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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第一巻 『1クール』
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第3話(6) 『チェックメイト』

 妙な感覚だった。

 けれど決してそれが嫌なわけじゃない。

 暖かな気持ちが俺の心を包み込んでくれている気がした。


 繋がっている。

 共有している。

 それを実感として、深く心と心が繫がれている。


 聖女としてじゃなく、たった一人の女の子としてのセリシアの想い。

 みんなを助けたい、みんなを守りたいという気持ちがまるで自分のことのように俺は受け入れていた。


 立ち上がっていた。

 既に俺の中に、障害という障害は存在していなかった。


 痛みはない。

 疲れはない。

 重みさえも。


「《コフィン・グラヴィター》!」


 紫色の魔法陣が展開され、教会は再度重力負荷の世界へと囚われてゆく。

 しかしそれでも、俺とセリシアには何一つ闇の力は通用してはいなかった。


「《コフィン・グラヴィター》! 《コフィン・グラヴィター》! 《コフィン・グラヴィター》!!」


 効かない。

 効くはずがない。


「何故だぁ!? 大魔法だぞ!? 魔族の中でも一握りの天才だけが持つことが出来る特別な闇魔法! 【悪魔】の資格を持つこの私の魔法が、何故効かない!!」


 クーフルは叫ぶ。

 きっと奴がここまで増長した背景には様々な要因があったのだろう。

 事実として、奴は【悪魔】になると豪語しておきながら小賢しい手しか使用してこなかった。


 重力操作が効かないとわかったなら攻撃魔法の一つや二つ撃ってくればいいだけだというのに奴は馬鹿の一つ覚えかの如く同じ魔法を何度も繰り返している。

 そして大層な短剣を持ってはいるが、その扱いは熟練した戦士のそれではない。


 だからこそ評価する。

 今の奴は、小物だと。


「残念だったな、クーフル」


 元々勝てない相手ではなかった。

 しかしああいった小細工が実際に俺達を危機的状況に陥っていたのも事実。

 奴がいちいち変なことに拘っていなければきっと俺達はセリシア以外早々に殺されていたはずだ。


 死ぬのは一瞬だ。

 それと同じように、形勢が逆転するのもまた一瞬なのだ。


「今の俺に、闇の力は通用しない」


 そしてその逆転とは、一重に俺が重力操作の効果を受けない【聖神の奇跡】を保有しているからに尽きる。

 いや、神の力ではない。


 【聖女・・の奇跡】の効果を共有していた。

 左手の甲に印された刻印が黄金に輝いていた。


「【聖痕】を狙った理由が何となくわかったよ。他より劣ってる自分が【悪魔】になるには、神に擦り寄った方が手っ取り早いもんな」


「――ッッ!! 黙れッッ!!」


「残念だが……俺はお前よりももっと強い魔族を知っている」


「――ッッ!」


 地を駆け、振り下ろした漆黒の短剣をセリシアと手を繋いだまま庇うように前に立って聖剣で弾き飛ばす。

 そしてよろけたクーフルの鳩尾を狙ってつま先をめり込ませるように蹴り飛ばした。


「ごふっ――!」


 体勢的にそこまで勢いは付けることが出来なかった。

 だが戦闘経験がそこまで多くないであろうクーフルは攻撃を急所から外そうとせずそのまま地面へと叩き付けられる。


 当然だ。

 メイトでさえ足止めすることが出来たのだ。

 セリシアにもメイトにも、ここまでしてもらって無様に負けるわけなどいかない。


 ガルクよりも弱い魔族に、負けるわけにはいかないんだ。


 ――そのために、この力を使う。


 右手に持つ聖剣を強く握る。

 聖剣ノングラサーは目の前の魔族に反応するかのように聖なる光を纏わせていた。


「俺の聖剣は、人を斬ることも獣一匹倒すことも出来ない、剣としてナマクラだと言われても仕方がない代物だ。こんな剣で誰かを守ろうだなんて大層なこと、俺は昔から考えてなんていなかった」


「……は?」


 何を言ってるんだって思ってるんだろうな。

 だが大事なことだ。

 特に魔族にとっては死活問題の可能性だってある。


 だから、お前の未来を耳かっぽじってよく聞いておけ。


「考えていたのはたった一人の魔族を殺すことのみ。……この剣は、闇の力そのものだけを斬ることが出来る聖剣だ。お前の魔力だけを――斬ることが出来る。魔族としての死の瞬間を、しっかりと味わえよ」


