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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第一巻 『1クール』
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第3話(1) 『聖女の想い』

 三番街の教会、【セリシア教会】。

 テーラの活躍もあって、三番街の住民たちは皆少し落ち着いた表情を浮かべていた。

 まだ全員立ち上がることどころかまともに喋れない人もいるものの、全員生きているという事実がセリシアに安心感を抱かせている。


 全部メビウスとテーラのおかげだ。

 セリシアは住民全員に配るための暖かいスープを作りながら内心安堵の気持ちを抱いていた。


 もしも自分一人だけだったら。

 そう思うとゾッとする。


 実際のところセリシアとテーラは今の今までほとんど会話らしい会話をして来なかった。

 聖女であるセリシアが街へやって来てもテーラが進んで家から出てくるわけでもなく居留守を決め込んでいるからであるが、セリシアにとって彼女がここまで魔法を使うことの出来る人間だということも知らなかったのだ。


 だから今回の件、きっと自分一人だけだったらテーラを頼ることはなかったとセリシアは思う。

 そしてきっと、自分一人だけではたくさんの人の命を失ってしまうということも。


 全部彼のおかげだ。

 とても珍しい白髪で、ちょっとだらしないけれど何処か信じさせてくれる男の人。


 彼が来てから毎日はとても変わっていったと思う。

 最初は心配していたけれど、子供たちと仲良くなって三番街の住民とも友好な関係でいられるようにと努力してくれている。


 そして今まで誰も結界を通り抜けられなかったのに、軽々と通り抜けてしまった神に選ばれた男の人。

 それは聖女という存在にとって何よりも重要なことだった。


 そしてセリシア個人としても、生まれて初めて自分の名前を呼んでくれた男の人だ。


 テーラから聞いた。

 今、彼は三番街を襲う怪物からみんなを守るために必死になって戦っていると。


「……っ」


 それを思い出した瞬間、スープをかき混ぜていた手を止めてしまった。


 途端に不安になってくる。

 もしもまた最初に出会った時のような大怪我をしてしまっていたら。

 そう思うと不安でたまらない。


 死んでいるかと思った。

 血だらけで、ビクともしなかったからもう助からないかと思った。


 でも生きていた。

 だから必死に看病した。

 子供たちにも多大な苦労をかけてしまったと今は猛反省している。


 意識を取り戻してからも心配が絶えなかった。

 少し動いたらまた傷が開いてしまうかもしれない。

 生きていたのすら奇跡なのだ。

 完全に傷が塞がるまでは、何もさせるわけにはいかなかった。


 しかし三番街に行ってから、彼は素っ気なくなってしまったと思う。

 何処か距離が出来てしまったとセリシアは感じていた。


 でも聖女だから彼の意志を尊重するべきなのだと、何とか呑み込むことが出来た。


 そして……非教徒も説得してくれて、こうしてメイトすら見つけ出してくれた。


 多大な恩があった。

 けれど同時に返せるものが何一つなかった。


 今も、身を挺してみんなを守ってくれている。


「メビウス君が帰ってきたら、今度こそきちんと休ませましょう。メビウス君の好きな食べ物はなんでしょうか……?」


 スープ作りを再開しながら、セリシアはそんなことを考えてみる。

 住民を全て送ってくれたテーラも彼の手伝いに行ったからきっと大丈夫なはずだ。


 『私が出来るのは、帰りを待っていることだけ』。

 せめて帰って来て良かったと思ってくれるような場所でありたいとセリシアは思う。


 テーラから聞いた。

 この異常事態は森に設置されてあるであろう魔導具によって引き起こされているのだと。

 それさえ破壊してしまえば三番街の住民たちの苦しみは無くなるのだと。


 結界に入っていることによって全員の苦痛は和らいではいるが、実際の所衰弱は徐々に進んで行ってしまっている。


 結界は病を治療するわけではない。

 あくまで聖女を保護するための副次的効果で闇魔法が軽減され住民たちの苦しみが和らいでいるだけだ。

 このままでは遅かれ早かれ命を失ってしまう人が出て来てしまうかもしれない。


 『聖神の祝福』による治療を行えば一時的に全快させることは出来るだろう。


 だが短時間で全員を回復させることは不可能だ。

 聖女自身ではなく、他者を治療することが出来る『聖神の祝福』には軍事的な利用がされないように聖神ラトナによって使用回数に大きな制限が掛けられている。


 そのため半日後には衰弱死してしまう住民たちの中から数人のみを選出することは聖女として絶対に出来なかった。


