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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第4話(4) 『追いかけっこ』

 これはあくまで個人的な考えだが、城塞都市だというのに生態系のことを考える必要があるのか心底疑問に思ってしまう。

 城塞にしてしまっているのなら既にそこは人間が住む土地へと変えられてしまっているはずだ。


 動物だって城壁から逃れることは出来ない。

 であれば生態系の維持よりも危険を無くし、生き物は生産性のある家畜で統一し管理した方がいいという考えは果たして傲慢なのだろうか。


 生態系を維持していると言っても、中型の肉食獣がこれほどまでにいれば餌を求めて人里へと降りてくる。

 結果がわかっているというのに降りて来た獣だけを狩るなどあまりにも偽善的な考えではないか。


「グルルゥ……」


 少なくとも、こうして6匹もの狼が涎を垂らして聖女を獲物として取り囲んでいる現状を見て何か思う所は無いのかと問いたい。


 俺以外誰も見てないが。


「か、囲まれてしまっています……」


 【聖神の奇跡】があったとしても明らかな敵意を持った獣に囲まれる経験は初めてだろう。


 セリシアは若干後ずさり身体を引かせていた。

 だが彼女を支配しているのはどうやら恐怖だけではないようで。


「群れの狼……やっぱり、いるんですね」


 そう聞き覚えのある言葉を口にする。


 俺もそれは思っていた。

 メイトのことを知りたいという気持ちは大きくあっただろうが、本来の目的はこれだったのだろう。


 群れの狼。

 それは教会から逃げ出したクーフルを襲い、殺して喰ったという人喰い狼の話だ。

 正確には俺が殺した後狼がクーフルを喰らったわけだが俺以外はそのことを知らないわけで、評価が厳しかった三番街の間でも地味にこの狼たちに危機感を覚えていたようだった。


