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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第4話(5) 『初めてのお友達』

 森を抜けた俺達の背後に、既に狼たちの気配は感じられなかった。

 二度目の雷魔法を使用した後も何匹かは追いかけて来ていたのだが、やはり森の中には狩猟されないエリアというものがしっかりと存在しているらしい。


 それが何処からかを獣たちが本能的に理解しているのかは定かではないが、結果としてある場所を通り過ぎた瞬間狼たちは一斉にブレーキを掛けゆっくりと踵を返して引き返していった。


 三番街に入ったらどうしようとこっそり思っていたがそれは杞憂に終わることとなる。


 というわけで無事森を抜け何の被害もなく三番街へと戻って来た俺達はようやくホッと息を吐いた。


「あ、あのっ……」


「ん? ……ああごめん、そうだったな」


「い、いえっ……お見苦しい所をすみません」


 安心して徐々に興奮が止んできたのだろう。

 俺に抱えられたままだったセリシアは顔を真っ赤にし、縋るように俺の袖を軽く掴んで引いてきた。

 ゆっくりと地面へ下ろすと、ぺこぺこと頭を下げてくる。

 その姿を見て先程までの興奮も冷めてしまった。


「聖女なのにはしゃいでしまって、恥ずかしい限りです……」


「いや、良いんじゃないか? ずっと気を張ってる必要もないだろ。いつも頑張ってるんだから偶には息抜きぐらいしなくちゃな」


「そう言っていただけると有難いです……」


 本当に気にする必要などないんだが。

 それにそもそも俺がエンタメ性を持たせたのが悪いんだし。


「俺もあんまり案内出来なくてごめんな。もしもっと調査が必要なら俺からテーラに言っておこうか?」


「いえ! メイト君のいた所もわかりましたし、狼さんたちにもお会いすることが出来ました。それに、やっぱり一人では森に入るのが難しいこともわかりましたので……森に入る際は護衛を頼むことにします」


 まあそれが妥当だろうな。

 【聖神の奇跡】によって事故に会うということはないだろうが聖女が一日帰って来なかったということになったら三番街中がパニックになって大捜索が始まってしまうはずだ。


 それに一人で向かおうとしてもどうせ俺がこっそり付いて行くことになるだろう。


「改めまして、本日はありがとうございました」


「こちらこそ、楽しかったから無問題だ」


「はいっ。私も初めてこんなに声を出した気がします」


「俺もセリシアのあんな叫び声初めて聞いたよ」


「うぅ……次は声を出さないように気を付けます……」


 お互いに一回だけ頭を下げて微笑み合う。

 心無しか少しだけ距離が縮まった気がするのはきっと俺だけではないだろう。


 考えてみれば俺はセリシアの好みや好き嫌い、趣味なども何もわからなかった。

 それはもちろん教会の子供たちにも言えることなのだが、本当に知ろうともしていなかったのだと自分自身に酷く嫌悪してしまう。


 俺が過ごしやすければそれでいいと、そうやって興味を持とうとすらしていなかった。

 ……駄目だな、やっぱり。


 こんなに嬉しいプレゼントを貰っても、俺は現状にずっと甘えて堕落している。


「それでは教会に戻りましょう。きっとメイト君たちがメビウス君を待っていますよ」


「そうは思えないけど……」


「ふふっ。みんなメビウス君のことが大好きですから」


「……それは有難いことだな」


 それは偽りの俺のことだ。

 本当の俺を知ったら、きっとみんな失望する。

 救いようのない存在なのがわかったらみんなきっとすぐにでも手の平を返す。


 だから、守ろうという決意は俺の中で留めておくだけでいい。

 そうすればきっと、みんなずっと笑顔でいてくれるはずだから。



――



 教会へ続く若干上り坂の一本道を歩いていた。

 そして教会の正門が見えて来た頃、俺は少しだけ目を細めて小さな影がいることに視認する。


「……誰だあいつ?」


 ソレは、低めの身長で教会を見上げながら微動だにせず立ち尽くしていた。

 純白のローブを着ていたテーラとは対照的に漆黒のローブに身を包んでいる。

 垂れ耳の装飾が施されたフードまで被っているため男か女かすらもわからないが、身長的には子供だ。


 ……もしや教会の子供たちの友達なんだろうか?

