第4話(2) 『お互いを頼る関係』
森の案内と言っても、ただの森にわざわざ紹介する程の珍しい物は存在しない。
それに完全に人選ミスだと思うが、俺自身もそこまで森の全貌に詳しいわけではないのだ。
ここの唯一の利点と言えば、魔素がたくさん含まれた素材? がよく採れるとか何とかテーラが言っていた気がする。
だが目利きのない俺がわかるはずもなく、結局のところ森の案内という名のピクニックと化していた。
「ほら、そこ危ないぞ」
「あっ……ありがとうございます」
……まあ、セリシアの体力的に先程出来なかったエスコート的なことが出来ているから俺的には特に問題ないが。
やはりというか案の定というか。
セリシアにこの足場の悪い環境は中々厳しいものがあった。
森道に慣れていないのもあるが、体力もそこまであるわけではないし、リュックも背負っている。
更には従来のドジっ子属性が発動して転倒しそうになるなど散々の有様だった。
通常の道であればへっちゃらな重さも、疲労すれば体感的に重量は倍増する。
なのである程度進んだところでもう一度リュックを持つことを提案すると、やはり厳しかったのか申し訳なさそうに受け入れていた。
結果的に俺の提案したこと全てが達成されたことになる。
なんかすげぇ弱みに付け込んだ気分になるのが何とも言えないが、俺の自尊心は保てたので良しとしよう。
「すみません、私からお願いしたのに足手まといになってしまって……」
ただそれでセリシアの自尊心が傷付くのはよろしくないな。
「何言ってるんだよ。何のために俺がここにいると思ってる。セリシアだって、気楽に俺を頼って良いんだぞ」
と、励ますついでにそんなことを言ってみた。
どうだろうか? どさくさに紛れて受け入れてくれればいいのだが。
「ですが……メビウス君は私以上に頑張ってくれています。子供たちの遊び相手になってくれて、メイト君の稽古までしてくれて……それに、大切な三番街を守って下さいました。これ以上頼ることなんて出来ませんっ」
「え、いやむしろそれしかやってないんだが……そんなこと言ったらセリシアの方がたくさん仕事してるじゃないか。教会の仕事だって、家事だって。それに三番街で聖女としての責務までさ。俺の方こそ君を頼るなんてことおこがましいんだけど」
「そんなこと、聖女として些細なことです!」
「いや、それこそ俺だってさ……」
どうやら俺が怠惰な日々を送っているとかそういうのではなく、むしろ働き過ぎだとこの甘々聖女は言っているようだ。
逆にそれを俺から取ったらこの世界でもただのニートに成り下がっちゃうんだが、この聖女はまさか俺をもっと堕落させるつもりなのだろうか?
真意がわかったのは有難いが、何だか複雑な気分だ。
そもそも俺がセリシアより頑張ってるわけがないのに。
「自己評価が低過ぎないか? 君に救われた人はたくさんいるし、俺だって君に救われたうちの一人だ。むしろもっと俺をこき使ってくれてもいいんだぞ?」
「メ、メビウス君だって自己評価が低いですっ。メビウス君がいなかったらメイト君もあんな笑顔を見せてはくれませんでした。教会も活気に満ちて、全部メビウス君のおかげです!」
「いや、そんなの」
「……む~!」
「いや、あー……」
……むむ。
彼女がここまで主張してくるとは珍しい。
これではいつまで立っても平行線だ。
ていうかなんだ「む~」って。
眉を吊り上げても可愛らしいとしか思わないんだが。
――が、そんなセリシアの姿に弱いのも事実で。
「わ、わかった。じゃあお互い頼り頼られの関係を築こう」
頭を軽く掻きながらたじたじになりつつも最後の抵抗としてそんなことを言ってみる。
「え?」
「一緒に生活してるんだ。お互いに頼らないまま強情でいたら気を遣い続けて息苦しくなっちゃうかもだろ? 子供たちにも変な心配をされるかもしれない。それに、【聖痕】を共有したんだしさ」
「……! 確かにそうですっ」
「力がある俺と、聖女として色んな仕事が出来るセリシア。お互い出来ることが違うんだから、苦手なことはお互いにサポートするべきだ。教会の大人として子供たちの模範にならなきゃな」
とか言いつつ既に俺の堕落っぷりは子供たちにすら呆れられてる始末なんだけど。
まあ俺の場合は反面教師ということで何とか許してもらえたらと思います、はい。
そんな説得力の欠片もない俺の言葉にこの聖女は感激してしまったのか、ぱあっと表情を明るくし大きく頷いていた。
「そうですね。私達が模範にならなければなりません。考えを改めました!」
「ならよかった」
うん。自分自身を貶すのは良くない。
セリシアは相変わらずだが、これが一番丸く収まる提案だと思う。
実際のところ仕事量の観点で言えばセリシアの方が何倍も大きいわけなんだが、量で考える俺と質で考える彼女が対立してしまうのは仕方ないことだ。
結局セリシアが大変だと思ったら協力してもらう体制が一番良いのだろう。
仕事量が多い関係上、子供たちとあまり遊べないことが彼女の中で大きな悩みになっていたのかもしれない。
たかが暇潰しで子供と遊んだだけで感謝されるのも考えものだが、そういったところでセリシアが安心してくれるのならよかった。
「でで、ではっ……手をお借りしてもい、いいですか?」
「……めっちゃ顔赤いじゃん」
「み、見ないで下さいっ……」
早速頼ることを実行してくれたようだが、やはり触れ合うのはかなり抵抗があるらしい。
いつまでも手を取ってくれないのでこちらから握ることにし、ゆっくりとセリシアを歩かせた。
……ガチガチに緊張してるな。
「もうすぐの辛抱だ。着いたら一旦休憩にしようぜ」
「は、はいっ」
歩くことに支障がない以上この場に止まっても意味はない。
それに木々の隙間から見える太陽の位置も良い感じに上へと上がっていた。
あの日はかなり日が傾いていたからぶっちゃけそこまで自信はないが、この風景は見たことがある気がする。
最悪迷ったら無理して進まず引き返そう。
そう心に決めて、俺はセリシアと共に獣道を進んで行った。