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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第二巻 『1クール』
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第4話(3) 『【聖女】としては落第点でも』

 自信はないが、何とかメイトがいたであろう開けた場所へと辿り着くことに成功する。

 確かメイトはこの木に寄り掛かっていたはずだ。

 ……うん、間違いない。


「ここに、メイト君が……」


「ああ。俺が来た時には運の悪いことに熊と出くわしていた。あと一歩遅かったら【聖神の祝福】をかけるどころじゃなかったかもしれないな」


「こんな、遠くにまで……」


 神の加護、祝福と言っても結局は万能じゃない。

 治癒するのが遅ければ人は死ぬ。

 生き返らせることは出来ない。

 そんな場面にもしも俺が、セリシアが立っていたとしたら。


 後悔だけでは済まないだろう。

 でも確かにセリシアの言う通り、逃げるにしてはあまりに遠すぎるけどな。


「それだけ辛かったんですよね……」


 辛かった。

 そうだろうな。

 俺も結局メイトの過去について詳しく聞いたわけじゃない。

 メイトが何を思って逃げ出してしまって、どうして俺を認めてくれたのかも正確に理解しているわけでもない。


 けれどあの子は『必要とされない』ことに酷く怯えていた。

 そう思わせたのは俺で、教会ではなく俺から少しでも遠くに逃げようとしてこんなところにまで来てしまったのだ。


「私、自分が聖女ということに甘えていました」


「え?」


 メイトが寄り掛かっていた木の幹を見つめていたセリシアがふとそう小さく呟いた。


「人は来るものだと、きっと心の何処かで思っていたんだと思います。聖女ですから、信者の方々は神の遣いを求めて来ますし、聖女だからこそ悩みをすぐに打ち明けてくれるとばかり思っていたんです」


「……」


「言ってくれることを待って、解決することを願って。それは見て見ぬふりをしているのと一緒だというのに、私は今まで何一つ自分から向き合おうとして来ませんでした……」


「そんな、ことは」


 そんなことはないと、そう言うのはきっと簡単だ。

 そして何の慰めにもならないことは俺にもわかる。


 でも、セリシアはきちんと向き合っていたはずだ。

 メイトが何かに悩んでいることを知っていて、子供たちの印象が悪くならないように俺に口添えをして。


 君だって、君なりに悩んでいたはずだろ。


「だからこれからはきちんと向き合おうって思うんです。神に仕えることだけが聖女ではないと、メビウス君が気付かせてくれましたから!」


「……そんなことした覚えないんだが」


「神様を信用出来ないというメビウス君が皆さんを助けたんです。言わなくとも、私にとって諦めない理由になりました!」


 そういうものなんだろうか?

 いや、神サマを信仰している信者たちはきっとそういったことすら神のお導きだの何だのと言っていたり思っているのかもしれない。

 セリシアが言いたいことはそういうことなのだと思う。


 神ではなく、自分の力で事を成す。

 そうすることも大事だとセリシアは俺を見て思ったわけだ。


「聖女としては落ちこぼれかもしれませんが、精一杯頑張ろうと思いますっ!」


「……!」


 その想いに俺の心は強く打たれた。

 俺もそんな【聖女】は嫌いだったが、聖女であるセリシアは決して嫌いではない。

 彼女なりの聖女を目指してくれるのなら、それが例えどんな結果であれ俺は一つの個性として尊重することが出来ると思う。


 どの【聖女】でも言うような言葉や想いはいらないのだ。

 たとえ甘ったれていたとしても。

 たとえ相応しくないとしても。


 俺は【聖女】として同じことしか言えない奴の方が、よっぽど落ちこぼれだと思うよ。


 ……よしっ。

 やる気出てきた。


「なら俺が君の頑張りを見ててやるよ」


「ほんとですか!?」


「ああ。一人で頑張り過ぎて無理したらそれこそ頼り頼られの本末転倒だろ? だから、俺がお前を見ててやる! 君は君なりに思ったことをやってくれたらいい。必要ならいつでも協力するからさ」