 人間を一度でも喰らえば、獣はまた同じことを繰り返す。

 というわけで既に二番街の狩猟ギルドに討伐の依頼は出していたらしい。

 だが三番街の信者だけでは飽き足らず二番街の人間の安否も心配したセリシアがこうして単独で調査に来たということなのだろう。


 お人好しもここまでくれば病気に近いが、付いて行ってよかったと今は心底そう思う。


 仕方ない部分もあるが唯一の警備組織である『聖神騎士団』はクーフル一人捕まえるのも監視するのも失敗しているからな。

 コメットさんや兵士のみんなは良い人たちなのだが、残念ながら現状はあまり信用することは出来ない。


「随分歓迎されてるみたいだな」


「動物さんたち、怒っているんでしょうか……? 誠心誠意謝罪して赦していただけるといいのですが……」


「……あーいや、無理なんじゃないかなぁ」


 動物にまで聖女理論を求めるのは中々に厳しいものがある。

 というか謝る以前に確かここのテリトリーは既にいない熊の場所だったはずだ。

 つまり縄張りから出れば攻撃して来ないということはないわけで、奴らは俺達を獲物としか見ていないということ。


 そんな中で聖女の謝罪タイムなんかに付き合わされたら、セリシアは【聖神の奇跡】で守られるかも知れないが俺はそのままぱっくんちょだ。

 【聖女の聖痕】の発動条件、効果はまだほとんどわからないがここで試そうと思えるほどの勇気はない。

 そしてセリシアがいる以上ここでこの狼たちを殲滅する選択肢も失われている。


 つまり、逃げるしかない。


「「「「「「グルルルゥ……」」」」」」


 少しずつ、少しずつだが狼たちは確実に距離を詰めてきていた。

 既に狼側の間合いには入っている。

 今すぐ飛び込んできても恐らくそれなりに本気を出した対処を求められることだろう。


「……」


 ……であればきっと、俺は【聖神の奇跡】を過信して自分の対処を何よりも優先してしまうはずだ。

 セリシアならどうせ攻撃を受けないから無視しても大丈夫。

 そんな合理的な言い訳をして。


 でもそれじゃ駄目なんだ。

 彼女をセリシアではなく、『神』の権能を持つ聖女だと受け入れてしまうことになる。

 神を信じてしまうことになる。


 意地だろうが何だろうが構わない。

 俺も含めてセリシアと一緒に逃げる。

 これが安パイだ。

 というかこれしかない。


「セリシア、これ持って目を瞑っていてくれ。しっかり持っててくれな」


「……? はい、わかりました」


 セリシアはリュックを受け取るとしっかり抱え、そのままリュックで顔を隠した。

 その一連の動きに警戒し威嚇する狼たち。

 コイツらが攻撃的じゃなくて本当に有難い。

 恐らく俺達が逃げも隠れもせずその場に立ち止まっているからだろうが、それにしたって警戒心が高すぎる。


 きっとそれがこの城塞都市の小さなテリトリー内で生存するための知恵なのだろう。

 今回はそれが功を成しているとも言えるか。


「わざわざ待っててくれて助かるぜ。お礼としてぶっ倒すのは勘弁しといてやるよ」


 右手を地面へとかざす。

 魔力の流れが身体を通して右腕へと集中し、バチバチと火花が飛び散り破裂音を響かせた。


 狼たちが一歩下がる。

 熊の時もそうだが、やはりこの音は獣にとって充分警戒するのに値するらしく効き目はかなりのものだった。


 その隙を突いて《ラーツ》を放つ、ことは出来ない。

 あれ程の大魔法をこの森の中で放ってしまえば一面火の海と化す大火災が発生してしまうはずだ。


 そしてクーフルを殺す際に用いた《ライトニング》も今回は殺傷を目的にしていないため使用出来ない。

 この甘々聖女様はどうせ狼が血を流し弱っている姿を見たら放っておこうとはしないだろう。


 ……ならばこそ、表でも役に立つよう殺傷ではなく無力化を重視して編み出したこの技を使う。

 地面へと向けた手の平に、眩く光る光球が灯った。


「目ぇ離さないでよく見てろ。《ライトニング【閃光爆弾グレネード】》!!」


 ――俺が目を瞑った刹那、手の平に凝縮された光球が弾け眩い強烈な閃光が辺り一帯を包み込んだ。


「「「「「「キャンッッ!?!?」」」」」」


 狼たちの悲鳴が聞こえてくる。

 閃光手榴弾を模したこの魔法は味方をも巻き込んだ範囲攻撃であり、やはり無力化だけに限定するなら予想以上の戦果をもたらしていた。


 俺は溜めた魔力が消失したことを感覚として感じるとすぐさま目を開け、リュックに顔を埋めたままのセリシアの膝裏と背中を抱えて持ち上げる。


 所謂、お姫様抱っこという担ぎ方だ。

 ……え、軽すぎなんだけど。


「わわっ!?」


「さあ、しっかり捕まってろよ!」


「えっ!? メ、メビウス君! まっ、きゃああああああああああ!?」


 そんな感想を抱きつつも新鮮なセリシアの悲鳴を聞きながら、俺は一気に森の下り坂へと飛び込んだ。

 二人の身体が宙を舞う。

 下り坂になっていた関係上2m程の高さを跳んだ俺は、天使特有の強靭なバネで滑りつつも地面に着地し、そのまま三番街の方向めがけて地を蹴った。


「ワオオオオオオオオオオンッッ!!」


 目をやられもがいていた狼たちもすぐに起き上がったようだ。

 一匹がここからでも届く程の声量で雄叫びを上げると、それに続いて狼たちが一斉に飛び込んでくる。


「来た来た来たぁ!!」


「きゃあああああああああっっ!」


 地に根を張る木々を避け、茂を蹴り分け枝を砕く。

 足場の悪い道を全速力で駆けながら、俺は思わず笑みを溢してしまっていた。

 後ろには捕食者の目をした狼の群れがものすごい速度で迫って来ている。

 セリシアの身体に触れているので本来は真っ赤な顔を見れるはずだったのだが、驚きのあまり目を開けてしまったことによる混乱と恐怖が勝っているらしく初めて聞く絶叫が森の中で木霊した。


