第4話(9) 『子供のように不貞腐れ』
無意識でも、あれだけ表に出さないように、悟られないようにしようと自分すら騙していたというのに。
会ってそこまで日は長くないはずのテーラにすら、俺の内心など簡単に暴かれてしまっていた。
言うつもりなんて無かったのに俺は我慢していたものが溢れてしまったのか、ぽつりぽつりと徐々に零れる言葉は増え続けてしまう。
「今教会にルナっていうあいつらのお友達が泊まりに来てるんだ。みんな歓迎していて、俺も歓迎しなきゃって、そう思って……」
「ほう」
「でもあいつは……ルナは闇魔法を使ったんだ。カイルとリッタに。何考えてるかわかんないような奴でさ、そんな奴が闇魔法なんか使ってきたら止めなきゃって思うはずだろ……? 助けなきゃって、思うはずだろ!?」
何をヒートアップしてるんだ、俺は。
その件はもう一旦あの時に解決したはずだ。
セリシアの言葉に俺も納得して、それでルナが泊まることに了承したはずだ。
なのに今も尚俺はこうして、愚痴を吐き出せる場があったら何度も同じことをテーラへとぶつけている。
「それで、俺が悪者扱いだ。良かれと思ってやったことが、見損なったって言われることだったんだ。そしたら、段々俺がいない方がみんなは笑顔を見せてくれるんだって、思って……」
事実あの場所に俺は必要なかった。
むしろ俺があの教会のみんなにとっての平穏や幸せを奪おうとした当事者だったとも言える。
みんなを怖がらせて、結果的に現状罪のない女の子に手を上げようとする愚かな男の姿だけを見せてしまった。
それに気付いてから、俺もどんな顔をすればいいのかわからなくて。
どう思われてるのかわからなくなって。
「泊まった時も……ずっと、話せなくて。それだけならいい。けど、ユリアは俺を見限った。パオラだってきっとそうだ……って頭の中でずっとぐるぐる回ってる」
「……うん」
「そしたら、段々……顔も見れなくなって。居づらくなって、それで……」
「つまり……逃げてきた、と」
「……そうとも言う」
女々しいと思われるだろうか。
でも一度吐き出した弱音は決して止まることはなく、壁が決壊したかのように感情の波が心の中へ押し寄せてきていた。
けど仕方ないだろ。
俺だってみんなを守ろうって精一杯だったんだ。
驚くのもわかる。
俺の行動に不安視するのもわかる。
けど……けど、見損なったは違うだろ!?
寄ってたかってあんな目で俺を見るのは、違うだろ!
仮にも神サマを信仰している教会の人間が、あんな……
そう思ってしまうから、俺はこうして惨めな気分に陥ってしまってるんだ。
「……」
全てを吐き出して、自分の器の小ささに強い嫌悪感を抱いた。
テーラは押し黙ってしまう俺をずっと見ている。
……そして。
俺の行動に引いたような顔をして自身の身を抱きそのまま椅子を大きく後ろへと引いてきた。
「うわぁ。気まずくなったら別の女の所に逃げる……最低やな自分!」
「…………!? おい待て! そう言われると確かにと思ってしまう俺がいるんだが止めろ!」
「だったら戻ればええやん」
「……そ、それはちょっとまださ」
急になんだコイツは。
こっちは真面目な話をしているし、お前が話せというから話したんだけど。
揶揄うだけならこれ以上は言うまい。
こっちは話のネタを提供するために話しているわけじゃないというのに。
「あれやな!」
だが当然、テーラも揶揄うために聞いていたわけではないようで。
「うちが思うに……自分は予想外の出来事に弱いと見た!」
「……はあ? なんだ急に」
そんなことを、得意げに言ってきた。
呆けた声を出し疑問符を浮かべる俺を尻目にテーラは何かを思い出すかのように目を細めた。
「あの日の時もそうやけど、自分す~ぐパニックになって思い詰めてしまうやん。もうちょい冷静に物事を見れると良いかもしれんね」
「それは……」
確かにそうだ。
メイトが急に倒れてしまった時も、俺はどうすればいいかわからなくなってしまって、もっと冷静にテーラの言うことを聞いていれば短縮出来た時間を遅延させていた。
大熊を倒して、クーフルの狙いに気付いた時もどうしようもないと諦めてテーラに喝を入れられていた。
そう考えると彼女には無様な姿ばかり見せている気がする。
だから言える言葉なのだろう。
けれど納得すると同時に余計な反発心が俺の中で芽生えてしまう。
「でも……一分一秒で結末は変わるんだぞ。一瞬で命は消える。簡単に消える。ゆっくり考えてる暇なんてないはずだ」
カイルとリッタは既に闇魔法の中で消失させられていた。
二人がまだ地上にいたら俺だって行動理由を問い質すぐらいしただろう。
でも、死ぬかもしれなかった。
死んでしまったとさえ思った。
だから、俺は。
「自分……世の中は、そう物騒なもんじゃないで?」
「――っっ!!」
けれど、テーラの放った言葉に俺の心臓は一気に跳ね上がる。
「肩の力入れ過ぎとちゃうか? あの魔族の一件があるから断言は出来ひんけど、ここは城塞都市やで? それにこの都市に聖女はあと二人もおる。そんなぽんぽん危機が舞い降りたら、それこそ聖女を守る都市っちゅー看板がゴミになってしまうやん」
「……っ」
