第5話(3) 『幸福と不幸は常に』
さすがにおやつの時間が過ぎた後にルナとの件を行うのは時間的にもよろしくない。
というかおやつの件でテーラに喚かれた後、ここ数日出来なかったメイトの稽古を見ることとなってルナとの時間は取れなかった。
稽古だが、やはりメイトは非常に優秀だ。
腕ではなくあいつは自分自身を律することが非常によく出来ている。
勉強と遊び、手伝いを両立させながらしっかりと俺の課した体力作りを継続していた。
自分勝手にオーバーワークもしないし、指導者の立場からしてみれば何も言うことがない。
少なくとも俺がメイトと同じ年齢だった頃に比べれば天と地の差があるだろう。
俺は当たり前のようにサボっていたし、そのくせオーバーワークもするし勝手に言われてないことをやる。
今の俺が昔の俺を稽古することになったとしたら確実にぶん殴ってるまであるな。
そんなわけでメイトの持久力の向上は若干抑え気味にしつつ継続、筋力トレーニングも追加で行い、身体作りを本格的に行うこととなった。
まだ俺が必要な機会はほとんどなさそうだ。
師匠と呼ばせている手前もう少し構いたいが、それは土俵作りが完了してから。
時間はまだまだたっぷりあるのだし、確実性を重視しよう。
――そして翌日。
朝食も食べた後、ルナはリビングの椅子に座らされていた。
周りには俺含め教会勢が揃って野次馬と化し、ルナの後ろには嬉しそうな笑みを浮かべたセリシアが立っている。
彼女の手のひらには薄紫色の髪が乗っていて、ルナは微動だにせずされるがままだった。
全員集まって何をしているのかと言えば、ルナの髪型鑑賞会である。
「ルナ姉ルナ姉! 私と同じ髪型にしようよ!」
「それ髪切ることになるんじゃないか……?」
「ていうか髪型なんて何でもいいじゃーん!」
「カイル最低……!」
「リッタも髪結んでみたい!」
相変わらず子供たちも騒がしいぐらいはしゃいでいる。
特に女性陣はルナのいつもフードで隠れていた髪を弄れるということでかなりテンションが高かった。
俺もエウスの髪型をよく変更させてもらっていたのでそれなりに髪型を作ることは出来る。
だがどこからか聞きつけたユリアから『髪は女の命だから』という主張のもと男が触れることを禁止されてしまったのだ。
そうなってしまえばもうセリシアに頼むしかない。
子供のおもちゃにされる前にセリシアに頼み、こうして様々な髪型を審査することとなった。
ポニーテール、ツインテール、サイドテール、おさげ、三つ編みなどなど。
巻かせたり前髪も弄ってみたいところだが、出来るだけ難しくない髪型の方が定着させやすいと思われる。
だからある程度簡単なものにしたいと思ってはいるのだが、それでも相手は女の子。
髪型一つ違うだけで見た目の印象も大きく変わってしまうわけで、適当でいいやと思っていた反面どうにも決めきれずにいた。
「うーん……お前はどれがいい?」
「……どれも変わらない」
「そう言うと思ったわ」
「ねぇねぇお兄さん! 絶対髪切る所から始めた方がいいって!」
「そんな本格的にやるつもりはない。フードさえ付けさせなければ良いんだっつの」
「適当は駄目だよっ……! 髪は女の命なんだよ、お兄さん……!」
「そ、それ言えば何でもいいと思ってないか?」
ユリアとパオラからの非難が凄い。
だが実際その言葉は男には非常によく効くのでこのまま反論してもジリ貧になるだけだ。
戦略的撤退をしよう。
「どの髪型にしても可愛いですっ! 似合っていますよルナちゃん!」
「そもそもフード脱ぐのに髪型変える必要とかあるんか……?」
うるさいな、その通りだけど変えてみたいだろうが。
しかしイマイチこれ! という髪型は見つからない。
というかこういうのってずっと同じ髪型にすることで目が慣れるものだし、偶に違う髪型にするから新鮮味があるんだよな。
そうなると現状どれも新鮮味しかないわけで。
そもそも選ぶっていうのが間違っていたのかもしれない。
「じゃあ一旦これでいいか」
セリシアが丁度サイドアップにした所でストップをかける。
そもそも女の子なんだからぶっちゃけどの髪型でもある程度似合うのだ。
ずっと悩んでいても仕方ないしこれでいいだろ。
簡単だし。
「なんか選び方雑~」
「よくないですっ……!」
「いいの。ルナもこれでいいよな?」
ぶーぶー言うユリアとパオラをあしらいつつ手鏡をルナへ渡す。
「……」
ジッと、ルナは自分自身を見続けていた。
何を思っているのかはわからない。
良いのか、悪いのか。
それすらも外面で判断することは出来ず、何故か若干緊張が走った。
「……これにする」
すると、小さな呟きが耳に届く。
ルナは結ばれた髪の束を手を掬いつつ鏡を見続けていた。
