第4話(8) 『塗り固めた仮面の裏を』
ルナを交えてのお泊り会は至って順調に進んでいたと思う。
ルナは子供たちの部屋で寝るということで俺は日が明けるまで窓の外にある木の上でずっと彼女の行動を監視していた。
確かに教会にいる間ルナは至って問題のある行動はしなかった。
セリシアが傍で意図的に誘導していたのもあるかもしれないがメイトたちが遊び大好きカイル君を説得していたのも大きいのだろう。
話しかけてくるメイト・カイル・リッタ以外とは一切の会話をしていないが、とにかく俺とルナの関係性さえ度外視すれば非常に安定した一日だったと断言出来る。
パオラはいつものようにユリアに引っ付き、不安そうな顔でユリアを見ているようだったがそれはどうでもいい。
とにかく、俺はあれからルナと対立はしなかった。
このままいけば可もなく不可もなく、当たり障りのない関係を築けるはずだ。
……そんな感情とは裏腹に、夜が明けた後、俺はセリシアの望んでいた仲良し大作戦の決行ではなく三番街のある場所へと一人訪れていた。
理由は……まあ置いといて。
そのお店の看板には『三番街魔導具店』と記載されていた。
「ここがねぇ……」
……なんとも禍々しい外装だった。
まるで人を近付かせないことを意図しているかのようにドクロの仮面や装飾、黒く塗り潰された塗装が施されている。
たとえ用があったとしても入りにくいったらありゃしない、お店として落第点を叩き付けられる外装だ。
かくいう俺も扉を開けるのに躊躇してしまう。
だがここで突っ立っててもしょうがないので俺は意を決してドアハンドルを握り引いた。
「……開かないんだけど」
しかしうんともすんとも言わない。
留守なのだろうか? 確かに扉に掛けられた看板には『close』と記載されている。
「……」
だが念のため何度も何度もドアハンドルを引き続けてみる。
ガンガンと固定金具がぶつかる音が響き、その度に店の中で小さな物音が聞こえてきた気がした。
……これは、いるな。
どうやら居留守を使っているらしい。
改めて鍵のかかった扉に視線を移す。
……作りはそこまで悪くないが結局は木造建築の木製扉だ。
金具もどこにでもあるそこそこの品質の物で決してセキュリティが高いとは言えないだろう。
……であれば、壊せる。
少し扉から離れて助走を付ける。
幸いにもこの店は三番街の端、人目の付きにくい場所にあるため俺の行動を止めようとする住民は一人も存在しなかった。
大きく地を蹴る。
そして格闘家の如く扉に向けて渾身のドロップキックを炸裂させた。
「オラァ!!」
「どひゃあ!?」
聞き覚えのある少女の悲鳴と共に、金具が破壊される。
固定するものがなくなった扉は何の抵抗もなくそのまま店の中へと吹っ飛んだ。
同時に俺も店内へと入ると、淡紅色の髪を持つ少女がカウンターの下で頭を庇いながらしゃがんでいる。
「よう、久し振り」
カウンターの上から覗き込み、ひらひらと手を上げた。
前に着ていた純白のローブを脱いでいたその少女はゆっくりと顔を上げ覗き込んでいる俺と目が合うと、若干涙目ながらここぞとばかりに怒りで顔を歪ませていた。
「ふ、ふざけんなやドアホー!! 何の躊躇もなく扉を破壊するとか、自分には人の心っちゅーもんがないんか!?」
「んーない!」
「無いなら持てや!」
そう言って立ち上がり、カウンターを挟んで怒り散らす少女。
その見覚えしかない少女はまさしく三番街で魔導具店を営んでいるという情報があったテーラ・マジーグである。
別に用があったわけではないが、ふと彼女が『魔導具店』を営んでいることを思い出しこうして足を運んだのだ。
「ごめんごめん。いや俺だって普通に入ろうとしたんだぞ? ちゃんと何度も扉を開けようとしたし。仮にもここは店なのに何のアクションもしなかったのはお前じゃん」
「うぐっ!? う、うちにも事情っちゅーもんがあるんや! 秘密が女を美しくするって知らないんか!?」
「どーせ三番街の奴らが押し寄せて来たから引き籠ってただけだろ」
「し、知ってるんかいっ!」
唸るようにこちらを睨み付けてくる。
この情報も三番街の住民たちから聞き及んだことだ。
どうやらクーフルの一件で俺と同様に三番街、聖女救出に大きく貢献したというのが公になってしまったらしい。
主にテーラが教会に一日だけ泊まった時に信者たちに語ったらしいセリシアによって。
というわけであまり関わりを持っていなかったらしい住民たちがこぞってテーラの店へと押し寄せ、最近はめっきり姿を見せてくれなくなったとかなんとか。
実際は店の中で引き籠ってただけみたいだが。
「うちはただひっそりと、自由気ままに過ごしたかっただけやのにどうしてこうなったんや……」
「よっ! 天才魔法使い!」
「うるさいわい!」
どうやら三番街の住民たちはテーラが多種多様な魔法を使えることを知らなかったらしい。
