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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第16話(6) 『《《喜劇》》』

 たった一人の力だけでフィールドが変わった。

 怨霊のような模様が点々としている気味の悪いステージではあるが、落下しドーム上に着地しつつも俺の心情は心配と不安でいっぱいだった。


 ドーム内に入った中央広場は大丈夫なのか。

 一人取り残されたカイルはどうなっているのか。


 それら二つの事柄が俺の脳内で何度も何度も脳裏を過る。


 もしもこのドームの中が空洞ではなく内部を埋めるように密度を増したタイプなのであれば、幾ら強力な防壁で守られているとしてもカイルが潰されていないというのは有り得ないだろう。


 もし、潰されて死んでしまったのなら――


「……いや」


 そうはならないと、そう思うべきであるはずだ。

 何故ならもう、事は既に起こり得たことなのだから。


 このドームを破壊しない限り、カイルが生きているのか死んでいるのかはわからない。


 もちろんつい先程までの俺なら全力でこのドームを破壊して安否確認を行おうとしたことだろう。

 でも……それをするのは今じゃないのだと気付かされたんだ。


 どんな結末であろうと目の前の悪党を【断罪】しなければならないことには変わらない。

 仮に大切な人を既に失っていたとしても、それを責めて自殺するのは……全部が終わってからで充分だ。


 この場に限り俺はもう……割り切った。


「《魔呪召現》!!」


 高らかに狂言を放ったクーフルによる多重攻撃が俺達に迫る。

 軽い身のこなしに加え『ウイングソール』による飛行能力によって攻撃を回避する俺に対し、飛ぶことの出来ないセルスは質量のある泥の塊を破壊しようと試み、光の魔力を拳に乗せて再度強烈な殴打を叩き込んだ。


 だがまたしてもその破壊は届かない。


 僅かに抉れただけの塊を目の当たりにしながら、それでもセルス自身最初から破壊出来るとは思っていなかったのだろう。

 そのまま襲い掛かるワーム状の怪物へと飛び乗ったかと思うと、多重攻撃が来る度に飛び乗る場所を変え狙いをズラすことで怪物二つをぶつけるという同士討ちを行っていた。


 無詠唱とはいえセルスの《ルミナ・フラグメント》が有効打にならなくなったということは、奴の持つ呪法がこれまで以上に強力になったことを意味する。

 そしてその原因となるものが何なのかを考えれば、先程クーフルが出した巨大な亡霊に行き着くのは必然だった。


 【魂霊儀怨体《《喜劇》》】と言ったか。

 巨大故に奴だけがこの劇場を俯瞰していて、さながら舞台の進行を見守る監督のように神視点でちっぽけな俺達を見下ろしていた。


 多分あれがクーフルにバフを掛けている元凶だ。

 クーフルの語る用語を敢えて使うなら、恐らく奴が勝利するという脚本に沿って物語が進行するように手助けをしているのだと思われる。


 どうにかしてあの《《喜劇》》を消滅させたいが、俺の用いる遠距離魔法では多分どうにもならないだろう。

 呪法とはいえ泥で作られた以上、ただの《ライトニング》では仮にあの巨体を破壊出来るとしても相当の時間が掛かるのは間違いない。


 毎度のことだが、俺の魔法は巨体相手にはまるで通用しないという弱点を未だに克服出来ていなかった。

 そもそも巨体という本来ならば邂逅することのない相手への対処法を模索するよりも悪党をより早く確実に【断罪】する方法を考えなければならなかったから、巨体への対処を考える暇が無かったのも理由の一つだ。