「……! はいっ!」


 意識の問題だから無いとは思うがこの決意でセリシアが過労にでもなるのは本意ではない。

 一人で抱え込むようになってしまったらそれは退化になってしまっているのと同じだ。

 誰かが道を外さないように見守る必要がある。

 それが俺だ。


「――約束が増えましたっ」


 そう思っての言葉だったが、意外にもセリシアの心に響いたようで胸に手を当てて嬉しそうにはにかんでいた。

 こんなことでそこまで喜ばれると、こっちとしてもどんな態度をすればいいのかわからなくなる。


「ま、まあとにかく飯にしよう! いやぁ実は今日の昼が楽しみでしょうがなかったんだよ!」


「あ、そうですね!」


 直視出来ずに目線を逸らすと、そのまま違和感のないようにリュックを地面に置きチャックを開いた。

 もしかしたら唐突過ぎて困惑しているのかもしれないが、残念ながらその表情を伺うことは出来ない。

 俺が出来ることは違和感ありまくりの笑い声を上げるだけだった。


 リュックを漁る。

 ちょこちょこ飲ませてもらっていた水筒二つに、昼食。

 それに汗拭き用のタオルぐらいか。


 特に取り出しにくいとかは無く 布で包まれた箱を取り出した。

 地べたにそのまま座るとセリシアもそれに習って正座しようと腰を落とす。

 いや、待て待て待て。


「俺使わないからこれ地面に敷いてくれな」


「あ……お気遣いありがとうございます」


 さすがにスカートのセリシアが地べたに座ったら膝から下が汚れてしまう。

 シートが無いため簡易的だがタオルを渡すと、セリシアはそれを間に挟むことで汚れずに座ることが出来た。


「簡単な物ですみませんが、たくさん食べて下さい」


 そう前置きをして来たセリシアの言葉を聞きつつ俺は包みを解いて蓋を開ける。

 その箱には、多種多様な具材の入っているサンドイッチがびっしりと詰め込まれていた。

 見ただけで力の入れ具合がよくわかる。

 全て違う具材が入っているのだからそれにかかる労力とコストはかなりのものなはずだ。


「おお……!」


 思わず感嘆の声を漏らした。

 俺はシチュエーションを重視する男。

 森歩きにがっつりとしたお弁当を食べるより片手間で食べられるおにぎりやサンドイッチの方が気分が上がる性分だ。

 ここまで労力をかけて作ってくれたものを簡単で済ますような男ではない。


「いやいや、セリシアはピクニックの風流をよくわかってる! 森歩きの後にはこれが無いとやってられないぐらいだ」


「そう、ですか? それなら良かったです」


 まあ目的はあくまで立地調査であってピクニックではないんだが。

 それも些細なことだろう。


 食材に感謝を込めてサンドイッチを口に含む。

 いつも思うがご飯ぐらい手を抜いたっていいのに、セリシアは何をするにも全力だから感謝しかない。

 あまりの美味に舌鼓を打った俺だったが、それを言葉にしないのは俺の流儀に反する。


「美味いっ!」


「わわっ! び、びっくりしました。まだまだありますので、好きなだけ食べて下さいね」


「ああ、お言葉に甘えるわ」


 なので大声でその美味しさを伝えたのだが、突然過ぎたからか少しずつ食べていたセリシアが驚いたように肩を震わせていた。


 ちょっと感情の機敏が激しすぎるように見えただろうか?

