第16話(11) 『狙い違い』
その場にへたり込んでしまっていたセリシアも、カイルが走って来ていることに気付くとすぐに立ち上がって門を塞ぐ騎士たちに必死な視線を向けていた。
あの騎士たちの中には俺とクーフルが戦っていたのを見ていた奴が大勢いる。
そんな中で俺がこうして堂々と帰ってきたことで、三番街の問題は一時的にではあるが解決することが出来たのだと察した者は多くいるはずだ。
どの道、俺達が帰ってきた以上必ず門を開けることになる。
それまでの間聖女であるセリシアに我慢を強いることなど、敬虔な信者には到底出来ないだろう。
騎士とはいえ決して非情ではないから、本部の連中もセリシアの願いに遂に折れ笑みを浮かべながら重い鉄門をゆっくりと開いた。
「……!! ありがとうございますっ!」
こんなの騎士団長が見たら叱咤では済まされない判断だ。
それでも深く頭を下げて感謝の言葉を口にするセリシアを前に、騎士たちは大慌てで委縮した態度を取っていた。
「聖女様~!」
「カイル君っ!」
そして鉄門を超えたすぐ先で、セリシアは嬉しそうな顔で走って来るカイルを受け止めるべく腕を広げながら待っている。
……そんな光景に凄く気が抜けてしまって、思わず小さく息を吐いた。
もしかしたら俺は、少し勘違いをしていたのかもしれない。
コメットさんの一件があったから、本部の連中は法や正義だけを考えるだけの頭の固い非情な連中なんじゃないかって思ってた。
でも本当は本部の連中だって、この平穏な光景に嬉しさを見出すことが出来る人達なんだ。
いや……もう俺はわかっていたはずだ。
本部の連中だってどこまでも聖女やこの街のことを考えてくれてるって、クーフルとの戦いでちゃんと心に刻まれたんだから。
……カルパディアが一応ではあるが帝国側の人間な以上、騎士団の連中のことは仲間とも敵とも言えない。
それでも、今だけは確かに同じ志を持つ仲間なのは事実だから、俺も偏見な目で見ずに純粋に騎士たちの想いを受け入れるべきだ。
「……」
だから俺も前を向いて、遅くなっていた歩みを進める。
全部を告げることはまだ出来ないけど、ここまで頑張った俺にはセリシアとカイルと共に互いの無事を祝い合う権利ぐらいはあるはずだと思うから。
――――だがふと。
「……っ?」
目を凝らして良く見ると、セリシアと駆け寄るカイルとの間……その横に小さなモヤのようなものが浮かんでいることに気付く。
「――残念じゃったな」
「――――ッッ!?」
瞬間――そのモヤは一瞬で巨大化し次元の裂け目へ変わったかと思うと、その裂け目から一つの細い腕がカイルに伸びた。
「――――!!」
「わあっ!?」
「きゃっ!?」
その腕がカイルの服に掴みかかる直前、既に俺は瞬時に両足に雷の魔力を纏い《ライトニング【噴出】》による超加速によって勢いよくカイルを突き飛ばす。
飛び込むように突き飛ばしたことと元々セリシアがカイルを受け止める気だったことが功を成し、カイルは裂け目から伸びる手に捕らえられる前にセリシアへと抱き着くことに成功した。
突然の重みに耐えきれずセリシアはそのまま後方へと下がり尻餅を付いてしまったが、そこは既に鉄門の内側……つまり教会にのみ展開された結界の中だ。
教会に入れると確定していたからか既に入場権を得たカイルが弾かれるようなことが無かったのがせめてもの救いだった。
でも安心してる場合じゃない。
あの言葉遣いを、俺は聞いたことがある。
だから未だ裂け目の中にいる悪党に向け、怒りのままに怒声を上げた。
「させるわけねぇだろ……いい加減にしろよ、お前らッッ!!」
「――ふふっ。そうはいかんよ」
「――ッ!?」
「自分を釣るために、こうしてるんじゃから」
だがその怒声に応答するように裂け目から小さな魔法使いが現れると、俺の視界には奴の手荷物小さな麻袋が映し出された。
それが目に入っただけで、嫌な予感が全身を駆け巡るのがわかる。