 いつ来たのかはわからないがセリシアが教会にいない以上少なくともそこそこの時間あそこにずっといたことになる。


「……あっ!」


 少しだけ申し訳ないと思いつつわざわざ走って帰るのも面倒なので、一切歩くスピードを上げていなかったのだが、俺の呟きによってその存在に気付いたセリシアは表情を明るくし駆け足で坂を進んで行ってしまった。


 ……くっそぉ。


 セリシアが走った以上俺も追従するしかない。

 決して早くないセリシアの駆け足に追いつき、すぐに教会の前へと辿り着いてしまった。


「こんにちは、ルナちゃんっ!」


「……?」


 そしてソレの前へと寄ると、セリシアは覗き込むようにして笑みを浮かべ呼びかける。

 するとルナと呼ばれたソレはゆっくりとこちらへ振り向き無表情のままジッと目を合わせていた。


 ……女の子だ。

 表情に乏しいのが一目で分かる程何の反応も見せない少女。

 フードで隠しきれていない薄紫色の髪と、何故か左目だけハイライトが消えている薄紫色の瞳が映る。


「……聖女だ」


「はい、聖女ですよ。お待たせしてしまって申し訳ありませんっ」


「ううん。大丈夫。立っていただけだから」


 ……え、様付けなくていいのかな。

 初対面だというのに若干不安になってしまった。


 子供たちでさえ聖女に様付けはデフォルトだ。

 俺は先の一件のおかげで敬語を解除することを許してもらえたが、一般的に聖女には様付け、そして敬語が当たり前のはず。


 念のため辺りを見回して三番街の信者が一人でもいないか確認してみるがいないようなのでとりあえず一安心だ。

 勝手に安心していると、動いていた俺に気付いたのだろう。

 ルナと呼ばれた少女は今度は俺をジッと見つめていた。


「……見たことない」


「そういえばルナちゃんは初めてお会いしますね。こちら新しく教会で住むことになったメビウス君です」


「……白髪しろかみ


「……? はい、とても珍しいですよね」


「……白髪しろかみだ」


「……?」


 セリシアも困惑しているようだが、俺は非常にいたたまれない気持ちになる。


 ……ずっと、ずっと見てくるのだ。

 一切瞬きもせずずっと。


 ……子供怖いよぉ。


 何を考えているのかわからないため思わず目を逸らすと、ルナは飽きたのか視線をセリシアに戻していた。

 表情が無だからわかりづらいが、見た感じセリシアとは良い関係のようだからぽっと出の人間ってわけではないのだろう。


 であれば警戒する理由も特にない。

 子供だし。


 そんなことを思っている間にセリシアは既に結界を解除しているようでゆっくりと鉄製の正門を開けていた。


「ただいま帰りました!」


 教会に響くように若干大きめの声でセリシアは声を上げる。

 すると教会で休んでいたであろう子供たちがドタバタと音を当てて扉を開けていた。


 どうやら長い間待たせてしまっていたらしい。

 メイトから森へ向かう旨を聞いて何か起きないか不安だったのだろう。

 セリシアの心配が大部分だろうが俺への心配も少々あるだろうと思いつつ、出て来た子供たちに向けて安心させるために笑みを浮かべてみた。


「ただいまー」


「おかえ――あっ! ルナ姉!!」


「ル、ルナ姉っ!」


 ……が、俺の笑顔に安堵した表情を向けそうになっていた先発の女の子、ユリアとパオラはその隣にいる少女へ気付くと一斉にそちらの方へ群がって行った。


 ……え、おかえりキャンセルされたんだけど。

 おーいユリアちゃん? パオラちゃん? 俺、はともかくセリシアも帰ってきたんですけどもしかして優先度めちゃくちゃ低いんか?


