してしまう。


 ……言わなければならないことのはずだ。

 だって誰がどう見ても今回の件は何事もなく解決出来ることではなかった。


 俺の大切な人であるはずのアルヴァロさんはもう二度と来ることもなくて、テーラの感情の変化だって何かが無ければおかしいぐらいに変わっていて。


 そして俺は……またこの手を、真っ赤に染めてしまった。


 セリシアは何もわからないはずだ。

 そもそも裏で何が起こっていたのかすら、きっと察することも出来ないだろう。


 気にはならないのか。

 何もわからず、違和感だけ感じる日々を過ごして、本当にそれが幸せな日々なのだと言えるのか。


 俺は……言えないと思う。

 だから、俺は……


「それでも! ……君とこれからも過ごすのなら、理由ぐらい聞いた方が……」


 どうせ真実など言わないのに、何を言っているんだ俺は。

 適当な嘘で丸め込もうとして、重ねた嘘を背負って生きていく方が楽とすら思っているのに、どの口でほざいてるんだよ俺は。


 自分の気が軽くなるために、俺はこうしてどうしようもない言葉を吐き出してしまっている。


 ……それでも、セリシアはゆっくりと瞼を閉じて。


「私には、皆さんに何があったのかなんて検討も付きません。きっと、私には想像も付かないようなたくさんの大変なことがあったんだと思います。『聖書』にも記されていましたから、もしかしたら私にも関係のあったことなのかもしれませんね」


「……っ」


「……でも、言いたくないことは、言わなくて大丈夫なんですよ。少なくとも私が聞きたいと思える言葉は……やっぱり、笑って言ってくれることが良いですから」


「~~~~っっ!」


「ここは教会であると同様に、孤児院でもあります。私はここで暮らしてから、人には辛い過去や抱えているものがたくさんあるんだとわかったんです。それは子供たちだけじゃありません。メビウス君も、悩んでしまう言葉ではなく、楽しい話を聞かせてくれると嬉しいですっ」


 セリシアの言葉に、どうしてか俺の目尻が熱くなって来ていたのに気付いた。

 涙が零れ落ちそうになるのを必死に堪え、眉を潜めながらも俺はグッと顔を上げる。


 ……どう、して。

 どうしてセリシアは、そんなことを言ってくれるのだろう。


 神様は嫌いだ。

 それを意気揚々と口にして、きっとセリシアは何か思うことがあったはずだと後になって気付いた。

 ここに来た時は君の気持ちなんてまるで考えもせず、言いたいことばかり軽率に口にしていたというのに。


 俺なんかに、どうしてそこまで気を遣ってくれるのだろう。


 俺は醜い天使で、下劣で、最低で、陰湿で、品性の欠片もない堕落した男で。

 それを少なからず君だって見てきたはずなのに。


「俺は……」


 こんな優しい人にもまだ嘘を吐き続けなければならない自分が嫌になる。

 言いたくても、まだ信じられない自分自身に嫌気が差す。


「俺、は……」


 声が震えていた。

 自分が何をしようとしているのかすらわからなくて、ただただ口から言葉が吐き出されている。


 言うのか。

 本当の自分を曝け出すだけの覚悟はあるのか。


 そんなのあるはずがなくて、後ろめたい気持ちを隠すようにグッと口から出そうになる言葉を呑み込んだ。


「おかえりなさい。メビウス君っ」


「……ぇ」


 けれどそんな時ですら、彼女はいつも俺の気持ちを尊重してくれていて。


 素直に純粋に単純に、ただただ俺の帰りを祝福してくれた。

 帰って来たという事実だけで何よりだと、そんな意味合いを込めて微笑んでくれた。


「……ただいま」


 だからそれが嬉しくて、どうしようもなく嬉しくて、結局俺はまたセリシアに甘え続ける。


 きっと甘え続けた先にある未来は俺が後悔するようなものになるのかもしれない。

 仮初めの日々を過ごし続けて現状から目を背けることは間違っていることなのだとも思う。


 ……それでも、今日みたいな日々をずっと送り続けることが出来るのなら。


 言いたくないことを話すよりも、笑える話をした方がよっぽど有意義なことだと自分自身を丸め込んだ。


 だからもっと楽しい明日や、明後日の話をしよう。

 君がそんな日々を送るためなら、俺は何だって出来ると思うから。


「近いうちに、前に言ってたキャンプをしよう。俺、君のこともみんなのことも、楽しませてみせるから」


「本当ですか……! 楽しみですっ!」


「……ああ。まあこの俺に任せておけ。三番街のみんなも誘ってさ、ぱ~っとやって盛り上げよう。セリシアが来るって聞いたら、もしかしたら場所取り争奪戦でも始まるかもしれないぜ?」


「け、喧嘩にならないといいのですが……」


「任せとけって。セリシアの傍は俺が勝ち取ってみせるから!」


「メビウス君も参加するんですか!?」


 そんな馬鹿みたいな話でセリシアの感情の変化を楽しんで、俺は今日もまた堕落に生きる。


 たとえこれが偽りの平和だったとしても。

 この平和を奪い取ろうとする奴がいるのなら。


 人間だろうが魔族だろうが……天使だろうが裁いてみせよう。

 罪人を裁くのに、個人の裁量など単なる枷でしかないはずなのだから。


 それで得たものが俺にとって仮初めの幸せでも。



 ――俺はそれでも、そんな日常を求めているのだと実感することが出来た。




 第二章(完)

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