第16話(2) 『なら、立てよ』
……俺はずっと漠然と、自分の魔法が一番強いと思ってた。
確かに炎や水のように生活の役に立てるようなものではないし、風のような利便性もなく土や氷のように物体を創り出すことも出来ない。
闇魔法のように、他者に干渉するようなことだって出来ない。
それでも……雷魔法は『特別』だった。
俺以外の誰も持つことのない明確な俺の才能……俺だけの力。
悪党を裁くに相応しい能力を有しているから、どう転んでも俺は必要不可欠な存在になることが出来るってずっとそう思ってたんだ。
だけど……これまで人間界で過ごしてきて、色んな人の魔法を見てきて……俺が出来ることなんて本当に少なくちっぽけなものなんだと本当は心の奥で気付いてた。
その証拠に俺は現時点でも『ウイングソール』という魔導具に頼りきっている。
強い敵が来れば来る程雷魔法は通用しなくて……いや、初めからずっと雷魔法単体で成果を得られたことは一度だって無かったような気がする。
炎でもなく水でもなく風でもなく土でもなく氷でもなく、雷魔法だからこそ出来たことなんて一つもなかった。
けど俺自身が強いというのは事実だから、たとえ雷魔法が俺の出来ることを増やしているだけの産物でしかなかっただけだとしても俺は必要な存在のままで居られてるんだって、そう思い自分を誤魔化し続けることは出来てたんだ。
だけど……今はもう、そうは思えない。
本物の勇者と、出会ってしまったから。
俺は偽物の勇者……偽物の英雄でしかなかったんだと、突き付けられてしまったから。
「随分派手にやられたみたいだな。でも、オレが来たからもう大丈夫だ。オレと天友の二人でさっさとあのボスを倒してやろうぜ」
セルスは俺と初対面であるはずなのに何故か俺を愛称で呼ぶ。
愛称であると思ったのは、偏に奴の声質が初対面だと思えないくらいに堂々としたものであったから。
魔族のくせに、天使である俺を一ミリたりとも警戒していないその姿はあまりにも人間味があるように見えてならない。
でも……だから、なんだ。
どんなに人間味があっても、カイルを守ってくれていても、コイツがクーフルと同じ魔族であることには変わらない。
だから……俺の抱いた思考が思わず口からも零れ落ちて、そこからはもう止めることも出来ずに涙を流しながら震えた声で感情のままに呟いてしまう。
「なんなんだっ……」
もう俺の心は既に……壊れてしまっていた。
「ほんとは、ぐっすり眠れるはずだったんだ……みんなで川の字になって寝て、起きて……おはようって、今日もいい天気だねって、起きてすぐ、みんなの笑顔をっ……ただそれだけでよかったのに……なのに、こんなっ……!」
思い起こすのは本来あるべき平穏な未来。
でもいつだって届かない日々だった。
俺の瞳に映るものは子供たちの寝起きの姿と俺が何処にも行かずに朝を迎え約束を果たした事実を受け嬉しそうに微笑んでくれるセリシアの姿だったはずなのに、現実として俺の前に残ったのは、たくさんの善人の屍と俺の大切な人の魂が宿った怪物だけだ。
何をしたって届かない、平穏な日々とは程遠い絶望の数々。
それでも、そんなちっぽけな幸せを投げ去ってでも残ったものに手を届かせるためにここまでボロボロになりながらも必死に立ってきたというのに、それをよりにもよって魔族が――成し遂げた。
「俺は一人でやれるんだ……やらなきゃ、いけないんだよ……俺が、みんなをって、魔族じゃなくて俺が、天使がみんなを、助けなきゃって……!」
心だけじゃなく、プライドまで砕かれたのだ。
もう俺には何も残っていなかった。
でも魔族がこれまでずっと俺の平穏な日々を壊してきたというのに、その魔族がそれを取り戻すだなんて許されて良いはずが無い。
「だからッッ!!」
――だから。
「魔族がいっちょ前に味方面してんじゃねぇよ! お前らはいつだって俺の大切なものを壊してく! みんな、みんなをっ……! もう、嫌なんだ。人が死ぬのは……だから、俺が一人でやらなきゃって!!」
魔族は全員悪党でなければならないのだ。
なのにまるで自分が正義だとでも言うかのように、俺の頑張りを魔族如きが容易く踏み躙ってきたのが耐えられなかったから――
「悪党は死ねよ、もうっ! 早く死ねよぉぉっ!!」
人間も魔族も、悪党はもれなく勝手に全員死んでくれと、子供のような癇癪による感情を――爆発させた。
