第16話(8) 『口を開けば』
《アース・ライトニング【破城追】》は多大な威力を持つものの【撃鉄】のような殺傷に特化させたわけでは無いため、恐らくまだクーフルは死んでない。
けれどクーフルに決定打を与えたことで呪法は途切れ、街中に散乱した怪物の亡骸も完全に黒泥となって溶けていったことから、本当の意味で勝利を手にしたのだと確信した。
それはセルスも同じだったようで、笑みを浮かべ肩をほぐしながら軽快な様子でこちらへと近付いていた。
「いやぁ快勝快勝! 作戦通り過ぎてむしろちょっと拍子抜けなくらいだ」
「……ああ」
「ま、一件落着だな。あとはあいつを気絶させて騎士団に明け渡せばハッピーエンド……」
「……」
「……? 天友?」
……そうだな。
確かにセルスの言う通り、表面だけ見ればそれでハッピーエンドだ。
でもセルスと違って俺の表情はまだ晴れない。
多分不穏な雰囲気が出ていたであろう俺に困惑した様子を見せるセルスだが、それに構わず俺はゆっくりと地を踏み締めていた。
「ぐ、まだだ……私は、まだ……!」
「クーフル」
「――――ッッ!?!?」
そして雷魔法の効果で痺れ、動けずとも必死に身体を起こそうとするクーフルの前へと立ち、冷たい瞳で奴を見下ろす。
それはまるであの時の再現のようで、俺の瞳と交差したクーフルは既に怯え切った顔で俺を見上げていた。
「お前の敗因はあそこで『選んだ』ことだよ、クーフル。呪法を解いて防御に回せばこうはならなかったのに、驕ったお前はまんまと……俺達の口車に乗せられたんだ」
最初から俺達の算段に付き合わなければ良かったんだ。
【千秋楽】を解除し、お前を中心にドーム上の防御壁でもなんでも生成していたら勝てたかは置いといて恐らくまだこんな結果にはなっていなかっただろう。
なのに、お前は選んだ。
お前は俺達に、自分の欲望を見せつけることを選んだんだ。
「あの時は選ばなかったのに、今回は……選んだんだな」
だからこそ、奴を欺き勝利することが出来たことを純粋に嬉しく思う。
でも同時に選ばせる側故の高揚感も僅かに感じてしまっていて、自分もあちら側にいるんだという事実を突き付けられた気分だ。
「……初めてだよ。悪党を前にして、こんなに心が穏やかだなんて」
だけど……それで構わないと今は思う。
なんでだろう……多分、昔俺が殺してしまった人たちと姿形は違えどまた会うことが出来たからだろうか。
コイツは紛れもない悪党だ。
何の罪も無い人達を殺したコイツは必ず【断罪】しなければならない。
それでも、結果的に失った命は聖神騎士団の連中だけだ。
命は皆平等だと言うけれど、市民と騎士とではその使い道も大きく異なっているし、なにより俺の大切な人達に魔の手が届くことは一度も無かった。
アルカさんとラックスさんが、俺のことを恨んでいなかったということも教えてくれた。
……それに。
「ありがとう……クーフル。お前のおかげで俺はまたみんなに、認められ頼られることになる。みんなが……セリシアがまた、俺のことを信じてくれるようになるだろう」
「な、なに、を……」
「全部お前が来てくれたおかげだ。良かったよ……生き返ったお前が、更生なんかせずに俺の所にまた来てくれて」
お前が来てくれたおかげで……俺はたくさんのものを、手に入れたんだ。
今度こそみんなは、俺のことを怖がることなく受け入れてくれるはずだ。
騎士団は何も出来ず、三番街をまた救ったのは部外者であるこの俺。
戻って来た俺に首を垂れる騎士たちの姿をみんなが見れば、これまで俺がしてきたことがどれだけ正しいことだったのかを嫌でもわかってくれるはずなんだ。
全部また……上手くいく。
だから……感謝を。
多大なる感謝を、俺はお前に捧げたい。
「わ、嗤うな……私を、嗤うなああ!!」
「……何言ってんだよ、お前」
なのにクーフルは目を見開き顔を歪めて、訳もわからない狂言を喚き散らしていた。
俺の心は終始冷静だというのに、その何処に嗤う要素があるというのか。
……セルス。
確かに表面は、気絶させればハッピーエンドになるだろう。
でも、ここは裏面なんだよ。
悪党が捕まって、牢屋に入っただけで全部が全部良くなることは決してない。
必ずまた不幸を連れてやって来る。
だから、捕まえるだけじゃハッピーエンドにはならないんだ。
――紅い瞳が、煌めいていた。
「――クーフル」
「ひっ――」
……クーフル。
感謝はしてるさ。
でも、それでお前の罪が軽くなるわけじゃない。
お前はそれを……この世で一番、よく知っているはずだ。
「まさか俺の信念を、忘れてなんかいないだろ?」
「ぅ、あ……!」
「平和や平穏な日々を壊す悪党は【断罪】しなければならないんだって」
「ぅぅ、ああっ……!」
そう言い一歩を踏み出すと、それだけでクーフルの顔は恐怖に歪み、地面に擦れ手の平から血が出ているにも関わらず必死に後退っていた。
