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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第7話(9) 『鎖を砕いた日』

 暖かい、包まれているような感覚があった。

 全身は相変わらずズキズキと痛み、ぼんやりとしていた意識を徐々に覚醒へと導いてくる。


 ゆっくりと瞼を開けた。

 視界に映るのは見慣れているはずなのに何処か懐かしさを感じる少しばかり古びた天井で、覚醒していくにつれここが人間界での自室だということをようやく理解することが出来た。


 何を、していたんだっけ。

 とても大事な、人生を変える選択をしたような気がする。


「そうだ、俺……」


 ぼやけていた視界の焦点が完全に重なる。

 それと同時に、欠けていた記憶の全貌を思い出すことが出来た。


 ……俺は、テーラを救ったんだ。

 それと同時に今までの疲労に合わせ脳へのダメージが決定打となって意識を失ったことも思い出す。


 軽く身じろぎしてみると、思いの他不自由のないくらいには身体を動かすことが出来たため、外傷的にはそこまで大きなダメージを負っていないことに小さく安堵の息を吐いた。


「……目ぇ、覚めた?」


「……テーラか」


 そんな時、すぐ傍で聞き覚えのある声が耳に届く。

 ゆっくりと視線を横に向けると、ベッドのすぐ傍で椅子に座りこちらに柔らかい笑みを浮かべている少女がいた。


 少女……テーラは俺がプレゼントしようとしてきちんと渡すことの出来なかった白熊のぬいぐるみを胸に抱きながら、自身の姿は人間と天使、そのどちらの特徴も合わせた姿をしていた。


 淡紅色の髪、その横に寄った位置に元々の髪色だった白髪が混じっている。

 意識のある時まであった純白の翼と光輪は既に消失しておりどちらかというと人間寄りの姿だが、これまで忌み嫌っていた天使の特徴を取り入れている辺り彼女の中で何か心境が変わったのかもしれない。


 天使としての自分を受け入れた姿勢を感じられて、俺の心も少しだけ暖かい気分になった。


「……一応聞くけど、ここは?」


「【セリシア教会】の、自分の部屋やね。自分が気を失ってからもう二日も経っとるよ」


「……そりゃあ、心配掛けちまったかな」


「そうやね……聖女様も子供らも、自分に『祝福』は効かないからいつ目を覚ますのかちょくちょく様子を見に来てた」


「……そっか」


 教会に戻って来たということはきっとテーラが風魔法か何かで気を失った俺をここまで運び込んでくれたのだろう。


 心配など掛けたくなかった。

 だけど心配してくれたという事実に少しだけ嬉しく思ってしまうのもまた、深い業を背負っていると自覚してしまう。


 セリシアが無事で、子供たちも無事で。

 テーラを縛り付けていた鎖を砕き、本当の意味で彼女を救い出すことが出来たのだと実感した。


 そして彼女の言葉に深い意味がないのなら、ずっと俺の看病をしてくれたのはきっとテーラなのだと思う。


 そんな時、不意に絹のような細く柔らかい指が俺の頬に軽く触れる。

 その指はなぞるように頬を這うと、純白色の髪を掻き分けたままそっと撫でてきた。


「……な、なんだよ」


 耳元にも指が触れ、若干のくすぐったさを感じて顔をよじる。

 それでも止める様子のないテーラの行動に疑問を持ちつつ、彼女の顔を見てゆっくりと身体を起こした。


「……なんて顔してんだよ」


 だが先程まで笑みを浮かべていたテーラの顔。

 それはいつの間にか俺を安心させるため何処か無理をした笑みへと変わっているみたいだった。


 テーラはわかっていないみたいだがきっと鏡を見ればその違和感がわかるはずだ。


 少なくとも俺は、こんな笑顔はしてほしくないと思う。

 同時に、テーラはまるで気を遣っているかのように俺へ軽く笑ってみせる。


「これからは、自分のためにうちは生きるから。だから安心して?」


「……」


「うちが自分に出来ることは何でもやるから。だからきっと大丈夫だよ。ここから離れさえすれば人間界で生きること自体は難しくない。《神様》を嫌う自分にとっては少し生きづらいかもしれへんけど、でもうちお金だけはたくさんあるから! だから不自由はさせないつもりや」


「……テーラ」


「それにっ、自分が天界に帰るための手助けもする! まだ目途は立ってないけど、それでも魔法が栄えるこの世界ならきっと何か方法があると思うんよ。自分が言ってくれさえすればうちはなんだって――」


