第5話(13) 『鉄門を開く』
皿洗いを終えリビングを出た後、俺は早速三番街でテーラを探そうと礼拝堂から表庭へと足を踏み入れた。
三番街にいなくとももしかしたら二番街、一番街にいる可能性だってある。
正直土地勘がないため逆に捜索される側になる可能性を否定は出来ないが、ずっと三番街を捜索したところで意味はない。
セリシアと共に捜索するという選択肢も無いわけではないが、三番街の聖女が別の聖女がいると言われている番街に不用意に足を踏み入れるのはあまり歓迎されないと聞いたことがある。
それは一重に同じ神を信仰しているとしても、聖女の良し悪しで信者の数に変更があるのは優劣を生み出すため良くないという話だったはずだ。
だからセリシアを連れて行くことは出来ない。
一人で向かうしかないため捜索時間はかなり限られて来るが、まずは探さなければ何も始まらないと俺は正門へと向かった。
「あ、師匠。何処か行くんですか?」
そんな俺を見かけたからか、裏庭ではなく表庭の隅で座りながら何かを話していた子供たちがこちらへ寄ってくる。
「……」
その中には昨日の夜のうちに帰って来ていたルナもいた。
あの日……教会を出る理由を軽く説明していたテーラと違い、ルナは完全な無断による退出だった。
いつまでも帰って来ないルナに心配したセリシアと偶々リビングにいた俺はそこそこの時間帰りを待っていたわけだが、ふと庭へと出ると普通に正門前に突っ立っていたから心底驚いたものだ。
何か音でも出してくれればいいのに、何もアクションを起こさないルナには思わず呆れてしまう。
しかし何か意図があるのだとは思うが正門に訪問用のベルらしきものが無いのも来客に気付きにくい理由だろう。
今度設置しないのか聞いてみることにしよう。
聞かないで勝手な憶測で考えるのは危ないと気付いたからな。
ちなみに外出していた理由は教えてくれなかった。
もう既に彼女に敵意を向けることは無いからそれでルナに疑念を抱くことはないが、相変わらずルナの考えてることはよくわからん。
「テーラを探しに行くんだよ。あいつ、昨日用事があるって言ったきり帰って来ないだろ? 自分の家にも帰ってないようだし、ちょっと気になるからさ」
「確かにボクたちから見てもテーラさんの様子はおかしかったです」
「ちょっと気分悪そうだったね。またお兄さんが何か言ったんじゃないの?」
「だ、駄目ですお兄さん。きちんと謝らないと……!」
「おい、お前ら決め付けるの早すぎるだろうが」
確かに流れ的に俺がやってそうだが、それにしたってもう少し信じてくれてもいいんじゃないかとは思う。
いや、違うな。
このユリアの表情は完全に揶揄おうとしてるだけだ。
パオラがすぐユリアに便乗するせいで多勢に無勢感が醸し出されてしまうのが良くない。
「ていうかお前ら昨日何覗き見してんだよ。俺もそうだがアルヴァロさんから見てもバレバレだったぞ」
「ボクたちは止めましたよ。こういうの見たがるのはカイルとリッタだけです」
「そうだよ。メイト兄は良いけど私とカイルを一緒にしないで」
「だって気になるじゃん!」
「きになる!」
確かに紹介されても困ると言っていたのはユリアとパオラだけだ。
あの時はあれが全員の総意かと思っていたが、好奇心旺盛なカイルやリッタは案外アルヴァロさんとも話して見たかったのかもしれない。
あの後は色々事が進んで確認出来なかったが、あの後も俺達の様子を見ていたのだろうか。
「でも、お兄さんの友人さんとテーラさんは知り合いだったんだね。あ、はは~ん、お兄さんだけ除け者にされてたんだ?」
「んなわけねーだろ。てかお前もあの二人が知り合いだって、そう思うのか?」
「うん? だって何かメモでやり取りしてたよ? あれは噂で聞く手紙回しって奴だよきっと」
「やり取り……!?」
そんなの全然気が付かなかった。
アルヴァロさんはテーブルを挟んで対面に座っていたし、テーラは地味にアルヴァロさんの身体で身を隠していたように思える。
隠れてやり取りするのは決して不可能ではないだろう。
ユリアが嘘をついているとは一切思わない。
そして同時に、アルヴァロさんとテーラで何かしらの考えを持って教会から出て行ったのが確定してしまった。
……一体、何を考えてるんだ。
10年以上関わりがあった大切な人。
昨日の途中まで平穏な思い出を作っていた女の子。
その二人の気持ちや考えすら、今の俺には到底理解することが出来なかった。
まるで初対面の人物のことを考えている気分に陥ってしまう。
「それはいつまでやってたんだ?」
「聖女様が来るまでだったかな」
「多分聖女様が横に来たから、単純にやり取りが出来なくなったんだと思います」
俺に隠れてやり取りをしている時点で、当然他の人物にもその行動を見られたくはなかったのだろう。
しかし俺と話しながらテーラと別のことを話すなどアルヴァロさんのマルチタスク能力には脱帽だ。
仮にアルヴァロさんに何かしらの思考時間があれば気付いたかもしれないが、彼には一切の違和感を感じなかった。
既に、何かしらの根回しは済んでいたということになる。
そうなるとアルヴァロさんの行動には必ず理由というものがあったはずだ。
もしかしたら今の俺の思考、行動すらアルヴァロさんの手のひらの上で踊っているだけなのかもしれない。
セリシアを利用する作戦は順調に進んでいる。
そんな気がしてならなかった。
