第16話(4) 『星に願いを』
セルスの持つ光魔法《ルミナ・フラグメント》は、一撃から放たれる特大範囲の衝撃波とそれによる火力の高さが持ち味の能力だ。
メビウスと異なる点を挙げるとすれば、現状の彼では必ず苦戦してしまう大型の敵や高硬度の敵に対して非常に強く出れるというものがある。
光魔法全ての特徴として相手を戦闘不能にしか出来ないというデメリットこそあるが、人殺しをしないということ自体が常識であるため、セルスの光魔法には実質デメリットが一つもなかった。
万人が共通して強力だと告げるであろう力。
……だがそれはあくまで、魔法という力に限っての話だ。
セルスと【傀儡】との戦闘。
強力な光魔法を有しているとはいえ、メビウスの言い付け通りに無駄な交戦をせず一撃で【傀儡】を浄化させるためには詠唱が不可欠だ。
故に詠唱し、魔力を完全に拳に籠めるための不可侵時間を必ず設けなければならないのだが、セルスに関して言えばまずそこまでの過程に行くことが現在進行形で困難を極めている。
「ちょっ! まっ!?」
『『――――』』
一応聖神騎士団の退魔騎士という称号を持っているセルスだが、ルビア同様ある事情により騎士団の管轄に在籍しているだけで騎士として育ってきたわけではないため、基本的な訓練など一つも受けていないのが実情だ。
メビウスのような武術やその他の戦闘技術を駆使した戦い方は出来ず、あくまでセルスが行えるのは強力な光魔法に全てを委ねた魔法攻撃と自身のポテンシャルから成る反射神経に頼った野性味のある猛攻のみ。
技術を有している者からしてみれば、光魔法が発揮出来ていないセルスの戦いは光るものはあるもののあまりにも幼稚に思えてしまうものだった。
「おわっ!?」
故にアルカとラックスの長所を持ち互いの短所を補い合っている【傀儡】にセルスは苦戦を強いられていて、攻防の末に足払いに見事に引っ掛かり地面へと叩き付けられる。
続けて振り下ろされる泥剣をセルスは咄嗟に白刃取りで掴みそのままバネの要領で跳び上がったかと思うと、【傀儡】の顔面に向けて足を揃えた跳び蹴りを放った。
『『――――』』
「まー避けるよなぁ……」
だが当然、それを【傀儡】は少ない動きで回避し伸ばした蹴りは空を切る。
避けられる前提で放ったものの、一旦離れてくれることを願ったが故の行動は自身の運動神経だけに頼ったあまりにも今後のことを考えていない安易な選択で。
【傀儡】の小太刀による、首を狙った突きが伸びた。
それを反射的に回避するが、初めからそれを見越していたであろう【傀儡】による泥剣がセルスの横腹を的確に捉え薙ぎ飛ばす。
「がっ――!?」
『『――――』』
「――――ッッ!!」
吹き飛ばされすぐに体勢を立て直そうと顔を上げた所に既に【傀儡】は二本の泥剣を構えた状態で急接近していて、剣術による二刀流の乱舞がセルスへと襲い掛かった。
重い一撃と、急所だけを狙った軽い一太刀。
二つの要素を持つ乱舞がセルスの身体を痛め付けるが、重要なのは急所に当たらないことだと本能で理解したセルスは、重い一撃は全て受けきり光の魔力を纏わせた左手だけで軽い一撃を捌き切る。
光魔法を全身に宿し天使以上の耐久力を持つセルスだからこそ出来る持久戦。
だがセルスは、このままでは捌き切ることが出来ずに搦め手によって致命傷を負う未来が確定してしまうことを理解していた。
「《ルミ、ナ・フラグメント――!!」
『『――――』』
「――【剛、拳】》ッッ!!」
だからセルスは厳しい体勢からでも右手に星の魔法陣を展開し強烈な光魔法による剛拳を放つ。
瞬間、巨大な衝撃波が前方へと放たれ木々を揺らし、砂埃を巻き起こした。
目の前にいる【傀儡】には必ず直撃する。
そう思っての渾身の一撃だったが、そんな予想とは裏腹に【傀儡】の危機感知能力は生前のままなようで、魔法が放たれる直前に超高高度へと跳び上がり距離を離さずに巨大な衝撃波を回避していた。
「えー……嘘だろぉ……?」
せめて大きく距離を取ることぐらいは出来ると思っていたのだが、それすらも叶わなかったという事実に一筋の汗を流して上空を見上げ、これから起こるであろう反撃に思わず頬が引き攣ってしまう。
「あれだけ啖呵切ってこの体たらくは流石に顔向け出来ないんだけど……」
メビウスと約束した以上その信頼に応えなければならないが、現状これほどまでの強敵を前にダメージを蓄積させずに詠唱込みの一撃だけを当てることはかなりハードルが高い。
幾ら武術を会得していたとしても大抵その者には苦手な分野というものがあるものだが、二つの魂……それもどちらも高レベルの技術を有している状態で融合しているからか本来あるべき隙が全く見えてこないのも反撃の一手に出れない理由だった。
「くっ!」
落下の威力を乗せての叩き落しを回避し、続く連撃を反射神経と持ち前の勘だけで受けきるが、また同じ結末が続くであろうことはセルスも当然理解している。
状況が好転しなければこの場に立つ意味が無い。
どうにか突破口を見つけるべく【傀儡】の持つ泥剣を光魔法で弾き飛ばそうと試みてはみるが、やはりそれを隙として処理され無駄なカウンターを喰らうだけだった。
『『メビウス……ッ……タスケテクレェェェ……』』
「こんな強い人達が助けを求めるだなんて、一体何があったんだかっ……!」