「テーラ」


「……っ」


「それじゃあ、鎖を縛る奴が俺に変わっただけだ。お前が自由にはなってないだろ」


 身振り手振りで必死に言葉を紡ごうとするテーラの姿は、見ていて痛々しいことこの上ない。


 まだ何か抱えているのがわかる。

 いや、抱えてしまったということがわかった。


 それでも彼女の言う通りに事が運んでしまえば、結局誰かの人形のままで居続ける人生に変化など訪れたりはしない。


 俺だって、そんなことをさせるためにお前を助けたわけじゃない。


 ベッドに腰掛け、俺の頬に添えられた手に自身の手を重ね正面からテーラを捉える。

 先程まで笑みを浮かべていた彼女の瞳は、既に弱々しく垂れ落ちていた。


「どうしたんだよ。まだ、お前にとってハッピーエンドになれちゃいないか?」


「違うっ……! ……うちじゃない。自分が、うちのせいで幸せになれない」


「俺が?」


「うちのせいで自分は……人殺しになってしまった」


 ……そうか。

 そういえばテーラは俺が既にクーフルを手に掛けたことを知らないんだった。


 既にアルヴァロさんには人を殺したというニュアンスを籠めた発言をしたものの、もしかしたらテーラには上手く伝わっていなかったのかもしれない。


 しかしその考えとは、また別個の話なようで。


「聖女様とうちは違う。『あの人』は直接的に聖女様に敵意を向けてはいなかった。だからあの人を殺した自分が聖女様に容認されることはない。自分は殺人者としての烙印を押されたまま生きていくことになる。もしもバレてしまったら……自分は、うちのせいで捕まってしまう」


 そう言って、テーラは完全に顔に影を落とし俯いてしまった。

 確かに彼女の言う通り今回の件は当然セリシアを守ることも含まれてはいたが、それはあくまで結果的にそうなっただけでセリシアを攫うことに固執していたのはテーラだけだった。


 アルヴァロさんはテーラを実験に使うのが安牌だと思っていた様子だったし、俺がアルヴァロさんを殺したのはあくまでテーラのためでセリシアは関わっていないことは俺自身も自覚している。


 《神様》が重視されるこの世界ではセリシアのために人を殺すのと、テーラのために人を殺すのとでは意味合いが大きく違うのだ。


 ……けれど。


「それで、罪滅ぼしに一緒に逃げようって言うのか?」


「……うん。うちがあの人と出会ってしまったように、世界は必ず過去と向き合うように出来てるんよ。きっと自分の行いは気付かれてしまう。それだったら、いっそ逃げた方が良いと思わん……?」