この世界では魔法というのはごく一般的で、誰でも持っているものだと勝手に思っていたのだが、実際にはほとんどの人の魔法は戦闘出来るまでの威力がないようだ。
だからテーラのような魔法使いは非常に珍しく、住民たちは感謝の気持ちを表そうと必死らしい。
ずっと三番街にいさせようという裏の思考を感じるが俺的にもいてくれた方が有難いので特に何も言わない。
「……それで、なんや。自分もうちに感謝の言葉を述べてひれ伏しに来たんか?」
「んなわけあるか。ただお前がどんなところに住んでるのかな~って思っただけだ」
「はあ。それはまあなんとも唐突やね」
確かに唐突だと思う。
約束すらしていないし、そんな素振りも一切見せたことがない。
ただ今日教会で過ごしていたら、「そうだテーラん家に行こう」って思っただけだ。
「……」
「……なんだよ、そんなじろじろ見て。ふっ、このカッコいい顔に見惚れたか?」
「んなわけあるか」
何を思ったのかは知らないが、テーラは何かを探るようにジッと俺の顔を見つめていた。
思わずおちゃらけた態度を取ってしまったが、どうしてもルナのことを思い出してしまうから出来れば止めてほしいことではある。
「……はあ」
そして何を思ったか小さくため息を吐くと、恐らく住居スペースであろう奥へと踵を返した。
「わかった。ちょっち待ってて。今色々持ってくるから」
どうやら突然の来訪でも一応は歓迎してくれるらしい。
先程の含みのある行動は気になるが、家主がそう言ってくれるのなら有難く滞在させてもらうことにしよう。
「俺紅茶~」
「客でもないくせに図々しすぎるやろ自分!」
滞在は許されても要求は通らないらしい。
まあ当たり前だけど。
ぷんぷん怒りながら早々に奥へ引っ込んでしまったテーラを待ってる間暇なので内装を拝見してみる。
と、その前にぶち壊した扉は端の所に立て掛けておこう。
多分直せって言われるだろうし。
……さて、勢いで落ちてしまった魔導具らしき物体を元々あったっぽい場所に置き直しながら展示された魔導具を見てみる。
ぶっちゃけ何がなんだか全くわからないが、一つ分かることと言えば魔導具全てにクリスタルなり宝玉のようなものが取り付けられているということだ。
クーフルの一件から察するに恐らくこれが魔導具のコア、魔力を貯蔵しておく部品なのだろう。
様々な形の物がある。
ブレスレット型やイヤリング型、取り付け型っぽいものまで多種多様だ。
「ほー」
思わず感嘆の声を上げてしまった。
それぞれどんな効果があるのかは知らないが、仮にサポートアイテム的な物であれば非常に重宝するものだろう。
どうしてみんな付けないんだろ……?
前に魔法を使ってきた非教徒の男も魔導具の類は付けていなかった気がする。
何か理由でもあるのだろうか。
そんな時チラッと視界に映った木の小型看板が見えたので視線を合わせると、どうやらそれは値札のようだった。
なになに?
一、十、百、千、万、十……あっ(察し)。
念のため手に持っていた魔導具をゆっくりと、丁寧に所定の位置へと戻した。
「自分~、用意出来たで~。ん、なんやそんな微妙そうな顔して」
「いや……なんでもないです」
「……? なんで敬語なん?」
ちょっと荒っぽかったかなぁって反省してるからだよ。
それと弁償要求しないで下さいお願いしますっていう願望が8割ぐらいある。
住居スペースから戻ってきたテーラの両手にはポットとカップの置かれたお盆があった。
それをカウンターに置いた後一度引っ込み、奥から簡易的な椅子を持ってきてくれて、それを俺へと渡してくれる。
至れ尽くせりだ。
……いや、そうでもないか?
不思議そうにこちらを見ていたテーラも椅子に座り、ポットの中に入っている紅茶を互いのカップへと注いでくれる。
俺の趣向を知っているはずがないので恐らくパックの安物だろう。
だが口に含んだ俺の心も何だか温かくなった気がした。
「それで?」
そんな俺の様子を頬杖を付きながらテーラは見ている。
吹き抜けた入口からそよぐ風が左右で結ったふわりとした髪を撫でていた。
「なんて顔しとるん」
「……っ」
そして隠していたのかカウンターの下から取り出した手鏡を俺へ突き付けるように見せてきた。
……酷く無様な、引き攣った笑みをしている。
いつも通りの俺でいられていると思っていたが決してそんなことはなかった。
テーラはきっとあの行動の際にそれに気付いたのだろう。
俺ですら見たらわかるのに、正面で話していたテーラが気付かないはずがない。
「……話してみ。聖女様に頼らないってことは、きっと話しにくいことなんやろ?」
「うっ……」
まさにテーラの言う通りだ。
どうしてわかるのだろうか。
テーラが俺達と過ごしていた日々は少ないというのに、こうして何も言わなくてもわかってくれるのは有難いと同時に気恥ずかしさもあった。
手元にあった紅茶をグイっと一度胃の中に流し込む。
甘ったるい味が舌を撫でて、乾いた喉を潤した。
「……実はさ」
そうして、女の子相手に弱音を吐く惨めな俺と向き合う羽目になる。