第4話(7) 『苛立ちを呑み込んで』
「――ッ!」
「メビウス君」
反射的に動こうとしていた俺を、セリシアの小さな声が留めさせた。
止まってしまった間に闇魔法が発動し、先程と同じ次元の裂け目が出現する。
唯一違うのはその裂け目が直接人に重なるように現れたわけではなく、何もない場所に出現したことぐらいだ。
けれど実際問題誰も歪みに消えることはなかった。
ルナはとことこと裂け目に向かって中を覗き込む。
裂け目の中からは確かにカイルとリッタのはしゃいでいる声が聞こえていた。
「終わり」
「えー!? もっと遊びたい!」
「リッタもリッタも!」
「聖女とメイトが叱るって」
「――え゛っ」
「……?」
ルナがそう告げるとカイルの詰まったような声が聞こえてくる。
そのことから本当に無傷なのだと状況的に理解してしまった。
「……帰ります」
「そうするといい」
そしてルナが指を引くと次元の裂け目からカイルとリッタが地上へ飛び出してくる。
二人は、本当に顔色一つ悪くなってなどいなかった。
「戻した」
「はい。ルナちゃん、ありがとうございます」
「うん」
ルナは無表情まま淡々とそう告げている。
カイルとリッタの無事が確定してしまい俺がルナを狙う理由がなくなったと思ったからか、少し離れた所で見守っていたメイトたちは軽く叱るためにカイルたちに寄って行ってしまった。
その最後尾にユリアがチラチラと俺の方を見ながら向かっている。
これで……俺がやろうとしたことは全て無駄だったのだと、そう突き付けられたような気がした。
実際それは事実で。
いたたまれなくなった俺は抜いた聖剣を鞘へと納める。
立ち上がる気力はなかった。
「今、どんなことを思ってるの?」
「……っ」
そっぽを向いているといつの間にか近付いてきていたルナから無表情のまま見下ろされそんなことを言われる。
先程と同じだ。
意味の分からない問いかけに俺の脳はまた火が点火されようとしていた。
どんなことを思ってるだ?
そんなの、二度来んなとしか思ってねぇよ。
勢いよく立ち上がりルナを睨み付ける。
するとセリシアが俺とルナの間へと割って入った。
「メビウス君、落ち着いて下さいっ」
「……また、俺かよ」
「ルナちゃんは感情表現が苦手で誤解されやすいだけなんです。メビウス君も、一度先入観を置いてルナちゃん自身を見てくれませんか……?」
「……」
「私と対等に話してくれた初めてのお友達を、嫌って欲しくはありませんから……」
……そういえば、セリシアはついさっきもそんなことを言っていた気がする。
きっと俺が不貞腐れているように見えたんだろう。
小さく呟く俺の頬に触れるギリギリで手を添え、落ち着かせるようにゆっくりとした口調をしつつ柔らかな笑みを向けてきた。
……確かに、今の俺は闇魔法と魔族、そしてクーフルの件が尾を引いて冷静な判断、思考が出来てない。
これではルナの抑揚のない声と表情から本心を読み取るなど不可能だ。
実際現状では俺とコイツは一生分かり合えることはないと断言しそうだし、一度距離を置かないとどうしようもない気がする。
「……わかった」
だから軽く頷いた。
セリシアの気持ちを、無碍にするわけにはいかないから。
それにルナの言葉は癇に障るが、あまりに敵対心を向け続ければユリアだけじゃなく子供たち全員に嫌われる可能性がある。
『――見損なったよ!』
……そもそもこれぐらいで失望されるのならそれまでの関係だったということでもあるが、一度失った信頼を取り戻すのは難しいだろう。
既に信用を失ったユリアには、あまり話しかけないようにするべきだ。
……所詮優先度は俺の方が低い関係性なのだから。
「……」
「……」
会話が起こらない。
当たり前だ。
俺とルナは今日初対面で、今はまだ素直に会話出来るような関係性ではない。
ていうか何しにこっち来たんだよ、コイツ。
夕方にはきっと何処かへ帰るのだろう。
久しぶりだと言っていたし、来る頻度もそこまで高くないはずだ。
ルナはジッと俺の顔を見続けている。
だが俺は顔ごと目を逸らしているため視線が交差することは一生ない。
「――良いこと思い付きましたっ!」
あと数時間粘るだけでいい。
そう思った矢先、セリシアが名案でも思い付いたのか大きく手を叩いて俺とルナに向けて微笑んだ。
その言葉にこの場にいる全員がセリシアへ注目を向ける。
「ルナちゃん。またしばらく教会へは来れないのでしょうか?」
「んーん来れる。やることがなかったから来た」
「そうでしたか。でしたらしばらくの間お泊り会をしませんか?」
「……は!?」
「わかった」
「……!?」
思わず驚愕のあまり目を見開いてしまった。
泊まらせるというのか。
よりにもよって闇魔法を持つ魔族のコイツを?
