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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第7話(4) 『明日へ導く声』

 齢5歳だった少女の人生は、11歳になっても尚酷く残酷なものだった。


『ひぐっ、ふぐっ……!!』


 機械椅子に座らされつつ、幼い少女の泣き声が研究室を反響する。


 少女が両親の名前を呼んで助けを求めなくなったのは何歳の頃だっただろうか。

 誰も助けに来ないことはわかってしまった。

 1日の大半をこの研究室で過ごし、逃げることが出来ないことも理解してしまった。


 《神様》が救いの手を差し伸べてくれないことも、受け入れてしまった。


『完成した……ようやく完成したぞ!!』


 もう名前も忘れてしまった『あの人』の歓喜に震えた声が耳に届く。

 放心してしまって上手く思考が働かない中、慌ただしく研究室内を駆けまわる『あの人』をボーっと眺めていた。


『魔力の回復原理に発動条件……魔力回路も全て理解した。聖魔石が一番魔力との結合率が高いのも立証済みだ。これさえあれば全ての天使が魔法を使用出来る未来もそう遠くはない!』


 恐らく試作品の一つなのだろう。

 『あの人』が持っている水色に輝いた結晶と黄緑色に輝いた結晶には確かに魔力が宿っているのを少女は感じる。


 既に何の実験をしているのかすら忘れてしまったものの、あの魔石に貯留されている魔力が自分の物だということはわかる。


 だからといって、どうせ人生が変わるわけでもない。

 何か考えたことで現状が変わるわけではないため、いつからか少女は何も考えようとしなかった。


 既に6年の月日が経っている世界で、テーラ・マジーグという一人の少女は『幸せ』という感情すら思い出せずにいる。


『ギリギリ完成してよかった……【被検体01】君。約束通り、何とか君を家族のもとへ一度返せそうだよ』


『…………?』


 いつからだろうか。

 『あの人』が少女の名前を呼ばなくなったのは。


 そんなの知らないし、知ろうとも思わない。

 けれど『あの人』の言葉は無意識に少女の脳に入り込み、彼女の思考を停止させる。


 ……何を言っているのかわからなかった。

 けれどそれは一瞬だけで、次の瞬間テーラの中に僅かに残っていたある感情が少しずつ増幅していく。


『…………!!』


 それは『喜び』。

 テーラの心の中で、喜びの感情が爆発し6年間見せることのなかった笑顔を初めて浮かべた。


 その表情は11歳の少女でも幼い子供のように純粋で、その日から帰省の準備は着々と進んでいったのだ。


 『あの人』もその奥さんも何故か協力してくれていた。



 ――けれど現実はいつも残酷で、彼女はこの日に本当の絶望を味わうことになる。





『……すまない』


 帰省当日。

 大きめのリュックを背負い、翼の手入れも念入りに行い帰省する準備が完全に整ったところで、昨日まで柔らかな表情をしていた『あの人』の緊張した声質がやけに耳に響く。


 玄関前で靴を履き切ったところで振り返ると『あの人』は酷く落ち込んだ様子で俯いていて、少女と目が合うと複雑な表情でその目を逸らしていた。


 だが少女はその表情が何なのかわからなかった。

 今まで他人の顔色を伺うということすらしてこなかったから。


 ……『あの人』の口が、開く。


『……私の確認不足だった。申し訳ない。期待させる前にきちんと調べ、事実を君に話すべきだった』


『……?』


 『あの人』にしてはやけに言葉を選んでいるように見える。

 いつも事実だけを言われてきたのでテーラは考えるという行いすら出来ずに首を傾げつつただただ『あの人』の言葉を待った。


『落ち着いて、聞いてほしい……』


 『あの人』の、震えながらも深呼吸する息遣いが静かな世界に反響して。


『君のご両親が……亡くなったそうだ』


 けれど……その言葉だけは、どうしても聞き取ることが出来なかった。



――



 飛んで、飛んで、飛んで、飛んで。

 翼を翻し、貰った地図を頼りに必死に翼を羽ばたかせ空を飛翔する。


 『あの人』の家を飛び出し、頭が真っ白になりながらも早く顔も覚えていない両親に会いたくて堪らなかった。


 守ってほしい、助けてほしい。

 抱き締めてほしい、もう大丈夫だと囁いてほしい。


 愛情がほしかった。

 もう傷付かなくて済む確証がほしかった。


 ……ただそれだけで、良かったのに。


『ん? ああ君、ごめんね。今この家は立ち入り禁止なんだ。あんまり近付いちゃ駄目だよ』


『――――』


 地図に記された場所は、僅かに残った記憶とは似ても似つかない見慣れない家。

 昔のような一般的な一軒家ではなく、大きくリフォームされて綺麗に建て直されているように見える。


 けれどここは確かに自分の家だと感覚でわかった。

 敷地中に張り巡らされている黄色のテープもそうだし、巨大な門の前には純白の服を着た騎士が二人立っていたから。


 呆然と、その場に立ち尽くしてしまう。

 そんな時、偶々ここを通りかかったであろう同年代らしき男女4人組の話し声が聞こえてくる。


『ここに住んでた人、最近有名な連続殺人犯に殺されたってテレビで見たわ』


『父上もその話をしていたよ。まだ犯人は見つかっていないし危険だからあまり出歩くなって。……姫様、今からでも王城に戻るべきです』


『騎士たちが監視してくれてるんだから大丈夫だよ~……じゃない、大丈夫ですわ。それに最近メー君も元気ないし、気分転換には丁度良いと姫様は思うわけです』


『…………そうだな』


 会話の全てを理解することは出来なかったが、テーラの心の中で『あの人』の口にした言葉が事実だということが決定付けられてしまっただけでも、その心に深い傷を受けるには充分だった。