小声故に上手く聞き取れないが、流石に何回も同じ言葉を聞けば脳が徐々に単語を記憶しより鮮明に聞こえるようになってくる。
鮮明になったが故に聞こえるようになった呻き声に混じる僅かな感情の苦しみに、セルスは思わず眉を潜めた。
『『メビウス……ッ……タスケテクレェェェ……』』
「……っ」
呻き声を聞き続ける度に、思考が中断されていく感覚がある。
普通だったら、他人であろうとこんなに救いを求める声を聞き続けてしまったら助けられない無力感から頭がおかしくなってしまうかもしれない。
けれどセルスが『助けられない』という可能性を僅かでも持つことは決して無くて、蒼い瞳は絶えず【傀儡】から目を逸らさずに僅かな隙が出来るのを待ち続けていた。
『『メビウス……ヲ……』』
「――っ?」
だがそんな時、ふと【傀儡】との距離が近くなって、偶々セルスの耳元で囁くような形となった。
同時に【傀儡】は右手に持つ泥剣を振り上げている。
だがずっと聞いていた呟きが自身の想像していた言葉と微妙に異なるニュアンスだったことに疑問を抱き、セルスは降り上がる泥剣を見上げることもせず無意識に耳を澄ませていた。
『『メビウス……ヲ……タスケテクレェェェ……』』
「――――ッッ!!」
そして本当の願いを脳が理解した瞬間――セルスは反射的に目を見開く。
……これまでずっと、助けを求めているのかと思ってた。
魂を融合され好き勝手に使われ文字通り傀儡となったことで、きっと想像も出来ないような苦しみを味わっていたり、自分の望んでいないことをさせられているという嫌悪から、そう言った言葉を無意識に口ずさんでいるのだとずっとそう思ってたんだ。
でも、恐らく最初から最後まで違ったのだ。
この人達はずっと……この人達にとって大切な人の平穏だけを願ってた。
「……そっか」
そう呟く刹那――振り下ろされた泥剣がセルスの頭部を直撃する。
人体の急所は数あれど、圧倒的な筋力を持ってすればそこを狙わずとも大体の場所が急所になるものだ。
もちろん頭部にも急所はあるが、ラックスさんの魂が強く宿る右側の攻撃は豪快な思考が用いられていたが故に急所に正しくヒットしたとはお世辞にも言えないだろう。
だが呪法で創られたことによる剛腕から放たれた一撃は、人間であれば容易に頭蓋骨を粉砕させ地面へと叩き付けられる程の威力を誇っていた。
「――――」
だが……セルスはまだ、立っている。
地を踏み締めた両足には常人では計り知れない程の体幹を有するために星の魔法陣が展開されていて、頭から大量の血を流しながらも未だ蒼色の瞳に宿る輝きが霞むことはない。
故に――既に【傀儡】の心臓部には、セルスの右手が添えられていた。
「……この痛みなんて、この人達と比べたら軽いもんだ」
洗練された攻撃が避けられないのなら、全部喰らってしまえばいい。
動きを止められないのなら、自分自身が止まればいい。
簡単な話だったんだ。
傷付くだけで助けることが出来るなら、痛みなんて軽いもんだとセルスは思う。
同時に左側から横腹へと小太刀による追撃が入るが、それを直撃しても尚顔色一つ変えずに柔らかな笑みを【傀儡】へと向けていた。
……関係のない他人のはずなのに、その言葉だけで胸が暖かくなるのを感じる。
それは多分、呻き声を上げてまで言い続けていた言霊にありったけの親愛と心配が混ざり合っていたからだろう。
だからこそ、真っ直ぐに前を向けるんだ。
心の底から助けてあげたいって、その願いを叶えてあげたいって……そう思うんだ。
「その願い……オレが必ず叶えてみせる。だから……安心してくれ」
【傀儡】の身体に触れる手首に、星の魔法陣が展開される。
聖女の持つ神秘的な光とは違った、闇夜を照らす星のような、熱さすら感じる程の輝きを放つ光の集合体。
「《ルミナ・フラグメント……【剛拳】》」
それは【剛拳】という名には程遠い、魂を優しく包み込むような眩い光の波動を放った。
衝撃波ではない星の波紋が【傀儡】を覆い、眩い閃光がセルスごと世界を包む。
『『――――』』
仮初めの肉体を得た【傀儡】の身体が、徐々に泥の欠片へと変わってゆく。
【傀儡】は反撃することなくその場に立ち尽くし、まるで人が変わったように真っ直ぐにセルスを見つめていた。
『『――メビウスを』』
声質が変わり、含みのあった言葉に宿る感情が鮮明になる。
『『メビウスを……助けてくれ』』
ほとんど朽ち果て、浄化されているにも関わらずそれでも何度もそう願う二人の最後がどんなものだったのかはセルスにはわからない。
でもその真剣な声にはセルスのものではない、魂に刻まれた光が確かにあって、それは小さいながらもセルスに負けないぐらいの輝きを放っていた。
きっと彼らにとっては、それ以外に何かを願う必要は無いんだ。
ならば自分に出来ることは、その心配が過保護だったと天国で笑い話に出来るようにするために、二人を心の底から安心させることだけだ。
「ああ……わかってる」
だからセルスは自信を多分に含んだ笑みでそう告げると、遂に星の輝きは【傀儡】を完全に浄化させた。
キラキラと舞う星の欠片が雪みたいだと思うと同時に、セルスは自身の胸元へと手を置き、ジャケットを強く握り締め目を瞑る。
……ほんの少しだけ、表情に陰が掛かる。
「心に……勇気を持つんだ」
だが自分の魂にそう告げると蒼い瞳を煌めかせ、セルスは自身満々な笑みを浮かべ直していた。