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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第5話(16) 『繋がれ続けた鎖の先に』

 視界が鮮明になるまで、そう時間は掛からなかった。


「う、うぐっ……?」


 閃光を間近で受けたとはいえ、不思議と目に激痛が走ることはなかった。

 チカチカとした違和感はあるものの、何度か瞬きを繰り返し目を慣れさせるとようやく視界が通常通りに変わってゆく。


「なんだ、ここ……?」


 状況を把握するためにゆっくりと辺りを見回す。

 そこは、まるで地下室のような風貌だった。


 窓はない。

 辺りも木材壁ではなく石造りで囲まれており、火が灯った魔導具らしきものが壁に掛けられている。


 そして床には小綺麗に積み上げられた本の山があった。


「ここに本があるってことは、やっぱりテーラとアルヴァロさんはここにいたっぽいな。どおりで昨日も気配がしなかったわけだ」


 きっとこれは『魔導具店』からこの地下室に転移されたのだろう。

 今は二人共ここにはいないようだが、昨日ここにいたのは間違いないはずだ。


「しかしどういう原理かは知らないが、もう転移っつーもんはあるんだな。だったら案外アルヴァロさんもセリシアの力を使わなくても何とかなると思ってくれ……はしないか」


 天界に戻るという可能性はより増えたが、結局『神の権能』というのはアルヴァロさんにとって大層魅力的な力なことには変わりない。

 むしろ転移の方法があるならと、より一層考えを強くしている可能性もある。


「それにしても、この部屋は一体何なんだ? 何とも殺風景というか、何もないというか……いや、この見て下さいと言わんばかりの椅子だけはあるけど」


 見た目は完全に地下室だ。

 必要最低限の机はあるがそれ以上でもそれ以下でもなく、生活を感じさせない無機質な部屋というイメージ。


 しかし一つだけ主張されたものがあるといえば、やはり中心部にポツンと置かれた椅子だろう。

 背もたれや肘置き部分には鉄鎖のような物が取り付けられていて、嫌な雰囲気をひしひしと感じさせられる。


「でも結局やることは変わらない。むしろここが本命って可能性だってある」


 テーラとアルヴァロさんがここにいたことの確証は無いが、確信があった。

 だから次は、アルヴァロさんが何をやろうとしているのかを調べなければならない。


 そう結論付け、俺は早速近くにあるものから順に手を付けていく。


 まずは床に置かれている本の山からだ。

 とりあえず一番上の本から手に取ってみた。


「『魔導具の原理』、『魔力構築の基礎知識』、『魔法陣の存在論』……何ともまあ初歩的っぽいタイトルばかりだな」


 タイトルだけ確認してみたが、転移前の部屋にあった本の小難しいものよりかは幾分かやんわりとした名前の本ばかりだった。


 あれだけ本が揃っている中、持ち主であるテーラが今更初心に帰ろう等と思ったわけではあるまい。

 となると消去法でこれを読んでいたのはアルヴァロさんと見て間違いないはずだ。


「アルヴァロさんの知識欲を煽る本ばかりなのは確かだけど、今のアルヴァロさんが欲求を優先するとは思えない。てことはこれも天界に戻るために必要なものなのか……?」


 魔法も研究も俺は疎いため予想を立てることは出来ないが、何となく魔導具を使用しようとしているのはわかる。

 魔法陣については恐らく先程の転移の魔法陣が気になったからだろう。


「まだここに来て一日しか立ってないって言うのに……」


 既にこうして本が積み上げられているということは、これらを全て読み込み終わったということになる。


