第6話(5) 『親愛を心に宿し』
セリシアの言葉通り、神託のことをアルヴァロへと伝えたメイト。
その事実にアルヴァロ含めその場にいる子供たちも同様に目を丸くしていた。
「面会は出来ないって……デルラルト君が危険だと、そう言ったはずだけど」
「それでも『聖書』に記された神託の導きを受け入れるのが聖女様の使命です。なので、どうかお引き取り下さい」
「使命って……わかっているのかい……!? それはデルラルト君を見捨てるのと同じことだということに!」
「神様にはボクたちにはわからないような深い考えがあるんだと聖女様もおっしゃっていました。だから少なくとも信者であるボクは聖神ラトナ様を信じます」
「なんて、ことだ……」
メイト、ひいてはセリシアの言葉に驚愕の表情でアルヴァロは半歩後ろに後退し、思わず片手で頭を抱えた。
それは計画がいとも簡単に崩されたという事実もそうだが、何よりメビウスの安否に対してたった一言言葉を受け取っただけで簡単に決断し見捨てようとしているということがアルヴァロの心に大きな動揺を生ませていたのだ。
1か月弱、彼と一緒に暮らしていたのではないのか。
アルヴァロにとってその発言はまさしく彼を切り捨てているのと同じだった。
しかし当然アルヴァロだけではなく、メイトの言葉に否定的な想いを抱く人もいる。
特にまだ信仰やそういった事情に疎く、簡単に人の言葉を信じてしまう幼い子供たちがそうだった。
その一人であるパオラが必死な表情でメイトの服を掴む。
「でも、お兄さんが危ないんだよ……!?」
「……子供のオレたちには、出来ないことの方が多い。仮にオレたちが聖女様の言うことを聞かずに外に出てこの人について行ったとしても聖女様に別の問題を抱えさせるだけだ。子供に出来ないことは大人がやる。オレはもう、オレのせいで聖女様を心配させたくない」
「でも兄ちゃん! シロ兄は俺達を助けてくれたのに、俺達はシロ兄を助けないの?」
「……残念だけど、それが出来ないのが子供なんだ」
パオラに続いてカイルもメイトに詰め寄るが、メイトはメビウスに教えられたことを教訓に態度を変えないでいた。
昔のままの自分が今ここにいたら、助けるという言葉を最優先にしてなりふり構わず外に出ていたと思う。
けれどメビウスに……そこそこ尊敬している師匠に言われたのだ。
出来るようになったら、その時にやればいいと。
まだ役に立てないとわかっているからこそ、メイトは一時の感情に流されないよう意識して自分を律していた。
「……なら『聖神騎士団』の所に行こうよ。それなら大人の力を借りれるんじゃない?」
メイトの様子を横目に、ユリアはそんな提案をする。
それはまさしくメイトとパオラたちの意見を尊重した、一番現実的な案だった。
「それは出来ない」
だが当然それをアルヴァロは良しとしない。
教会の対応に軽くショックを受けていたアルヴァロだったが、ユリアの案はアルヴァロの計画にとって非常に都合の悪いものだ。
受け入れるわけにはいかない。
「どうしてですか?」
「何の力も持たない騎士団ではデルラルト君を助けることは出来ない。ただの人間が助けられるとか、そういう次元の話ではないんだよ。それが出来るのであれば初めから私と『彼女』が助けている」
「…………ふ~ん」
彼が危険だと知らせれば何の障害もなくセリシアが出てくると踏んでいたためそこまで説得力のあるシナリオは用意していない。
なので抽象的な言葉になってしまったが、何か問題が起きたとしてたかが騎士団が束になって解決するのなら、そもそもアルヴァロとテーラだけでも解決できると自負している。
だからこそ【聖神の加護】を持つセリシアの力が必要だとそう口にするが、ユリアは結界越しにアルヴァロを見つつそっと目を逸らした。
「ならやっぱり、聖女様を連れて行くのは諦めた方が良いと思いますよ」
「……どうしてかな」
「お兄さんは私に、カッコいい所を見せてくれるって言ってくれたから」
「……は?」
「だから大丈夫なんじゃないかな」
アルヴァロと目を合わせないまま、悠々とユリアは気楽な口調でそう口にする。
アルヴァロは何の根拠もない子供の戯言に放心し、一瞬だけ理解するのに時間がかかったらしく呆然とした表情を固定させたままその場に静止してしまう。
