第4話(10) 『固い扉の前に立ち』
とりあえず壊した扉はそのままに、吹き抜けとなった入口はテーラの土魔法によって出入り出来ないように塞ぐこととなった。
土というか、ほぼ岩だ。
軽く手で叩いてみたが、非常に強い硬度を持っていた。
少なくとも最初から取り付けられていた木製の扉より断然セキュリティ面は強化されている。
その代わり扉としての目的は成せていないので意味ないが。
結果としてただ一部分に強固な壁が出来ただけだ。
まあそれはいい。
そうするしかなかったのは俺の奇行のせいだし、むしろ対処法があっただけ有難いとすら思う。
なのでお店の件は一旦保留にし、俺とテーラは早速【セリシア教会】へ向かうべく三番街の大通りを歩いていた。
「こうして余裕を持ってお前と街を歩くのも初めてな気がするな」
「うちと自分の絡みなんてあの日しかないからそりゃそうやろ。うちとしては、自分とはあれっきり疎遠になると思っとったのに。そう上手くはいかないことを痛感しとるよ」
「俺は受けた恩は必ず返す男だ。そのためには引き籠り相手ですら強引に引きずり込むことも厭わない!」
「たち悪いな!?」
人によっては余計なお世話と言われてしまうぐらい自分勝手な行いだ。
だが少なくともテーラに関して言えば、今も含め多大な恩があるのも事実。
それを気にしないでくれと言われて、わかりましたと言えるわけがない。
「ほんまに気にしなくてええのに。感謝とか恩とか、そんな一時的なもんもらっても何も思わへんよ?」
「さ、寂しい奴だなぁお前」
「うちは、今こうして自由に生きてるだけで充分やもん」
「……!」
テーラの言葉は俺がいつも願い、求めていることとほとんど変わらないほんの小さな幸せだった。
人は欲には抗えないというのに、彼女の願いは普通に生きていたらそれが当たり前だと思う程のちっぽけなもの。
俺みたいに、当たり前の生活を渇望している者の考え方だった。
……きっと彼女にも色々と大変なことがあったのだろう。
それでも尚、他人に優しく出来るテーラという少女は、やっぱり尊敬出来る女の子だと俺は思う。
「そうだな。寂しい奴なんて言って悪かった」
「別に謝らなくてもええのに…………ぁっ」
「……?」
失礼なことを言ってしまったことに謝罪しつつ大通りを歩いていると、ふとテーラが小さな声を上げて立ち止まった。
彼女の視線は横一点に向かれていて、疑問に思った俺も視線の先へと顔を向けた。
「……随分メルヘンなぬいぐるみだな」
視線の先にあったのは一つのお店。
その店頭にあるショーウインドーの中に、いくつかのぬいぐるみが設置してあった。
どうやら女性や子供向けの雑貨店……文字通りファンシーショップという奴だろう。
ピンクや水色を中心に幻想的なキャラクターたちが置かれている。
兎やリス、熊とか馬なんかもある。
そして謎に男の子に焦点を当てたドラゴンなんかもあった。
きっと娯楽の少ないこの場所にはこういった物もかなりの需要があるのだろう。
とはいえ、今は別にここに目的があるわけではない。
「わぁ……!」
だというのに、テーラは少し楽しげにその陳列窓を見続けていた。
いつも余裕ぶってたり、ツッコんだりしてる姿しか見たことなかったが、初めて女の子らしい姿を見れた気がする。
一体何がお気に召したというのか。
視線の位置を探ってみると、並べられた人形の左奥。
そこにある一体の白熊のぬいぐるみを凝視していた。
「なんだ、あれが欲しいのか」
「――っ!?」
ずいっと顔を近付かせ白熊に指を向けると、俺の存在が頭から抜けていたのかテーラは驚いたように身体を跳ねさせた。
「そそそそんなことないよ!」
「ないよ?」
「な、ないわ! 欲しかったら自分で買えるし、ちょっと目を引いただけや!」
「なんだお前。もしかしてメルヘンチックな少女趣味だったりすんの? だったら是非ともお前の内装を見てみたいもんだな」
「入れさせるわけないやろ! 冗談は顔だけにせぇや!」
「それなりに良い顔立ちだろうが!」
失礼すぎるだろ。
だがテーラが照れ隠しで喚き散らしていることは見ればわかる。
