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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第7話(5) 『手を引いて』

 ルナの協力・・のおかげでギリギリ間に合ってよかった。

 木に寄り掛かり流し目を送る俺の姿を見て、テーラは喉から吐き出しそうになる想いを口元をぬいぐるみで押さえることで耐え、アルヴァロさんは驚いたように目を見開いていた。


 俺以外の全ての天使が困惑を身に纏っているのを感じ、それを狙っていた俺は満足気に口角を上げる。


「デルラルト君……!? どうして君がここに……また逃げ出したのかっ」


「ジッとしてるのは俺の性に合わないって、アルヴァロさんも知ってるでしょ?」


「……そうだね。諦めないのも君の長所だと思うよ」


 恐らくテーラはアルヴァロさんに俺を手に掛けたことを伝えてはいないのだろう。

 話の流れからして再度俺を捕らえたという話になっているはずだ。


 わざわざ自分から「テーラに殺されました」という必要もないし、ここは話を合わせておく。


 そして当のテーラと目を合わせると、彼女の瞳は動揺に加え別の溢れ出しそうな感情によって揺れ動いていた。


「どうして、自分が……」


 声が震えている。

 湧き上がる想いがあるのか目尻に涙が溜まっていた。


「お前を助けに来た。……テーラ、もう自分を傷付けるのは止めろ」


 傷付いてほしくないからここに来た。

 けれどテーラが聞きたいのはきっと、俺がここに来た理由ではないのだと思う。


 彼女は首を大きく振って。


「違うっ……! 私は、自分にあんな酷いことをしてっ、それなのに、どうしてまだ私を恨まないでいられるのっ……!?」


 ぎゅっと白熊のぬいぐるみを強く抱き締め、感情を曝け出すようにテーラは声を荒げた。


 ……確かに、奇跡というものがなければ俺はもうこの世界にはいなかった。

 人を殺すというのはその人生を奪うという行為で、きっと常人であれば自分を殺した相手を、一生恨み続けるものなのだと思う。


 それなのにこうして敵意を感じさせない俺の姿を見て、テーラは俺を理解できないのだろう。


 ……それでも。


「デルラルト家の家訓第七か条『借りた恩は必ず返す』。……俺はお前にたくさんのことをしてもらった。救われたんだ。それなのに、たかがあんなので恨むわけないだろうが」


「……っ」


 たとえ一度殺されたのだとしても、俺は今こうしてここにいる。

 俺が今生きているのなら、助けたい女の子に一度殺された事実など些細なことだ。


「俺はお前を助けたい。笑顔を見せてほしいんだ。それが俺の求める、平和な幸せを掴み取る第一歩になるはずだから」


「そんなのっっ!! 自分には出来ないって、あの時も――!」


「――俺はもう、『覚悟』を決めた」


「――――っ」


 覚悟を決めなければお前の前に立つことは出来ない。

 覚悟を決めなければ本当の意味でお前の幸せを手に入れることは出来ない。


 それがようやくわかった。

 だから決めたんだ。

 俺は、アルヴァロさんを【断罪】するって。


「デルラルト君……君が正義感を持って、彼女を助けたいと思うのはわかる。でもこれは彼女自身が決めたことなんだ。お互いに了承した結果の関係であると何度も言っているだろう」


「テーラは、もう『彼女』じゃないですよ」


「……?」


「コイツは人間界で暮らす『テーラ』っていう一人の女の子です。被検体01だとか、実験体だとか……アルヴァロさんの記憶にある『彼女』なんかじゃありません」


「……それを知っているということは既に彼女の過去を知ったということなんだろうね。でもわからないな。彼女の髪色は純白。天使としての光輪も、翼ですら現れている。それなのにどうして彼女が『被検体01』ではないと言い切れるんだい?」


