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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第5話(1) 『自分らしくあるために』

 幼い頃から、俺は父さんと母さんが読んでくれたおとぎ話が好きだった。


 よくある勇者や英雄が活躍する冒険譚。

 困っている人を助けて、不幸になろうとしている女の子を救って。

 怪物やドラゴンを倒してみんなに幸せを運ぶ……そんな、よくある冒険の話が大好きだった。


 こんな主人公になりたい。

 みんなから「ありがとう」って、そう言われるような主人公になりたい。


 助けさえすれば、みんな俺のことを絶対に信用してくれるって……ずっとそう思っていた。


 けれどそれは違うと気付かせてくれた人たちがいる。

 それは天界にいた頃では決して気付くことの出来なかったものだ。


 そんな都合の良い、妄想のような世界などあるはずがない。


 ……俺は未だに何処かこの世界を、長い夢だと思っていたかったのかもしれない。

 だが俺が話している一人一人に感情や心があって、俺の考えや行動を正しいと思うこともあれば、反論や対峙することもある。


 当たり前のことだ。

 天使と同じく、それが理屈と感情を合わせ持つ『人』という動物なのだから。


 それを俺はまるでおとぎ話のように、みんな俺にとって都合の良い世界になるのだと思い込みたかっただけなのだろう。


 でも違う。

 俺はこの現実の中で生きている。


 それは三番街のみんなを全部守り切った時にそう気付いたはずだ。


 なのに俺は大切な人が不幸にならないように罪人を【断罪】すると誓ったというのに、今では俺がその罪人だ。

 俺と同じ信念を持った相手がその場にいたら、俺同様【断罪】されるべき堕落した天使なのだ。



 でも、もう自分のせいで誰かを不幸になどしたくないから。

 したくないという大切な想いはあるから。


 だから、俺は……

 この教会にいたいと願い、そのための行動をしなければならない。



――



 俺とルナ、そしてユリアとの間で起きた『仲良し大作戦』は色々と問題はあったものの結果的には仲直りすることに成功し、あれから俺達はそれなりに良好な関係を築けていたと思う。


 セリシアや子供たちにも仲直りして良かったという安心の言葉を貰い、関係もなく八つ当たりまでしたというのにずっと協力してくれていたテーラの仕事も無事終わったことになった。


 だが当然、問題が解決したからはいさようならなど俺がさせるはずもない。

 なのでセリシアに対して行った嘘の説得の言葉通り、『魔導具店』入口の修繕が終わるまでは泊まってもらうことにした。


 それは誤解が無事解けたルナに対しても同じだった。


 ちなみに『魔導具店』を営んでいるテーラだが収益の方は大丈夫なのかとふと疑問に思い聞いてみた所、値段的に二~三か月に一回少し高めの魔導具が売れれば生活の方は問題ないとの解答が来た。


 彼女には恩と感謝しかないが、仮にも『仲良し大作戦』のサポートのために泊まってもらっていた身。

 出来る限り早めに扉を直すという話となったのだが、それすらもテーラ曰く「しばらく再喧嘩しないかの様子を見てあげるから今は気にしなくていい」と良い言葉さえもらってしまった。