「ルナ姉ルナ姉久し振り! 元気にしてた?」


「待ってた……!」


「うん久し振り。元気。待ってた」


 会話になってないルナの言葉を聞きつつ、これでもかと俺をスルーする子供たち。

 別に、別に言葉が欲しいわけではないが、さすがに俺も乾いた笑みを抑えられなくなるので笑顔を固定したまま催促してみる。


「おーいユリアちゃん? パオラちゃん? お兄さんが帰って来たんだけど」


「え? ああおかえりお兄さん」


「……? お、おかえりなさい」


 ……このガキぃ。

 どうやらこのルナという少女はこの教会内でかなりの信用を獲得しているらしい。

 こんな子犬のように懐いているユリアとパオラなど初めて見た。


 姉と呼ばれているということは少なくともユリアよりは年上ということか。

 確かに最年長のメイトより若干身長は高いが顔付きが幼いため子供にしか見えない。

 少なくともエウスより年上ってことはないだろう。


「お帰り聖女様! シロ――あっ! ルナ姉ちゃんじゃん!?」


「聖女さま、シロお兄ちゃん! お帰りー!」


「お帰りなさい聖女様! それと師――あ、ルナさん! お久しぶりでいったぁ!?」


「師匠の帰りより優先するってどういうことだこら」


「なんでオレだけなんですか!?」


 それはお前が俺の弟子で最年長だからだっつーの。

 さすがにイラついたので通り過ぎた瞬間脳天にチョップをお見舞いしてやった。

 メイトの偶に解除される一人称は置いておいて、やはりメイトとカイルまでもこの少女へと群がっている。


 今まで一切話題に出ていなかったので知らなかったが、どうやら全員の知り合いらしい。

 それにメイトがさん付けしているため少なくとも13歳以上だということが確定してしまった。


 唯一リッタだけは俺とセリシアに満面な笑みを見せてくれるので、俺の憔悴した心が浄化されていくのを感じる。

 思わず抱き抱えて頬ずりしてしまうまである。


「お前は良い奴だなぁリッタ」


「わー! 下ろしてー!」


「はい、すいません。下ろします」


 しつこかったらしい。

 じたばたと頬ずりから逃れようとしてしまったので大人しく下ろすことにする。

 するとやはりリッタまでもがルナのもとへと駆けて行ってしまった。


 ……じぇらしーを感じる。

 せっかく帰って来たってのになんだこの態度の差は。

 けっ。


「セリシア、誰だよあいつは。あんな怪しい奴教会の中になんて入れていいのか?」


 完全に自分のことは棚に上げてるし少女相手に大人げないったらありゃしないのだが、今の俺にそんな正論は通用しない。

 こそこそとセリシアに耳打ちし妬みを籠めてそう言うと、セリシアはきょとんとした顔でこちらを見てきた。


「ルナちゃんですよ?」


「いやそれはわかってる。じゃなくて、この教会にどんな関係があるんだ?」


「……? お友達ですけど……」


「え、いや……」


 俺の時あそこまで警戒していた子供たちがこんなに懐いているんだ。

 それにこの少女はクーフルの時教会にはいなかった。

 つまり少なくとも三番街の人間ではないはずだ。


 であれば、何かこの教会にとって非常に重要な役割を持った関係者なんじゃないのか。

 そう思った問いだったが、セリシアから返ってきたのは『お友達』という返答のみで。


「……え、まさか本当にただの友人一般ピーポーなのか?」


「はい。ルナちゃんは一年前から何度もこの教会に遊びに来てくれている、子供たちにとっても私にとっても大切な初めてのお友達なんです」


「……めっちゃ古参じゃん」


 そりゃみんな懐くわ。

 むしろ一年も立って敵対され続けていたらそれこそおかしい。


「初めて会った日も先程のように正門の前に立っていたんですよ。私びっくりしてしまいました」


「それを不審者だと思わずに入れるのもびっくりするけどな……」


 仮にもこの世界で重要な存在だと言われている聖女なんだ。

 確かに一目では子供にしか見えないため何となく警戒心は和らぐかもしれないが……いや、多分俺も初手だったらセリシアに判断を仰いで入れてしまうかもしれないな。


 やはり容姿は世界を統べるということか……


「ルナ姉! ルナ姉と一緒にやりたいことがあるの! 一緒に遊ぼ!」


「花冠作れるようになったんです……!」


「うん、遊ぶ」


 ……しかしユリアの懐き度が尋常じゃないな。

 揶揄い癖のある姿もお姉ちゃんらしい姿も見てきたが、初めて子供らしい姿を見た気がする。


「ほー……」


 なんだか感慨深い気持ちになる。

 セリシアも子供たちのはしゃぎように嬉しそうな笑みを浮かべていて、当然のことながらお帰りキャンセルされたことは全く気にしていないようだ。


 これは俺もお近付きになっておくべきか。

 感情に乏しい姿だが言い方を変えれば愛嬌があると言えなくもない。

 正直あまり会話のキャッチボールが出来なそうな相手と話すのは苦手だが、無視を決め込むわけにもいかないだろう。


「ねえねえルナ姉ちゃん! いつものやってよ!」


「あー! リッタも! リッタもやりたい!」


「うん、わかった」


 ……あいつ承諾しかしてないな。

 だがカイルとリッタのはしゃぎようからいつも何か面白いことをしてあげているようだ。

 遊び盛りの奴らは大体スリルがあってテンションの上がることを好むので俺も少々難儀していることでもある。


 本当にスリル満点のことをしたらセリシアから怒られるからレパートリーに困ってるのだ。

 あの小さな身体で男の子を満足させられるとは到底思えないが、楽に出来るものならば是非とも参考にしたいことではあった。


 チラリと横にいるセリシアの表情を見てみるが止めようという気はなさそうだ。

 つまり比較的安全な遊びだと判断する。


 ならば、お手並み拝見してやろう。







「《ディストーション》」






 ……そう思って、俺は何の警戒もしていなかった。

 当たり前だ。

 セリシアが信用していて、子供たちも俺以上に懐いている一年以上の関係になるという薄紫の女の子。


 警戒した姿を見せればそれこそみんなになんて言われるのかわからない。

 だから意図的に警戒も解いていて、身体の力を抜いてしまっていた。


 それが間違いだったと今気づく。


「…………は?」


 気の抜けているような呆けた声が思わず出る。

 それも仕方ないことだろう。

 だって、漆黒のローブに身を包んだ少女の両手から『紫色の魔法陣』が出現したのだから。


「――――」


「――――」


 ……そしてカイルとリッタが歪みの中へと消えていく様を、俺はハッキリとこの目に焼き付けてしまっていた。

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