そんなの許せるはずがない。
即答したルナには嫌気が差すが理屈では害はない可能性が高いとわかっていても、感情がたった数%の可能性を考えろと俺の中で警鐘を鳴らしている。
「はいはーい! 賛成賛成!」
「さんせーい!」
だが先程の流れを知らないカイルとリッタは歓迎モードだ。
「……私も、賛成です。けど……」
「聖女様、大丈夫なんですか?」
パオラとメイトも俺とルナの関係に不安視しているようだが否定はしない。
「……」
ユリアだけが葛藤しているように俯いていた。
……別に、お前は気にしなくていいだろ。
「きっと一日や二日ではメビウス君もルナちゃんのことを信じられないと思います。メビウス君の言う通り、改めて見れば確かに魔法は酷似していますから。メビウス君の不安に思う気持ちも、私は分かります」
「……!」
「ですが同時にメビウス君ならルナちゃんともきっと仲良くなれるって信じています! 聖神ラトナ様は仰っていました。『聖女は誰よりも他者を信じる者であれ』と。メビウス君には、もっと安心して教会で過ごしてほしいんです」
神の名前が出てきたのは少し思う所があるが、彼女の言い分は最もだ。
そして同時にとても有難く思う。
俺の気持ちに理解を示してくれて、尚且つ俺のためにこんな提案をしてくれた。
……そうだな。
俺も疑念ばかり抱くのは疲れる。
今回ばかりはセリシアを信じてルナの魔法についてはもう考えないようにしよう。
「セリシアの言う通りだな。……俺もわかった。君に免じて拒絶はしないよ」
「……! ありがとうございますっ! メビウス君」
ルナの持つ闇魔法は明らかにクーフルよりも強力で異質なものだ。
そもそもここで向こうが敵意を示していないのに俺から仕掛けたら、それこそ被害がどれ程になるかわかったものではない。
動きを止めることしか出来ない小物臭漂うクーフルとは違いルナを正面から倒せる自信はあまりない。
実際リスクが高すぎるとむしろ冷静になってきた気がした。
溜飲が少しだけ下がる。
セリシアが仲良くしてほしいというのであれば、こっちも先程のことは水に流そう。
「ルナちゃん。お泊りセットはこちらで用意致しますね」
「……? これでいいよ」
「そういうわけにはいきません。任せて下さい! ルナちゃんが泊まることを考えて既にばっちり準備していますから!」
「そうなんだ」
「はいっ!」
その二人の会話を見て、聖女としてのセリシア以外でこうして話している姿を見るのは初めてだと気付かされた。
きっとそれほどまでにセリシアにとって大事な友達なのだということを理解する。
はにかんだ姿と無表情。
何とも噛み合わない光景だ。
だがそれでも雰囲気は決して悪くないように見える。
「ルナ姉ちゃん! 後でもっかいやってよ!」
「それは出来ない」
「そうだぞ。駄目だって言っただろカイル。あれはしばらく禁止!」
「そうだよカイル……! お兄さんが……!」
「えー」
「……っ」
「……? おねえちゃん?」
子供たちもルナとセリシアの周りに群がっていた。
その光景は何とも楽しそうで、俺がいなかった間こういった日々を過ごしていたんだということがわかる。
この光景を俺は直視することが出来ない。
きっと今、この場に唯一必要ないのは……俺だ。
勘違いしていた。
自分はこの教会に無くてはならない存在なのだと。
みんなそう思っているはずだって、勝手にそう思っていた。
純白のプレゼントを抱くように掴む。
とてつもない疎外感を感じていた。
あれだけやってみんなを助けたんだから、みんな俺の味方をしてくれるってそう押し付けがましい感情を抱いていたんだと思う。
でも現実はそう都合よく進まないから。
だから俺はセリシアの為に、偽りの友情を育んでみせよう。
「……白髪」
……相変わらず何考えるかわかんないけど。