第6話(8) 『覚悟の魔法』
一昨日までのテーラは『諦める』なんてこと口にしたことは無かった。
クーフルとの一件だって、早々に諦めようとしていた俺を間接的に変えてくれたのが彼女なのだ。
人命救出を持てる力の全てを使い行って、クーフルの最後の手である魔導具も全て解除してくれた。
そんな彼女を、諦めさせたのは誰だ?
……俺だ。
少なくとも、状況から見るにアルヴァロさんにさえ会わなければテーラはこうならなかった。
あの時はそんなこと知らず、悪手ばかり取っていたような気がする。
きっとテーラがアルヴァロさんに会った時点でこうなるのは確定していたんだろうが、あの時テーラはまだ諦めずに顔を隠し、その場を乗り切ろうとしていた。
……それもこれも全て、俺が無駄にした。
内心でテーラよりもアルヴァロさんを優先したからこうなった。
悲劇を生み、恐怖を植え付け、そうして遅れを取り戻そうとしても拘束されている始末。
救いようのない大馬鹿者だ。
テーラは何度も俺を助けてくれたのに、俺はテーラに余計なことしかしていなかった。
「……」
何が……恨んでええよ、だよ。
お前が、俺を恨むべきだろうが。
それでもまだ俺のせいだと口汚く罵らないお前を、どうして俺が見捨てることが出来る!?
「諦めさせるわけにはいかない……」
テーラに聞こえない程度の小さな音量で俺はそう呟く。
出来ることと出来ないことを考える必要なんてない。
全部出来るよう、環境を整えればいいだけの話だ。
「まっ、そういうことなら仕方ないかもな。それより、この鎖はどうにかなんないのか? さすがに金属だと肌が擦れて痛いんだが」
「……っ。鎖は……確かに痛いかもしれんね。うちも出来れば変えてあげたいけど、勝手に自分の環境を変えるわけにはいかんよ」
軽い口調で言ってみると、何を思ったのかテーラは言葉に詰まりつつもその瞳は俺を縛り付ける金属製の鎖に向けられていた。
瞳が揺れ動いている。
何かしらテーラの中で思う所があったのだろう。
思っていた以上に協力的な態度だった。
「ほら、寝る時も音が部屋で響いてうっさいんだよ。こうやってジャリジャリと――」
これは行けると踏んで、縛られた両腕を大きく動かし金属製の音を鳴らしてみる。
甲高い、音が鳴る。
「ひっ――!」
「――っ!? ご、ごめんっ……!」
すると突如としてテーラは両手で耳を塞ぎ、またしても怯えたように蹲ってしまった。
慌てて動かしていた手を静止させる。
……わからない。
何が地雷となるのか俺には皆目見当も付かなかった。
生きてきた環境が違うんだと思う。
俺が神を嫌悪している理由を他者が理解出来ないように、俺もまたテーラの人生など知っているわけがない。
だけどまた悪手な行動だったのは確かで、居た堪れなくなり俺は顔を歪めてテーラを見る。
今度は俺が彼女を怯えさせてしまったという現実が、俺の心を強く突き刺した。
「……わかっ、た。鎖……変えるわ」
「……っ。なんで……なんで怒んないんだよ。お前……」
「自分は、わざとやったわけじゃないやろ? だったら怒るのも恨むのも……お門違いやん」
「そ、そうだとしても、そしたらお前は誰一人――!」
「もう、誰にも期待してへんから」
「――っっ」
テーラの答えはやっぱり変わらなかった。
何か別の物を取りに行くために一度転移魔法陣から『魔導具屋』へと転移し、かなり早い時間で麻縄を持って戻ってくる。
そして俺の後ろ手に回り、擦れる鎖の音に酷く肩を震わせながらそれでも平然を装って黙々と拘束具の鎖を外していく。
その間、俺はただ虚しさだけが心に残った。
自分自身を犠牲にして自分を納得させることに、一体どんな意味があるっていうんだ。
このまま俺がここにいるのも、きっとテーラにとって悪いことになる。
アルヴァロさんに傷付けられて、俺に何度も問い掛けられて。
その間テーラは心も身体も独りぼっちだ。
……独り善がりで説教するのは止めろ。
変わってほしいのなら、俺が行動しなくちゃいけないだろ。
「期待しておらんけど……信じさせてくれな」
「……っ?」
その覚悟を抱いた頃、不意に外した鎖の代わりに持って来た麻縄で後ろ手を縛りつつ、そう小さく呟かれたような気がした。
――
お昼も食べ、夕日も沈んできたのだと思う。
心の籠っていない会話をテーラと交わしながら、長い時間が立った。
まだアルヴァロさんは帰って来ておらず、俺も俺らしくない当たり障りのないことばかり喋っていたからかテーラの様子もかなり落ち着いていた。
さすがの俺もこれ以上彼女の感情を揺さぶるような真似は出来ない。
わかってあげたいし、わかるよう努力もしたいけど、俺はおとぎ話の主人公ではない。
都合の良い言葉を簡単に並べられるのはそいつに圧倒的な力があるからだ。