 そんなの、速読だとしてもかなりの時間がかかるだろう。

 寝ずに読んでいたのは明らかだし、それ程真剣に帰る方法を探しているアルヴァロさんが俺にはとても眩しく見えた。


 ……そんなアルヴァロさんの計画を、俺は邪魔しようとしている。


「……」


 本当にそれでいいのか。

 本当に『セリシア』を優先していいのかと、内なる自分が問いかけて来た気がした。


「……もう、決めたんだろ」


 だけど答えは変わらずYESだ。

 セリシアもテーラも、二人共どうにかするって決めたんだ。

 天界に帰るなら笑って、みんなに送り出されて帰りたい。


「後ろめたさを感じながら天界に戻ることなんて、俺には出来ない」


 たとえ我儘でも、それだけは変えたくなかった。


 本を積み戻し、今度は机の方へと向かう。

 その途中、ふと壁の一か所に鍵穴のような物が取り付けられていたレバーがあるのを見つけた。


「これは……中にボックスでもあるのか?」


 小型で四角型の線が壁に走っていることから、小扉のようなものだと判断。

 鍵が何処かにないか周りを確認すると、案の定机の横に取り付けられたフックにそれらしき鍵が掛けられていた。


 不用心だが、そもそもこの部屋自体が隠し部屋なためそれ以上隠す必要はなかったのだろう。


 有難く鍵を拝借し鍵穴にそれを差し込む。

 横に回すと軽快な音が鳴り、鍵を抜き取ることが出来た。


 そのままレバーを上げて横に捻ると、固く閉ざされていた小扉はいつも簡単に開かれる。


 ――それと同時に唐突な冷気が、肌を撫でた。


「……なんだ、これ」


 困惑に瞳を揺らし、一点のみに視線を固定してしまう。


 ……血だ。

 血液がある。

 試験管のような物に入った新鮮な血液が綺麗に立て掛けられていた。


 今も尚、冷気は俺の肌を強く冷やしていた。

 そのことから恐らくここは血を保存するための冷蔵室として機能しているのだろう。

 ボックスの中をよく見てみると、確かに小型の魔導具のようなものから冷気が流れているのがわかる。


「どうしてこんなものがここに……」


 だとしても、ここに血がある理由がわからなかった。

 たとえ適切な冷蔵保存をしていたとしても、血液を長期保存することは出来ない。

 さすがにずっと放置していたのなら採取した意味がないし、となるとこれを保存したのはつい最近の可能性が高い。


 それがわかったとしても結局これがある理由はわかりそうになかった。

 ただ少なくとも、嫌な感じがするという直感的な感情を抱いてしまうことは事実で。


「……っ」


 徐々に気持ち悪さを感じたため小扉を閉めて鍵を掛け直し、それを元の場所へと戻す。


「何なんだよここは……悪趣味な椅子に意味の分からない血液。アルヴァロさんは一体何をしようとしてるんだ」


 研究とは、転移する方法が無いかを探すことではないのか。

 てっきりそういった魔導具を作ったり、セリシアの能力が何処まで出来るのかを少々強引に模索するのかとばかり思っていたが、現状ではそのようなことをする痕跡は見られない。


 それにあの血液。

 アルヴァロさん自身の物という可能性も確かにある。

 だが仮に、仮にあの血液が何処の誰かわからない他人のものであるのなら……


 それはつまり、アルヴァロさんは既に……


「いやっ、さすがにそれはないだろ……」


 アルヴァロさんが狙ってるのはあくまで聖女であるセリシアだけのはずだ。

 『聖神の加護』を持つ聖女が必要だったからああいった過激なことを口にしていただけで、俺の知っているアルヴァロさんは他者を不用意に傷付けたりなんかしない。


 ……その、はずだ。

 

