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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第16話(5) 『即興劇(エチュード)』

 アルカさんとラックスさんのことを他人に頼むなんて、今までの俺じゃ有り得なかった。


 理屈ではわかっていても、だ。

 全部一人でどうにか出来る自信が無かったとしても、他人に手こそ貸しても手を借りるなんてことは今まで絶対にすることはなかったと思う。


 自信を粉々に砕かれて……俺は弱いのだと自覚した。

 これじゃみんなを守れない。

 みんなを本物の悪意から守り切ることなんて出来ないのだと、そう突き付けられたんだ。


 故に一筋の希望を籠めてセルスを信じた。

 けれど約束という言葉に全てを籠めて託しても俺の心の焦りが消えることは無い。


 だから……その度に思い浮かべるようにするんだ。


 教会のみんなの……セリシアの笑顔を。

 それだけで起こり得る可能性のある未来を、直視することが出来るようになるから。


「これは貴方と私だけの物語だったはずです……! 貴方は私に絶望した顔を晒して命乞いをし、それを嘲笑い見下しながら私が貴方を殺す……そういう、拍手喝采の上演だったはずでしょう!?」


「いい加減にしろよ……お前はなんなんだよッッ!!」


 巻き起こる高速戦闘が火花を散らし、天使と魔族による攻防は幾度となく交錯していた。

 急所を狙った雷鳴の連撃はどれもすんでの所でクーフルに届くことは無くて、距離を取られると同時に俺の足元に突如現れた巨大な怪物の顔面がせり上がって来る。


「……」


 それを避けることなく立ち止まり、俺は右手に雷の魔力を纏わせ大きく上げた手を強く握った。


「――――ッッ!!」


 そして放たれた渾身の《ライトニング【撃鉄】》が俺を呑み込もうとする怪物を木端微塵に破壊し尽くし、黒い泥が四方八方にへばり付く。


「ひひっ!」


「――ッ!」


 だがその泥が飛び散ったことで狭まった視界には自ら俺の方へと接近するクーフルの姿があった。


 今までクーフルが俺に対し接近戦を好んで行うことは一度も無かった。

 むしろ俺と距離を取る為に呪法を用いた多重攻撃を行ったからこそ、未だ奴を【断罪】することが出来ずにいたのだ。


 それを奴もわかっているはずなのにわざわざ自分から殺されに来るなど、どう考えても何かを企んでいるとしか思えない。

 だからこそ俺は逆に奴を接近させないように無詠唱の《ライトニング》を連射し牽制を試みる。


「《ライトニング【爆弾】》ッ!」


 だがその雷弾は全て黒泥によって包まされたから、俺は新たに光球を生み出して右足に雷の魔力を纏わせるとそれを勢いよく蹴り飛ばし射出した。


 けれどそれすらも避けられる。

 そのまま近接戦に移行し雷魔法によるラッシュがクーフルに迫るが、奴は俺の格闘を自身の身体で受け止めることはせず至近距離でありながら的確な黒泥の生成によって俺の攻撃を受け止め続けていた。


「私を早く殺したくて堪らないのでしょう」


 それはこれまでのクーフルでは有り得ない程の精密な呪法操作。

 どれだけ工夫を凝らしても、俺の拳が奴に届くことはない。


「殺意が漏れ出て、分かりやすすぎるんですよッッ!!」


「――!? ぐっ!?」


 それは偏に、俺があまりの殺意から急所ばかり狙うことを無意識のうちに固執していたからこその結果であると証明するかのように、俺の殴打を防いでいた黒泥を一斉に集め一つの巨大な球体へと変えると、まるで水風船のように一気に黒泥の塊を弾かせた。


 咄嗟に両腕で顔面をガードしたものの黒い液状の泥が俺の身体に付着したことで視界を塞ぎ、目の前のクーフルが今何処にいるのかの情報を得ることが出来ず行動がどうしてもワンテンポ遅れてしまう。