 本当に彼女には頭が上がらない。

 改めて俺は人に恵まれていたという事実を実感してしまう。


 それを自ら壊そうとしていた自分に吐き気さえ抱く。


 ……そんな思いを抱きながらも、テーラがしばらく泊まることになってあれから数日。

 実際の所俺とルナ、そしてユリアの関係は大なり小なり変わりようを見せていた。


 というか、主に俺が。

 いつもであれば子供たちと一緒にずっと行動しているユリアだが、ここ最近は教会の礼拝堂にある長椅子に数十分程腰掛け、本を読むことが多くなっていた。


 そんなユリアの周りを不審者の如くうろつく俺。

 俺に気付きながらもここ最近の傾向から無干渉を決め込むユリアに向け、ここぞとばかりに声を掛け続けている。


「ユ、ユリア。何か困ってることとかないか? 俺が何でも解決してやるぞ」


「んーん、大丈夫だよ」


「い、いや……あ、そうだ。喉乾いてないか? 水持ってこようか?」


「……喉乾いてないから大丈夫」


「あー……あっ、お腹空いてるんじゃないか? 俺に任せてさえくれれば最強美食軽食を模索することも」


「お兄さんしつこーい!!」


「うぐっ……」


 ユリアが長椅子に座り始めたのもまさしく俺が原因だった。

 今日もだが、あれからユリアのご機嫌伺いばかりして日々を過ごすようになった俺。

 当然子供たちが遊んでいる時も介入するようになってしまったため、ユリアが気を利かせて俺と対面で話す機会をこうして設けてくれていたのだ。


 ユリア自身最初はしおらしい態度を取っていたが、俺の現在進行形で晒している醜態を見て逆にしっかりしなければと思ったのだろう。


 そんなユリアとは対照的に、あのことがあってから俺はずっとユリアを目で追っていた。

 また泣いてしまったらどうしよう。

 俺はカッコ悪い姿を見せてないだろうか。


 そう思うと、どうしてもいつも通りではいられなくて。


 だがユリアはそれを望んでいるわけではないため、喧嘩したことによる感情の変化など全部ほっぽり捨てて、こうして腰に手を当てぷりぷりと眉を潜めている。


「カッコ悪いところ見せちゃ駄目だよ!」


「うっ……もう見せただろ」


「お兄さんにとってはそうかもしれないけど、大事なのはこれから! これからもっと、カッコいい所を見せてくれるんでしょ? お兄さん」


 確かにユリアの言う通りだ。

 過ぎ去った話も今までの醜態も、決して全て過去に流せるものではないが、それでも今日や明日の自分自身を変えることは出来る。


 事実人の顔色を伺って、そうして生きていく男にカッコよさなど微塵も感じはしないだろう。


 ……それでも、自信がない。

 人間界に来てから、カッコいい所を見せた試しがない。


 ずっと誰かに助けられていた。

 あの日も、結局テーラやセリシアの力に助けられた上での結果があれだ。


 俺一人で出来ることなんて、きっとこの世界では限られている。


「お兄さんはメイト兄の特訓にも付き合ってくれて、カイルやリッタとも遊んでくれてる。パオラだって、何だかんだお兄さんのこと信用してるんだから。……私だって、そうだし。まあ、いつもだらだらして聖女様に迷惑をかけるのはどうかと思うけどね?」


「……わ、わかってる。これからはそれも治して、出来るだけ手伝うようにするかむぐっ」


「そうじゃないよ、お兄さん」


 少しだけ俯き自身の愚かさと向き合おうとしていた時、その言葉は若干背伸びしたユリアの指によって口を押えられ途切れてしまった。


 困惑する俺を正面に捉えつつ、ユリアは柔らかな笑みを浮かべて。


「お兄さんはお兄さんらしくすれば良いって言ってるの。無理に何かをしようとして、お兄さんが楽しくなくなっちゃったら……それって、本当のお兄さんとは言えないんじゃない?」