「――っ。アルヴァロさんを信じろよ、俺……!」


 疑ってしまいそうになった己を恥じて首を振る。


 あの人は悪い人じゃない。

 確かに人間のことを下に見ている節はあるが、それでも無駄なことをするような人ではないのだ。


「……っ」


 それでも、どうしても心がざわつく。

 首を大きく横に振り頭の中をシェイクして思考を切り替えると、俺は一度落ち着くために机に手を置いた。


「……ん?」


 すると、手のひらに紙の感触があった。

 転移前の部屋には大量の紙があったためあまり気にしていなかったが、机にも紙束が置いてあることにようやく気付く。


 綺麗に角を揃えてあった紙束を取ると、一番上に乗せられていた紙には『天界帰還計画書(仮)』と書かれていた。


「これは……」


 ようやく大きな進歩となる手がかりを見つけられたような気がする。

 内心気分が昂るのを感じつつ、見落とさないよう気を付けながらページを開いた。



――――



『天界帰還計画書(仮)』



 人間界から天界へと帰還するには『生物』を指定した座標に移動させるという極めて高度な方法を取らなければならない。


 それを現代科学で行うことは不可能だ。


 だが聖女様の持つ『神の権能』を使用する方法であれば可能性はある。

 しかしこれを研究、または使用するハードルは高く、デルラルト君の協力も期待出来ないとなるとこの案の優先度は低い。


 それに『聖神の奇跡』という結界がある以上、聖女様が他の人間と何が違うのかを研究することは出来そうにない。


 であるならば。

 やはり『魔法』という、より非科学的な方法を取るのが確実だろう。


 『魔法』の知識は充分にある。

 【被検体01】の研究成果によって、極めて短い距離であれば物体を転移することが出来るという革新的な方法があることもわかった。


 天界と人間界が別世界なのではないかという厳しい調査課題はあるものの、それさえ解消出来ればそう長い時間を掛けずに言語化することが出来るはずだ。


 ただ……もう一つの課題として【被検体01】の魔力貯留量の大きな低下が懸念される。


 やはり長年酷使し続けてしまったのは反省点だ。


 だが犠牲を払うものの人体から魔力を全て抽出し固体化出来る方法を使用すればあとは器である魔導具を作成するだけだ。

 それさえあれば転移魔導具試作一号機(仮名)を創り出すこと自体は難しくないだろう。


 ともあれ今後の計画として【被検体01】の存在は極めて重要であるのは間違いない。

 デルラルト君の協力なくしても、聖女様を実験に使用出来る可能性も出てきた。


 ……だがデルラルト君の妨害は必ず入るだろう。

 私情だが彼にはあまり手荒な真似をしたくはない。


 彼の父親、クレス君には世話になったし、何より彼にも私と同じように大切な家族に会わせてあげたいという気持ちがある。


 そのことから彼を拘束する必要も出てくるかもしれない。


 何より設備も研究室とは違いここでは乏しく、本格的な研究を行うにはもうしばらく……正確には1ヵ月は有するだろう。


 半年を目標に計画を進める。

 聖女様に協力を仰ぐか否か。

 それはあと一日(〇〇日)で最終判断を行う手筈だ。


 それまでは設備投資の機器を探すため、二番街ひいては一番街へ向かうべきだろう――


(一部抜粋)



――――



 理解出来なかった。

 あまりにも俺の中にある理解の範疇を超えていて、動揺を隠しきれず資料を持つ手が無意識に震える。


「……なんだよ、これ」


 長々と書かれているため分かりやすい箇所だけを読んだが、それにしたってこんなのはおかしすぎる。


 分からないことは多々あった。

 たとえば【被検体01】というのが何なのかわからないし、難しそうな言葉も多く決して全てを理解出来たわけではないだろう。


 でも……これはあまりにも犠牲を多く払んだものだ。

 納得出来るものもあったが、それでも研究とは何を示しているのかはさすがの俺でも感づいてしまう。


「研究じゃなくて、こんなの人体実験じゃないか………!?」


 思っていたものとあまりにも違った。

 多少の無理はすることはあっても、人権を無視することはないと思い込んでいた。


 だって、相手は大切な人であるアルヴァロさんなのだから。

 こんな考えがすぐに出て来ているということは、それはつまりアルヴァロさんは人体実験をしたことがあるということで……!


「……止めなきゃ」


 セリシアとテーラを守りたい。

 でもアルヴァロさんにも、そんな非道なことをして欲しくなどなかった。


「俺が止めなきゃ、誰が止めるんだよ……!」


 思わず手に力が入り、手に持つ計画書がぐしゃっとよれる。

 恐らくこの計画書を書いたのは昨日のはずだ。


 となると今アルヴァロさんとテーラがここにいないのは、この研究に必要な設備が売られていないかの情報を探しに行っている可能性がある。

 それにしては一番街や二番街に行っていないというのはおかしな話ではあるものの、いつ帰って来てもおかしくない。


 ……とにかく一度退くべきだ。


 有難いがアルヴァロさんは俺を巻き込まないよう気を遣ってくれているらしい。

 だがそれで拘束されて何も出来ない日々を送る羽目になってしまえば、今度こそ打つ手が無くなってしまうだろう。


 テーラにプレゼントを渡せなくなってしまうが、まだその機会はあるはずだ。

 とにかく一度地下室から出ようと計画書を机に置いた時。






「――構わないでって、言ったのに」






 ――誰もいないはずの背後から……声が、聞こえた。


「――ッッ!? がっ!」


 反射的に振り向いたその刹那、頭部に強烈な鈍痛が響き脳を叩く。

 力が抜け身体を支えることが出来ずに、俺は勢い余って床へと倒れ込んだ。


 その衝撃で片腕で抱えていた紙袋が宙を舞う。

 テープで固定していたため何とかぬいぐるみが飛び出すことはなく、血で染まらなくて良かったと、そんなことをぼんやりと考えていた。


 ……既に焦りはない。

 だって、この耳に届いた声色は確かに聞いたことのある声だったのだから。


 でも打ち所が悪かったわけではなく、身体はまだ動く。

 頭部から血が流れ瞳を赤く染めるものの、確信を持つために襲撃してきた相手を見ようと視線を上げた。


「――くっそ……」


 無意識に、無力感から力無く拳を握った。

 視界に映るのは、瞳を光らせ、氷で出来た大鎚を振りかぶる淡紅色の髪を持った見慣れた少女で。


「恨んで、ええよ」


「テー――」


 もう守るという次元ではなく、遅かったのだと何となくわかった。

 あんな泣きそうな、酷い顔をして……一体誰が彼女を守れていると言えるのだろうか。


 ――氷の大鎚が倒れている俺の頭部を再度捉え、完全に記憶の糸が途切れる。


 視界が真っ暗になって、自分が立っているのか倒れているのか、その方向すらもわからなくなって。


 でも唯一、視界を失う前にわかったことは。


 少女……テーラはいつもフードを被り顔を隠すために使用していた純白のローブを、もう着てはいなかった。

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