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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第16話(3) 『助けるための力』

 三番街の中央広場には、既に俺達三人とカイル以外の人間はいなかった。

 聖神騎士団の素早い対応のおかげで住民たちの避難が完全に完了したからだ。


 たとえ人がいなくなったとしても、どうしても街はこれからも破壊されてしまうのだろう。

 それでも、これ以上犠牲になる人がいないという事実は俺の心の負担を大きく軽減させていた。


「くはっ……あはははははははははッッ!!」


 だがその負担を完全に無くすためには、目の前の悪党を【断罪】しない限り訪れない。

 故にクーフルの狂った高笑いに不快感を抱きながらもセルスと目配せをして一斉に地を踏み締めた。


「だが、幾ら立ち上がった所で貴方では私を殺すことは出来ない! 何故なら私には【傀儡】がいるのだから!!」


 そう叫ぶと同時にクーフルは地面に向かって両手を叩き込み、強大な呪法の力が視覚出来る程に地を走る。

 それと同時にクーフルの背後から巨大な黒泥による物量攻撃が襲い掛かって来るが、止まることなく走り続ける俺の後ろで拳を構えたセルスが立ち止まった。


「《魔呪召現――!」


「《ルミナ・フラグメント【剛拳】》ッッ!!」


「【魂霊媒禍・傀儡】》ッッ!!」


「うぅらッッ!!」


 セルスによる衝撃波を纏う拳が全ての物量攻撃を塵と化すのに合わせ、その衝撃波に乗る形で速度を増したことによる俺の飛び蹴りがクーフルを捉えた。

 だがそれは二重に展開された白い手二つを吹き飛ばすだけで、ギリギリ奴の顔面を蹴り飛ばすことは叶わない。


「ぐっ!?」


「うおっ!?」


 だからこそクーフルを止められなかったことで呪法が発動し地面からせり上がるように大量の泥渦が巻き起こったかと思うと、そのまま【魂霊媒禍】の風魔法による暴風が俺とセルスを後方へと吹き飛ばす。

 流れるような詠唱でありながら魔呪召現、魂霊媒禍と続けるように呪法を展開させることで詠唱を途切れさせずに最大効果を発揮させる高度な技術を、クーフルは直情的な本能と狂気だけで行い切ったのだ。


 地面に激突する前に着地しすぐさまクーフルへと視線を向けると、風魔法の性質を持っていた泥渦は未だにその形を保ち続けている。

 そしてその泥渦が徐々に風の性質を失ったかと思うと、形を変え泥にまみれた甲冑騎士の姿へとその身を変えた。


『アァァ……』


『ウ、ウゥゥ……』


 これはまさしく……【傀儡】の力だ。

 大小様々な大きさを持つ9つの泥鎧兵が泥で作られた棒を片手に小さな呻き声を上げながら立ち尽くしていた。


 傀儡と聞くだけで嫌な予感がする。

 次なる攻撃を予期しているが故の臨戦態勢を維持することも出来ず、俺は震える左腕を抑えながら瞳を揺らがせ続けていた。


 そんな俺を見て、クーフルは口元から血を垂らしながらも笑みを浮かべる。


「くふっ……察しが良くて助かりますよ。そうです。貴方の……大切な同族の魂です。丁寧に鮮明に、私がこうして肉体を与えている。今この場において、私だけが神を名乗ることさえ出来るのでございます!!」