「やっぱ、話を聞かなくちゃ駄目だ」
今の俺がいくら考えた所で答えが見える様子はない。
であれば、一刻も早くアルヴァロさんとテーラに接触しなければならない。
アルヴァロさんも現状立場がわからないテーラも決して敵ではないのだ。
アルヴァロさんの研究を終わらせて天界へと帰る。
そして最愛の妹の安否を確認する。
それは今も尚変わることはない。
「行く宛はあるの?」
「……正直、ない。あいつの家に昨日行ったけど生憎と留守だった。二番街に行ってる可能性はあるし、一番街に行ってる可能性だってある。もしも森に行ったのなら、目撃者無しに探すのは絶望的だな」
メイトが家出をした時だって、もしもテーラと出会わなければ見つけることは出来なかっただろう。
何となく森の土地勘は分かって来たとはいえあんな広い森の中で隠れている個人を見つけることなんて俺には出来ない。
それにメイトと違いテーラは魔法による小細工だって行うことが出来る。
仮に魔法の痕跡を見つければテーラが森にいることは確定するものの、だからといって探し出せるのかは別問題だ。
「もしも他の番街に行ってるのなら、門番の人に聞いてみたらどうですか? テーラさん特徴的だから、案外行先だけはわかるかもしれないですよ」
「……確かにそうだ」
そもそも俺の中で人に弱みを曝け出すという選択肢はなかったため考えもしなかったが、そういえば確かにメイトの言う通り各番外に続く門前には警備兵が二人ほどいたはずだ。
個人情報が云々と渋られる可能性はあるが、そこはセリシアの名前を使えば案外簡単に教えてくれるかもしれない。
少なくとも、閉ざされていた思考に一筋の光が灯った気分だ。
あれだけメイトに人を頼れと言っておいて、俺自身が頼るという選択肢を持とうとすらしていなかったことに今更気付く。
「そうだな、そうしてみ――……な、なんだよ」
子供たちの言う通り、まずは情報収集を行うべきだ。
そう思い光明をくれた子供たちに感謝しようと口を開くと、それを遮るような形で傍にいたルナが俺の服を軽く引いてきた。
時間もそこまであるわけではないので出来れば早めに教会を出たい所ではあるが、ルナがその意図を汲んで手を放してくれそうにない。
仕方ないので意識を向ける。
猫耳のフードを脱ぎ、月の形をしたピンで纏めたサイドアップが軽く揺れた。
「シロカミ」
「あん?」
「ルナ、テーラが何処に行ったか知ってるよ」
「――ホントか!?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は反射的に微動だにしないルナの両肩を掴んだ。
その行動に一切の反応を示すことなく、ルナは淡々と事実だけを紡いでいく。
「昨日見かけたけど、三番街の外れの方に向かってた。その時シロカミと同じ白髪の人もいたよ」
「三番街の、外れ……」
やはりテーラとアルヴァロさんは一緒に行動していたらしい。
外れにあるのは、テーラの経営している『魔導具店』ぐらいしかないはずだ。
でもそれは真っ先に確認した。
人気も無かったし、岩壁で入口も塞がれたままだった。
「どこまで見てたんだ?」
「家の前まで。テーラの顔、変だった。だから気持ちを知りたかったけど、魔法で塞いでたから諦めた」
尾行した理由が「気持ちを知りたかった」というのは何ともルナらしいが、ということは二人は『魔導具店』に入ったことが確定したことになる。
人気が無かったのは単純にその時だけ家を留守にしていたか、はたまた俺の勘違いか。
何はともあれ仮の目的地は設定することが出来た。
念のため各番外に行っていないか確認しつつ、もう一度『魔導具店』へ向かう。
……方針は固まった。
「お前ら、教えてくれてありがとな。行き詰ってたからマジで助かった」
「気にしないで下さい。また人助けしようとしてるんですよね。もちろん協力しますよ」
「……人助け、か」
そんなんじゃない。
全部、自分のためにやっていることだ。
セリシアも、テーラも、アルヴァロさんも……エウスのことも。
全部を選びたいから、こうやって無様に走り回っているだけだ。
俺の本心を一人でも知っている奴がいるなら、きっと酷く見下し軽蔑するに違いない。
でも評価を上げたいと思ってる奴らに上辺だけでも人助けをしているように見えているのなら、それだけで救われた気持ちになれた。
「テーラさんのこと、何とかしてあげてね、お兄さん」
「……ああ、わかってる」
カッコいい所を見せなくてはならない。
たとえ過程が見えずとも結果だけでも見せることが出来れば、また俺の求めていた平和な日々を送ることが出来るだろうから。
「頑張って下さい、師匠」
「「「「いってらっしゃい!」」」」
手を振って見送られた。
セリシアを攫えば、俺達天使の都合によって子供たちのこんな優しい笑みすら見れなくなってしまうだろう。
天界に帰りさえすればもう二度と会わないかもしれない。
アルヴァロさんの言う通り本来会うべきではない、仮初めの関係性なのかもしれない。
それでも、天使と人間が全く違うとはあの日にもう思わなくなったから。
「ああ、行ってきます」
家族以外に初めて口にする言葉をまた吐き出す。
帰りを待ってくれる人が天界以外にも出来てしまった。
俺はこのほんのちっぽけな幸せすら、失いたくないと思うから。
だから平和な未来を手に入れるために、俺は固く閉ざされた鉄門を強く開いた。