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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第5話(2) 『距離を縮めて』

 一体何時間立っただろうか。

 思っていた以上に集中出来た気がする。

 聖書を閉じ、壁に取り付けられた横机にそれを置いて大きく伸びをして固まった身体をほぐしてみた。


「こういう日も悪くないな」


 勉強は嫌いだが読書自体は好きな方だ。

 そんな真剣に教会の勉強していたわけでもないので知識を得たかは微妙だが、知らなかったこともそこそこ知れた。


 遮光用の黒カーテンを開き、窓を開ける。

 太陽もそこそこ良い感じに沈んでいた。


 大体おやつの時間ぐらいか。

 二人で何を作っているのかは知らないが、料理が苦手であろうテーラの料理でも食べてやろう。


 そう思い軽い気持ちで窓を閉めようとした。

 その時。


「…………」


「……ん? うおおおおっっ!?」


 ふと窓の下を見ると、しゃがみ込み、ジッと無表情のまま見つめ続けているルナと目が合って反射的に驚きの声を上げてしまった。


 コイ、ツ……!!

 何やってんだマジで!?


 驚きを超えてむしろ呆れてしまった。

 窓に頬杖を付きつつ、ジト―っとした目で睨み返す。


「……何やってんの、お前」


「かくれんぼ」


「隠れられてないんですけど……」


 かくれんぼでここを選ぶとか、よく見つからないな。

 確かにここは丁度正門側の庭と裏庭との間、庭の通路地点だ。

 さすがに見晴らしの良い庭でかくれんぼなんて出来るわけないから教会の敷地全体が範囲なのだろう。


 であれば案外見つからないのかもしれないな。

 みんな最初は絶対教会内を探すはずだし。


「そうか、頑張ってくれ」


「うん」


「……」


 ……いや、「うん」じゃないが。

 どうにも調子が狂う。

 俺的にはそれなりの反応から会話を広げようという常套手段を行ったのだが、全部その言葉の通りに思ってしまうルナは最早セリシアよりも難解な存在だった。


 小さくため息を吐いてもう一度ドカッと椅子に腰を下ろした。

 隠れてる間の話し相手だけでもなってやるか。

 聞きたいことも結構あるし。


 それでバレても知らん知らん。


「お前ってさ、三番街の人間じゃないんだろ? ずっと疑問だったんだが、なんでこの教会に来たんだ?」


「聖女に会わなきゃ行けなかった。そしたら、いつでも来て良いって」


「……あーセリシアらしいな」


 聖女に会おうとする人間は五万といる。

 熱狂な信者から非教徒まで様々だ。

 その中の一人であるルナは、初回でセリシアのお眼鏡に適ったのだろう。

 多分三番街で暮らしてない人だから、セリシアが気を利かせたんだろうが。


 彼女らしいったらありゃしない。


「ユリアがお前に異常に懐いてるのはなんでだ?」


「……それは、言えない」


「そう口止めされてるのか?」


「……ううん。そもそも聞いたこともない。でも、わかる」


「……そっか」


 きっと、何かしらの過去が関わってるのだろう。

 教会に来た後、三番街から出たことはないだろうし、ユリア限定となるとそれしかない。

 ということはここでルナ自身のことを聞いたらユリアに直結する可能性もある。

 あまり詮索するのは良くないか。


「……お前って何歳?」


「16歳」


「えっ!? マジで!?」


「うん」


 い、いや見えんが。

 体感1……4?

