第5話(5) 『始まりはいつも鉄門の前で』
テーラの様子が少しだけ気になる。
教会に戻りつつ俺はルナと共に隣を歩いているテーラに意識を向けていた。
「テーラ、急に元気なくないか」
「……ん? そんなことあらへんよ。うちはいつだって元気もりもりや」
先程の話をしてからどうにも元気がないように見える。
いつもの調子で会話してくれるものの言葉に籠った覇気は薄く、空元気に見えるのは決して勘違いではないはずだ。
ただ言わないということは言いたくないということでもある。
無理に聞き出すことの問題はこの世界に来てよく知ったので、言ってくれるようになるまでは待つべきだと判断。
思い込みで悪手を取るとロクなことにならないのはユリアとの件でよくわかった。
そんなことを思いつつ教会の扉を開ける。
教会へと戻ると、まだいたらしい三番街の信者たちが椅子に座りつつセリシアと話していた。
よくもまあこんな長々と話し続けられるもんだ。
それ程までに聖女の話を聞きたい人というのは多いのだろう。
今直接話しているのは……コメットか。
「――ですので、恐らく近いうちに帝国の方に使者が訪れる可能性があります。私共の力不足で聖女様にご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした……!」
「そんな、気にしないで下さい。私も使者の方に事情を説明して、【聖神騎士団】の方々がここに居続けられるよう説得します。私も皆さんとお別れするのは寂しいですから、安心してください」
「聖女様……! ありがとうございます!!」
「「「「「ありがとうございます!!」」」」」
どうやら見た感じほとんどの人が【聖神騎士団】のメンバーだったようだ。
途中から聞いただけだが使者が来るとかなんとか。
「どうかしたのか?」
「あっ、メビウス君」
「うっ……君か……」
椅子から立ち上がり俺を迎えてくれるセリシアとは対照的にコメットの表情は乏しい。
クーフルの一件の際【聖神騎士団】が何の機能も出来なかったことに後ろめたさでも感じているのか複雑な感情を醸し出していた。
別に気にしなくていいし住民同士もっと仲良くしていきたいのだが、それのおかげでぐちぐち言われることが減ったのも事実なのでもうしばらくはこの功績を高々と上げたいところだ。
「実は……えっと」
俺の問いに解を示そうとしたセリシアだったが、近くにいたコメットたち【聖神騎士団】の立場を考え、言葉を上手く紡げずにいる。
セリシアに視線を向けられていることにコメットは気付くと、ゆっくりと頷いた。
彼らにとっては事実に対する覚悟は出来ているようだ。
「……私達のことは気にしなくて大丈夫です。聖女として真実をお伝えください」
「……わかりました。実は、先日の一件をまとめた報告書を帝国に送ったみたいなのですが、帝国から『聖女を守るための騎士団が住民に守られた挙句捕らえた大罪人を逃がすなど重大な失態だ』という話が出てしまったようで……帝国の方で【聖神騎士団】メンバーの調査するための使者が近いうちにやって来るみたいなんです」
「あー……なるほど」
それに関しては、そもそもクーフルの闇魔法を【聖神騎士団】が対処することは不可能だったから仕方ない部分が多い。
眠らされてしまった件に関しては【聖神騎士団】の責任を問われる可能性は高いが、それも疲弊した後すぐ業務に入っただけでも頑張っていた方だろう。
しかしそれらは全て過程と感情論であり、結果的には『聖女を守れておらず危険に晒した』のも事実。
こちらとしても擁護はしたいところだが、果たして説得力のあることを言えるのかどうか……俺は自信ないな。
それでも、俺は彼らを見捨てようとは思えない。
手伝えることは少ないかもしれないけど、出来る限り協力はしたい所存だ。
「正直に言えば……なるようになるしかないんじゃないですか。結果で示せという話に持って来れたらあとはコメットさん達次第。それすら聞き入れてくれないとなると、状況はかなりキツイと思います」