 ……でも、俺にも平穏な日々を過ごせていた時は確かにあって、対処法を考える時間は充分にあったはずだ。

 なのにあの頃の俺はこれからもこんな日々が続くんだと信じて、甘えて……言い訳ばかりを並べ立てていた。


 平穏な日々が続かないことなんて分かりきっていたはずなのに、それにかまけて俺は堕落してしまってたんだ。


 その後悔が無くなることは一生無い。


「「――――ッッ!!」」


 でも今は……俺は、一人じゃない。


「天友ぅぅぅぅッッ!!」


「《ライトニング【狙撃】》!!」


 考えることは同じだったらしい。

 クーフルの猛攻を回避しながら互いに目配せをすると、俺は僅かな隙を突いて地面に両手を付き両足を強く引く。


 その足裏に合わせるようにセルスが飛び乗ると、そのまま雷魔法を発動し奴を弾丸に見立てて蹴り飛ばし勢いよく射出した。


 空を飛び、クーフルの攻撃をすり抜けながら《《喜劇》》の顔前へと到着したセルスは既に拳を強く構えていて、強烈な光を放つ星の魔法陣が展開される。


「《ルミナ・フラグメント【剛拳】》ッッ!!」


 そして《《喜劇》》の顔面に、渾身の【剛拳】が放たれた。

 強烈な光の衝撃波が空気を揺らし《《喜劇》》へと叩き付けられる。


 ――だが《《喜劇》》は大きく仰け反っただけで【剛拳】の衝撃を完全に受け止めきっていた。


「えーまじか……――がッ!?」


 幾らバフによって呪法が強化されていたとしても突破の糸口は《ルミナ・フラグメント》にあると俺もセルスも確信していた。

 だがその自信は容易く砕かれ、思わず頬を引き攣らせたセルスにクーフルによる反撃が通り吹き飛ばされることとなる。


 けれど二対一というこの場において、ほんの僅かな奴の意識の逸らしを、俺は決して逃がしはしない。


「無駄です。無駄なんですよ。今の私の力はもう、この場の誰よりも――」


「――――ッッ!!」


「この場の誰よりも……強くなったのでございます!」


 無詠唱による【噴出】で一気に距離を詰めた俺による【撃鉄】がクーフルの腹部へと届いた。

 徐々に【撃鉄】の練度も上がり、無詠唱ながらもそれなりの威力を誇ることが出来るようになっていると実感するが、その実この雷拳は未だクーフルの腹を貫けずにいる。


「――――ッッ!?」


「――ひひっ」


 クーフルの腹に拳が刺さったはずなのに、拳が刺さったのは腹ではなく壁だった。

 いや――壁ではなく、クーフルの身体を纏うように生成された強固な泥の装甲が俺の雷拳の衝撃を完全に吸収したのだ。


 これも《《喜劇》》によるバフのおかげだろう。

 でもこれじゃあ仮に詠唱を行い切って【撃鉄】を当てたとしても、奴を殺すことは出来ないということになる。


「ぐっ――!?」


 だが現状は奴も同じだ。

 俺の動きを止められる人質となる者が既にこの場にいない以上、細かい攻撃を行えば俺がそれを避けずっと近接戦を継続することが出来るとわかっているから、致命傷を与えることよりも距離を取ることにリソースを割いているのだ。


 故にクーフルの反撃を避けた影響で距離を取る羽目になりまたしても振り出しに戻ってしまった。


《《喜劇》》は壊せず、クーフルに致命傷は与えられず、個人で行うにはあまりにも多過ぎる手数を対処する方法も見つけられない。


 改めて『呪法』という悪意の力がどれだけ強大なものなのかを突き付けられた気分だ。

 吹き飛ばされた後に合流したセルスも、流石に苦笑いを隠せずにいる。


「いやぁ……あれだけ啖呵切ったのずっと後悔してるわ。思ってた以上に強かった」


「弱音吐いてる暇があるなら足動かせよ」


「辛辣過ぎだって! ……ま、でも大丈夫だろ。だってオレは、一人じゃないからな」


 セルスの光魔法も通じなかった以上、早急に対処法を考えなければならない。

 だらだらと喋っている暇なんてないはずだ。

 それなのにセルスの瞳は未だ真っ直ぐに前を向き続けていて、俺達が勝つことを何一つ疑っていないように見える。


 俺の怪訝な目とセルスの自信のある目が不意に互いに交差した。


「天友。短い時間見てただけでもオマエには魔法の才能があるってわかったよ。普通はあれだけ多くの手数を自分のモノにすることって出来ないんだぜ? それが出来る奴は、大体頭の中で瞬時に想像や妄想が出来る奴だけだ」