 アルヴァロさんを納得させることが出来る言葉を俺は持ち合わせていない。

 アルヴァロさんにとって実験に利用した彼女が『被検体01』であることは姿を見れば分かることなのだと思うし、実際その通りだ。


 ……だが。


「今のテーラにとって、アルヴァロさんはもう他人でなきゃいけないんです」


 だけど俺が言いたいのは概念の話だ。

 彼女が被検体だった過去は変わらないけど、人間界でのテーラと天界でのテーラは違うもののはずだろ。


「天界でずっとコイツを縛り付けて、そしてこの世界でも同じように……テーラはアルヴァロさんの道具なんかじゃありません!」


 テーラにはテーラの人生があるんだ。

 『聖装』を創る実験体になった過去は無くならない。

 だけど、人間としてこの世界で生きてきた彼女の未来はこれから創り出すものだろ。


 人間界でようやく新しい人生を歩むことが出来ていたのに、それをまた奪い取る資格はアルヴァロさんにはないはずだ。


「……デルラルト君。なら君は彼女の力を借りずにどうやって天界に帰るつもりなんだい? 私達は神に仕える『天使』だ。協力し合い、天界に戻る方法を模索する責務がある。綺麗事だけでは物事を変えることは出来ない。それは君もよくわかっていることのはずだ」


「……っ」


「私は皆の……愛する妻のためなら私自身の力すら惜しまないつもりだよ。だが君はこの世界でずっと立ち止まっている。君の帰りを待つ子がいるのにだ。君には『天使』としての覚悟がないのか! デルラルト君!!」


 ……そうだ。

 アルヴァロさんはいつも天界の、天使のみんなのためを思って行動していた。


 そのためにまたテーラの人生を壊すことになっても、一人の人生を使うことで大勢を助けることが出来ればそれは結果的に『正しいこと』だと証明することになる。


 そして……俺はこうやってアルヴァロさんを糾弾しながら、その実天使のみんなのためには何も出来てなどいなかった。


 それはまさしく今まで俺を諭してきた戯言を口にする奴らと同じで、俺がアルヴァロさんに口を挟む権利などないのだろう。


「確かに、俺も天界に一刻も早く帰らなくちゃって思います。天界には俺の帰りを待っている人が一人や二人じゃないのもわかっています。そしてアルヴァロさんの言う通り、テーラの力や、セリシアの力を使った方が目的を達成出来る可能性が高いことも」


「…………」


 それがわかっていたから、これまで俺はアルヴァロさんを止め切ることが出来ずにいた。

 守りたい、助けたいと思いながら、自分の本当の目的を果たすためにはアルヴァロさんの言う通りだと理屈で理解していたから。


「……」


 アルヴァロさんの傍にいるテーラが、俺の言葉を聞いて表情を曇らせてしまう。


 ……ごめん、でももうわかったんだ。

 そう思っていたからあの日、お前にあんな顔をさせてしまった。

 もうそんな顔をしてほしくないから、たとえアルヴァロさんが正しいことを口にしていたとしても、俺はもう間違えない。


 勢いよく顔を上げる。


「でもっ、優しい女の子の人生を踏み台にしてまで、帰りたいとは思わない!! これで帰ったら、きっと俺は後悔することになる!」


 拳を握り、正面から覚悟の灯った瞳でアルヴァロさんを射抜いた。


「俺は自分が幸せになりたいんじゃない! みんなの幸せの、その横に立っていたいんだ!」


「君はっ、ただ情に絆されているだけだ! 以前の君なら、妹ちゃんのためなら何でもする子だったはずだろう!? わかっているのか!? 君がこうして劣等種である人間共と日々を過ごしている間にも、妹ちゃんに危機が訪れるかもしれないということを!」