「自分の周りだけが外部に殺されるなんてこと、人生で一度あるかどうか――」
「そんなわけないッッ!!」
「――!」
でも俺は燃え上がった感情が爆発するかのように椅子を蹴って立ち上がると、湧き上がる衝動を抑えるために力強くカウンターを片手で叩いた。
鈍い音が室内に響き、カウンターに置いてあった陶器たちが甲高い音を鳴らす。
言いたいことは、わかる。
俺もそうだったらいいなって、ずっと思っていた。
でも……
「すぐに、不幸になる……みんな、みんな……俺が、何とかしないと……」
人はすぐに死ぬ。
血を吐き出し、幸せが続くんだと思っていた日々が簡単に崩れ去る。
俺だって、一度死んだはずなんだ。
腹を斬られ、肩を貫かれ、そして首を真っ二つにされて。
自分の肩を抱く。
カウンターに叩き付けた右手は段々と熱を帯びていた。
テーラは俺の言葉に反論する気配はない。
部屋に取り付けられた時計の針が鳴る音がやけに耳に響いていた。
「また、酷い顔しとる」
「……っ」
それでも。
こんな醜態を晒したというのに、テーラは柔らかな目付きでもう一度手鏡を俺へ見せてきた。
……酷い顔だった。
女の子に見せるべきではない、弱々しく今にも泣きだしてしまいそうな子供みたいな顔。
まるで溢れ出しそうな感情を必死に押さえつけているようだった。
慌てて表情を取り繕う。
軽薄な笑みを浮かべて、愛想のよく見える顔を、万人受けする顔を作り出して。
簡単に作り出せたその様子を、テーラは悲しそうな顔で見続けていた。
でも彼女自身も、暗い空気にしないように明るく振舞ってくれる。
「……しっかし、自分メイトはんと同じこと言ってるやん」
「……あっ」
「ふふっ、人のこと言えへんね。メイトはんにはバレないようにせんといかんよ? カッコつけてたアレが途端に胡散臭く見えるからね」
メイトは『必要とされたい』と言っていた。
俺も……言い方は違うが似たようなものなのかもしれない。
これではあれだけメイトに怒鳴り散らしたことが完全にブーメランになっていることになる。
というより俺にメイトを叱る資格なんて無かったのかもしれない。
「……どうせ全部偽りだよ」
そんなことを思ってしまったから、自暴自棄みたいにそう小さく呟いてしまった。
「そう不貞腐れちゃあかんってば。……もうわかった。ならうちが見ててあげる」
「……え?」
思わず耳を疑った。
見てあげるとは、どういうことなんだろうか。
「教会に居づらいんやろ? でもホントはユリアはんとも仲直りしたいって思ってるはずや。みんなのためにルナって子とも仲良くなりたいって思ってる。一人じゃ辛いかも知れへんけど、味方が一人いればそれも幾分か楽にならん?」
「あ、いや……」
「自分の楽になるんなら……しょーがないからうちも泊まってあげるゆーてんねん。まあ聖女様に聞かなきゃあかんから確証は持てへんけど」
一緒に泊まって傍で見守ってくれると、テーラはそう言っているのだ。
テーラとは、お世辞にも仲良くなったと断言することは出来ない関係性のはずだ。
俺にとってはメイトとのことや大熊戦、クーフル戦でも非常に有用に働いてくれたこの少女のことをとても高く評価している。
最悪テーラ様と呼ぶことを躊躇しないぐらいには信頼出来る女の子だ。
でも、お前は違うだろ。
彼女にとって俺は忌み嫌う『天使』で、無様で愚かな姿ばかり見せる頼りない男のはずだ。
それなのに……
「どうして、そこまで」
「聖女様まで居づらい対象になっとるならしょーがないやろ? そんな辛気臭い顔でいられてもうちが困るっちゅーねん。その代わり! このぶち壊した扉は絶対直させるからね!」
そんなの、何のお詫びにもなってない。
お前は優しすぎるだろ。
勝手に訪問して、勝手に扉を破壊して、迷惑ばかりかけて、頼りにすらならない所を見せて。
それでも手を差し伸べて、条件すらあってないようなものだ。
多分俺はもう、これから先彼女には頭が上がらないだろう。
なのでとりあえず感謝の気持ちとして尊敬の念を込めてみる。
「ありがとう。……テーラ様」
「うわっ!? や、止めろやぁ! 今めっちゃ身震いしたで!? 言わなかったけど咄嗟にきっしょ! って言うところだったわ!」
「いや言ってるが!?」
もう一生言わないと決意した。
でも同時にこれがテーラなりの気の遣い方だとわかって、曇り続けていた心に太陽が照らされたような気がした。
「……とにかく、辛気臭い顔すんのはやめ。自分が笑顔でないと、自分が欲しいっちゅー幸せも逃げちゃうで?」
「……そうだな。よし! ごめん、やる気出た!」
「それは何よりやね。……なーんで人間関係の修復なんて面倒事やってるんやろ、うち」
「引き籠りなのにな」
「余計なこと言うなや!」
両頬を軽く叩いて喝を入れる。
弱音は吐くのはもう無しだ。
少なくともセリシアにもテーラにも気を遣ってもらって、出来ませんでしたじゃ済まされない。
ルナと仲良くなってユリアともきちんと謝る。
この際あの時の俺の気持ちなどどうでもいい。
本当の意味でようやく意識を切り替えることが出来た。
「ちなみにこの扉どーすんの?」
「……」
二人揃って吹き抜けとなった入口だったものを見る。
まずは……目の前のことからどうにかしなくちゃな。