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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第7話(7) 『救世主になる』

 ずっと不思議に思わなかった。

 それはテーラが天使だったということに気付いても尚、俺は何処か客観的に物事を捉えていた気がする。


 アルヴァロさんが教会にやってきた時、そこに翼と光輪は存在していなかった。


 いつも見ていたはずなのに。

 あって当たり前のものだと思っているはずなのに。


 それはきっと、俺がこの世界に来てからずっと自分の翼と光輪を失っているからだと思う。

 自分が天使だという事実は確かなもののはずなのに、俺は『人間』である自分にいつの間にか順応していた。


「君も天使としての姿を見せたらどうだい? デルラルト君」


「……っ」


 太陽に照らされ俺を見下ろすアルヴァロさんがいる。

 この場には『天使』しかいないというのに、唯一俺だけが天使としての象徴を表せずにいた。


 空を舞うことの出来る上位種なはずなのに、今の俺はまるで『人間』そのものだった。

 だけどそれに危機感を抱いていない俺がいるのも事実で、おちゃらけたように息を吐き軽口を叩く。


「アルヴァロさんが魔法の使い方を知らないように、俺も翼を出す方法が皆目見当も付かないですよ」


「……確かに私のこれも感覚の問題だ。そう考えると魔法の原理自体は知っている私でも魔法を使うことが出来ないのは、その感覚が関係しているのかもしれないね」


「そうかもしれないですね。ならお互いフェアに行きません? 俺は魔法を使わない、アルヴァロさんは翼を使わない。……どうです?」


「仮にも私を殺そうとしている君が約束を守るとは思えないよ。それに……私は君と戦うためにここにいるわけではないからね」


「ですよね……」


 軽口を叩いていても、俺の瞳に宿り続けている光は変わることのない『殺意』の色だ。


 腕を大きく突き出し、アルヴァロさんへ雷弾を放つ。

 しかし天使の翼を持っているアルヴァロさんは三次元的動作で軽やかに襲い掛かる稲妻を回避すると、聖剣を大きく振り上げた。


「――『聖剣・ガイアレクト』」


 そしてそのまま振り下ろす。

 するとアルヴァロさんの聖剣の刀身から巨大な岩柱が飛び出し、一直線に俺へと狙いを定め迫った。


 聖装を持っているアルヴァロさんにとって、現状魔法を使えないという事実は一切のハンデになってなどいない。


「――ぐっ!!」


 慌てて横に飛び込んで回避する。

 幸いにも岩柱が誘導してくるようなことはなくそのまま対象のいない地面へと激突し砕け散った。


 だが聖装に宿る魔法にクールタイムなど存在しない。

 何度もアルヴァロさんが剣を振るう度に迫りくる岩柱は俺を捉えようと的確に数を増やしていた。


「くっそ……!」


 何とか回避出来てはいるが、俺の額に一筋の汗が流れ苦々しく奥歯を噛む。


 仮にこれが天界での戦闘であれば、当然このまま空中戦へと持ち込むのが定積だ。

 だが現状俺の遠距離攻撃手段が《ライトニング》のみな都合上一方的な戦況へと成り下がってしまっていた。


 仮に避けても俺一人では現状を打開する方法がない。

 アルヴァロさんが空を飛ぶなど予想外だったし、ここまで戦況が長引くとは思ってもみなかった。


 別に時間稼ぎが目的ではないし、このままでは劣勢に劣勢を重ねいつ決着が付いてしまうかわからない。


 現状を打開する方法を何とかして考えるべきだ。


「……っ」


 ……それなら。


 岩柱の猛攻を回避しながら着々と距離を詰める。

 そして一定間隔で襲い掛かる岩柱の一瞬の隙を付き俺は勢いよく地を蹴ると、純白の髪色を持つ、唯一の女の子を有無を言わせず抱え上げた。


「ぇっ、きゃあっ!?」


 味方か敵かあやふやな唯一の可能性。

 突然の状況に可愛らしい悲鳴をあげるテーラを抱え上げ、そのまま木々が生い茂る森の中へと飛び込んだ。


「なっ――!? 逃げる気かい!?」


「戦略的撤退です! どろんっ!」


「子供みたいな、ことをっ……!!」


 突然の奇行に驚きの声を上げたアルヴァロさんだったが、すぐに聖剣を振り下ろしいくつもの岩柱を出現させる。

 しかし森を駆けている関係上空中でも完全に狙いを定めることは難しく、更に木々の障壁によって岩柱は木々を破壊するだけで俺を捉えられずにいた。


 更にその行動が仇となり、木々が破壊されたことにより対象を見失う事態へと陥ってしまう。


「――ッッ!! 『被検体01』!! デルラルト君を止めるんだ!!」


 ここからでも焦ったアルヴァロさんの声が聞こえる。

 だが一切の反応がないことに気付くと、アルヴァロさんは憤りを抑えるように頭を抱えた。


「君はいつも意味の分からないことばかり……! 全く巻き込まれる身にもなってくれ……!!」