先程は情けない姿を見せてしまった手前、テーラの赤面顔を見ることが出来たのは中々に気分が良い。
……が、眉を潜めてお怒りモードのテーラをこのままにしておくのも問題がある。
これから協力してもらうという手筈なのに、こんなことで見捨てられてしまえばそれこそ本末転倒だ。
「そんな怒んなって。そもそも、お前が急に足止めるからだろ~?」
「わ、わかっとるよ……別に怒っとらん。うちにはこういうもんは必要ないんや」
「ふーん……」
あれだけ高価な物を売ってて金に困ってはいない。
そうなってくるとそこそこ良い生活をおくれはしそうだが、もしかしたら何かお金を使えない理由でもあって、それで自制しているのかもしれない。
……であれば先程の話ではないが、これをプレゼントしてあげれば喜んでくれるだろうか。
チラリと、白熊のぬいぐるみの棚に書かれた値段を盗み見てみる。
そこまで高くはない。
一般人がぬいぐるみにお金を落とせるのなら無理せずに買える値段だった。
「ちょっと待っ――ぁ、そうだった……」
なので今買ってしまおう。
そう思い足を一歩踏み出した所で、俺は現状一番大事なことを思い出した。
……金がねぇ。
そう、この世界のお金を一切持っていないのである。
教会では衣食住を提供してもらい至れ尽くせりな環境を頂戴しているが、その実俺は天界の時と同じニートという現状に変わりはなかった。
働いているわけでもなく、毎日だらだらと日々を過ごしているだけで財布の中には変わらず天界での使い道のない通貨が入ってるだけだ。
「どうしたん?」
「あ、い、いや……なんでもない」
「……?」
女の子一人にプレゼントすることすら出来ないのか。
自分が情けなくなる。
これはあまりにもダサすぎるだろう。
きっと俺の表情が沈んだことを感じ取ったのだろう。
俺の様子を見て小首を傾げてこちらを見てくるその視線も辛い。
穴があったら入って蓋を閉めたい気持ちになったので、心配そうな顔を向けるテーラのおでこを指で弾いた。
「あいたっ!? 何すんねん!?」
「そんなジッと見てくんなっつーの! 居た堪れなくなるだろうが!」
「な、なんやのん……全く」
複雑な男心という奴だ。
額を抑え目を丸くしているテーラからそっと目を逸らし踵を返した。
「そんな時間も無いし、ほら行こうぜ」
「もうっ、自分勝手やなぁ自分!」
「すいませんと」
照れ隠しにそんなことを言って先へ進むと、小走りでテーラもついて来る。
天界時代は姉さんの仕送りによって俺の小遣いもあったため好きに出来たが、この世界ではそういうわけにもいかない。
破壊した扉の件もそうだが、さすがにセリシアに金を集るようなクズにはなりたくないため何処かで資金を集めなければならないだろう。
それが天界に戻るか、人間界にいるかもしれないエウスを探す重要な要素になる場合だってある。
まあ色々理由を付けたが、何よりこんな甲斐性の無い男だとは思われたくない。
必ずあの白熊のぬいぐるみを手に入れてみせる。
これは男としてのプライドの問題だった。
今だけは、抱え込んでる教会の問題のことなど忘れられていた。
でもすぐにまた向き合うことになる。
だから思い出して切り替えて、俺はテーラと共に教会を目指し直した。
――
正門の前で足を止める。
俺はともかくテーラは結界を通り抜けられないので一度待ってもらうことにした。
【聖女の聖痕】を持っていても結界の所有権的なものはセリシアだけが持っているものだ。
だから俺では開けられないので面倒だがその都度セリシアに頼まなければならない。
「……大丈夫なん?」
「セリシアとは、別に仲違いはしてない。ただ俺が気まずくなってるだけだから今度こそちゃんと向き合うよ」
「そっか」
テーラがわざわざ共に来てくれているのだ。
そしてセリシアもまた俺のためにルナと話す場を整えてくれている。
セリシアの気遣いを無碍にするだけでは飽き足らず、何も言わずに教会を出てテーラの所に行ったことが一番気まずいがきっと彼女なら特に何も思わないはずだ。
二人の為にも日和れない。
固く閉ざされた正門を開け、俺は大きく一歩教会へと踏み込んだ。