 目を瞑ってリュックで顔を隠し、怯えたように身体を固くしてしまっているのが腕の中で伝わってくる。

 でもそんなの勿体ない。

 セリシアにはどんなことにも、楽しんでもらいたいと思うから。


「セリシア! 目、開けてみ」


「で、できませんよぉ!」


「大丈夫だって。俺を信じろ!」


「……っ」


 一体俺なんかの何処に信用出来る要素があるというのか。

 俺ですらわからないのに俺以外の誰かがわかるはずもない。

 だけどセリシアは信じる。

 そんな理由もない根拠を持ってそう口にすると、俺の言葉に何を思ったのかセリシアの肩が反応したのを感じた。


 リュックからゆっくりと顔を覗かせて、覗き込んでいるように見える俺と目が合った。

 そうして状況を確認しようと辺りを見回している。


 が、人と獣の速度の差は残酷で当然狼から逃げきることなど出来るはずもなく、すぐ真横で追従している狼の一匹と目が合ってしまった。


「ゥゥゥ……ヴァンッッ!!」


「い、います! いますよ!?」


「あははっ! スリル満点だろ!」


「あわわっ!? こっちに来ました!」


 狼が俺の体勢を崩そうと突進してくる。

 これ程のスピードの中少しでも衝撃が来てしまえばすぐにでも転倒し狼たちの餌食になってしまうだろう。


 だが近くの木を盾にして避ける。

 背後からの飛び掛かりも大きくターンして受け流し、常に狼たちとの距離を一定に保っていた。


「きゃっ! ……す、凄いですっ!」


「はっはっはー! 俺は鬼ごっこでは捕まらないが故に負けたことがない! この『鬼を払う一陣の風(エウス命名)』と呼ばれた俺の実力を今こそ見せる時!」


「子供たちが泣いてしまいますよ!?」


「泣かせたことしかないっ!」


 よく何処かの子供たちの遊びに混ざってその度に泣かせていた天界での記憶が蘇る。

 当時はやんちゃしていたこともありしょうもないことばっかりしていた時代もあった。

 エウスはこんな素晴らしい命名をしてくれたが、実際に被害にあった子供たちからは『ガチの鬼』呼ばわりされて逃げられてたけども。


 狼たちの連携攻撃を避ける。

 雷魔法による閃光が案外効いていたのか狼たちの狙いにそこまでの精度はなかった。

 だから余裕を持って回避行動を取ることが出来ていた。


 アトラクションのように森の中を舞いつつ、しっかりと狼たちの動向には目を見張っておく。

 セリシアに信じろと言った手前絶対に指一本触れさせるわけにはいかない。

 まあ【聖神の奇跡】があるので触れられないんだが、気持ちの問題だ。


「おらあああっ!」


「きゃー!」


 頭上に枝等がなく空間が空いている箇所を見つけるとそのまま両足でブレーキを掛け、セリシアをその上へと思い切り投げる。


「《ライトニング【閃光爆弾グレネード】!》」


「「「「「「キャンッッ!?」」」」」」


 そして落ちてくる間にもう一度雷魔法を発動させて狼たちの視界を奪うと、落下したセリシアを両腕でしっかりと抱え込んだ。


「心臓が止まってしまうかと思いましたっ……!」


「メビウスアトラクションはまだまだこれからだってことだ!」


「ふふっ。私も少しわくわくしてきた所ですっ」


「それは運営冥利に尽きるってもんだ、な!」


「きゃー!」


 童心に返った気分になる。

 離さないようにしっかりと抱えながら、セリシアと共に笑みを浮かべて森を駆ける。


 最初は悲鳴のような声質だったセリシアも今では歓声へと変わっていた。

 状況は決して安全なものではないが、俺はこれを平穏な日々だと断言することが出来る。


 笑い合って、色んな出来事に見舞われて。

 でもそうして生まれるものは決して負の感情なんかじゃない。

 そのことが何よりも嬉しい。


 天界では息の詰まったどうしようもない人生だった。

 楽しいと思ったことも、嬉しいと思ったことも学園を卒業してから一年ぐらいは無かったような気がする。


 でも、復讐のことも辛いことも考える必要のないこの世界では。

 例えクーフルの時のような危険なことがあったとしても、それが後悔しないものであるのなら。


 俺はこの日々を、災難ばかりのピクニックでも『平和』だと思うことが出来る。

 きっとこれが『幸せ』だっていう感情なんだろう。


 そんなことを思いながら抱えている女の子をチラリと見る。

 既に硬直していた身体は柔らかく、緊張が解けているのが腕の中で伝わってきていた。


「――――」


 こんな小さな身体で、どうしようもない俺の命を救ってくれた女の子。

 たとえ忌み嫌う神サマの加護で纏わりつかれている子だとしても。


 この子の障害になり得る奴がいたら、どんな奴だろうとこの手を血に染めることが出来るはずだ。

 クーフルの時も……『初めて』人を殺すことが出来た。

 だから出来る、誰であろうと。


 平和を脅かす奴に【断罪】することが出来る。


「森を抜けるぞ!」


「はいっ!」


 木々の隙間から見える光へ、強く地を踏みしめる。

 この時の俺は、根拠もないのにそう出来るって……どこか楽観視していた。


 そんなこと、出来るわけもないのに。

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