 そして翼を翻し、俺とテーラを探すべく飛翔して行った。



――



 ……その様子を、倒れた木々の隙間から眺めつつ、頭を胸に抱き寄せていたテーラを放しホッと小さく安堵の息を吐いた。


 アルヴァロさんが岩柱を出現させて木々を破壊した時、僅かに出来た隙間に滑り込んだのだ。

 正直次に倒れる木の向きによっては身動きが取れなくなってしまう可能性もあったが、結果的に運はこちらに味方してくれたようで本当に良かった。


「あっぶねぇ……あんなのズルだろ。卑怯者アルヴァロさん(俺命名)に改名してやろうか全く……うおっ!?」


 悪態を吐きつつ束の間の休息と洒落込もうとした俺。

 しかしそれはテーラに突き飛ばされることによってその時間もすぐに終わりを告げてしまった。


「……」


 勢いよく立ち上がり、拳を強く握って顔は俯いてしまっている。

 そんな少女を、俺は落ち着いた目で見上げていた。


「なに……してるの」


「……テーラ」


「わかってるの……? 私は、自分を殺したの! 今もこうして、自分を傷付けた……もう、諦めたって言ったじゃん。もう覚悟は決めたって言ったでしょ!? なのにどうして……もう、止めてよ!!」


 彼女は、泣いていた。

 大粒の涙を流し、精一杯の敵意を持って震えながらも痛々しく俺を睨み付けている。


 苦しそうだった。

 どうしようもない現実と不可解過ぎる俺の心情に、彼女は心身共に限界だということは誰が見ても明らかだった。


「どうして……」


 顔をくしゃくしゃにして、氷魔法を生成する。


「どう、して……」


 だがその氷が完全に具現化することはなく、何度も何度も生み出しては魔力の粒子となって消滅するばかりだった。


「もう……いいからぁ……!」


 そして遂に、地面に崩れ落ちてしまった。

 涙は抱えていた白熊のぬいぐるみの頭へと落ちている。


 そのぬいぐるみの表情も何処か悲しそうに見えた。

 だから彼女が泣いている姿を俺は何も言わずただ受け止めて……ずっと、見続けていた。


「…………俺さ」


 そしてゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「俺、自己中心的な奴なんだよ。仕事もしないで毎日だらだら過ごして何度も迷惑を掛けてきた。都合が悪くなれば言い訳を並べて現状から逃げた事なんて数え切れない程あるし、俺は悪くないって……いつも都合の良いことだけを見続けてた。開き直ったことなんて数え切れない」


「なに、をっ……」


「俺……自分がクズだって今も思ってる。自分が堕落した天使だって、この世界に来て何度も何度も突き付けられた気分だった。でも……それでも。そんな俺を、少しだけマシにしてくれた人がいたんだ」


 人間界に来てからずっと、俺は間違ってきたのだろう。


 もっと上手く出来たことがあった。

 もっと違う言葉を言っていればよかった。

 もっと勉強すればよかったし、もっと行動に移せばよかったと、何度も何度も後悔してきて今がある。


 後悔しても、背中を支えてくれた人がいた。


「その人が苦しんでいて、悩んでいて……それでどうして見て見ぬ振りが出来るって言うんだ。俺を殺そうとしたことを今もずっと後悔してくれている子を、どうして諦めろって言うんだって話だよ」


「でも!! 私は……私のことしか考えてない! 何よりも私が大事で、私の幸せのために簡単に人の命を奪うような女なんだよ!? 今も簡単に自分を攻撃して、傷付けて……お世話になった聖女様すらも簡単に裏切ろうとする、そんな、クズで……」


「なら」


 テーラの両頬に手を添えて、強制的に顔を上げさせる。

 瞳が潤み、己を封じ込めようと我慢している彼女の瞳を、俺は優しく見つめていた。


「クズはクズ同士、良いパートナーになれるって思わないか? きっと気が合う俺達なら、何でも出来る気がするんだ」


「……は、ぁ?」


 突然の言葉に理解が追い付かなかったのか、テーラは呆然とした目で俺を見ていた。

 彼女の表情を変えることが出来たことに若干の満足感を抱きつつも、頬を綻ばせつつ言葉を続ける。


「たった一人が相手だぜ? あの時も俺達二人が三番街を守ったんだ。それに比べたら、こんなの朝飯前だと思わないか?」


「そんなこと、出来っこない……」


 あの日も、テーラがいてくれたから俺は【セリシア教会】のメビウス・デルラルトで居続けることが出来た。

 そして俺が馬鹿みたいな醜態を晒した時も、何の利益もないのに俺に協力してくれた。


 そんな優しい女の子の涙を拭くことが出来なくて、一体どうして家族に胸を張って生きることが出来るというのだろうか。


 二人なら出来ないことなんてきっとないと、そう思っているのは俺だけじゃないはずだ。


「優しいお前の傍に、少しだけでいいから、俺を置いてはくれないか? お前がいてくれたから今の俺がここにいる。俺は裏切られたら倍返しにして報復するような奴なのに、今も尚こうして、お前の目の前に立っている」