目を見開くのも束の間、それを証明するかのように女は左手で風魔法による突風を巻き起こした。
「う゛ッッ!?」
瞬間、紐で括られた麻袋が大きく広がったかと思うと、その中から薄水色の煙が俺の身体全てを覆った。
煙幕かと思ったが、鼻孔をくすぐる粒子のようなものが見えたことで吸い込んでしまったことを酷く後悔することとなる。
これは――花粉だ。
ルナとカイルを助けに行った時に充満していたものと同じ、特殊な効果を持つ粒子だと理解する。
だが問題なのは、この花粉が魔法が使えなくなる効果のものとは大きく異なっていたことだった。
「あ、がっ…………!?」
襲い掛かるのは強烈な睡魔。
恐らく強い催眠効果を持った花粉だったのだろう。
幾ら抗おうとしても、俺の身体は言うことを聞かずに強い力で瞼を閉じさせようと躍起になっていた。
「俗称『催眠花』。どんな怪我でも聖女が治すことが出来るから医者の需要は少ないが……聖女であってもこういった薬が必要な患者には無力だからこそ、医者はまだ居て薬にも需要があるということじゃ」
全身の力が抜け成す術もなく倒れようとした俺の身体を、何故か女は風魔法で浮かばせることで地面への衝突を回避させた。
この世界の医療技術がどれ程のものかは知らないが、『聖神の祝福』の存在が周知されていることから、天界とは違いこの世界では薬草や生薬が主流なのかもしれない。
だが睡眠薬にしてはあまりにも強力過ぎる効能だ。
天使を眠らせることが出来るなんて、人間には過剰過ぎる代物だろう。
「て、てめ、ぇ……!!」
眠気に抗えない。
だからこそ、このままじゃマズいと本能が警鐘を鳴らしてるんだ。
ここで俺が寝てしまったら、クーフルを何とか退けることが出来たのに今度はこの女によって三番街が破壊し尽くされてしまうだろう。
――それだけじゃない。
「メビウス君っ!」
「聖女様危険ですっ! 離れてください!」
俺のピンチを直接見てしまった以上、セリシアがどのような行動を取るかなどわかりきっていることだ。
本部の連中がすぐに鉄門を閉めセリシアを抑えてくれているからまだ大丈夫だが、このままではいつセリシアが強引に外に出るかわからない。
特にこの女の言動や行動次第では、きっとセリシアは素直に言うことを聞いてしまうはずだ。
「ぅ、あ……」
カイルも呆然と目を見開き、絶望を含んだ揺らぐ瞳で俺を見ていた。
その瞳には後悔が色濃く浮かび上がっていて、きっと自分の安易な行動によってまた俺に迷惑を掛けたなどという余計なことを考えてしまっているのだろう。
ここで寝たら全部が終わる……!
ベルゼビュートに見せられた夢が現実になってしまう!
だから俺はそれを止めるべく自身の眠気を吹き飛ばすために、左手に雷の魔力を溜め自分の太ももに狙いを定めた。
「《ライト、ニング……!!」
「元気いっぱいじゃのう」
「――っ!? う゛っ!?」
重傷を受けようとも、致命傷にならなければどうとでもなる。
故に《ライトニング【榴弾】》によって自分の太ももを爆発させようとしたが、それを予期していたのか女によって顔を何かで塞がれてしまった。
――それは多分、催眠花の成分を沁み込ませた布なのだろう。
成す術なく直で吸い込んでしまったことで身体の自由が一瞬で効かなくなり、左手に籠めた魔力は散っていく。
それどころか息を止める力さえも失ったことで、魔力が完全に消失しても尚俺は布を吸い続けていた。
「う、ぅ……――――」
マズい……意識、が……。
駄目だ……だめだだめだ……おれが、寝たらみんなが……こんどこそ、みんな、が……。
「目的達成、じゃな」
瞼が重い。
そんな言葉がうっすらと聞こえてくる。
けれど既に俺の意識は限界を迎えていて。
「また、俺のせいで……」
瞼を閉じる直前に見えたカイルの姿を目に焼き付けながら俺の意識は……完全に、途絶えた。
【後書き】
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