「思わないな。それじゃあお前は幸せになれない」


「そんなこと、ないよ」


「いいや、あるね」


 逃げるという行為が間違いだとは思わない。

 少なくとも犯罪を犯したままのうのうと生きている俺より、逃げようと思う考えの方が極々一般的な思考だとすら思う。


 だが俺はテーラの提示する理想の生活が楽しいものだとは思えなかった。


 ……何故なら。


「だって、今お前は笑ってないだろうが」


「――っっ!」


 幸せな日々というものは、暖かくなくちゃ駄目だろ。

 何の気兼ねもなく日々を過ごして、笑って……平凡な毎日だと思うことこそが本当の幸せなはずだ。


 だというのに、アルヴァロさんの次は俺に縛られるつもりなのか。

 それじゃあ俺がお前を助けた意味がない。


「……なあ、テーラ」


 ゆっくりと、落ち着いた声色で語り掛ける。


「俺は、お前にお返しをもらうために助けたわけじゃないんだぜ? お前をそんな顔にさせるために、頑張ったわけじゃないんだよ」


「――それ、でも、現状が変わるわけじゃ……自分の人生を奪ったのは、うちで……」


「お前の言う通りにしたら、それこそ俺がお前の人生を奪うことになるだろうが。そんなの本末転倒だろ?」


「それでも! ……痛い思いは、しなくて済むから」


 やはりこれでは駄目だと、今確信する。

 テーラは結局、自身の今までの境遇とこれからの未来を天秤に掛け、マシだと思い妥協しようとしているだけに過ぎない。


 それは俺が望み、求めていた平和や平穏、幸せとは酷く遠い理想の世界だ。

 そんな世界に行くなど、こっちから願い下げというものである。


「……っ」


 テーラは口を真一文字に結び、酷く心を痛めて追い詰められてしまっている。


 きっと俺が長い間眠っている最中に、ずっとどうするべきか考えていたのだろう。

 セリシアを裏切ようとしていた手前、そもそも教会に居ずらかったのかもしれない。


 だから一人で抱え込んで、誰にも相談出来なかった。

 それはあの日、ルナに決定的瞬間を見られ選択肢を大幅に減らしてしまった俺とよく似ていた。


 であれば、もしも俺なら。

 言って欲しい言葉は、これだけで充分だ。


「大丈夫だ」


「……ぇ」


「大丈夫だよ、テーラ」


 根拠なんてない。

 けれどこの世に絶対なんて物はないし、確実にバレないという保証も、バレてしまう保証もないのが現実だ。


 だから、大丈夫だと。

 未来のことを考える必要などないと、しっかりとわかってもらうべく笑みを浮かべた。


「未来を考える必要なんてない。大事なのは『今』幸せかどうかとは思わないか? 過去は過ぎ去った話だけど、未来ってのはあるかもわからない話なんだぜ? ありもしない可能性に一喜一憂するなんて、時間の無駄だと俺は思うね」


「そんなこと、言ったって……」


 それでも必ず、いくつもの運命に分かれた未来という結末は訪れる。

 そこから目を逸らして生きていくのは賢くないのも事実だ。


 ならば、もしもそういった未来が訪れるのであれば。


「なら、未来で何かが起きたら……その時は二人で一緒にどうするか考えよう。そして打開出来ないか二人で頭を捻ってみようぜ。逃げた後の未来より、何かを成し遂げた後の未来の方が、きっと楽しい結末になるとは思わないか?」


「で、も……」


 やはり言い包めることは難しい。

 それは一重に、テーラ・マジーグという少女の人生が酷く困難で何かに妥協し続けていたことが影響しているのかもしれない。


 前にテーラは言っていた。

 自由に生きているだけで充分だ、と。


 それはつまり、彼女の人生にとってそんな当たり前のことすら難しかったということに他ならない。

 そしてそんな人生を歩んで来たのに他者を気にするような優しい女の子だから、今もこうやって俺のために自身を切り捨てようとしてしまうのだろう。


 個の持つ性格というものはそう簡単に変えることは出来ないし、俺はそれもテーラという女の子の個性だと思うことが出来る。


 だからせめて。


「お前は今、幸せか?」


「うちは、そうやけど、自分が……」


「俺は今じゅーーーーぶん! 幸せだっつーの!」


 子供っぽいから恥ずかしいが、こうでもしないときっと彼女はわかってくれない。

 だから精一杯両腕を大きく広げて幸せの大きさとやらを証明してみせた。


 俺の突然の行動に肩をビクッと震わせていたテーラだったが、俺の意図に気付いたのか少しだけ眉を落とす。


「……どう、して」


 どうして、と。

 何度も彼女は問いかける。


 過去のことがあって、人間界に来てからもなるべく人と関わらないようにしていた少女は、案外ルナと同じように人の思考を察することが難しいのかもしれない。


 そんなのは極端過ぎるルナだけで充分だ。

 だから、俺の思ったことを正直に口にすることが大事だと知っている。


「あの時、お前がやっと心の底から笑ってくれたから」


「……!」


「だから今も、これからも、お前には笑って毎日を過ごしてほしいんだ」


 それがずっと変わらない俺の願い。

 気を失う時のあの笑顔をずっと見たかったから、俺は自分が犯す罪すらも失いたくない人のために使うことを惜しまない。


 それが今の俺にとっての『幸せ』なんだよ。


「自分の方がっ……! 優しすぎるよ……!」


「優しくなんかない。でもまあ、せっかく全部解決したのにお前がその調子じゃ助け冥利に尽きないな。……何でもかんでも、『ありがとう』って、それだけでいいんだ。お前が言ってくれたんだろ? ありがとうは、全てが終わってから言える言葉だってさ」


 難しいことなんか考えなくていい。

 過程がどうあったなんてどうだっていいのだ。


 ただ問題が解決したならそれでいいって、そう思うのは酷く楽観的な考えなのかもしれない。


 でも堕落したこの俺には、きっとそれぐらいが丁度良いのだろう。


 そして我慢していた感情が決壊したように、テーラは潤いのあった瞳をしっかりとこちらに向けながら。


「うちを、救い出してくれて……ありがとうっ」


 一番輝いて見える本当の笑顔を、ようやく俺に見せてくれた。


「また、泣いてんじゃん」


「……うるさいっ」


 その瞬間になってようやく俺は心の底から《神様》の代わりにたった一人の女の子を救い出すことが出来たと実感して、一緒になって笑みを浮かべ合う。


 止まらない涙を指で軽く掬いつつ、テーラによってその手は彼女の頬へと添えられて手の平を重ねられる。


 暖かな体温を互いに感じながらも、彼女が泣き止むまでずっと、ずっと……軽口を交わし合い続けていた。

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