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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第一巻 『1クール』
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第3話(5) 『神は信じられないけど』

 これは、マズい。

 非常にマズい。


 現在進行形で俺は地面に突っ伏し、まるで地面と身体が磁石で引き合っているかのように動けないでいた。


 俺はこれを見たことも、受けたこともある。

 あの日……天界でようやくガルクを見つけた時の重力の力と同じだった。


「く、ぐっ!」


 動けない。

 立ち上がれない。

 全身に膨大な負荷がかかっているのを感じる。

 俺の腕力が魔法に打ち勝つことはなかった。


 天界の時は万全の体制とガルクを見つけたという復讐心から立ち上がることが出来た。

 だが今の俺は三番街の住民の救助や大熊との戦いでかなりの体力を消費している。


 そんな中での重力魔法。

 きっとこれも闇魔法の一種なのだろう。

 当然のことながら今の俺ではこの魔法に抵抗することなど出来ず完全に完封されてしまっていた。


 範囲的に、恐らく教会にいる全ての人間が同じ重力を掛けられているはずだ。

 壁に寄り掛かっていたメイトも結局再度地面に突っ伏してしまっていて、闇魔法の効果を受けていないのは使用者のクーフルとセリシアだけとなった。


 セリシアは魔法を受けたという気持ちがないので突然の俺達の様子に理解が追い付かず、きょろきょろと辺りを見回している。


「おやおや。さっきまで威勢ばかり強かったお方がこんなとは、一体どうしたと言うのでしょう? まさか! 口だけで私に勝とうとでもしていたのでしょうか!? これは滑稽だ!」


 嗤い、這いつくばる俺をクーフルは見下ろす。

 確かにそうだ。

 これでは俺が助けに来たという結果ではなく、人質が一人増えただけだと思われても仕方がない。


「『聖神ラトナ様……どうかこの者に、癒しと安らぎの祝福をお与え下さい』……!」


 傍にいたセリシアが心配そうにしゃがみ込み、俺へ祝福を掛けてくれた。

 だが暖かな光のベールが俺へと掛けられても、その光はすぐに彼方へと消えていってしまう。


「――っ」


 きっとセリシアは以前もこうやって祝福を試してみたのだろう。

 だが依然として俺が神の力の恩恵を受けることはない。


 当然だ。

 俺は、神を信仰してなどいないのだから。


「『聖神ラトナ様……どうかこの者に、癒しと安らぎの祝福をお与え下さい』!」


 何度祝福を授けても、効果が現れることはない。


「どうして、どうしてっ……」


「……」


 わからないだろうか。

 わからないんだろうな。

 たとえ俺の気持ちがただの八つ当たりだったとしても、実際に神の助けを常に受けている子に、俺の気持ちなんてわからないだろう。


 こんな状況でも尚、神を信じることは出来ない。


 助けられる力があるのに。

 あの日……神に仕えることを使命としている天使が窮地に陥っていたというのに、神サマは一切手を貸してはくれなかった。


 聖女がいたら、手を貸してくれていたとでも言うのだろうか。

 そんなの、都合が良いにも程があるだろ。


「無駄ですよ、聖女。彼は天使として落ちぶれてしまっている。魔族の私にはわかります。彼は神に強烈な憎悪を抱いていると! 本当に滑稽です! 最初は天使だと思って警戒していましたが……神に慈悲をかけられない天使が一体何処にいると言うのでしょう!」


 そんな天使はきっといない。

 天使とは、信者の人間よりも深く神の祝福を受けられるべき神聖な存在のはずだ。


 天使を嫌悪している魔族のクーフルにとって、俺という異質な存在はさぞ面白いことだろう。


「翼もなく光輪もなく、神の遣いとしての祝福も受けられない! こんな場面でも聖女を守護出来ない愚かな天使が存在しているとは……なんと素晴らしいことか!」


「……《ラーツ》」


「――――ッッ!?!?」


 高々と嗤うクーフルに向け、雷魔法《ラーツ》を放つ。

 天空から巨大な雷鳴が轟き、轟音と共にクーフルのいる場所へと落雷した。


「……ま、まさかそんな攻撃があったとは。少々驚きましたよ、全く」


 だがやはり魔族は魔力の流れが人よりもわかるのかすんでの所で回避され、クーフルのいた場所に大きな焼け跡が残るだけだった。


 内心舌打ちする。

 そのまま油断していてくれれば今ので殺すことが出来たのに。

 もう魔力はほとんど残っていない。

 それほどまでに《ラーツ》の魔力消費量は大きかった。


「その魔法、初めて見ましたよ。天使が特別扱いされているのは気に入りませんが……しかしそれは一度狙いを定めたら一点に撃ち込むだけの動く敵には通用しない魔法のようですね。であれば対処は簡単です」