 頑張って盛ってもそれぐらいだと思ってたがどうやら同い年だったらしい。


 改めてしっかりとルナを見てみる。

 今も尚垂れた猫耳フードを被り、そこからは薄紫色の髪が見え隠れしている。

 しっかりとローブを着込んでいるため体型はわからないが、それにしたって顔付きが幼い。


 まあ、身体的特徴の話をするのは良くないな。

 デリカシーに欠けることだ。

 思っていても言わない、それが女の子と仲良くなる秘訣のはず。


「……シロカミ」


「ん?」


 質問ばかりするのもあれなのでそろそろ戻ろう。

 そう思っていた矢先、ルナから声を掛けられた。

 自分から話しかけて来るなど初めてのことなのでもう一度話す姿勢を整えると、ルナはポツリと小さく呟いた。


「今、どう思ってる?」


 また、その質問だ。

 これまでの関わりから察するに他人がどんな感情を持っているのかを知りたいのだと思う。

 それはきっと、自分の感情と照らし合わせたいから。

 そんなルナの小さな努力なのだということに気付いたのはつい最近のことだ。


 せっかくだ。

 ここで会ったのも何かの縁だし、もう少し深掘りでもしてみよう。


「逆に、お前は今どう思ってるんだ?」


「……わからない」


「セリシアたちと一緒にいて、身体に変化とかはないのか?」


「変化……偶に、心臓の鼓動が早くなる時がある」


「それは何だと思う?」


「……病気?」


「んなわけあるか!」


 急に変な方向へ話が進んでしまいそうになった。

 それが仮に病気だったらその原因がセリシアたちだってことになるんだがコイツはわかってるのだろうか。


 実際自身の感情を言葉にするっていうのは難しい。

 『楽しい』とか『嬉しい』とか、それは何なのかを聞かれてもわかるように答えられる自信は俺にはない。


「……よし!」


 言葉に出来ないのなら。

 俺は椅子から立ち上がり、得意げにしゃがんでいるルナを見下ろした。


「ならその原因を探してやろうぜ!」


「……?」


「お前が抱いていたものは、きっと楽しいっていう感情だ。だからどんな時に鼓動が早くなるのかを暴き出すんだよ。そしたら今が楽しいって思ってるってお前もわかるだろ?」


「……でも、どうやって」


「俺がお前を楽しませてやる!」


 それが一番早い。

 セリシアも子供たちもルナの無表情、無感情さも個性だと思って放置しているようだが、ルナの願いを無碍にしてまで傍観するのは良くないはずだ。


 子供たちは感情の機敏が激しいためルナを置いてけぼりにする可能性が高い。

 ならば俺が協力してやろうというわけだ。

 もちろん、殺そうとしてしまった罪滅ぼしでもある。


 ……本来なら、俺は断罪のための私刑で人を殺めるのも厭わないと決めたはずだ。

 なのにルナの時は私情だけで手を掛けようとしてしまった。

 それは他の殺人者と何ら変わりない愚行で、それをしてしまったら戻れなくなると気付いてしまった。


 自分が救われるために人殺しをするのは間違っている。

 だからルナには手を掛けようとしてしまった負い目があった。


「楽しいと思えることをたくさんして、少しずつ感情について理解出来るようになれば良いんじゃないか。少なくとも、かくれんぼの醍醐味である見つかるかどうかのドキドキ感ぐらいは手に入れられるようにしたいところだな」