「俺は未来じゃなくて、今を生きてる!」


「私は未来の話をしているんだ!!」


 アルヴァロさんの言い分もわかる。

 大切な妹のことも心底心配に思ってる。


 でもだからといって、自分の都合でテーラの未来を奪っていい理由にはならない。


 それに未来の可能性に縋って、大切な今を無くしたくなんかない。

 クーフルの時の、今を選んでくれたセリシアのように。


 俺もまたここにいるみんなのために、『今』を選んであげたいんだ。


「君は、この世界のせいで変わってしまった」


 そんな俺の姿を見て、落胆したようにアルヴァロさんは首を垂れる。


 失望されてしまったかもしれない。

 きっとこの前までの俺だったら、大切な人に少しでも失望されないようにアルヴァロさんの言うことを聞いていたのだろう。


 でもそれも、もう違うと気付けたんだ。

 それは決して天界にいた頃では気付けなかったものだ。


「違いますよ……狭い世界で暮らしていたから、広い世界のことを見ていなかったんです。きっと天界に居続けていたら、俺はアルヴァロさんのやっていたことに気付くことなんて一生無かった。この剣を持つことに、何の罪悪感も抱かなかったはずです」


 腰に固定している『聖剣』に手を置く。

 この『聖装』も、テーラの人生を奪って手に入れた力だ。


「アルヴァロさんはきっと、テーラを実験体に使ったことを正しいことだと思ってるんですよね」


「……そうだよ。仮に彼女を研究に使わなければ聖装は生まれず【魔天戦争】の際に天界は敗戦していただろう。それに動物を実験に使用することは咎められないのに、人では糾弾される理由が私にはわからない。聖装は彼女でなければ決して生まれることはなかったものだ。今まさに聖剣を持っている君が、そのことについて何か言える立場なのかい?」


「……俺はアルヴァロさんの行動に対して、何も言うことは出来ません。実験体がテーラやセリシアでなければ俺はアルヴァロさんの意志を尊重していたと思います。今回の一件だって、二人を狙っていなかったら、きっと嬉々として協力していたはずですから」


 たとえテーラに失望されたとしても、これが俺の本心なのには変わりない。

 結局俺も、自分の主観でしか物事を考えない下劣で堕落した天使だということだ。


 俺はセリシアやテーラのように優しくなんかない。

 自分の周りに影響がなければ他者がどうなったところで何とも思わない卑劣な存在なんだ。


 ……だからこそ、自分の信念だけは決して曲げてはいけないことにようやく気付くことが出来た。


「けど、アルヴァロさんは『テーラ』を実験に使った。だから俺はあなたを糾弾し、都合の良い言葉を言い続けます。あなたは人権を無視し、非人道的な行為を行っていた犯罪者だと」


「それを受け入れて尚、今の私の立場がある。それで救われた同胞がたくさんいる。やり方は常識的に間違っていたとしても、結果的には理想の結末を迎えることが出来たはずだ!」


「それは、一人の女の子の人生を壊していい理由にはならない……!!」


 初めて、アルヴァロさんを明確な敵意を籠めた瞳で射抜いた。

 その『敵意』を籠めた紅い瞳はやがて光を灯し、『殺意』へと変貌を遂げる。


「……一度犯した罪が、この世から消えることはない。改心した所で、悲しみや怒りや憎しみが、消えることは二度とないんだ。だから人の幸せを奪った犯罪者は誰かが裁かなくちゃいけないんです」


 俺はずっと、アルヴァロさんに甘い判断を下していた。

 アルヴァロさんがそんなことをするはずがない。

 したとしても何か理由があるはずだと。


 でも、理由があったら平和を壊していいわけがなかったんだ。

 それを教えてくれた人がいる。

 何の関係も、利益だってないのに、俺に協力してくれた人がいる。


「……だから」


「――ぁっ」


 ――足を前に、踏み込んだ。

 そしてアルヴァロさんの傍にいたテーラの手を強く引き、そのまま肩を抱き寄せる。


 弱々しい瞳が俺へと向けられていた。

 ……もう、不安にさせたくなんてない。


 カッコいい所を見せると、あの時……決めたんだ。


「俺は……アルヴァロさんを【断罪】します」


 だから俺はその証明としてアルヴァロさんに向けて聖剣を、引き抜いた。

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