第4話(6) 『みんなを守るためなのに』
消える、消える。
まっさらになる。
本当にそこにいたかどうかもあやふやになってしまうほど、それは唐突に起きてしまった。
カイルとリッタが……消えた。
跡形もなく突如現れた次元の裂け目によって消失してしまった。
『闇魔法』によって。
魔族が戦争の手段として使ってきた、簡単に人を殺せる魔法によって。
「~~~~ッッ!!」
聖剣を引き抜き、一気に強く地を踏み締めた。
そして全員が驚く間もなくルナに掴みかかると、そのまま一緒に地面へ押し倒して聖剣を心臓部分へと突き付ける。
「お前……!! ふざけんなよ! 魔法を使えないようにされたくなかったら今すぐカイルとリッタを解放しろ!」
完全に気を抜いてしまっていた。
今更後悔の念が津波のように押し寄せてきている。
命は有限で、二度ともとに戻ることはない。
それを誰よりも俺が一番よくわかってるというのに、こんな簡単に子供二人を窮地へ立たせてしまっている。
強く歯噛みする。
紅い瞳に映るこの少女に確かな殺意を抱いているのを自覚していた。
「メ、メビウス君!? どうしたんですか!?」
「そうだよお兄さん! ルナ姉何もしてないじゃん!」
「……っ」
「し、師匠……!?」
「コイツに近付くな!!」
きっとみんなからは俺の行動の意味がわからず奇行にしか見えていないだろう。
一年以上の時間をかけて信用を勝ち取ってきたのだから当たり前だ。
瞳に映る少女の表情に一切変化はなく、ジッと俺を見続けているのも腹正しく思う。
もしも相手が男であればこの明らかなポーカーフェイスを崩してやろうとぶん殴っていたかもしれない。
「セリシア、メイト! お前らも見ただろ、コイツの魔法陣を! 魔法陣は闇魔法の特権。それをコイツは持ってる! 奴の時と同じだ! お前たちは騙されてるんだよ!」
「た、確かにそうですけど、でも師匠……」
まさか闇魔法を使用してくるとは思わなかった。
闇魔法は魔族の特権のはずだ。
だがコイツの髪色は黒ではなく薄紫で、完全に視覚情報に惑わされていたことをようやく理解する。
「魔族は生かしておけない! お前達もここから離れろ!」
「ですがルナちゃんは……!」
必ず守るって決めたんだ。
この平和な日々を、平穏な毎日を守り続けると決めたんだ。
セリシアの言い分もわかる。
今までやって来なかったからと、お友達だからと、どうせ根拠のない感情論を振りかざしてくるのだろう。
でも、そんなの。
「信用なんて、どうでもいいだろ!!」
「……っ」
魔族は殺すべきだ。
俺はクーフルを殺した。
もう戻れないところまで来ている。
言葉に詰まったようなセリシアの表情を見ることは出来なかった。
両足を使ってルナの両腕を完全に固定しているため突発的な行動は出来ないはず。
抵抗する素振りを見せないのが何とも不気味だが、少しでも魔法を使う素振りを見せれば腕の一本で撃ち抜くことも厭わない。
この状況下でみんなに血を見せたくない等という甘い考えなど、抱きはしないのだから。
「早くカイルとリッタを返せ……!」
「……」
「聞いてんのか!!」
「……今、どんなこと思ってるの?」
「…………はあ?」
胸倉を掴み、強く揺さぶった俺にそれでもルナは無表情でそう問いかけていた。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ頭の中が真っ白になる。
それは言われた言葉の意味がわからなかったからで、その言葉の羅列を脳が理解した瞬間頭の中が強く沸騰された感覚へと陥った。
「ふざけてんのか……!!」
怒りのボルテージが頂点へと達する。
右腕を、大きく引いた。
「――止めて!!」
「――っ!?」
我慢の限界、言葉を話さない人形には鉄槌を。
この状況で男女平等を掲げないわけにもいかず、怒りに任せて拳を振り上げると、小さな影が俺を横から突き飛ばしてきた。
ほとんどタックルに近い、全身の体重をかけた攻撃。
本来であればこれぐらいの衝撃で体勢を崩されるようなことはないが、腕を振り上げているため体勢を立て直すことが出来ず俺はいとも簡単に地面へと倒れてしまった。
慌てて起き上がる。
するとその目に飛び込んできたのは俺を必死に睨み付けルナを背にして俺から彼女を守っているように立つユリアがいた。
「何やってるのお兄さん! 女の子相手に……見損なったよ!」
「……っ。そうだとしても、現にカイルとリッタはコイツに消失させられただろ! お前は闇魔法を見ても尚、そいつを信じれるっていうのか!?」
「当たり前じゃん!」
「――っっ!」
そう断言したユリアの瞳は真っ直ぐで。
俺はグッと出そうになる声を呑み込む羽目になる。
……そんなの、無理だ。
俺には出来ない。
俺はそんな狂った人間になることなど出来ない。
闇魔法を使ってるんだぞ?