「――――ッッ!!」


 それはこの距離では明らかな隙だった。

 奴が既に握り締めていた漆黒の短剣を突き立てたことによる剣先は俺の首を捉えていて、その行動からはクーフル自身にも俺と同等以上の殺意があることを示している。


 荒ぶり跳ねる肉壁と飛び散る血の感触を経て俺の死を己の身体に理解させたいのだろう。

 それか身に余る苛立ちと激怒をただ解消させたいだけなのかもしれない。


 どちらにせよどれだけ耐久力があっても致命傷だけは耐えられない天使にとって、心臓を貫かれるよりもよっぽど凄惨な死が訪れることになる。


「……兵器とは何たるかを知らないお前には、わからないだろうな」


 ……だが忘れてるだろ。

 俺の【爆弾】は、まだ起爆していない。


「《ライトニング【誘導弾ホーミング】》……!!」


「――がッッ!?」


 足で蹴り飛ばしていた光球。

 その光球には既に【誘導弾】による誘導の性質が加わっていた。


 180度に曲がった光球がクーフルの背後へと到達した瞬間、光球が――爆発する。

 多彩な攻めはお前だけの特権じゃないことを証明するかのように、今まで奴に一度も見せなかった魔法は黒泥の防御も出来ずにクーフルに直撃した。


 詠唱有りの最大出力。

 それでも【爆弾】には四肢を爆散させる程の威力はどうしても無いが、爆風によってクーフルは大きくよろけ、背中の服は散り、肌は俺と同様痛々しい程に崩れかけている。


 そのよろけた隙を、俺は決して……逃さない。


「《ライトニング【撃鉄】》ッッ!!」


「ご、がああああああああッッ――!!」


 爆風によって生じた土煙に自ら入り、更なる完全詠唱の【撃鉄】がクーフルの鳩尾を捉え殴り飛ばした。


『『――――』』


「――――ッッ!? がはッッ!?」


 ――だがクーフルが吹き飛ぶと同時に、土煙から飛び出してきた巨大な白拳が俺を同様に殴り飛ばす。

 それは二つの白拳を一つに融合させた、より巨大化した白拳だった。


 俺とクーフルは互いに相殺する形で殴り飛ばされ地を転がり結果的に痛み分けという形となったものの、俺達は互いにすぐさま体勢を立て直し《ライトニング【噴出】》とその【噴出】を真似たかのような黒泥を足に纏った急接近が互いの身体を交差した。


「くはっ!!」


「――ッッ!!」


 怒りと憎しみ、そして激痛が増幅したことで最早精神は崩れ壊れてしまったのかもしれない。

 それに加え、互いにあと一撃でも本命の攻撃を喰らえばもう立ち上がることは出来ないだろうと理解したのだろう。


 互いに血反吐を吐き奴の笑みを射抜きながら、俺達はこの生死を分けた戦いを心の底から噛み締めていた。


「私は勝てる! あの時の雪辱を果たすことが出来る!! そうすればようやく私は……私だけが、舞台の主役になることが出来るのだからッッ!!」


 狂言を上げながら突貫するクーフルの威圧に気圧されながらも、俺は自らを奮い立たせて迎撃に意識を向ける。


「――悪いが、そうはならないんだなこれが!」


「――ッッ!!」


 だが――その反撃を代わりにしたのは、俺ではなくセルスだった。

 空中から落下してきたセルスが着地と同時にクーフルを蹴り飛ばしたことで、防御されたとはいえ再度クーフルを後方へと追いやった。


「待たせたな、天友。真打ち登場って奴だ」


「お前、ちゃんと約束は守ったんだろうな……! もしも傷付けたんなら……!!」


「いや傷付けるどころかボコボコにされまくったわ。でも、ちゃんと約束は守った。それに、良いことも聞けたしな」


 セルスがこちらに来たということはアルカさんやラックスさん、それに俺が殺してしまった人達を……殺したということになる。


 無理難題を突き付けたつもりだ。

 俺がやらなければならないことをセルスに押し付けたのだから、それでコイツを責める道理など俺には何一つとして無いが、それでも約束したからとそう問うとセルスは顔色一つ変えることなく柔らかな笑みを浮かべた。


「メビウスを助けてくれだってさ。愛されてたんだな、お前」


「……!!」


 愛されていた……?

 そんなわけ、ない。

 でも、そういう俺のことを第一に思いやってくれているような言葉は決して今日初めて会ったセルスによる気遣いから出た物言いとは到底思えなくて、何処か懐かしさすら感じる慈愛の籠ったものだった。


 でも俺は二人を……殺したんだぞ。

 それなのに死んでも尚、アルカさんとラックスさんは俺の心配をしてくれていたというのか。


「~~~~っっ!!」


 思わず、瞳が緩んで涙が流れた。

 汚れた腕で涙を拭い、漏れ出そうな嗚咽を耐えながらも約束を果たしてくれたセルスに言わなければならないことがあることに気付く。


「……ごめん。それと、ありがとう」


「いいって。謝罪も感謝も、今のオレ達がやるべきことじゃないだろ?」


「……ああ」


 ……魔族は嫌いだ。

 これまで俺の望んでいた平穏な日々を壊してきたのは、いつも魔族だった。


 それは俺にとって都合の良い行いをした所で評価が変わることではない。

 でも、それでも……今はただ、自分の行いへの謝罪と約束を果たしてくれたことへの感謝は告げるべきだと思った。


 でもそうだな……今は、そんなことをしてる場合じゃない。

 依然状況が変わったわけじゃないのだ。

 未だ俺とセルスの視界には、本物の悪党がその狂気を晒し続けている。


 だから互いに拳を構えた。

 そんな俺達の戦意を目の当たりにしたクーフルは、また他者に邪魔をされたことによって生まれた心に宿る憎悪を、呪法によってオーラのようなもので可視化させながらも金色に光る瞳から成る表情には歪んだ顔は貼り付かれてはいない。