気に入ってくれたのならよかった。
ホッと小さく息を吐く。
「ルナ姉がいいって言うなら……逆に私がその髪型にしようかな……?」
「や、やだ……お姉ちゃんはそのままでいてよっ」
「えー」
ユリアも納得してくれたようでよかった。
ベレー帽のせいで大きく髪型を変えられないパオラがユリアに抱き着いて抗議しているが、あそこはまあほっといても大丈夫だろう。
「こ、こんなのでどう?」
「あはははは!! リッタ女子じゃん女子!」
「えっへん!」
近くではメイトによって髪が小さく結ばれたリッタが胸を張り、カイルが爆笑した姿を見せている。
「ではこのヘアゴムを付けましょう!」
「ほらジッとせんといかんで?」
「うん」
セリシアは月のバッチが付いたヘアゴムを持ち、テーラは動かないルナの肩に手をそっと置いていた。
……みんな、楽しそうだ。
一連の光景に頬が緩む。
これも全て平凡な毎日があってこそで、俺の心は癒されていくのを感じる。
「……ははっ」
気付かれないよう若干俯きながら、思わず笑みが零れてしまった。
これが俺がずっと求めていたもので、尚且つ天界にいた頃は感じることが出来なかった気持ちなんだと思う。
知り合いなど誰一人ここにはいないけれど、それでも俺は充実した人生を歩き始めることが出来ていると実感する。
この毎日を失いたくない。
それを守るためならなんだって出来るはずだ。
俺はこの部屋で、確かな幸せを感じていた。
――
髪型を変え、今度こそルナとの件をやってみせようと意気込んでいた俺だったが、それもまた失敗に終わることとなる。
それはあの後すぐにセリシアから放たれた言葉が原因だった。
「さて! 今日は午前中に三番街の皆さんが礼拝に訪れます。皆さんで協力して準備を行いましょう!」
「「「「はーい」」」」
「はーい!!」
「「……」」
「自分、急に目ぇ死んじゃってるやん……」
なんと今日はこの教会で暮らしているに当たって唯一嫌悪感を示す礼拝の日だったのだ。
さっきまで心が温かくなっていたのに一瞬で猛吹雪が俺の心を凍結させてしまった。
……本当ならサボってしまいたい。
セリシアも前に無理に参加する必要はないと言ってくれていたし。
けどそれで一度サボったら三番街の住民たちから尋常じゃないくらいのクレームが来てしまったのだ。
教会に所属している者が聖女様の手伝いすらしないとは何事だ~っつってな。
実際その通りなわけで、俺としても反論できるものもなかったし、セリシアが頭を下げる姿なんて見たくないためそれからはずっと参加している。
参加しているって言っても教会側のポジションなので端で立ってるぐらいだけど。
大体セリシアのフォローは慣れている子供たちがやってくれるのでやることもほぼない。
各言う今日も、セリシアの先導のもと格好だけ神父・シスター服っぽい衣装に身を包んだ子供たちの協力によってつつがなく礼拝は始まった。
「――――、――――――」
「――、――」
「――、――――――」
あーあー聞こえな~い。
棒立ちし、聞いている振りをしながらその実いつものようにセリシアによる神の有難いお言葉(笑)を聞き流していた。
三番街の住民ではないルナも俺の隣でボーっと礼拝の様子を眺めている。
意外なのは自主的に来た姿を見たことがないテーラが礼拝に参加しているということだった。
自主的に参加はしないだけで一応三番街の住民として立派な信者の一人なのだろう。
ガラスに反射した太陽光によって神々しく光り輝く聖神ラトナの像が俺達を見下ろしている。
「……ちっ」
やはりいくらこの教会が徐々に大切な場所に変わっていったとしても、これだけはどうしても好きになりそうになかった。
反吐が出る。
嫌悪感が収まることはなかった。
……そしていつも通り、聖歌が始まる。
「……ぅっ、くっ」
「……シロカミ?」
頭が痛くなっていた。
神に感謝や祈りを捧げる歌。
天界の時もそうだが、その歌を聞くとどうにも強烈な頭痛に見舞われてしまう。
いつからだろうか。
俺が聖歌を聞くと酷い頭痛を抱くようになったのは。
天界の聖歌とはそもそも曲自体違うはずなのに。
この神聖なる歌声は何故か俺の全身に強く響き、強烈な不快感ともやもやとした感覚を抱かせてくる。
首を傾げながら横にいるルナが俺を見ていたんだと思う。
それでも俺はその視線にすら気付かず、片手で頭を押さえて必死にセリシアにバレないように心掛け続けた。
確かな不快感を感じながら時間が過ぎるのをただ待ち、礼拝が終わりの時を迎えるまでそれは続くこととなる。
「……」
幸せと不幸は常に平等だ。
やはりこんなクソったれな世界など、壊れてしまえばいい。
苛立つ俺の顔を横でジッと見ているルナにすら、未だ俺は気付けなかった。