「そうだろうな……」
「……」
でもあれはあくまで特殊で、普段なら【聖神騎士団】がいるというだけで住民たちの心の支えになっているはずなのだ。
決して【聖神騎士団】は日々の業務を怠っているわけではなく、住民たちの手助けや聖女の護衛も積極的に行っている。
総入れ替えをして住民たちに警戒される日が続くよりかは現状維持の方が三番街の、ひいては三番街の聖女のためになるはずだ。
「君のおかげで今聖女様はここにいる。中々お礼を言えなかったが【聖神騎士団】一同、君とテーラさんには非常に感謝している。ありがとう」
「えっ、ちょっ」
「や、止めてや」
コメットが深く頭を下げると、それに追従して兵士たちも同様に頭を下げた。
さすがにそこまでされると俺達も慌ててしまうものの【聖神騎士団】として聖女のもとに派遣されるのは非常に強い信仰心と実力が必要だと以前聞いたことを思い出す。
きっと悔しくて堪らないだろう。
俺としては、そういう頑張った人には報われて欲しいと思う気持ちが強い。
「もしその使者って奴が来たら俺からも何か言っときますよ」
「……! 恩に着る……」
守護に関しての信用はしていないが、いなくなってほしいとも思わない。
少なくとも俺は大人から見た子供に抵抗なく頭を下げることが出来る人間性は非常に評価できるから、その時が来たら頑張ってみよう。
そんなことを思いつつ、少しだけ話した後【聖神騎士団】は帰ることとなった。
帰る際も深々とお辞儀され何とも言えない気持ちになりながら、俺は騎士団が教会から出て行くのを眺めていた。
「良い方向に進めばいいのですが……」
「まあ悪人を初手で見分けるっていうのも難しいから、イクルスの入場制限をしない限りどうしても後手に回っちゃうのは仕方ないと思うんだけどな。でも聖女を狙う時点で無計画に接触するわけもないから、【聖神騎士団】がかなりキツイ立場なのは間違いない」
「まー聖女はん誰でも中に入れてまうからなぁ」
「てかそれのせいじゃないか?」
「うっ! うぅ……すみません……」
でもそれに関しては『聖女』の立場上人を疑ってかかるというのは問題がある。
単純に【聖神騎士団】を正門前に門番として待機させた方が良い気もするが、ここは聖女が私生活を送る場でもあるためやはりそういった神聖な姿以外のものを一般人が見ることが出来るのはあまり好ましくないのだろう。
それに俺としてもセリシアが人の裏を読もうとする姿はあまり見たくない。
彼女には彼女らしく陽だまりのような姿を見せて欲しいと思うから。
【聖神騎士団】は中々辛い立場にいると思う。
が、まあ頑張ってくれとしか言えないな。
……というか。
「てかルナは?」
「あれ、ほんとや」
そんなことを話している間に、先程までいたルナがいつの間にか何処かに消えてしまっていた。
教会に入る直前まではいた気がするのだが、その後の姿を一切確認していないことを思い出す。
辺りを見回してみるが何処かに隠れているわけでもなさそうだ。
まあ神出鬼没もあいつらしいか。
探すのは諦めることにする。
周りを見渡すのを中断すると、丁度セリシアと目が合った。
俺がルナを探しているという状況が感慨深いようで柔らかな笑みを見せてくれる。
「ルナちゃんの印象は変わってくれましたか?」
「……まあ、そうだな。悪い奴じゃないってことはもうわかる。ごめんな、心配かけちゃってさ」
「良いんですよ。私も、なんて声をかけたらいいかわからなくて……もっと話を聞いてあげられたらよかったのですが……」
いや、セリシアには言えないっつーの。
たとえ聞かれても誤魔化す未来しか浮かばない。
「でも聖女はん、聞かなくて良かったかも知れんで? 相談に乗ったらな、自分めちゃくちゃ喚き散らしてきてほんまビビったわ。不貞腐れてごちゃごちゃと、まあ大変やったなぁ~」
「う、うるさいな! 良いだろうが別に!」
