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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第一巻 『1クール』
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第3話(8) 『月明かりの陰から』

 月明りが唯一の光源だった。


 ……本当に、甘い。

 本当に甘くて、甘くてまるで溶けてしまいそうだった。


「くふっ」


 教会の敷地は森で囲まれているため、梟か何かの鳴き声が黒髪の男の門出を祝っているように聞こえた。

 少なくともそう思った『奴』は思わず零れ出る笑みを抑えることが出来なかった。


 教会の裏庭では、監視として就いた聖神騎士団の兵士二人が地面に倒れて夢の世界へと向かってしまっている。

 それは一重に、彼らが『奴』……クーフル・ゲルマニカのボディチェックを行わなかったことにあった。


 いや、ボディチェックは確かに行ったのだ。

 少なくともポケット等、隠せる場所に危険物は存在していなかった。


「くふふふふっ!」


 嗤いが止まらない。

 クーフルは昂る気持ちを何とか抑えながら教会の外にある森の中を歩いていた。


 埋め込み式睡眠魔導具。

 クーフルがもし作戦に失敗した際に逃げられるようにと小指の爪の中に埋め込んでいた殺傷能力のない範囲型魔導具である。


 地面に五回、二秒間隔で指を当てることで発動することが出来る。

 一度限りの消耗品のためもう使用することは出来ないので取り外さなければならないのだが、そのおかげで聖神騎士団の監視兵は眠りこうして逃げ出すことに成功したのだ。


 タイムリミットは兵士の交代の時間まで。

 しかし仮に交代の時間になったとしても、この暗闇で包まれた森の中で捜索したとしても見つけることはほぼ出来ないとクーフルは確信していた。


 それに対してクーフルはこれまでの調査によってそれなりに森の中の脱出経路は頭の中に叩き込んでいる。

 万が一にも捕まるようなことはない。


「くふふふふふふふふふッッ!!」


 本当に甘すぎる。

 聖女も、信者も、何もかもが!!


 そもそも『懺悔』を受け入れるぐらいだったら聖女に歯向かおうなど思うわけがないというのに、彼らのような狂信者はどうしてそれでも尚人を信じようとするのか理解に苦しむ。


 しかしそのおかげでこうして逃げ出すことが出来たのも事実。

 殺そうと思えば首を絞めて殺せたものの、あそこで眠った聖神騎士団を殺さなかったのは優先すべきは体勢を立て直すことだと思ったからだった。


 それに、今のクーフルにとって既に大事なのは【聖女の聖痕】ではない。


「ああしかし……本当に本当に本当に本当にムカつきますねあのクソ天使ッッ!!」


 彼の脳内を支配しているのは、あの気取った表情で全てを奪っていった憎たらしき天使一人だけだった。

 憎悪が、クーフルを支配している。

 メビウス・デルラルトという少年は最大の目的であった【聖女の聖痕】を奪い去り、更には闇魔法を使えなくしてきた。


 絶対に許すことは出来ない。


「嬲って、いたぶって、歪ませて泣き叫ばせて! そうして今度はあのクソ天使の持つもの全てをめちゃくちゃにしてやりますよッッ!!」


 あの見下ろして嘲笑するかのような表情がクーフルの頭から離れなかった。

 更に言えばムカつくのは何もメビウスだけではない。


 【聖痕】を共有せず、あまつさえ神判などというクソったれた儀式を行った聖女も、身の丈も理解せず殴って来たクソガキも、魔導具を回収してきたあの女も、全て全て全て全てが憎い。


「……落ち着け、クーフル・ゲルマニカ」


 だが、感情で行動してしまっては自身の教理に反する。

 クーフルは大きく一度息を吐いた。


 目的をはき違えてはならない。

 闇魔法が使えなくなったのは事実であり、今の状況で彼らの人生をめちゃくちゃにすることが出来ないのはよく理解している。


「……そうです。まずは【イクルス】から出て予め用意していた隠れ家へ向かわなければ」


 城塞都市【イクルス】から正規方法以外で外に出るのは困難を極める。

 各番街にある城門から出ないという選択をしないのであれば必然的に城壁を上がらなければならないからだ。


 ……しかし、それ用の魔導具も既に設置してある。

 魔導具店への郵送と言えば確認だけしてすぐに通してくれたこの警備のザルさには呆れしかないが、今回に限ってはそれもこちらとしては有難いこと。


「精々呑気に過ごしてるといいですよ。あなた方の絶望した表情が今から楽しみで仕方ありませんッッ!! あっははは、はははははは――!!」


 今からでも思い浮かべることが出来る。


 子供の泣き叫ぶ声。

 信者たちの阿鼻叫喚。

 聖女の絶望した顔。

 そして……あの天使の命乞いをする姿が!


 気分は上々。

 森の中で足場が悪いにも関わらず、心なしか足取りも軽やかだった。


「――うっ?」


 ……だが、その足。

 その右足の裏太ももに何か軽い衝撃が走ったのを脳がようやく理解する。


 けれどそれが何なのかはわからない。

 若干の痛みがあるものの、特段我慢出来ない程ではない。

 枝でも引っかかったのだろうかと、クーフルはゆっくりとその痛む箇所へと視線を移した。


「……へ?」


 そこには――根本までしっかりと突き刺さった、漆黒の短剣があった。


「が、あああああああああああああ!?!?」


 それを脳が正確に理解した瞬間、クーフルに耐え切れない程の激痛が走る。

 鮮血が噴き出し、身体中の体温を一時的に大きく低下させていた。


 身体が動かない。

 太ももを必死に抑え、悶えのた打ち回りたい程の苦痛がそこにあった。


 なぜなぜなぜなぜなんでなんでッッ!?

 どうしてこの短剣がここにある!?


 そのことをまず初めに疑問を抱いた。

 混乱する思考の中で唯一わかったのは、これが何処からか投げられたということで――!


「人生は選択の繰り返し。いやぁ本当に良い言葉だよな……クーフル」


 静けさのある森の中で、忘れもしない声が耳に届いた。


「あっ、ぁぁ……!?」


 姿はまだ見えない。

 けれど、確かにそこにいるのはよくわかった。

 大量に噴き出る大粒の汗と恐怖がクーフルを支配していた。


「俺には、俺の中でずっと持ち続けてる信念ってのがあるんだよ」


 暗闇で視界が埋まる中きょろきょろと目を血走らせて辺りを見回す。


 ……そして。


「平和を壊そうとする奴には、断罪ってな」


 聖剣を片手に、笑みを浮かべた白髪の天使が、森の陰からゆっくりとその姿を現していた。

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