「私は、優しくなんかない!!」


 首を大きく横に振り、俺を拒絶しようと頬に添えた手を払った。

 大きく声を張り上げ、彼女は怒りの籠った瞳で俺を睨み付ける。


 ――だが。


「――『ガイアレクト』!!」


 突如森に響いた声と共に最早見慣れた岩柱が上空から大量に降り注ぎ、俺の視界を埋めきった。


「――ッッ!? 自分っ!!」


 完全に不意を突いた、戦闘不能にさせる意気込みを感じる一撃。

 それを俺よりいち早く気付いたテーラが反射的に氷魔法を発動させて巨大な氷壁を築き上げ、岩柱を通さないよう俺とテーラを閉じ込めた。


「見つけたよデルラルト君……!! やっぱり彼女を味方に付けるつもりか……! もう無傷で気絶させるのは諦めたよ。いい加減、倒れてくれ!」


 俺の足とアルヴァロさんの翼の速度では圧倒的な差がある。

 すぐにそこまで距離を離せるわけがないことに気付いたのだろう。


 さすがアルヴァロさんだ。

 見つけるのが早すぎる。


 何度も何度も聖剣を振るい岩柱を飛ばして氷壁を破壊しようと猛攻を繰り返す。

 実際氷壁は大きく揺れ続け、少しずつ細かなヒビが割れ始めていた。


 ……でもアルヴァロさんのおかげで、俺も俺の言葉に自信を持つことが出来た。


「……ほら。お前は優しすぎるから、こうしていつも俺を守ってくれる」


「……っ」


 テーラの目尻に溜まった涙を、軽く指で掬い取る。

 彼女自身も、自分の行動の真意に気付いてしまっていた。


「お前も、もうこれ以上誰も傷付けたくないって思ってるはずだ。でもきっとお前には、どうしようもないくらい深く心に鎖が巻き付けられているんだよな」


「わ、私は……」


 テーラはアルヴァロさんには逆らえない。

 恐怖という名の鎖によって縛り付けられて、身も心も自分の意志とは関係なく嫌な選択をし続けてしまっている。


 彼女はセリシアを攫った後の未来も、わかっているはずだ。

 それで自身が傷付いて、心がボロボロになってしまったとしても、諦めているからと自分の心に嘘を重ねて地獄の日々を過ごすことになる。


 そんなこと、させていいはずがない。

 空から響く罪人の声など、今は全く俺の耳に入ってなどいなかった。


 立ち上がる。

 座り込み、潤んだ瞳で俺を見上げるテーラに手を差し伸べて、俺は真剣な瞳で彼女を見下ろした。


「だから何度だって言ってやる。……俺の手を、取ってくれ。お前を縛る鎖は俺が砕いてやる。必ずだ。たとえ一人じゃどうしようもなくても、二人なら恐怖だって、どうしようもない『今』だって乗り越えられるはずだから」


 未来なんてどうでもいい。

 少しのことで簡単に変わってしまう未来なんて、考える必要すらない。


 それでも、『今』は変えたってわかる。

 『今』は現実として、この目に焼き付けることが出来るだろ。


 それで救われて、それで未来に向けて笑顔で一歩踏み出すことを、見届けたいと思って何が悪い。


 一人じゃ変えられない『今』がある。

 二人なら変えられる『今』がある。


 それなら俺は。

 笑顔になれる『明日』があるなら。


 たとえ大切な人が【罪人】だという事実に向き合わなくちゃいけなくても、君を助けることを諦めない。


「どうして、自分は、そこまで……!」


 俺達を覆う氷壁に大きな亀裂が入る。

 魔力の粒子が空を舞い、神秘的な世界に包まれている気がした。


 どうして、なんで。

 理由が必要だというのなら、何度だって言ってやる。


 俺は空気も読めない、諦めの悪い男だから、わかってもらえるようにこんな状況でさえ何度だって自信のある不敵な笑みを浮かべてやるんだ。


「約束しただろ。俺がお前の【救世主】になるって!!」


 氷壁が巨大で大きな音を立てて、遂にヒビ割れた世界は決壊した。

 砕け散った空間から押し込むように大量の岩柱が降り注ぎ小さな人影を覆い尽くしていく。


 ――その刹那、最後に世界に映ったのは。




 たった一人の少年の手を取る、たった一人の少女の姿だった。

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