「でも――」


「大丈夫」


 ……何が大丈夫だと言うのか。

 俺には明確な欠点があって、それはこの世界の誰にとっても長所とは思われないもののはずだ。


 胸糞悪い自身の下劣な心を曝け出すことに、一体どうして変わらなくていいと言うことが出来るというのか。


 わからないけど、ユリアの落ち着いた声色には何処か信用に足りる根拠が確かにあった。

 それはまるでセリシアに近いもので、非常に輝かしい子に育っていることを実感させる。


 そのままユリアは俺の口元から指を放すと、軽い足取りで礼拝堂の入口へと後退する。

 そして少し離れた場所で両手を口に添えて声を張り上げた。


「いいんだよ! お兄さんっ!」


「は、はあ?」


「一緒に暮らしているのにいちいち気にしてたら、気が休まらなくなっちゃうから! 家族って、どんなことがあっても許せる関係でしょ!」


「……!」


「お兄さんはお兄さんのまま、私達を守ってくれるんでしょ? みんな、助けられてるから。だから自由気ままに生きればいいよ! べー!」


「~~っ!」


 そう言って揶揄うように意地悪な笑みを浮かべ舌を出すと、そのまま踵を返して教会を出て庭へと向かって行ってしまった。

 一瞬だけ赤くなった顔が見えたから、きっとそんなことを言う自分が気恥ずかしくて逃げたのだろう。


 でもそれすらも愛おしく感じる程、俺の心は強く打たれてしまっている。


 ……良いのだろうか。

 こんな俺のことを、家族だって……そう思ってくれるのだろうか。


 対価が必要だと思っていた。

 みんなを助ける俺でなくちゃ、ここにいる意味がないのではないかと何処か焦っていたように思える。


 それは一重に一時期のメイトと似た感情で、尚更あの日森の中で俺が説教した言葉が酷く軽いものだと思えてしまう。


 今ならわかる。

 こんな優しい場所に長くいたら、自分の居場所がほしいと思ってしまうのも仕方のないことだということが。


「また、あいつに励まされちまった……何やってんだよ、俺は」


 誰もいなくなった礼拝堂で頬を軽く掻きつつそう呟く。


 ユリアにもたくさんの恩がある。

 テーラ同様返さなければならないものがたくさんあって、今もまだそれは積み上がり続けていた。


 でもおかげで今更過ぎるけど我に返ることが出来た。

 人の顔色を伺いながら過ごすなんて、何とも俺らしくない話じゃないか。


 盲目になっていた。

 ここ最近俺の様子を見て若干引き気味だった姿を見せていたテーラの気持ちがようやくわかる。


 子供に急に媚びを売り出す俺を見てさぞかし寒気を感じたことだろう。


「俺らしく、か……」


 きっと、ありのままの自分を見せ続けることは正解ではない。

 俺らしく成長して、そうしてこの教会にいるに相応しい天使になることが大事なのだと思う。


 神様は大嫌いだけど、だからといって現実から逃げ続けるのは違うのだと俺は気付くことが出来た。



――



 ……勉強しよう。

 もう何日も立っていて気にしているのは俺だけだとしても、少なくともこの状況で昼寝をしようなどと思いはしない。


 なので俺は気を取り直して本棚に置かれているであろう『聖書・第二版』を持ち出すべく礼拝堂からリビングに入った。

 扉を開けると、唐突に女の子たちの楽しそうな声が耳に届く。


「ぎゃー! 聖女様! 焦げとる! どどどどうしたらええんや!?」


「くすっ、落ち着いて下さい。失敗することもまた、大切なことです。ゆっくりで大丈夫ですよ」


「今はゆっくりとか言ってられないんやない!?」


 チラリとキッチンの方に目を向けると、きゃーきゃー騒いでいたのは同い年の女の子たち。

 どうやらセリシアの指導のもと料理の練習をしていたらしい。


 二人共髪を一本に結び三角巾とエプロンを付けて俺に平和な一面を見せてくれる。

 微笑ましくて思わず軽い笑みを浮かべつつも、俺の内心は沈み始めていた。


 これを……俺自身が崩そうとしていた。

 俺らしくと先程は言ったが、正直今はこの幸せな世界に入り込もうとは思えなかった。


 もしかしたら俺によってそこにヒビが入ってしまうのではないか。

 そんな小さな恐れを抱き、俺はリビングで聖書を読もうと思っていたが撤退し礼拝堂へと戻って来る。


 先程のユリアのように礼拝堂で読むことも可能だが、さすがに神サマに見下ろされながら過ごすのは癪に障るから却下だ。

 別に自室で読むのも構わないんだが、せっかくならとまだ一度も行ったことのない『懺悔室』と書かれた扉の前に立った。


 ドアノブに手を掛け軽く回すと鍵が掛けられているわけではないらしく簡単にそれは開く。

 室内に入ってみれば壁の作りはこれまでの教会の壁とは少し違うようで、材質が分厚い印象を抱いた。


 防音素材なのだろうか?

 やはり教会という重要な場所な故、こういった所にもふんだんにお金が使われているようだ。


 外の音が聞こえる様子もない。

 使い方は違うが、ここなら集中して読書を行うことが出来るだろう。


 部屋の明かりを付ける。

 左右に分かれた扉、その聖女側の部屋へと入ると小さめの個室が現れた。


 隣の部屋側の壁には声が聞こえるよう加工された壁があって、しっかりと相手が見えないようにされている。


 そんな部屋で俺は椅子に腰掛けて軽く姿勢を崩し、前読んでいた続きのページを探しながら勉強を始めた。

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