 何が、神だ。

 死者の魂を愚弄するような悪党が俺の願う神であるはずがないだろ。


 だが確かに魂を媒介に力を行使することが出来るというのは、魔法という摩訶不思議な力をも超越したものであるのは間違いない。

 自分のことを神だと宣うことも、立場によってはそう捉えても遜色ないことであるだろう。


 そして奴の言葉がどういう意味を持つのかを、俺もまた薄々感じ取っていた。


「俺が、殺してきた……」


 恐らく奴が出現させた傀儡は、俺が同時期に殺してきた何の罪も無い天使たちだ。

 事実奴の出した傀儡の数は、子供の頃の俺が呪法を確立したであろう時までに殺した数と合致している。


 つまりこの場にいる傀儡は全て、俺の罪によって生まれてしまったものであるということだ。

 俺のせいで、死して尚悪意を持った悪党によってその身を使われるという最低最悪な行いをさせてしまっている。


 どれだけ立ち上がることが出来たとしても……やっぱり俺の、血に染まり切った手の平は震え続けるばかりだ。


 ……でも。


「…………」


「……ぁ?」


 強く瞑った目を……ゆっくりと開いて、俺は落ち着いた感情でクーフルを射抜けていた。


「なんですか……何なんですかその目は……もっと狼狽えるべきでしょう? もっと、泣き喚くべきでしょう……!?」


 それが奴にとっては予想外で、酷く癪に障ったに違いない。

 真っ直ぐ見つめる紅い瞳が金色の瞳と交錯する度に、クーフルは強く歯を軋ませていた。


「なんなんだよ、その目はあああ!?」


 そして遂に耐え切れなくなったクーフルが呪法によって【傀儡】を走らせる。

 俺は両腕を伸ばして指を銃の形へと変えると、心の震えを息と共に外へ吐き出し雷の魔力を指先へと向かわせた。


「《ライト、ニング……」


「待てよ」


「――っ?」


 だがその片腕は不意にセルスによって降ろされてしまう。

 眉を潜め傍に寄るセルスに視線を向けると、セルスは俺に笑みを浮かべたまま俺の前へと足を進めた。


「よくわかんないけど、状況から見てオマエが手を下すに躊躇するような人達なんだろコイツらは。なら、無理に覚悟を決める必要なんかないさ。こういうのは、何も知らないオレみたいな奴がやればいい」


 それは俺を気遣ってのことなのだろう。

 確かにそうしてもらった方が余計なことを考えずに現実から目を逸らして、自分の心を傷付ける心配もない得しかない気遣いだ。


 それにどれだけ魂があろうともうその人達は死んでいて、記憶も痛みもそこにはない概念だけの存在でしかないのは確かだ。

 誰かに代わってもらった方が、俺の信念を貫き通しやすくなるのは間違いないだろう。


 ……て、普通ならきっと思うんだろうな。

 でも、駄目なんだ。


「……俺自身なら良いんだ。でも、俺以外があの人達を傷付けようとするのなら……きっと俺は守ろうとしてしまう。傷付けたら、全力で叩き潰してしまいたくなる。だから、駄目なんだ」


 俺には合理的な判断なんて出来ない。

 理屈と感情、どっちが大事かと聞かれたら理屈だと即答出来る自信はあるのに、その実俺はいつだって感情を優先してしまう。


 俺が殺すのは良いのだ。

 嫌だけど……覚悟を決めて大切な人の命をもう一度奪って、それで一生苦しみ後悔し続ける人生を背負うことになったとしても、それは自分の事なのだからと悪党として背負い続けることは出来る。