 両親が……死んだ。

 帰りを待っていてくれたはずの家族が、死んでしまったのだ。


 もう帰る場所がなくなってしまった。

 『おかえり』を言ってくれる人がいなくなった。


 抱き締めてくれる人も、守ってくれる人も、助けてくれる人も……もう何処にもいない。

 本当の意味で独りぼっちになってしまったのを自覚した。


『あの、君……何処か具合でも悪いのかい?』


 門の前で立ち尽くしていた少女を見て不思議に思ったのか先程の騎士が声を掛けてくる。


『……あ、ちょっと!』


『――――』


 けれど全てが真っ黒に染まってしまった少女は俯いたままゆっくりと踵を返して、騎士の静止の声も聞かずにとぼとぼと足を動かしてしまった。


 ――何をしたらいいのか、わからなかった。


 だから酷く狭い世界を生きてきた少女が歩く道は決まっていて、空を飛ぶことなくひたすらに道を歩く。


 目的地へと着いたのは、日が落ちた頃で。


 ……ただ皮肉だったのは。


『…………』


『……おかえり』


 この言葉を言ってくれた人が『あの人』だという、どうしようもない絶望だけだった。



――



 今になって昔の記憶を思い出す。

 『あの人』と再会してしまったから、忘れようと思っていた嫌な過去と向き合わなければならなくなってしまった。


 あの後結局テーラは研究に協力するという生き方しか出来なくて、12歳になるまで最終段階の研究が再開したのだ。


 そして【聖装】という天界の歴史を変える画期的な兵装が誕生した。


 僅かな可能性すら奪われてしまった現実から目を背け続けていたある日、【魔天戦争】が始まって研究室のあった王城から大多数の人が出兵されたのだ。


 『あの人』も慌ただしく王城内を駆け回っていて……研究室に誰もいなかったから部屋を出て行く宛もなく外を彷徨って……そして『世界樹』の前で――


「覚悟は出来たかい?」


 忘れようとしていた記憶が戻っていく中、不意に聞きたくない声が聞こえてテーラは現実へと戻って来た。


 彼女より少し前を先導して歩いているのは『あの人』。

 日は完全に上がりきり木々に囲まれた森の中を照らしつつ、二人は森道を歩いている。


 俯きながら『あの人』に付いて行っているテーラはここ数日羽織っていなかった純白のローブに身を包み、フードも被った完全装備である。

 そもそも彼女がローブを普段着用していたのは、仮に何らかの要因で『あの人』が人間界に訪れて鉢合わせした際に自身の顔が見られないようにするためだった。


 念には念を。

 低すぎる可能性すらも今まで潰してきて、そうして生きてきた彼女の行いは、実際問題『あの人』に対し功を成していた。


 実際全てが変わってしまった教会での日、メビウスと関わってさえいなければ確実にバレなかっただろう。


「……」


 それでもテーラは彼を既に恨んでなどいなかった。

 後悔に苛まれ、こうして外に出ても彼女はずっと白熊のぬいぐるみを抱き続けている。


 もう『あの人』に存在がバレてしまったからローブを脱いでいたが、今回は三番街の住民に正体がバレないように着込んでいる。

 もちろん普段もこのローブに身を包んでいたので変装の効果はないし、彼女にとっては単なる気持ちの問題なのかもしれない。


 テーラはゆっくりと、震えそうになる声を押さえ付けながらも口を開いた。