「ぅぅ、くっ……!」
セルスという魔族の顔を見ることも出来ず、自分の身体を腕で抱き締め倒れ込んだまま蹲り涙を流している俺は、とても大人の姿とは思えない程に無様極まりないに違いない。
それにどれだけ喚いても、残ったのは矮小な虚無感だけだった。
守ったはずの人達に、怯えたような目で見られた。
守らなければならない人達を目の前でたくさん殺された。
三番街の中央広場はほとんど壊滅状態で、たとえ命が残っていても生き永らえた人達の心労は計り知れない。
それでも、俺だって必死にどうにかしようって頑張ったんだよ。
なのに……俺の望む日常を壊したのは魔族なのに、その日常をいとも容易く取り戻すのも魔族だと言うのか。
魔族は悪党なのにその魔族が正義面してみんなを救って、俺だけが悪党として糾弾されなければならないと言うのか。
そんなことが許されて良いはずがない。
だから俺が一人で全部やって、俺の手から零れ落ちてしまったものをまた掬い上げなければならないのだ。
「……」
そんな醜い感情のままに吐き出された言葉を浴びせられたセルスは、何も言わず口を閉ざし続けてる。
「……オレは魔族じゃない。これまでずっと、人間として生きてきた」
だがやがてセルスはゆっくりと口を開いて、語り掛けるように言葉を紡いだ。
「でも多分、オマエには事実なんてどうでも良いんだろうな。これがオレを形作ってるから、オレ自身この髪色をどうにかしようとは思わない。魔族がなんだって言ってるけど、オマエが本当に言いたいことはオレが魔族だとか人間だとか、そういうことじゃないってこともわかってる」
語り掛けるようなその口調は俺を納得させようとしてるだとか、きっとそういう意図じゃない。
ただ自分の中にある確信めいたものの帳尻を合わせるように、セルスは堂々と言葉を続ける。
「聞いてたんだよ。天友がどういう奴なのか。……言ってたんだ。凄い優しくて、一人で抱え込んでしまう性格で。自分のことを後回しにしてしまうから、きっと【帝国】に行こうとはしないだろうってさ」
誰だよそいつ……俺は、そんな奴じゃない。
俺はクズで、堕落した天使で……天界時代の友人ですら本当の俺のことなど何一つとして知らないんだ。
ずっと、自分すら騙し続けた日々だった。
でもセルスはどうしてかそんな過大評価をされている人物の本性をその目で見ても未だにその評価を変えてはいないようだった。
この身に感じる視線は魔族とは思えない程柔らかなもので、魔族だからと平等に向けていたセルスへの憎悪が徐々に虚構なものであったんじゃないかと思わされる。
「今のオマエはオレから見ても、たくさんのものを背負い過ぎて潰れてしまってるように見えるぜ」
……違う。
俺は、まだ。
「オレはオマエに、オレを頼れとは言わない。その重荷を少しぐらい床に置けとも言わない。オレはオマエの人生を全部抱えることなんて出来ないから、辛かったら逃げてもいいなんて言葉を言うのも無責任だって思うしな。……でも、オマエがどんな選択をしようとオレはあのボスを倒す。オレもみんなを、守りたいからだ」
一見突き放しているだけの言葉だが、その実セルスの言っていることは正論だった。
コイツは多分、俺の思考を完全に理解出来てるわけじゃない。
理解や共感をしてるわけじゃなくて、自分自身のやるべきことを示した上でお前はどうするのかを問い掛けているだけだ。
「このまま突っ伏しててもいいけどさ。でもオマエは……そういう奴じゃないんだろ。オレの聞いた天友は他人に全部を任せられるような、黙って見てるだけの男じゃないんだろ?」
俺がどんな選択をしようと、セルス自身がやるべきことは変わらない。
だから俺が今ここでうじうじと泣きながら寝ていてもセルスには何一つ関係のないことだ。
……それでもきっと、その誰かから聞いた『俺』はそういう選択を取ることは無いと聞いていたから、セルスの言葉には徐々に感情が籠り始めていて。
「なら――立てよ」
「―――」
はっきりとした選択の一つを、セルスは俺へと提示した。
「オマエは守られるような奴じゃないってみんなが言うから、オレはオマエを守らない。オレは一人だけで戦うつもりなんて毛頭ないから、オマエが立ち上がらないって言うなら騎士団長とルビアと一緒にあのボスを倒す。でももしも、立ちたいけど、背負った荷物が重すぎて立ち上がれないって言うんなら……その半分を、オマエの方からオレに寄こせ。何のために戦ってるのかを、ちゃんと思い出せよ」