「……はっ。語るなよ、雑魚」


「……」


 確かにクーフルの言う通りだ。

 《ラーツ》は小型の生物に放つ魔法ではないと俺も思う。


 ただ、あまりにも五月蠅いからボソッとそんなことを言ってみた。

 ただの虚勢だ。

 別にこの状況を打開出来る作戦なんかではない。


「……はあ」


 小さく、クーフルはため息を漏らした。

 奴の殺意が膨れ上がるのを感じる。


「……セリシア」


 俺は無意識に、彼女の名前を呼んでいた。

 既に俺はこの状況の打開策を考えてなどいなかった。


「お前だけでも、逃げろ」


「……え?」


「お前の【聖神の奇跡】があれば、どんな状況であれクーフルは手を出すことが出来ない。聖女としてのお前の役割を考えてみろ。人は幾らでもいる。今は辛くても、悲しみはいつか……風化する。でもその【聖女の聖痕】って奴は取り返しのつかないものなんだろ……? だったら、多少の犠牲を払ってでもその力を守るべきだ」


 ああ、カッコ悪い。

 何言ってるんだ俺は。


 颯爽と現れて、これで解決するときっとセリシアは思ったはずだろうに。

 結局提示した提案はたくさんの犠牲を生む変わらない未来だった。

 悪化はしていないものの、俺が来たところで状況が変わることはなかった。


 結局、俺がしたことなんて奴を一発蹴って挑発しただけ。

 なんてちっぽけなものなんだろうか。

 セリシアも失望したに違いない。


「そんなことっ……出来ませんっ!」


 彼女ならそう言うだろうと思っていた。

 でもそれが最善なんだ。


「……それは困りますね。人質が意味を成さなくなったら、こちらとしても【聖痕】を渡してくれるよう仕向ける方法が無くなってしまいます」


 そうだ。

 クーフルの言う通り、人質を人質とさえ思わなければこの交渉は破綻する。

 無理矢理奪うことが出来ない以上、常に決定権はセリシアの方にあるんだ。


 きっと三番街の信者だってそれを望んでいる。

 恩を返す時は今だと、喜んで命を差し出してくれるはずだ。


 ……うん、そうだ。

 そうしたらハッピーエンドにはならなくても、ノーマルエンドぐらいにはなるはずだ。


 身体は動かない。

 《ラーツ》も避けられてしまった。

 他にこの状況を打開出来る人間はこの場にはいないし、既に詰んでしまっているのが現状だ。


 セリシアは俺の傍の地面に座り込んでしまい、悲しそうな目を俺へと向けている。


 ……そんな顔、しないでくれ。


「しかし、そこの天使は良い提案をしてくれました。ではまた聖女に問いましょう。あなたは『【聖痕】を渡さずに一人逃げる』か『【聖痕】を渡す』か……さあ! 選んで下さい!!」


「私は……」


 またしてもクーフルに選択を強要される。

 だが今回に限って言えば、片方は必ず失わずに済む選択肢だ。

 聖女ならどれがより大事かわかるはず。


 ……きっと、神に仕える者として生きていることに誇りを持っているセリシアならきっと。


「【聖女の聖痕】を……あなたと共有します」


「……は?」


 きっと最初の選択を選んでくれると、そう思っていたのに。

 俯いて、ぎゅっと俺の袖を掴むセリシアは……泣いていた。


「私は、信者の方々も、子供たちも……メビウス君だって失いたくなんかないんですっ……!」


 嗚咽を漏らし、零れ落ちる涙を拭くことなくセリシアなりの精一杯の睨みが俺の瞳へと深く侵入した。


 怒っているのだ。

 自分の命よりも神サマ同様見たこともないはずの【聖痕】を簡単に優先した俺に対して。


 心臓が潰されるかと思った。

 セリシアから目が、離せなかった。


「――――」


 ……何やってんだよ、俺は。


 優先順位を決めるものじゃないって、今日気付いたはずだろ。

 それでまたどうしようもないことだって諦めて、セリシアを泣かせて……何のために今日頑張ってきたというのか。


 セリシアが何のためにああも一人で頑張って三番街のみんなを助けたというのか。

 それを無碍にしてまで聖女としての自分を優先する女の子じゃないって、いつになったら気付くんだよ。


「ギャハハハハハハハハハハッッ!! ようやく選択してくれましたね聖女サマぁ!! 【聖女の聖痕】を手にさえすれば、私は遂に邪神の力をも手にすることが出来る!! あぁそうすれば、私は魔族をも超え、欲望の限りを尽くす【悪魔】の名を手に入れることが出来るのですッッ!!」


 クーフルが狂乱する。

 それは酷く醜悪で気持ちの悪いものだった。


 聞くに堪えない。

 耳を塞いでしまいたい気分だった。


 ……それでも。


「私も! あなたも! あなた方さえも!! ……『人生は、選択の繰り返しだ』」


 その言葉だけは妙に俺の心に何の障害もなく入ってきた。


 そうだ……こんな奴に、聖女として生きてきたセリシアを利用されるわけにはいかない。

 仮に彼女が逃げたとしてもきっとクーフルは何度もセリシアを追い、同じことをするだろう。


 セリシアが諦める、その日まで。


 そうなってしまった時、一体誰がクーフルを止める?