 あんまり慣れていない奴には驚かれることがしょっちゅうあるのを自覚していた。

 だが俺は高めのテンションというのがどうしても長く続かない性格なためこればかりは慣れて欲しいものだ。


 それはともかく、いつも全然体力を使わない手前こういった森道をずっと歩いているとやはり腹の減りが早い。

 具材が多いと言ってもがっつりとした物は入っていないのでかなり早いペースでどんどんサンドイッチが胃の中に入っていった。


 後先考えない子供だったら肉肉五月蠅いんだろうが、大人である俺は違う。

 むしろヘルシーなレパートリーにしてくれたセリシアには非常に感謝していた。


 これからの予定は知らないがどの道いつか教会へと帰る。

 その時にがっつりと食べていたらそれこそお腹が痛くなってしまうこと必至だ。

 まあ肉でなくとも腹いっぱい食べればなるものはなるんだが……俺としてもセリシアにそんな情けない姿見せたくはないしぎっしり詰め込んだと言っても元々の箱がそこまで大きいわけでもない。


「虫がいないのが一番サイコーだな……やっぱ魔素だとか何とかが関係でもしてんのかね」


 森といえば虫という概念が俺の中であるのだが、この森にはどういうわけか羽虫一匹も集らない非常に過ごしやすい環境だった。

 教会を空けるのは難しいだろうが、ここならキャンプをしてみても面白いかもしれないなんてことを思ってみたりする。


 ……いや、それはそれで設営なり用意なりなんなりで面倒くさいのでやはり却下か。

 セリシアには男手として使ってくれたらいいと言う話をしたが、自分から必要のない労働を行うのはナンセンスだ。


「世知辛い世の中だな……しみじみ」


「何がですか?」


「ん? いやみんなでキャンプしてみたいなって思ってさ」


「キャンプ! 私、やったことないです……!」


「……あー」


 やぶ蛇だったかもしれん。

 適当なことを言ったら反応されてしまったので誤魔化したのだが。

 恐らく言葉だけ知っている状態だったのだろう。

 キャンプと聞いてセリシアの瞳はキラキラと輝いてしまった。


 意外とアクティブというか好奇心旺盛なタイプらしい。

 実際二人で過ごしたのはあの三番街の案内以来なので聖女ではないセリシアの素の姿を見ることはほとんどなかった。


 そのため感慨深い気持ちになる。

 彼女がやってみたいというのならこっちとしても面倒くさいという感情よりも協力してあげたいという気持ちの方が強くなる程度には。


「じゃあいつかやろう。この『白銀のサバイバラ―(エウス命名)』と呼ばれた俺の実力を見せる時が来たようだな!」


「はい! また、約束ですっ」


「……おう、約束だな」


 ガン無視されてちょっと凹む。

 まあ見せるのは今じゃないのでスルーするのは当たり前か。


 また約束が一つ増えてしまった。

 約束が増えるのは良いのだが、仮にも聖女にこんな原始的なことをさせてもいいのだろうか?


 ……言った手前言いにくいがこれは厳しいかもしれない。

 聖女がやることを三番街の信者が見逃すはずがない。

 強硬しようものなら信者たちの護衛+三番街のキャンプ祭りが大々的に開催されてしまうだろう。


 まあすぐにやるわけでもないし、未来の自分の判断に期待することにして俺は最後のサンドイッチを口に入れる。


 然したる時間もかかっていないのにもうぎっしりと詰められていたサンドイッチは消失していた。


 それにはセリシアも気付いていたようで。


「そんなにお腹が空いていただなんて……気が付けなくてすみません」


「めっちゃ謝るな……けど君が悪いわけじゃないよ。ただ、観客がいると食べにくかったってだけだ」


「観客、ですか?」


「ああ。美味しい匂いに釣られて一緒にご飯食べたいよ~っつって機会を伺っている……臆病者の家族がな」


 蓋を閉めて布で包み、箱をリュックの中へと詰め込む。

 未だ首を傾げているセリシアに手を差し伸べて立ち上がらせると、俺は辺り一帯の茂みに流し目を送った。


 ――ガサリと、茂みが揺れる音がする。

 それは一つではなく複数、四方八方で蠢き、二人が既に包囲されていることを物語っていた。


「――グルルゥ」


 茂みから出てくる影が見える。

 ゆっくりと警戒しているように姿勢を低くし俺達を睨み付けていたのは、獰猛な獣の一種。


 所謂『狼』の群れだった。

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