「なんの、ために……」
「大切なのはいつだって……心に、勇気を持つことだ」
「―――!」
その言葉に……俺は目を見開いた。
……俺が、何のために戦っているのか。
色々なことが一度に起きてその度にそれをどうにかしようと来てしまったから、行き当たりばったりで目先の事ばかりに俺はいつも固執してしまっていた。
たくさん、欲しいものがあったんだ。
でも俺の心は強くなくて、躊躇し恐怖し不安になって……それでも一人でやらなきゃって、ずっとそう思い続けていた。
一人でやることが間違いだとは思わない。
でも、それで本来俺が持つべきものを忘れてしまったら、それこそ本末転倒だと目の前の男が教えてくれた。
俺にはずっと、人に頼る勇気が無かった。
それは今も変わらなくて、今も尚半信半疑な心は一人でやるべきだと囁いている。
――だけど。
「……森の中に、ルナっていう女の子がいるんだ」
だけどそんなに言うなら、お前なら……どうする。
「血を吐いて、倒れてて……早くセリシアの、聖女様の所に連れて行かないと、いつ死んじまうかわからなくて……」
「……なるほどな」
助けなきゃいけない人がいて、でも自分の代わりに守らなければならない人に助けに行かせてしまったら今度はその人達が死んでしまうかもしれないのに……それでも、他人に頼ることが出来るというのか。
「ルビア! 騎士団長! 森の中に怪我人がいるみたいなんだ。ここはオレ達に任せて教会に連れて行ってやってくれ!」
だがその試した末に視界に映った景色には、一見簡単そうでその実相当難しい決断を軽々しくした姿があった。
「――うん。わかった!」
「保護出来次第すぐに戻って来る。……死ぬなよ」
「当然」
その顔には不安などという感情は一切感じられなくて、へレスティルとルビアが戦場を去る姿を満足気に眺めているのが見える。
……到底信じられない、あまりにも軽率な行動。
けれどこの場にいる誰一人、セルスの決断を静止する者はいなかった。
「仲間って言うのはいつだって、伸ばした手を取ってくれるもんなんだぜ?」
「お前はあの二人を、大切に想ってるんじゃないのか……」
「もちろん。失いたくないに決まってる」
「ならそれで死んだらどうする……! それで、大事に想ってた人が死んじまったらそれこそっ……!」
「そうだな。オレだってどうしても心配はしちゃうさ。でも……全部に手は届かない。だから、その全部に手を届かせるために仲間を信じる勇気を持つんだ。自分の弱さに向き合ってな。オマエだって本当は……それを理解出来ているはずだろ?」
……言われなくても、わかってるさ。
俺の考えには無理があるって、本当はわかってた。
本当はクーフルを少しでも早く殺すためにへレスティルやルビアに協力してもらうべきだったのかもしれない。
それかへレスティルの言う通り、短い時間でも俺自身がこの場から離れルナを保護しに行くべきだったのかもしれない。
一人で全部抱え込む以外にもっと方法があったのは事実だ。
でも、やっぱり俺にはどうしてもその選択を取れそうにない。
……だけど。
ただ唯一、俺の抱えるものを分けることが出来る者がいるとすれば――
「――あっははははははははははははは!!」
そんな時、俺達の目の前で浮遊するマントの中から狂気に染まった嗤い声を上げながらクーフルが現れた。
あれ程までに遠くへ吹き飛ばされたというのにその身には擦り傷一つ無くて、あるのは殴られたことによる頬の赤みと純白の貴族服に目立つ土埃が付着しているだけだ。
「光魔法……あぁ光魔法ですか!! いつもそうだ! どいつもこいつも、憎い程に才能に恵まれている! 才能があるから、小さな欲望を積み重ねるだけで満足することが出来るッ!!」
そう言うクーフルの表情には嫉妬とは少し違う別の何か……そんな才能は全部自分自身にこそもたらされるべきだという醜い傲慢さが見え隠れしているように見えた。
「――だがッッ!! 今の私にも、才能があるッッ!! 貴方を殺すための手段を、私はもう既に考えているのでございます!」
発狂に近い怒声を上げながらクーフルは言葉を続ける。
「光魔法は不殺の魔法! 致命傷を負わせないように対象に傷を付けず、あくまで気絶させることしか出来ない蕩ける程に甘い魔法!! あぁクラクラする……! けれど私は! 生きているッッ!!」