「……俺は雷魔法しか使えない。俺以上に魔法が使えて、俺以上に多彩な技を使える奴だって普通にいるだろ」


「え、そうなの? そんな最強の仲間がいるなら連れて来て欲しいんだけど……ま、それが異常過ぎるだけだ。異常に慣れるのは良くないって」


 確かに俺には想像力がある。

 それが最悪な結末をいつも考えてしまっていることにも繋がっているが、戦いにおいてはこの想像力のおかげで出来たことがたくさんあった。


 でも俺如きの想像力など、最強の魔法使いを前にすればあまりにも霞んでいるものだ。

 セルスの言う通りテーラと比べてもしょうがないことではあるが、俺の魔法はテーラから始まっているのもありどうしても自分の魔法の弱さにばかり気付かされる。


 多分あいつがここにいたら、ここまで苦戦してはいなかっただろう。

 でももう……二度と命を賭けさせないって決めたんだ。

 だからそれは未来永劫やって来ない。


 そう思い至り顔に陰を射す俺を前に、セルスはニッと笑みを浮かべてみせた。


「魔法っていうのはイメージの世界なんだよ。想像力さえあれば、摩訶不思議な力がその願いに応えてくれる」


「……ならお前がやれよ。俺の魔法には……何もねぇんだから」


「いやぁそうしたいのはやまやまなんだけどさぁ……オレあんまり想像するのって苦手なんだよな。天友はあれだろ? 息吸ってるだけで何か考えてるタイプだろ。オレはこう……よし考えるぞー! ってなんないと駄目なんだよなぁ」


「確かに何も考えて無さそうな顔してるよお前」


「……それ貶してんの? 褒めてんの?」


 褒めてるわけねーだろ。

 でも、セルスの言いたいことはわかる。


 《《喜劇》》がいる限り、今のクーフルに殺人用の魔法は通用しない。

 唯一効くであろうセルスの《ルミナ・フラグメント》も光魔法の性質によって決定打にはならない。


 だがどうしようもないことだ。

 結局あの《《喜劇》》を破壊出来る程の威力を俺が持っていない以上、全てはセルスの動き次第で決まる所がある。


 結局俺には何一つこの場を切り開くことが出来る術が無いのだから、ただセルスが動きやすく出来るようにフォローをすることしか出来ないはずだ。


 だがセルスはそんな俺の考えを流し目を送ることで否定した。


「それに、オマエの魔法が何もないってことはねーだろ。オマエの魔法は特別だ」


「何処がっ」


「オマエの魔法には、性質を変えることが出来る力があるじゃないか」


「――っ?」


 ……そんなの、みんな出来て当たり前のものなんじゃないのか。

 加速したり、破壊力を上げたり、誘導させたり、拡散させたり、爆発させたり……そんなの身体中を通る魔力の結末を想像すればそう難しいものじゃなかった。


 みんながみんな、俺の思いもしないことを魔法で容易く叶えてた。

 飛ぶとか造形するとかは雷魔法では絶対に出来ないから、こんなの焼け石に水としか思えなかった。


 だけどセルスは違うと言う。

 魔法には確かに属性による特徴があるが、雷魔法は未知数ながらも出来ることがあまりに多いと、セルスはそう言いたいのだろう。


「オレにしか出来ないことがあるように、オマエにしか出来ないこともある。同じ奴なんていないんだ。いないからこそ、互いに違う目線で未来を目指すことが出来るんだろ」


「……」


「考え方を変えるだけで、見える世界は簡単に変わるもんだ」


 ……そうかもしれない。

 例えば俺がセルスと同じ《ルミナ・フラグメント》を持つことがあったとしても、きっとあいつと俺とではその魔法の使い方は大きく異なっているはずだ。


 互いの個性に違いがあるからこそ出来ることがあるのだと、セルスはそう言っているのだろう。


「……俺はまあ良い。でも、ならお前はどうするんだよ。このままだとお前、ただイキリ散らして登場しただけの無能と化すことになるけど」


「ほんとそれな。まあでも……大丈夫。オレにも、オレにしか出来ないことがあるからな」


「大丈夫、ね。……よくそんなことが言えるもんだ」


 俺には『大丈夫』なんて無責任な言葉はもう言えない。

 心に勇気を持っただけで平穏な日々を維持することが出来るのなら幾らでもそうするさ。


 でもそうはならないだろ。

 それなのにまだそう言えているセルスは、きっと本当の絶望を突き付けられたことが無いに違いない。


 それが当たり前だと思うし、少し羨ましくも思う。

 セルスの言っていることが事実かどうかは知らないが、ともあれクーフルを【断罪】するためにはやらなければならないから、その変化出来る性質とやらを使って打開策を考える必要があるだろう。