 一体誰がセリシアを守ってくれるんだ。


 ……ここでやるしかないだろ、メビウス・デルラルト。

 ここでコイツを殺さなきゃ、こんな輝いた女の子の人生を地獄に変えてしまうんだぞ。


「さあ聖女様、私に。この私に! 【聖女の聖痕】をお与え下さい!!」


「……はい」


 セリシアが立ち上がる。

 ゆっくりと。

 そして、隠そうとしているが身体が震えているのがわかった。


 クーフルのもとへと向かう。

 セリシアの表情を見たのだろうか。

 クーフルは彼女が選択をしたことで支配欲が満たされたからか満足そうに笑みを浮かべていた。


 ……俺は、気付いたら。


「セリシア」


 彼女を、呼び止めていた。


 セリシアが振り返る。

 彼女は、寂しそうに笑っていた。


 ……ああ。

 あれは覚悟を抱いた瞳だ。

 あんな華奢でドジっ子で、それでもみんなを助けたいと願って頑張って、こんな俺のために覚悟を決めてくれた女の子の目だ。


 そんな女の子が覚悟を決めているというのに、俺は覚悟も持てないというのか。


 ――否。

 今、ようやく覚悟が決まったよ。


「……俺は神を信じることは出来ない。むしろ、神に恨みを持っているような男だ。天使の風上にも置けないし、堕落して落ちぶれて、君にとって何一つ有益なものを持っていないような男だ」


 こうして地に這いつくばって、守りたいはずの女の子にこんな醜態を晒してしまっている。

 そんな男だ。


「それでも。それでも良いって言ってくれるのなら」


 そんな男でも、君は受け入れてくれると言うのなら。

 俺の手を、取ってくれると言うのなら。


「俺は神でもなく、聖女でもなく……君を信じることは出来る。だから!」


 顔を上げる。

 しっかりとセリシアを見つめていた。

 目は逸らさない。

 視線すらも、逃げるわけにはいかないのだから。


「――俺と、【聖痕】を共有してくれないか。セリシア」


「……っっ!!」


「……はあ?」


 地に突っ伏しながらこんなこと言うなんて、カッコ悪すぎると自分でも思う。

 だからこそ言おう。

 こんな俺でも良いのならと。


 ――何かを呑み込む音が聞こえた。

 外野の声なんて、今の俺の耳には入らない。

 セリシアは目が潤うのを必死に拭いながら、不安そうに視線を向ける。


「神様を、信じてはくれないのですか……?」


「ああ。神サマを信じることは出来ない」


「聖女を、信じられませんか……?」


「……ああ。神の遣いと同列にはなりたくない。俺自身が、その役割から逃げたから」


「それならっ……」


 それならと。

 ぎゅっと胸に持っていっていた両手を握り、セリシアは想いの丈を吐き出すように震えた声で俺を見た。


「私を、信じてくれますかっ?」


 不安そうな目で俺を見ている。


 ――答えは、変わらない。


「――うん。俺は、他の何にでもない。セリシアっていうちょっとドジで輝いている、そんな女の子を信じるよ」


「……!」


「だから……『選択』するなら、俺を選べ!!」


「~~~~っ!! ……はいっ。はいっ!」


 セリシアっていう、たった一人の女の子なら信じることが出来る。


 彼女は止まらない涙を流しながらも、俺が望んでいた嬉しそうな笑みを向けてくれた。

 それだけで救われた気持ちになる。

 小さく、笑みを浮かべてしまう。


「『神よ。神聖なる魂を司る聖神よ。我は聖女セリシア。【聖女の聖痕】を所有する者』」


「……ちょっと。待って下さいよ。ま、まさか!? まさかそんなことするはずがありませんよね!?」


 セリシアは祈り、天から神秘的なオーラがセリシアを包み込んだ。

 クーフルが吠える。

 驚愕した様子で俺とセリシアを交互に見て、この祈りは自分に捧げられているのか否かと状況をすぐには呑み込めないようだ。


「『神の遣いとして生を受けた聖女として、聖女のために命を捧げると誓う者を選びます。彼の者に、神の力を共にすることをお許し下さい』」


「――ッッ!! ふ、ふざけるなああああああああ!!」


 そしてようやく状況として、【聖女の聖痕】の儀がクーフルではなく俺へと向けられていることに気付いたのだろう。

 漆黒の短剣を手に持ち、クーフルは地を蹴って俺へと狙いを定めた。


「『名は――』」


 逆手に持たれた短剣が振るわれる。

 振り下ろされた刃の矛先は俺の心臓へと向けられていて、今にも肉を切り裂き鮮血が飛び散ろうと空を斬り裂いていて。


「『――メビウス』」


 ――その刹那、漆黒の刃は俺の身体を貫く直前で神秘的な壁によって防がれ、クーフルは身体ごと弾かれた。


「……ええ?」


 クーフルの、やけに腑抜けた呆然とした声が耳に届く。


 神秘的な輝きに包まれながらゆっくりと俺は立ち上がり、俺を見上げるセリシアに微笑を浮かべたあと。


 俺は、彼女の右手を取って。


「悪いな、小物野郎。……【聖痕】は、俺が貰っちまったよ」


「き、貴様ああああああああああ!!!!」


 クーフルを見下すように俺の左手の甲とセリシアの右手の甲に印された、金色に輝く刻印を見せ付けた。

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