 それはたとえ教会の子供たちがいたとしても、だ。


「……」


 本当に、これでいいのだろうか。

 メビウスに励まされても尚、セリシアは自身を聖女として相応しい人間だとは思えなかった。


 期待しているのだ。

 メビウスとテーラが、タイムリミットまでにこの異常事態を解決してくれることを。


 そして選ばなくて良いようにしている。

 三番街の住民たちの中から治療する人物を絞ってしまうことによって、個々に優劣が付けられることがないように。


 他の聖女ならもっと上手く出来るはずなのだ。

 それを、セリシアは『誰も選ばない』という最悪の選択を行おうとしている。

 自分以外の全ての住民を、見殺しにしようとしている。


「……っ」


 スープをかき混ぜていた手を、完全に止めてしまった。

 今自分の行っていることが、酷く醜いものに見えたから。


 聖女として、解決するという可能性を信じるべきだ。

 だから大丈夫なはずだ。

 選ばなくても、信じたという結果が神の遣いとして何よりも大切なことだと『聖書』にも記載されていた。


 だから……

 だから……


「――大変です聖女様!」


「――っっ!?」


 突然背後から響いた声にセリシアの身体は大きく跳ねて、慌てて後ろを振り返った。

 するとそこには焦ったような表情の、この世界では珍しい漆黒の髪を持つ青年が入口の前に立っている。


 彼はメビウスとテーラが教会から出た後少しして自力で教会まで辿り着いた方だ。

 三番街では見たことがないから恐らく二番街か一番街から観光に来た人なのだろう。


 この病に多少の耐性があるようで、苦しそうにしながらも歩いて来た彼。

 先程メビウスとテーラに会って『教会に保護してもらえ』と言われたそうなので、こうして教会内に招待したのだ。


 そんな彼が慌てている。

 その緊張感がこちらにも伝わって来て、台所の火を止めて近付いた。


「どうしましたか!?」


「庭の方で症状が悪化した人が一人います! このままではあと数十分もしないうちに衰弱死してしまうかもしれません!」


「そ、そんな……!? す、すぐに向かいます!」


「こちらです! ついて来て下さい!」


「わかりました!」


 遂に恐れていたことが起きてしまった。

 心臓が一気に跳ね上がったのを感じる。


 青年の案内のもとリビングから出て、礼拝堂の表口ではなく裏口から外に出た。

 先に通してくれたので有難く裏庭へと入る。


 しかしきょろきょろと辺りを見回すが、それらしい人物は見当たらなかった。



 ――裏口の扉が、固く閉じられる。



「あのっ、その人は一体何処にいるんですか……!?」


「……ああ、いませんよ。そんなの」


「……え?」


 一瞬聞き間違いだと思った。

 ゆっくりと後ろへ振り向く。

 黒髪の青年はニコニコと笑みを浮かべながら一歩、また一歩とセリシアへと近付いてくる。


 ……セリシアは、本能的に身を引いていた。


「いやぁ、まさかこうも上手く行くとは思いませんでしたよ。やはり三番街を標的にして正解でした。全土どの聖女でも構わないなんて、聖神ラトナとはなんて愚かな神なんでしょう」


「え……? えっと……??」


「ですが驚きました。まさかこんな辺鄙な場所を【天使】が守護しているとは。気付かれなくて本当に良かったです。念には念を入れて森の中で偶々見つけた臭く汚い獣を利用した私には敬意を賞したいものですね」


「……っ?」


「……おや、まだ状況がわからないと見える。純粋過ぎるのも嫌になりますね。まあそのおかげでこうして簡単に侵入出来たのですが」


 未だセリシアは状況を呑み込むことが出来ずにいた。

 ただわかることと言えば、神を侮辱されたことと何か取返しの付かないことをしてしまったのではないかという言いようのない不安だけで。


 引っ込みそうになる声を喉から引っ張り出し、困惑した様子でセリシアは口を開く。


「ど、どういうこと、ですか……?」


「……はあ。少しぐらい悪意を理解して欲しいのですが、まあいいでしょう。愚かな聖女のために、わたくしが分かりやすく説明してあげましょう」


 セリシアの問いに黒髪の男は心底うんざりしたように大きなため息を吐く。

 しかし聖女という存在がどういうものかを思い出したのかのように黒髪の男は深く一礼した。


「お初にお目にかかります。わたくし、魔族のクーフル・ゲルマニカと申します。神ではない、聖女唯一の固有能力【聖女の聖痕】を頂きに参りました。三番街の皆さんを助けたいのであれば、【聖痕】を私と共有して下さいませ」


「――っっ!?」


 そう言ってクーフルと名乗った魔族の男は……『聖書』にしか記されてない情報をいとも簡単に口にした。

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