 ……結局セルスがクーフルを突破出来ないのは、面の火力で攻撃しているからだ。

 魔力を一点ではなく広げるように撃ち出しているから、結果的に威力が均等化されてしまい強化された呪法を破壊出来ないのかもしれない。


 《ルミナ・フラグメント》という魔法はそのあまりの魔力質量から凝縮することが難しいのだと思う。

 故に魔法を拳に纏わせても、拳に凝縮させた魔力が一気に広がって強力な広範囲攻撃を生み出しているのだろう。


 拳のみに抑え込む攻撃をこれまで無詠唱でしか行っていないことを鑑みるに、恐らく《ルミナ・フラグメント》は火力強化に特化し過ぎて精密な調整を行うことには長けていないのだ。


 つまり……面ではなく点で、あいつと同等の衝撃力を持つ攻撃を行うことが出来れば、たとえ呪法で強化され泥鎧が壊せずとも鎧の内側に衝撃波を届かせることが出来るはずだ。


 あれだけの衝撃波を俺が出すことは不可能だ。

 完全な下位互換になることは目に見えているし、そもそも出来るかどうかもわからない。


 でも、出来るかどうかじゃないんだ。

 あの悪党を【断罪】するためには、それがやらなきゃいけないことなんだろ。


「話し合いは終わりましたか」


 話し合いが終わるまで待っていたらしいクーフルがそう問うと、セルスは意外そうな顔で奴を見ていた。

 でも、俺はあいつのことをわかって無さ過ぎると言わざるを得ない。


「随分と待ってくれたみたいでありがとな。案外優しいじゃん」


「ふふっ、貴方方の瞳に僅かに灯る不安をつまみに優越感に浸らせて頂いていただけですよ。貴方方のその不安が絶望に変わる瞬間を恋焦がれて仕方ありません」


「……やっぱ撤回」


「それに、私も考えていたのです。どうしたら貴方方を……絶望に支配された目を私に向けながら殺すことが出来るのかを」


 あいつは俺達に『ただ勝ちたい』わけじゃないんだ。

 正面から圧倒的な力を見せつけた上で、絶望を与えきって殺す……そうやって『勝つ』。


 だから待つのだ。

 自分が注目されていないことを嫌って、尚且つ姑息な手を使う奴だというレッテルを貼られたくないから。


 故に奴も考え、解を成していた。

 自分の求める絶望の顔を、どうしたらより確実に見せてくれることが出来るのかを。


「それは……貴方方の土俵で、戦うことだ」


 そしてこれが、奴が決断した『本物の勝利』への方法だ。


「《魔呪召現【泥鎧でいがい】》」


 自身の首に両手を添えたクーフルの手の平から大量の黒泥が溢れ出し、奴の身体を包み込む。

 それは服ではなく生身の身体へと入り込み奴の肌と同化したかと思うと、顎の下から恐らく足に至るまでの全ての肌が黒い肉質の泥鎧へと変貌を遂げさせていた。


「《《喜劇》》の補助を得た私の鎧を……貴方方が砕くことは出来ない。残念なことに、私にもタイムリミットというものが設けられているのでございます。これまで通りの戦い方では互いに埒が明きませんから、そろそろ最後の演劇を始めましょう」


 タイムリミットがあるということは、どうやらクーフルは決して俺との決着を付けるためだけにここに来たわけではないようだ。

 であればわざわざ自分の呪法の適正距離を覆してでも前に出ようとする意味が理解出来る。

 奴は前に出たとしても、自分の呪法であれば必ず勝つことが出来るという絶対的な確信があるのだろう。


 互いに拮抗した立ち位置であるとわかっているから、互いに魂に宿る力に己の命をベットするのだ。


「「「……」」」


 だから歩く。

 全員がドームを歩き、大きく距離を詰めてから立ち止まった。


 紅い瞳が、蒼い瞳が、金色の瞳が煌めき、互いの感情を浮き彫りにする。


「……覚悟は出来たか」


「……もちろん」


「なら」


 セルスと会話を交わし地を踏み締め、拳を構えた。

 雷と光と呪いのオーラが交じり合うことなく漏れ出ている中で、木々の揺らぐ音を感じ取る。


「生きるか死ぬかの二分の一……始めるぞ」


 そして正真正銘最後の即興劇が、幕を開いた。

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