「……っ」
だが徐々に憤りに似た感情をアルヴァロは抱いた。
子供に対して怒りを向けないよう気を遣いつつも、思わず漏れ出てしまった怒気を含んだ言葉を吐き出してしまう。
「そんな確証もないことを……! 聖女様もそうだが、君たちはデルラルト君を見捨てるというのかい……!?」
「見捨てるわけないです。見捨てるんじゃなくて、みんな信じてるんですよ。あなたは信じてないんですか?」
「たかが1か月弱で、デルラルト君のことを知った気になったつもりなのか……!」
相手が子供でなければ、もしかしたら怒鳴っていたかもしれない。
そもそもアルヴァロにとって、子供の頃からの付き合いのある彼のことを義理の息子のように感じていた節がある。
そんな息子のように思っていた子をこんな軽々しく扱う教会の人間にアルヴァロは行き場のない怒りのようなものを感じた。
だがここで子供相手に怒りをぶつけるのは大人としてあるまじき行為だ。
大人で、尚且つ出て来ない責任者であるセリシアには物申したい気持ちはあるが、会話を拒否された以上長居する理由はない。
しかし収穫としてメビウスもまた、ここに居続けるべきではないと理解することが出来た。
小さく深呼吸して、心を落ち着かせる。
「……わかった。ここは一度引こう。……もうデルラルト君が戻ってくることは期待しない方がいい」
「お兄さんは戻って来ますよ。ここは絶好の昼寝スポットらしいので」
「そうですよ。オレの稽古もまだ終わってないですから。師匠は約束は守ってくれます」
「……それでは失礼する」
話にならない、と。
そう見限るようにしてアルヴァロは子供たちを見ずに軽く頭を下げて教会を離れた。
「…………」
その後ろ姿を、先程から一切何も口を開くことなく見つめ続けているルナに気付かずに。
――
彼は聖女を守るためにリスクを冒してまで自分と接触するとアルヴァロは確信していた。
待っていてくれと言って大人しくしているわけがないのは天界時代よく見てきたからそれぐらいわかる。
そしてやはり予想通り彼は『魔導具店』へとやって来て、テーラによって気絶させられ拘束している。
約束を反故にされたもののその勇気と正義感をアルヴァロは高く評価していた。
今回に限ってはそれらのせいでこうして障害へ成り下がっているが、それでも大切なものを守ろうとする彼の姿をアルヴァロは何度も見てきている。
だが彼が天界時代守ろうとしていたのは家族や幼馴染み、そして大切な身内ぐらいだった。
だというのに、彼がこの世界で守ろうとしている『人間』は彼を簡単に切り捨てている。
それが堪らなく許せないから、こうして夜道を歩いている最中も先程までに蓄積していた憤りが鎮火することはなかった。
それは教会の人間の態度もそうだし、何よりあれらと一番大切な妹を天秤に掛け片方を取り切れずにいるメビウスに対しても憤りを蓄積させる原因だった。
「やはりデルラルト君はこの世界にいてはいけない……あの子は天界に戻るべきだ。エウスちゃんとあれらを天秤に掛けるなんて、優しさで食い潰されるぞデルラルト君……!!」
神様の【神託】が聖女の行動を決定付けているのは理解したし、昨日の神の権能を見ればそれが事実だということも納得している。
だがアルヴァロ自身はきっと【神託】を受けたとしても、彼を助けに行かないという選択は取らない絶対の自信があった。
それは一重に、メビウスがアルヴァロへ持っているものと同じ『親愛』があるからに他ならない。
「デルラルト君をこちら側に引き込む。待っている場所も問題があるとは思わなかった。これではクレス君にも顔向けできないじゃないか……!」
幼い頃の彼の、大切な父親を失ったことによる全てに絶望したような表情を見た。
それでも妹のために必死に笑みを貼り付けて元気に振舞おうとする姿を見た。
既にアルヴァロの中に、人間に対し気を遣うという感情は持っていない。
メビウスが大切な人を助けようとしているように、アルヴァロ自身も自分の大切な人を取り戻さなければならないから。
「人間共は君が守るに値するような存在じゃないよ、デルラルト君……」
駆け足気味に三番街に続く一本道を歩く。
半月に照らされるアルヴァロの瞳には、確固たる強い意志があった。