テーラですら見たことのないと言っていた珍しい魔法属性。
そしてそれは天界で散々戦争の手段として使ってきた憎き魔族たちの専用魔法だ。
セリシアがルナのもとへと駆け寄り、痛み等がないか確認している。
パオラは恐怖か何かで硬直してしまい、思わず目を逸らしてしまいそうになる怯えた表情でこちらを見ていた。
メイトは……きっとクーフル戦を間近で見ていたため俺の主張もわかるのか複雑そうな顔をしている。
……沸騰した脳が冷める気配はない。
「じゃあカイルとリッタは何処にいるんだよ……!? 闇魔法の歪みで消えて行ったんだぞ!? ここまでしておいてそいつは一向にカイルとリッタを出す気配はない! それでもっ……それでも俺が間違ってるって言うのか!?」
「ルナ姉にはルナ姉の考えがあるの!」
「そんなの……!」
そんなの、知るかよ。
知ってるはずないだろ。
この断片的な情報でそいつを信じろっていうのか。
俺にだって俺の考えがあるのに、信じなかったら俺が悪いっていうのか!?
……なんだよ、それ。
「なんで、そんな目で見られなきゃいけねーんだよ……」
「……っ? ……あっ」
「……」
「……ぅ」
間違ったことをしているのだろうか。
俺は今も尚カイルとリッタが心配でしょうがない。
《ディストーション》と呼ばれた魔法がどんな効果なのかはしらないが、そもそも戻って来れるのかすらわからない。
聖剣を突き刺すのを躊躇したのだって闇魔法を壊したとしても、カイルとリッタが帰って来れるかどうかわからなかったからだ。
俺なりに守ろうとした。
なのに、そんな非難されるような目で見られなくちゃいけないのか。
ユリアの申し訳なさそうな声が聞こえるが今の俺には視線を合わせることなんて出来ない。
「ルナちゃん」
するとそんな時、セリシアの柔らかで小さな言い聞かせるような声が耳に届く。
「どうして二人を出すことが出来ないのか、メビウス君に教えてあげてくれませんか?」
セリシアは知っているというのか。
いや……だったら俺がルナに飛び掛かってからかなりの時間が立っているのにそれを明かさないなんてことはあり得ないだろう。
であればきっと、セリシアはやはりルナのことを信じていて、俺を納得させるための理由をルナへ求めているのだとわかる。
それはまるで俺が子供扱いされているようで、思わず顔を歪めてしまった。
無表情のままジッとルナはセリシアを見ている。
セリシアが笑みを浮かべるとこちらへと振り返り今度は俺と目を合わせてきた。
「……カイルとリッタ、笑ってるから」
「え?」
「今出したら、駄目だよ」
「……そうだったんですね」
「カイルとリッタも、後で叱ろ……」
なんともないように、ルナは言う。
そしてセリシアも聞いていたメイトも安心したように笑みを浮かべていた。
「ですが二人を出していただけませんか? メビウス君はルナちゃんの魔法を見るのが初めてなので困惑しているんです」
「こんわく……?」
「はい。メビウス君も、ただみんなを守りたいと思ってくれているだけなんです」
「……っ」
「……? 聖女が言うなら」
セリシアに、見透かされた気がした。
だけど非難するのではなく、セリシアもまた俺を信じてくれているのが伝わってきた。
ルナは首を傾げているがセリシアの言葉に従うべきだと判断したのだろう。
「《ディストーション》」
ルナはもう一度同じように、闇色の魔法陣を展開させた。