光魔法の性質など初めて知ったが、そういうことであればあの破壊力に対して奴のダメージの少なさにも納得が出来る。
クーフルの言う通りあまりにも甘えた魔法だが、それでも人によってはあまりにも眩しい魔法に違いない。
「《魔呪召現【魂霊媒禍】》ッッ!!」
「―――ッ!!」
そんな強力な光魔法を持つセルスを殺すための手段。
それが何なのかと堂々としながらも地を踏み締めるセルスに向け放たれたのは、俺にも放った炎魔法による熱線の波状攻撃だった。
だが俺の時と違うものがあるとすれば、照射される熱線があまりにも細過ぎることだろう。
それは偏に、光魔法による巨大な衝撃波によって全てを無に帰すことが無いようにという対策故のものだ。
これが俺であれば『ウイングソール』と天使としての経験による飛行技術で波状攻撃を掻い潜りながら接近することが出来るだろうが、人間(魔族)であるセルスにはそのような高速移動を行うことが出来る方法は恐らく無い。
つまりクーフルの言う通り、奴の手段は非常に有効に働いていた。
「安心して頂いて構いません。貴方から先に殺して差し上げます。私の理想の劇場を壊した責任は、生き続けたくないと思ってしまう程の凄惨な死をもって払ってもらわなければならないのですからッッ!!」
「そりゃ、随分と物騒だな!」
だからこそセルスは、動かない俺に熱線が当たらないよう初撃が来た瞬間に勢いよく前方にジャンプしラインを上げ、無詠唱による光の拳によって襲い掛かる熱線を殴り弾く。
これだけ絶え間なく攻撃が続いていると、セルスも詠唱による強力な衝撃波を使うことが出来ない。
詠唱さえ通れば熱線を放っている元の怪物ごと全てを消し飛ばすことが出来るのだろうが、クーフルは決してそれをさせはしなかった。
「魔族のくせに光に媚びを売るなど愚者の証明! 中途半端な貴方には聖神ラトナも邪神メークリヒも決して手を貸しはしないでしょう!」
「魔族魔族って、オマエらは種族でしか物事を語れないのかよ」
「ですがその才能よりも、私の呪法の方が強いッッ!」
会話にならない言葉を交わし、それでも未だセルスの顔色に焦りはない。
「さぁ才能を見せてください! その上で手始めに貴方を殺す! そうすることで、私の劇場はより絶望の色を濃くすることが出来るのだからッッ!!」
「―――ッ!!」
未だ無傷で呪法による猛攻を相殺するセルスの足元を突如として大量の黒泥が覆い、そこから大口を開けた巨大な怪物がせり上がろうとしていた。
地面と同化する黒泥はまるで大蛇のような怪物へと成り果て、地上からほんの僅かにセルスを浮かし呑み込もうと口の形を生成し出した。
「―――ふっ!!」
だが身体が揺れ動く中でセルスは大きく右足を上げると、巨大な蛇と共に空中へと飛ばされる寸前の所で光魔法による踵落としを放った。
強大な衝撃波によって大蛇の顔面が大きく凹むと、そのまま轟音を鳴り響かせて怪物は粉々に砕かれてゆく。
「足まで使えるのか……!! ですが――!!」
それはクーフルにとっての想定外。
だが奴は如何なる状況であると自身の思い通りの結末になることを信じて疑ってなどいないから、少し浮いたことで落下軌道に入るセルス目掛けワーム状の巨大な質量を持つ黒泥を放った。
たとえどれだけ強力な力を持っていようと、天使や風魔法を持っていない者が空中に浮かんでしまったら対処は困難を極めその術も制限される。
だからこそ黒泥を放ったと同時にクーフルは初めて自身の背に位置するマントを接近のために使用しセルスの真後ろに瞬間移動したかと思うと、漆黒に染まった短剣を構え大きく地を踏み締めていた。
「さぁ、使えよ光魔法……!! その時が今度こそ私の、私だけの劇場の、再演となるッッ!!」
たとえあのワーム状の怪物が一撃で破壊出来る程の耐久力しか無かったとしても、当たればこれまで通りの動きは出来なくなる。
かといってそちらに意識を割き光魔法を使用してしまえば、鋭利な刃に貫かれ無事では済まないだろう。
だからこそクーフルは、セルスに選択を強要していた。
どちらに転ぼうとセルスの光魔法ではクーフルを殺すことが出来ないからこその捨て身の策。
―――それでも、セルスが背後に視線を向けることはなく、目の前の怪物に向け星の魔法陣を展開。