「ドキドキ感……」


「そのために! まずは『楽しい』から見つけ出すぞ! 俺は妥協はしない。お前が泊まってる間までに必ず理解出来るようにさせてやる! 約束だな!」


「……」


 自分自身の償いのためにルナを利用しているようで気が引けるが、それでもそれが成功すればきっとルナも喜んでくれるはずだ。

 喜ぶという感情も知らないだろうが、ルナにとって利となることだろう。


 絶対に成し遂げてみせるという決意を『約束』に変えてルナに告げる。

 ジッと俺の瞳を見続けていたルナだったが、その言葉と決意の灯火を宿した俺の魂に気付いたのかゆっくりと頷いた。


「……うん、約束」


 勘違いかもしれないが、ほんの少しだけ表情が動いたような気がする。

 しかしただでさえ読み取りにくい表情があまりにも深くフードを被ってるので更に見にくくなっていた。


「…………ほれ」


「……?」


 フードを取る。

 俺の行動の意味がわからずルナは首を傾げていた。


「まずは形から、だ。表情とか感情を変えたいなら他人にも見えやすくしなきゃ駄目だろ」


「でも、これは被らないと……」


「いいから。うーんそうだな……よし、後でセリシアに髪型を変えてもらおう。ふっふっふー、フードが被りたくなくなる髪型にしてやるぜ……!」


 被らないといけない理由は知らないが、コイツは室内にいる時すらいつもフードを被って猫耳がゆらゆらと揺れていた。

 更に寝る前に一度会った時もずっと漆黒のコートに身を包んでいたのだ。

 衛生的にも多少問題はあるし、固定概念を持ちやすいルナにはきちんと室内ではローブを脱ぐことを教えるべきだ。


 どうにもセリシアは悪いこと以外は例え世間一般的ではないとしても他者の考えを尊重する傾向にあるから、そういった面ではルナを変えることは難しいと感じる。

 俺が子供だったらセリシアのその考えは非常に過ごしやすいだろうが、ルナに関してはきっとそれは悪手だと思う。


 言えば聞いてくれるのだし、俺は無理やりにでもルナを変えてみせる。


「最終目標はお前の笑う姿を拝む! 今から覚悟しとけよ! お前を一番最初に笑わせるのはこの俺、メビウス様だ!」


「……うん。わかった」


 指を突き付け高らかに宣言すると、顔が見やすくなったルナは小さく頷く。

 きっと笑顔を見せてくれるようになったルナは、とても素晴らしい人間になっているはずだ。


「メビウスく~ん……ルナちゃ~ん……いますか~……あっ、メビウス君っ!」


 話が丁度良い感じにまとまった所で、恐る恐るといった感じで懺悔室の扉を開けてきたのはセリシアだった。


 窓に頬杖を付けている俺を見つけると、セリシアはぱあっと明るい笑みを浮かべる。

 ちゃんと見とけルナ。

 これが笑顔って奴だ。


「どうした、セリシア」


「はいっ。おやつの時間になったので良ければ一緒に食べませんかとお誘いに来ました。ですが珍しいですね、メビウス君が懺悔室にいるなんて……はっ!? もしかして何か懺悔したいことがありますか!? 私でよければ何でも聞きますよ!」


「い、いいよしなくて。邪魔しちゃ悪いかなって思ってここで聖書を読んでたんだ。ここ防音がしっかりしてるからめちゃくちゃ過ごしやすかった」


「……!! 勉強していたんですね……! 素晴らしいです! でしたらおやつはここに持って行った方がいいですか? もちろん掃除は私に任せていただいて構いませんので、メビウス君は気にせず勉学に励んで下さい!」


「あ、あー」


 意図的ではないんだろうが、段々と強制的に勉強を続行させられる準備が整い始めてしまっている。

 だがあくまで暇潰しの延長だったし、何よりこれからルナの件を行おうと思っていたんだ。

 セリシアの提案は有難いが言い包められる前に拒否しなければならない。


「もう結構やったし、止めるつもりだったから大丈夫だ。俺がそっちに行くよ」


「そうですか? わかりました。……あ、メビウス君。ルナちゃんを見ませんでしたか? どうやらかくれんぼをしていたらしいのですが見つからないようで……おやつがありますし、今みんなで探しているんです」


「ああ、ルナならここにいるぞ」


「ここにいる」


「わわっ!? ほ、本当です!」


 窓に流し目を送ると、しゃがんでいたルナがひょっこりと顔を出す。

 かくれんぼなのにまさか隠れていないとは思わなかったのだろう。


 となるとルナの作戦勝ちか。

 もしかしたら案外かくれんぼ界の策士だったのかもしれない。


「ルナちゃんも一緒におやつ食べませんか? 今日はテーラさんも手伝ってくれたんですよ」


「うん、食べる」


 そう言ってルナは歩いて教会の入口の方へと行ってしまった。

 俺も椅子をもとの場所に戻して部屋の明かりを消し、セリシアと共に懺悔室を出た。


 ……ちなみに結果だけ見ればやっぱりテーラの失敗作おやつは存在していたので軽く平らげ、胃を紅茶で潤わせつつおやつタイムは終了した。

 近くに座っているルナが無表情ながら自分のペースでおやつを食べている姿を頬杖を付きながら眺めてみる。


 彼女に対する新たな楽しみが増えると共に、俺はこの少女に対して一歩だけ距離が縮まったと思えるようになった。

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