「…………っっ!?」


「ジャッチメントだ。もうお前は二度と闇魔法は使えない。投降も降参も許さない。この教会に手を出した自分を恨んで、無様に散っとけ小物野郎!」


「ふざっ、ふざけるなあああああ!!」


 ふざけてなんかない。

 天界時代、学園卒業時の卒業記念品で自分だけの聖装を選べた。

 『聖剣・聖槍・聖拳』……色々あったが、俺は唯一魔族特攻のあったこの聖剣を真っ先に選んだんだ。


 聖剣ノングラサー。


 結局そもそも俺自身がガルクを斬るなんてレベルではなくて呆気なく殺されてしまったわけだが、それでも俺はこの聖剣を選んでよかったと心から思う。


 刃が無いというだけで、人を殺さない自分を演じることが出来るから。


 聖剣に光が灯る。

 その光はセリシアが使う奇跡や祝福と非常に酷似していた。

 剣に宿った光はやがて刃の形を成し、目の前の闇の力に反応してより輝きを増している。


 クーフルが跳んだ。

 膝を立たせ、自身の唯一誇れるものすら無くそうとしている脅威から解放されようと、拙い刃を大きく振るいながら突貫した。


「私はッッ!! 【悪魔】の名を手に入れなければならないんだッッ!! 力とッッ!! 欲望に満ち溢れた世界を私の物にしなければならないんだッッ!! 神の力を我が物にして、貴様も、そこのガキも全員殺してやるッッ!!」


 繋いだ手を放し、左腕でセリシアを抱き寄せる。

 ビクっと、セリシアの肩が震えた気がした。


「【聖痕】をッッ!! 返せええぇッッ!!」


「……なんだ」


 漆黒の短剣が大きく振るわれる。

 聞くに堪えない狂言はむしろ俺を冷静にしてくれるのに一役買ってくれていた。

 【悪魔】に魅入られてしまっている魔族のコイツを、俺はどんな目で見ていただろうか。


 ただ言えることは……愚かだなと、そう思ってしまったのは確かで。


「何もかも欲しいだなんて……()()()、『よくばり』なんだな」


「………………ぁ」


 やけに腑抜けた声と顔が記憶に残った。


 聖剣が縦に振るわれる。

 光の刃は大剣のように呆けたクーフルに降り注がれた。


 人体に影響はない。

 いや、打撃の激痛はあるだろうが問題はそこではない。


 魔力が、砕けた。

 否、叩き壊した。


 光の刃は確かにクーフルの中に宿る魔力の器へと衝突し、粉々に砕け散らせていた。

 器の無くなった闇の魔力が勢いよく飛び出す。


「――――!!」


 ――そして、『人間』のクーフルはまるで力が入らなくなったかのようにその場に倒れた。


 闇が払われる。

 裁きの力はクーフルの存在意義すらも払い、審判を下したのだ。



――



「あはっ」


 しかしそれでも尚、クーフルの喉奥から笑みが零れる。

 零れたものが溢れ出したかのようにクーフルは笑い続けていた。


「あはははははははッッ!! 意味がない! まるで意味がないぞ天使ッッ!!」


「……」


「私を倒したところで意味がない! 魔力を失った? だが貴様たちもたくさんの命を失う!! 私を倒したところで《カース・トラジディ》の効果は切れない! じきに! じきに!! 全員が衰弱死することになる! 貴様らも多くのものを失うことになるッッ!!」