だというのにこの引き籠りが簡単に暴露してしまった。
せっかく隠していたというのに、そんなこと言ってしまったら今度こそ相談出来なくなってしまったじゃないか。
テーラを睨み付けるが、視線に気付いたようでそっと目を逸らされてしまう。
ぐぬぬ……
「……え、あ……」
必殺デコピンアタックでも決めてやろうかとテーラににじり寄ろうとした時、ふとそんな小さな声が耳に届いた。
思わず声の主の方へ視線を移す。
セリシアがまるで困惑しているように俺を見ていた。
「……? セリシア?」
「……あ、そ、そうだったんですね! 私、気が付きませんでした」
「い、いや待てセリシア。コイツは話を盛りまくってる。俺が喚いたり不貞腐れたりなんてするわけないだろ? コイツが一方的に協力させて下さい~って懇願して来たんだよ」
「め、めちゃくちゃ見栄張るやん自分……」
うるさいな、黙って見とけ。
セリシアに不甲斐ない男だという認識をされるわけにはいかないのだ。
そもそもセリシアに限らず女の子にそんな認識されたくないのだが、唯一テーラにのみ弱みを見せられるのは、やはりクーフルの一件が大きいだろう。
天才魔法使い様あざす。
だから今は俺のために黙っといてください。
「……メビウス君」
「ん?」
意識を戻す。
セリシアは低めの身長のため上目遣いになりつつも、眉を落としてこちらを見ていた。
「気を遣わないで、大丈夫ですからね……?」
「……? ああ、わかってるよ」
訴えたかったのはそのことか。
俺のゴミみたいな性格を向けられても気にしないと言いたいのだろう。
気を遣ってると思われてしまったが気を遣ったつもりなどない。
だがテーラの言う通り見栄を張るには中々言いにくいことだ。
もちろんセリシアにはカッコいい所だけを見て欲しいので、今後の俺に乞うご期待と言う所存である。
「教会に戻るか」
「はい」
「ん」
既に【聖神騎士団】の兵士たちは見えなくなっていた。
なのでここで話している必要性も特にない。
三人で教会へと戻るべく踵を返す。
ずっと庭で話しているのも悪くないが、ここ最近の俺はどうにも色々と動き過ぎな気がする。
色んな人と交流する機会が増えてきたというのが大きいが、睡眠時間12時間目標はここ最近ほとんど成功することはなかった。
というかマジで昼寝すらしてないまである。
真人間ならぬ真天使になってしまえば俺のアイデンティティを失ってしまうし、社畜になるつもりなど毛頭ない。
……毛頭ないが、それでも俺は教会のために何かしたいと最近は思うようになっていたのも事実で。
何か出来ることはないか探すために教会に戻ろうと、礼拝堂に続く入口の扉を開けた。
「――すみません」
その瞬間――正門の方で男性らしい声が耳に届く。
「――――!?」
思わず、立ち止まる。
きっとセリシアとテーラにも声が聞こえたはずだ。
「……? 少々お待ちください」
一足先にセリシアが振り向き、軽い足取りで正門へと向かって行った。
しかし俺は自分の耳を思わず疑い、硬直してしまっていた。
……心臓が、跳ねている。
しかしそれは決して不快なものではなく、感情を昂らせようと血液を送り出そうとしているに過ぎなかった。
聞き覚えのある、懐かしい声。
信じられない、嘘、夢なのではないかとすら思う程に俺の心は高揚していた。
真意をこの目で見ようと勢いよく振り返る。
その目に映ったのは。
「先程会った騎士の方にこちらに来れば神に信仰を捧げられると聞き訪れました。ここが三番街の教会で間違いないでしょうか?」
男性にしては長めの『白髪』を靡かせ、好印象のある紳士的な顔を見せるその人は。
「――アルヴァロさんっっ!!」
天界にて王城に勤める、この世界で初めての知り合い。
この世界に本来存在してはならない同族だった。
昂る気持ちを抑えられずに全力で走る。
同じく立ち止まっていたテーラを置いて。
……その時、彼女がどんな顔をしていたのか。
俺は見ることが出来なかった。