「どれだけ疲れ果ててても、傷付いていても……俺はいつだって自分の信念を忘れたことは無かった。お前は悪党だ。――だから殺す。お前が何度生き返ろうと……生き返って、今度こそ更生した人生を送り始めようと……丈量酌量の余地なく殺す。この街の聖女に……セリシアに手を出したってことは、そういうことだ」
だが俺は引き摺る手を思いきり踏み潰し、呻くクーフルの眉間へと既に指を突き付けている。
奴の瞳に映る俺の瞳は今も紅く煌めいていて、確かな殺意が奴の未来を予期させ震え上がらせていた。
「し、死にたくない……もう死にたくないっっ!!」
「それはここまで来て言う台詞じゃねぇよな。それに……それを言いたい人達を殺したのは、お前だろ……!」
「嫌だぁ! 嫌だあああ――がッ!?」
あまりにも都合の良すぎる命乞いだ。
ジタバタと抵抗するクーフルを見ても、既に俺の心は苛立ちどころか哀れみすら抱かない。
「今度こそ、殺した気にならない」
ただ淡々とした顔で勢いよくクーフルの首を掴み地面へと押し付けると、指先に籠めた魔力をより強く光らせ火花を散らせる。
「地獄で一生後悔してろ……【断罪】の、時だ……!!」
「助けてぇ! 助けてえええ!!」
「《ライトニング》」
そして一閃の雷鳴が――轟いた。
あの時と同じように使い慣れた雷撃の弾丸が発射され、クーフルの眉間を――貫く。
「…………ぅ、あ?」
「――っっ!?」
だが――貫くはずの雷弾はクーフルの眉間ではなく、そのすぐ横の地面を撃ち抜いていた。
驚きで固まる俺とクーフルだったが、雷弾を放った指先を見ると俺の腕が何者かによって掴まれ強引に横にズラされているのだとわかった。
「何を……してんだよっ!?」
誰だと、そう視線を向ける前にそんな怒声が響き渡る。
その声主は紛れもなくもう一人の活躍者であるセルスで、必死な形相でクーフルを殺そうとした俺を睨んでいた。
「……は、あ?」
……意味が、わからない。
クーフルを守るという行動の真意がわからなくて、思わず俺の口から腑抜けた息が吐き出てしまう。
だがそんな俺に臆することなくセルスは憤りのままに決して掴んだ俺の手を離そうとはしなかった。
「今オマエ、殺そうとしただろ!? 怒りに呑まれちゃ駄目だ! オマエがやろうとしていたことは、そいつと何も変わらないんだぞ!?」
「怒りに、呑まれちゃ……?」
いきなり訳のわからないことを言われ一瞬だけ困惑するが、それはセルスと出会った時からずっと会話の節々で感じていた違和感の正体を決定付けるものだったと気付き、俺はようやくセルスの言い分を理解する。
コイツの思考に、悪党を殺すという選択肢はそもそも無かったんだ。
戦場に身を置く者なら誰でも頭の片隅に過る『殺人』という方法ではなく、普通の一般人と同じように悪党は『法で裁かれれば更生する』ことを信じて止まない、現実を理解出来ていない甘ちゃんの思考回路。
コイツは殺し合いの場に身を置きながら、未だ後者の考えを持っているということに気付いた。
だから、俺が怒りに身を任せてこんなことをしているのだと思ったのだろう。
……そんな甘い考えをよりにもよってコイツが持っていることに、俺の心はほんの少しだけ苛立ちを募らせる。
でも今更それを否定させ納得させるための説得をしている時間など今は無いから、俺は瞳に宿る殺意を消すことなくクーフルの首を掴む手により力を籠めて、セルスの腕を振り払おうと試みた。
「俺は、冷静だよ。冷静だから、コイツは殺さなきゃいけないって思ってんだろ。良いから黙ってそこで見てろ……!!」
「ふざけんなよ……! そんなこと、させるわけにはいかない!」
「コイツを生かせば、また平穏な日々を過ごすべき人達が死ぬことになる!!」
「何のために法があると思ってんだよ! 法は罪を償うためにあるんだ! オレ達がしなきゃいけないことはこれ以上被害を出さないために悪党を捕まえることのはずだ!」
「ならその法が死んだ人達を生き返らせるのか!? お前は牢屋に入って歳を重ねることが、命の対価と同等であると思ってんのかよ!?」
「だからってそれで殺したら、またそいつにとって大切な人に復讐心を抱かせることになるだろ! 殺して、殺してって……そんな結末が正しいことのはずがない!」
「捕まえて、もしそれで逃がしたらどうするつもりだ!? 実際にコイツは一度騎士団の拘束から抜け出したんだぞ!? そんな簡単なことも想像出来ないなら、話にならねぇからどっか行ってろ!」
「オマエ、わかってるのか!? 子供が見てるんだぞ!!」
「――――ッッ」
話し合いは徐々にヒートアップし口論へと発展するが、セルスの一言によって俺は咄嗟に怒りを意図的に収め腕の力を緩めてしまう。
それは偏に、初見で俺がクーフルに告げたものと同じ言い分だったから。
でも――それが俺達の、あってはならない隙を作った。
「あははははッッ!! 馬鹿な偽善者があああ!!」
「――ッ!? がッ!?」
「――ッ!? ぐッ!?」
瞬間、恐らく最後の力を振り絞ったであろうクーフルの《魔呪召現》の質量攻撃によりマトモな防御も出来ず俺達は大きく吹き飛ばされた。