 だって……辛いのは、俺だけなのだから。


 でもセルスに言ったように、他人がそれをやるのであれば駄目なのだ。

 それはもうそいつが悪党だ。

 たとえ暴論だとしても善人に手を掛ける奴は、全部俺にとっての……悪党なんだ。


 叩き潰すなんていう軽い言葉を使いはしたが、叩き潰すどころか俺はこの状況でもきっとセルスを【断罪】してしまうと思う。


「言っただろ? ……大丈夫」


 だからせめてそうならないように、俺がやらなくちゃならない。

 だがセルスはそんな俺の主張を受けても、眉一つ動かさずに笑みを浮かべ続けていた。


「勇者っていうのは、称号じゃないんだ。どんなことにも勇気を出して立ち向かうことが出来るから、助けた数だけそいつの心に敬意を向けて『勇者』と呼んでくれるんだろ」


「いきなり何を……」


「オレの力は人を助けるためにある。知らないのか? 星が光り続ける限り、夜空は暗闇にはならないんだぜ?」


 あまりにも抽象的で唐突な言葉だ。

 俺ではセルスの言葉に含まれた意図を読み取ることは出来なくて、潜めた眉がもとに戻ることはなかった。


 だがセルスもそれはわかっていたのだろう。

 再度微笑みかけたかと思うと俺に背を向け、迫る傀儡たちに身体を向けた。


「約束する。絶対に痛みは与えないって、だから……オレを信じろ」


 その背中を信じることが出来るのか……自信はない。

 でも、そうすることが最善の道であるということは俺だって理解しているのだ。


 さっき覚悟を決めたように、今やるべきことが何なのかを第一に考えるべきだ。

 悩んで、悩んで……それで今全部を抱え込むことは、もう辞めたから。


「約束破ったら、殺すからな!」


 だから俺は苦悩に引っ張られつつも無理矢理それを頭から取り出し、脇目も振らずにクーフルへと突貫した。


「乱入してきただけのクソ魔族が、どこまでも私の劇場の邪魔をしてぇ……!!」


「ふ――――ッッ!!」


 怒りに震えるクーフルに《ライトニング【噴出】》で急接近した俺による二連蹴りが叩き込まれるが、またしてもその蹴りは再度生成された二つの白い手によって阻まれた。


「貴方にとっても邪魔でしょう! 先にあの魔族を殺させてくださいよ、メビウスゥゥッッ!!」


「お前の思い通りになんか、させてたまるかよ……!!」


 クーフルとの付かず離れずの攻防は熾烈を極めていて、余程の実力者でなければこの状況に乱入することなど出来ない程の死闘を繰り広げていた。


「殺す殺すって、あいつら物騒過ぎるだろ……」


 そんな俺達の態度を呆れながらも見送ったセルスは気を取り直したように再度【傀儡】たちへと視線を向ける。


『『『アアアアァァァァ……』』』


『『『ウウウウゥゥゥゥ……』』』


「……オマエらもきっと、助けてほしいって思ってるんだよな」


 泥で作られた棒を振り上げながら囲むように迫る【傀儡】にセルスは初めて真剣な表情を向けていた。

 その蒼い瞳には同情や悲愴の感情が入り混じっていて、それは偏に【傀儡】から発せられている苦しそうな呻き声を聞いたからだろう。


 言われた通り、この魂を傷付けることは出来ない。

 理屈とか事情とか、そういうのは何一つわからないけど……今のセルスには細かいことなどどうでも良かった。


 右腕を下へと伸ばし、左手で腕を押さえる。


「《ルミナ・フラグメント――」


 星の魔法陣が右手首に展開され、広げた右手からは闇夜に輝く程に眩い光が凝縮を始めていた。

 それと同時に全ての【傀儡】がセルスの顔前へと到着し――泥で作られた棒を一斉に振り下ろす。


「――【流星】》ッッ!!」


 そして棒がセルスへと叩き付けられる直前――手元に生まれた星型の光球が一気に世界を包み込む程の輝きを放った。


 するとセルスを中心とした超広範囲にまるで龍が咆哮を上げたかのような衝撃波が三重にもなって放たれて【傀儡】の身体を浄化させていく。

 泥の欠片が崩れ落ち、崩れていく姿を目の当たりにしながら、光の波動は【傀儡】の魂に干渉して塵一つ残さずに【傀儡】を無へと還した。


 光魔法は……助けるための魔法だ。

 どんなに強力な形や能力を用いようと受けた相手には傷一つ与えることは出来ず、むしろそれによって起こる付加価値によって傷を受けないように光の加護を対象へと授ける程に徹底的に保護する定めを持っている。


 それは魂であっても同じだった。

 セルスの攻撃は呪法を粉々に破壊させる程の威力を誇るが、その魂には何一つとして影響を与えない。


 つまりこの場においてセルスは、クーフルのメタ的立ち位置を持てているということになる。


「……」


 だがその【流星】でさえ浄化することの出来ない、確固たる独自の知性というものを持っているであろう魂が存在することにセルスは気付いていた。

 一人だけ不用意に襲い掛かって来ず遠くで様子を伺っていたことからもその異質さは良くわかる。


『『メビ、ウス……』』


「……悪いな。天友じゃなくて」


 二つの魂が融合したような歪な姿の泥鎧兵が、二本の泥剣を持ちながらふらふらと近付いていた。

 呻くような呟きから二人の関係性を察したであろうセルスは、微笑を浮かべながらも両腕に星の魔法陣を展開させる。


 立ち姿だけでわかる……【傀儡】の強さを。


『『メビウス……ッ……タスケテ、クレェェェ……』』


「だけどその代わりに……オレがオマエ達を、助けてみせる」


 無傷で倒すという条件では一筋縄では行かないなと感じながらも、セルスは光り輝く拳を構え闘志を燃やした蒼い瞳を向けていた。

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