他者に負けない絶対的自信があるから、そんな信憑性の欠片もない言葉を止めどなく吐き出すことが出来る。
俺も……そうだった。
俺もそうだと、耳障りの良い言葉を今まで並べてきた。
でも、今はその力なんてない。
テーラを簡単に救えるような力など無くて、そのくせ馬鹿の一つ覚えみたいに平和な日常を取り戻したいと願う、堕落した天使がこの俺だ。
人間の持つ理想の天使になどなれなくて……そうなりたいとも思わない。
だから、わかってあげられないのなら、わかる方法を模索するべきなのだ。
そのための覚悟は、もう決まった。
テーラは既に昨日は遅かった夕食の準備へ取り掛かるべく転移魔法陣で『魔導具屋』へと戻って行く。
地下室に残されたのは、麻縄で拘束された俺一人。
転移しているから俺の声は室内で反響するだけで、誰の耳にも届くことはない。
……大きく、深呼吸をする。
「覚悟は決まった。そうだろ、俺……!」
軽く後ろ手に縛られた腕の感覚を確かめる。
そして両腕に、雷の魔力を纏わせた。
「絶対痛い。いや、痛いどころの話じゃないな。多分死ぬほど痛い。でもそういう手段を決めたのは俺だ。俺らしくもないけど、漢は我慢。漢は根性……よしっ」
両腕に纏った雷はより魔力を増幅させ、大量の火花が飛び散っている。
雷魔法の性質による熱量が魔力の増加と共に徐々に増幅していくのを肌で感じた。
既に温度は肌を焼いてもおかしくないぐらいに上昇している。
それでも俺は発動したい気持ちをグッと堪え、身体を循環する魔力を集めるイメージを固めた。
「《ライトニング……」
魔力を一点、麻縄の一部分にのみ集中させ光球を創り出す。
膨大な熱が肌を焼き、思わず顔を顰めてしまった。
まるで炎魔法を使っているのではないかという錯覚にまで陥るほどだ。
案外使い方を考えれば炎魔法のような魔法も使うことが出来るかもしれないな。
そんな現実逃避をしつつ、先程の俺の覚悟を思い出し。
「爆弾》!!」
超至近距離で、その光球を弾けさせるのではなく麻縄にぶつけた。
――その刹那、爆発に近い熱量が俺の腕を焼き尽くし、あまりの激痛に絶叫しつつも勢いよく腕を放した。
「~~~~~~ぃぃッッ!!」
すると麻縄は完全に焼き切れ拘束を解くことに成功するも両腕が焼け、そのまま地面に倒れのたうち回る。
「ぐうぅぅぅぅああああああああああッッ!!」
手首は真っ赤に腫れ上がり、同時に完全にただれてしまっている。
更に強引に麻縄を引き千切ったせいで皮膚は切れ、血が肌を伝って床へ垂れた。
だがこれでもマシな方で、もう少し調整が出来ていなかったら両腕の神経が完全にイかれてしまったかもしれない。
痛みがあるだけよく出来た方だと、激痛を誤魔化すように自分を鼓舞する。
「ぐううぅぅぅ……!! 漢は我慢、だろっっ……!」
両手は動く。
ちゃんと指を動かすことが出来る。
それなら大丈夫だと、足取りがおぼつかなくとも根性で立ち上がった。
先程のは《ライトニング【閃光爆弾】》の応用だ。
魔力を弾けさせて閃光を生み出すのではなく、その魔力の塊を全て対象へとぶち当てる。
魔力による不思議な力で飛ばすということが出来ないので手榴弾のような要領で投げられたらと思い一度作ったこの魔法だが、魔力の熱量が高すぎて持つことが出来ず結局ボツにしたのだ。
それがこうして使えたと考えると、やはり失敗を重ねるというのは案外役に立つんだなと哲学的なことを考えつつ俺はゆっくりと足を進めた。
「テーラにもっ、見せてやりたかったぜ……俺がこんなに本気なんだってことをさ……」
正直、この場から離れたとしても得るものは少ない。
だがこのままここにいてもテーラが内心を吐露してくれることはないため、少なくともここにいるよりかは幾分かマシだ。
それに、拘束されている以上アルヴァロさんの実験を阻止することは出来ない。
だからこそこの場を離れ、前から考えていた転移するのに最適な物を探すことに賭けるしかなかった。
「少しの間だけ、耐えてくれテーラ……」
テーラがアルヴァロさんに自分から協力する限り、今すぐ実験から逃れさせることは不可能だ。
俺がここにいた所でそれに変化が起きないこともよく理解してしまった。
激痛に顔を顰めつつ転移魔法陣の方へ足を進める。
「いっつ……あっそう、だ……」
そこでふと、アルヴァロさんにもテーラにも気付かれることのなかった紙袋が床に落ちたままだったことを思い出す。
歩く度に振動が火傷に響き呻き声を出してしまう。
だがそれでもゆっくりと白熊のぬいぐるみが入った紙袋を拾い、手首に触れないよう気を付けつつ片腕で抱き抱えた。
今の状態でテーラにプレゼントなんて出来ない。
きっと……喜ばれない。
「……行こう」
気持ちが沈む。
手首の激痛で心が若干弱ってしまっているのを実感しながら、俺はしっかりと紙袋を抱え転移魔法陣へと入って行った。