「《ルミナ・フラグメント【剛拳】》ッッ!!」
そして渾身の――光魔法を放った。
それによって巨大な黒泥の塊は爆散し、大量の残骸となって空を散る。
「取ったあああああああああああああッッ!!」
セルスは……選択した。
故にその残骸の影に隠れる形で絶叫に近い咆哮と共にクーフルによる刺突がセルスの背中を捉えていた。
「……それはどうかな?」
刺されると、理解していたはずだ。
だがセルスは未だ顔を後ろへと向けることはなくて、不敵な笑みと共に視線は真っ直ぐに前を向き無防備な背を晒し続けている。
――どうして、そうまで運命を受け入れることが出来るのか。
「忘れてるだろ。オレは――独りじゃない」
それはきっと偏に……人を信じるという、心に勇気を宿しているからだ。
「―――は」
「―――」
――刹那。
クーフルとセルスとの間に、雷の火花を飛び散らせながら拳を構えた俺がいた。
《ライトニング【跳弾】》+《ライトニング【噴出】》。
セルスが爆散させた質量の残骸を跳ね飛ぶようにして、まるで電光石火のように二人の間に割って入ったのだ。
「―――」
……俺が何のために戦っていたのか。
それをずっと忘れていた。
カイルとかルナとか、街のみんなとか騎士団の連中とか、大切な人達だとか……最初はそんなに多くなかった。
なのにそれを全部抱き抱えようとして『よくばり』な欲望を抱いたが故に潰れてしまった。
自分の信念が、こんなに脆いものだなんて知らなかったんだ。
でも……俺は最初から示されていた。
俺がどうして、ここに立っているのかを。
『不甲斐ない、我らの代わりに……』
『聖女様を、みなを……守ってくれっ――』
そうだ……俺の過去とか、俺の罪とか、俺がどうしたいのかなんて今は関係のないことだった。
いつだって思い浮かべることが出来る。
全ては、みんなの笑顔を。
セリシアが笑って毎日を過ごせるような。
「《ライトニング――【撃鉄】》」
平穏な日々を……守る為に。
「ご、ああああああああああああああああッッ!!」
雷光一閃。
瞬間――詠唱による強烈な雷拳がクーフルの腹を直撃し多大なる火花を散らしたかと思うと、魔法による衝撃によって奴を勢いよく殴り飛ばした。
初めて得た、【撃鉄】の直撃。
拳に響く殴打の痛みを感じると共に、俺の紅い瞳が煌めいている。
クーフルが何メートルも吹き飛んだ様子を眺めながら、俺の隣に立ったセルスが満足気な顔で俺を見た。
「人を信じるのも……悪くないだろ?」
「……冷静に考えたら、お前が死のうがどうでもよかったわ」
「ははっ! ……ちょっと待て。なんかめちゃくちゃ嫌な信用のされ方なんだけど!?」
人を信じることはまだ出来ない。
きっと隣にいるのがセルスではなくテーラやルナだったら、俺が勇気を持つことはずっと無かっただろう。
だがセルスは違う。
コイツは俺に力を示して、初対面で、男で、魔族だ。
最低な話だが、俺が見捨てれる要素を全て揃えた奴がコイツなんだ。
だから逆に……信じれる。
本人にとっては不本意極まれないことかもしれないが、それでも今の俺にとってコイツの存在はあまりにも都合の良いものだった。
「ごはっ!! ごえぇぇっ!!」
殺すことは可能だったはずだが、恐らく直前で不完全ながらも身体に生成した黒泥を緩衝材とすることで衝撃を僅かに吸収したのだろう。
肘と膝を地に付け呻きながらもクーフルはまだ生きていて口から大量の血液を吐き出していた。
「よくばり……よくばりだ……よくばりだよなぁ……!?」
その身体は強く震えていて、様々な負の感情が混ざり合った事で歪んだ顔と共に、自問自答の言葉を吐き続けている。
「ぁあ……あああああああああああああああああああああッッ!!」
だが感情を処理することが出来ず限界を迎えたのだろう。
憎悪の籠った狂った絶叫を上げるクーフルには最初の時のような紳士さは欠片も残されていなくて、大量の汗を流し頭を抱えながらただ狂気に染まった姿を露呈させているだけだ。
そんな悪党の変貌に俺とセルスは互いに視線を交差する。
「……まあいいや。オマエの創った演劇、オレ達はあんまり好きじゃないからさ」
「俺達にとって、都合の良い超展開を」
そして雷による火花と星の魔法陣を輝かせ。
「「創ってやるよ」」
「泣き喚いていただけのクソ天使がああああ!!」
互いの信念をぶつけるための第二ラウンドのゴングが鳴った。