「落ち着くのです……クーフル・ゲルマニカ」


 身体にへばり付く黒い泥の雫を大量に垂らしながらも何か心境の変化でもあったのか今のクーフルには憎悪こそあれど激怒は無くて、むしろ何処か冷静さのようなものが咲き始めているようにみえた。


 多分俺と同じようにクーフルもまたこの戦いで大きな成長を遂げているのだろう。


「使いたくはありませんでしたよ。何故なら、これは私だけの劇場だから。私だけの力で貴方に絶望を与えて殺す……それこそが私の作り上げた脚本だったのですから。ですがそこの男のせいで私の作り上げた脚本はめちゃくちゃになってしまいました。そうです……考えを、改めました」


 そう語りながら巨大な白拳を再度二つに分離させ、歪ませる力を持つマントを自身の定位置へと浮かばせたクーフルの様子にこれまでとの違いはない。


「「……ッ!」」


 だというのに、俺とセルスは奴に対して畏怖のようなものを瞬間的に感じ取っていた。

 ゾクッと肌を舐めるような違和感が俺達の心に触れ、思わず眉を潜めてしまう。


「もう……【聖痕】など必要無いのです」


 だが今のクーフルは、俺達の反応に優悦を見出さない。

 それどこかおもむろに自身の左腕の袖を捲って、露出させた腕を俺達へと見せ付けた。


「私にはこの【契約の呪印】があるのですから」


「……!!」


 そこには、忘れもしない……ベルゼビュートと契約した証である『呪印』が刻まれていた。

 だが俺の時のような腕全体にびっしりと刻まれた模様は無くて、左手の甲に闇色の特徴的な模様が刻まれているだけだ。


「くはっ! ……だからこれも、私の力だ」


 そしてそれは確かに――【聖女の聖痕】と酷似していた。


「《魔呪召現――【儀怨崇霊呪ぎおんそうれいじゅ】》!!」


 【契約の呪印】に呪法を籠めてクーフルが渾身の呪法を発動した。

 自身の背に位置していた両拳とマントが突如として空へ上がりその大きさを増したかと思うと、それを装着するように呪法によって生成された50m程の高さのある黒い泥が亡霊のような姿を形作っている。


 まるでクーフルの生霊だ。

 それは白い手とマントと同化して、これまで存在しなかった顔部分が生成されると最後に黒泥で作られた動物の骨が被せられた。


魂霊儀怨体こんれいぎおんたい……《《喜劇》》。これが貴方方を絶望へと誘う、もう一つの私です」


 その骨の口には動物の姿が故に表情というものは表せない。

 だが空洞の目は、まるでニタニタと嘲笑するかのように曲がった姿を晒していて、たったそれだけでその亡霊に強烈な悪意を感じさせる表情が生まれていた。


「《魔呪召現》ッッ!!」


「「――ッッ!?」」


 そしてクーフルが手を叩くと同時に《《喜劇》》も自身の両手を重ね合わせると、これまでとは比較にならない程の質量を持った多重攻撃が俺達に襲い掛かった。


「ぐっ!? ――がっ!!」


「――ぐ、うッッ!!」


 回避するが、数が多過ぎて人の身体ではどうしようもなくて、腹に直撃し空を飛ぶ。

 破壊しようと光魔法を叩き込むが、その強度はこれまでの比ではなく容易く破壊は失敗し腹に直撃して空を飛ぶ。


 その多重攻撃は三番街の中央広場をドーム状に囲んだかと思うと完全に街を封鎖して、空には俺とセルス、そしてドームの上に立つクーフルだけが残されていた。


 これ以上の邪魔は絶対に入らない、俺達だけが舞台に立った劇場。


「さあ、共に嗤い合いましょう!! 私達だけの即興劇エチュードが今ここに! 最後の開演が、幕を開きましたッッ!!」


 狂乱の笑みを浮かべたクーフルによる絶叫を聞きながら、俺とセルスはその狂気に思わず目を見開いてしまう。


 ……【契約の呪印】に当てられたからだろうか。

 その狂気を浄化しようとするかのように、俺の左手に宿る【聖痕】が淡い光を放ち輝いていた。

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