 確かに重力操作の効果は切れているようだが、依然として地面に横になっているメイトが行動を起こすような気配はない。

 例え本人の魔力を破壊したとしても、魔導具に注入した魔力が無くなるわけではないからだろう。


 あと数時間もしたら……全員が、死ぬ。


「引き分けなだけだ! 負けてない!! いや、貴様らの負けだ!! 私が! 勝っているッッ!!」


 確かにそうだ。

 この場限りの話なら、確かにクーフルが魔力を失うことより三番街の住民全員が死んでしまう方が俺達の負けになる。


 クーフルを倒せても結局大事なものすら守れない、無様な天使が誕生してしまう。

 ……けどな。


「いたぁー!!」


 戦ってるのは俺だけじゃない。

 こっちには今日会ったばかりの、頼れる天才魔法使い様がいるんだよ。


「聖女様~!! 結界開けてくれへんか~!?」


 ……と思ったが、何かに激突するような音がした後、聞き覚えのある少女の腑抜けた声が聞こえてくる。

 あまりに緊張感のない声が聞こえてくるものだから、何だかこちらの緊張までほぐれてしまいそうだ。


「セリシア。テーラが来たから結界を解いてやってくれ」


 しかしテーラの声質的にほぐれても構わなそうなので、俺は抱き寄せているセリシアへと声をかける。


 ……だが返答がない。

 そういえばあれからセリシアの声を聞かずに話を進めてしまったし、何なら魔族を殺すってことも言ってしまった。


 これはもしかして【聖痕】を共有したことを後悔しているのではないか。

 そんな不安を抱きつつ、俺はゆっくりと彼女の顔色を伺った。


「ぁ、ぁぅ……」


 ……赤面していた。

 顔が真っ赤で硬直してしまっている。


「セ、セリシア?」


「は、はひっ」


 呼びかけたことに対する返答も固く、

 そういえば彼女は聖女で、今までスキンシップ的なものをされたことがなく手を握っただけで顔を真っ赤っかにしていたことを思い出す。


 ……んーこれはやっちまった。

 ていうか今日の俺は動き回ってたから汗臭いかもしれん。


「あ、す、すまん」


「ここここここちらこそすみませんっ! す、すぐに開けて来ます!」


 ……行ってしまった。

 どうやらテーラだけでなく、俺達も同様に緊張感がなかったらしい。

 そして慌てていた影響ですっころんで、それを【聖神の奇跡】によって守ってもらっている姿を見てしまう。


 ……大丈夫か、あいつ。


「意味がないッッ!! まるで意味がないッッ!! 幸せも何もかも、どうせすぐにぐあっ!?」


 セリシアが見ていないので、ごちゃごちゃ五月蠅いクーフルの鳩尾を今度はしっかり狙って蹴り上げ、黙らせておく。

 そしてクーフルが呻く姿をしばらく眺めていたが早々に飽きたのでそういえば先程から動く気配のないメイトのことを思い出しすぐに視線を教会の壁側へと向ける。


 ……横に倒れているメイトの肩はゆっくりと動いている。

 どうやら最悪な展開になっていた、というわけではないことにひとまず安心してしまった。


 音を立てないように気を付けながら近付いて、メイトの表情を伺う。


「……なんだ、寝ちゃってるのか」


 メイトは、まるで憑き物が取れたかのようにあどけない表情で夢の世界へと訪れていた。

 ホッと小さく息を吐く。

 メイトの、子供らしい姿を初めて見ることが出来た気がした。


 この子が寝てしまうのも仕方ないだろう。

 こうやって危機的状況下でも飛び出せる程の根性を持ってはいるがまだ12歳の小さな子だ。

 時間だってもう真夜中に近く、いつもだったら既に寝てしまっている時間帯だろう。


「セリシアを守ってくれてありがとな。お前のおかげでセリシアだけじゃなく、俺も助かった」


 起きていたら怒られるかもしれないが、軽く頭を撫でる。

 セリシアの【祝福】のおかげで見える限りの傷は癒えているが、受けて来た痛みの記憶が無くなるわけではない。


 こんな小さな子が、理不尽な悪意によって傷付けられたんだ。


「……」


 沸々と、地面に倒れているクーフルに明確な殺意を抱いてしまう俺がいた。


 ……殺してしまおうか。

 今ここで。


「お~いじぶ~ん!」


「……っ!」


立ち上がり、無表情のままクーフルを見続けてしまっていた気がする。

そんな俺の沈黙を破ったのは、小走りでこちらへやってくるテーラとそそくさと俯きながらついて来るセリシアだった。


 慌てた様子を見せないよう気を付けながらクーフルから距離を離す。

 テーラはセリシアの様子を気にしているらしくちょこちょこと後ろを確認してはいるが、やがて俺の隣へとやってくると耳打ちで疑問を問うてきた。


「……なんか、聖女様めっちゃ顔赤いけど大丈夫なん?」


「……大丈夫だろ、多分」


 それに関しては純情な聖女様の扱いには気を付けることに決め、一旦放置。

 それよりも重要な役割の成果をまず聞きたかった。


「テーラの方はどうだった?」


「ん! 当然うちがやるんだから完璧に決まっとるやろ? ほれ、見てみ! 全部で6つ。回収完了や!」


 そう言ってテーラが持っていた大きめの袋から取り出したのは大熊のうなじに取り付けられていた物と形状がかなり酷似している魔導具だった。

 綺麗な紫色だったであろうクリスタルはくすみ、既に魔力が失われていることをありありと示していた。


 それが6つ。

 さすがに何か回収漏れがあったとか言われたら最悪な展開に逆戻りなのだが……


「…………ッッ!?!?」


 クーフルの表情を見る限り、仕事を完璧に成し遂げてくれたようで本当に頭が上がらなくなってしまう。

 テーラは自身満々にV字にした指を俺へと突き付けていた。


「ミッションコンプリートや。ぶいっ!」


「マジで助かった。さんきゅ、テーラ」


「ん! 自分も自分の仕事は終わらせたようやね」


「まあな」


 テーラに比べればこっちの仕事なんて微々たるものだ。

 クーフルという男は誤算さえなければ確実に目的を達成出来ていたであろう大物のはずだった。

 仮にテーラが様々な問題を解決したとしても、教会にセリシアの許可がいる以上クーフルが素直に入れさせるとは思えない。


 だから誰もクーフルを倒すことは出来なかったはずだ。

 ……唯一結界を通り抜けられる、俺という誤算さえなければ。


 俺という誤算が来た以上、戦闘出来ないクーフルの負けはほぼ確定だっただろう。

 まあ【聖痕】を共有してもらえなかったら動けなくて負けていたんだが。


 どこまでも大物で、どこまでも小物。

 それが俺の思うクーフルの評価である。


「と、いうわけでだ」


 だからもう、終わりにしよう。

 チェックメイトだ。


「お前の企みは、全部俺達が潰した。お前の人生も終わらせた。【悪魔】になることは出来ない。……俺達三番街の、勝ちだ」


「く、くぅ……!」


  そう言ってようやく、忌々しげに俺を睨み付けながら……クーフルは全身を脱力させて降参の意を示したのだった。

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