「……覚悟は、もう出来ています。ここにいるのがその証拠です」


「……それにしては、いささか歩く速さが落ちているようだが」


「――っ」


 『あの人』の言葉にテーラは図星を突かれ反射的に肩を跳ねさせてしまう。

 それでも、既に取り返しのつかないことをしてしまった以上たとえ感情が否定しようとしても止まるわけにはいかない。


 『あの人』も最初から決意通りに事が進むことはないとわかっていたのか特に落胆する様子もなく淡々と足を前に動かしていた。


「私としては、君の言うように聖女を教会から出すことが出来るのであれば手段は何でもいい。失敗さえしなければね」


「……わかってます」


「それにデルラルト君の顔もそろそろ見ておきたい」


「――ッッ!!」


「彼の父親……亡くなってしまったクレス君の意志を継ぎたいと願う彼を私は応援しているんだ。今回に限ってはそれが敵意を向けられてしまっている要因になってるけど、妹を守りたいと行動するデルラルト君をずっと見てきたからね」


 感慨深く想いを馳せる『あの人』を直視することが出来ずテーラは瞳に動揺を浮かばせながらぎゅっとぬいぐるみを力いっぱい抱き締めた。


 彼の父親が【魔天戦争】で亡くなってしまったことは聞かされていた。

 そして残った大切な家族を守るために天界に帰りたいと願っていることも。


 だから最初多少なりとも信用することが出来たのだ。

 その言葉が嘘ではないことは表情や声質を見ればわかるし、何よりその話をしていた時の彼の瞳には愛情が宿っていたのだから。


 自分と似ていると思った。

 全てを失った自分と比べれば決して似ているとは言えないが、それでも理想ではない人生を送っていた少年にテーラは共感していた。


 共感していたし、協力してあげたいとも思っていたのに……その僅かな幸せすらも自分が奪ったんだ。


 『あの人』はまだ知らない。

 もう彼がこの世にいないことを。


 きっと殺したことがバレてしまえば『あの人』は自分を殺そうとするだろう。

 でもそれは自分への罰だと思った。

 むしろずっと実験の日々を送るより何倍も受け入れられるものだ。


 ……だから、既に作戦を中断するという選択肢はない。


「……必ず、成功させる」


 だから今日、きっとまた人を殺す。

 自分の目的を果たすため……聖女様を教会から出て来させるために何の罪もない三番街の信者を人質にして。


 そのために今、二人は『魔導具屋』傍の森を通って【セリシア教会】へと向かっている。

 聖女様が出て来なくとも教会の子供にその旨を伝えるために。


 もう一歩を、踏み込んだ。




 ――その刹那、背後に聞き覚えのある声が風に乗って静かな森に反響する。


「やあやあ、そこの可愛らしいお嬢さん」


「「――――ッッ!?!?」」


 気配を感じなかった。

 いや、声が聞こえる直前に気配を感じた。


 誰か尾行していないか何度も確認したのに声は終始背後から聞こえてきて。

 二人は反射的に後ろを振り返る。


 ――そこには白髪で紅目の、忘れるはずもない少年が、


「ちょっと俺と、明日の話でもしていかないか?」


 軽くてキザったらしい不敵な笑みを浮かべながら、木の幹に寄り掛かっていた。

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