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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第16話(1) 『輝く剛拳』

 へレスティルやルビアが言っていた、来てしまえば全て何とかなるという救世主のような存在。


 最初は、ただの買い被りだとか身内贔屓だと思ってた。

 所詮【帝国】という弱者の集まりの中でまだマシというだけの、使い物にならない足手纏いのことを信じてるんだろうって心の何処かでずっとそう思ってたんだ。


 だけど……実際にその姿を見ればわかる。

 視界に映る少年は……多分俺と同等かそれ以上に強いんだって。


 俺でもどうにも出来ないと諦めてしまったクーフルの呪法を無傷のまま消滅させたのだ。

 何をしたのかはわからないが、それが出来るというだけでこの場においての役割の大半を担うことが出来る確信があった。


 年齢は恐らく俺と同じくらいだろう。

 僅かに俺より低い身長を持ち、服装は首全体を覆う程の襟を持った青い半袖のジャケットを着込み、その中には黒い長袖のシャツを着ているのが見える。


 下は膝を隠さない程の長さだが横に広いタイプの半ズボンで、その中からは伸びるように黒色のレギンスが肌を隠していた。


 童顔に加え服装の絶妙な幼さもあって何処か活発な印象を与えており、初対面であればきっと誰もが警戒から入らず友好的な接触から入るであろう少年だ。


 だが……俺だけはその第一印象とは異なる思考を抱いてる。

 それは偏に、俺の視線に映った奴の頭から伸びる髪色がそれらの印象を全て容易く塗り替えていたからだ。


 ……黒髪だ。

 左側に僅かに跳ねた特徴的な髪型をしているが、そんなことが気にならないくらいにその髪色が強烈な存在感を放ってる。


 もちろん髪を染めているという可能性もあるから、一概に決め付けるつもりは毛頭ない。

 だがその思考を得るに至った筆頭であるテーラの髪色が白色でなかったのは自分が天使だと知られたくなかったからで、わざわざ自分を悪意の象徴である『魔族』だと思われたいがために黒髪にしようと思う奴などいないはずだ。


 仮に『魔族』に思われたいのならそれでもいいが、どんな事情があろうと結局奴はもれなくクーフルと同じ『魔族』だという証明をしていた。


「セルス君……」


「セルス……」


 だがクーフルと同じ魔族であるにも関わらず、ルビアとへレスティルはセルスと呼ばれる少年の後ろ姿を見てホッと安堵の息を吐いている。

 その瞳から漏れ出るものに負の感情は一切無くて、正真正銘心の底から信頼を奴に向けているのが外部の俺にも伝わってきた。


「遅れてごめん。無事でよかった」


 セルスも恐らく長い日数を掛けた再開だったのだろう。

 顔だけ後ろに向けて二人と同じように安心した笑みを浮かべている。


 だが笑みを見せられた二人にとって決して湧き上がる感情は安心だけではなかったようで。

 安心したのも束の間、ぴくぴくと眉を跳ねさせながらやがて二人は感情を爆発させた。


「何が無事でよかっただ! ここに来るまでにどれだけ時間を掛けてるんだお前は!」


「もう、遅れ過ぎっ! 今回ばかりは私だって怒るよ!? 【帝国】を出る前にあれだけ念を押したのに、またセルス君はっ!」


「わ、わ~ちょっ、ごめんって! オレだってこんなに遅れるつもり無かったのに【帝国】の連中が急にさぁ……」


 その雰囲気は先程まで死期を悟り九死に一生を得た者たちとは思えない程穏やかで、たった一人が戦場に介入しただけでこの場において絶望や不安といった感情が消滅してしまっていることを突き付けていた。


 俺がどれだけ頑張っても得ることの出来なかった信頼を、奴は……持っている。

 起こったこととしてはクーフルの放つ呪法を防いだだけだが、それでも初めて――流れが変わった。


 だがそれで安堵出来るのはあくまで、セルスが来たことで戦況がどう変わるのかを知っている者たちだけだ。


「あ、あのっ!」


 だからこそ、セルスを知らないカイルはへレスティルやルビアの態度から味方だと判断しつつも無条件で信用するということは決してなかったはずだ。

 それでも自分の願いのために勇気を振り絞って初対面のセルスに声を掛けた。


「つ、強いんでしょ? だったらシロ兄を、助けてっ……! お願い、します……!!」


 涙を流し、懇願するようにその言葉を紡ぐカイルにセルスは一瞬だけ目を見開いた。

 それは多分、子供がここまでの感情を吐露するなど本来はあってはならないことだと思ったからだろう。


 そもそも戦場に子供がいること自体がおかしいことではあるが、それでも決して委縮せず、泣き叫ぶこともせず他者のために頼み込むことが出来る子供の姿を見てセルスがどう思ったのかはわからない。


「――ああ、任せろ」


 でもその言葉を受け、セルスが見せたのは安心させるような自信のある笑みだった。

 それを見て、その自信がたとえ虚勢によるものであったとしても今は信じるしかないと理解したのだろう。

 カイルはコクリと何度も頷き、安心し身体の力が抜けたように地べたに膝を付いてしまった。


 ……だが、それを面白く思わない者もいる。


「……また。また、してもッッ……!!」


 カイルに邪魔された以上に身体を強く震わせたクーフルは金色の瞳を強く揺らがせ両手で頭を抱えると、地面に向かって咆哮に近い絶叫を上げる。


「いつも……いつもいつもぉぉ!! 私の創り上げた劇場を破壊する迷惑者がどうしてこの世には数多く生を受けているんだ……! 私の、私だけの脚本をゴミへと変える悪党がこの世に生を受けているから無駄な殺傷が生まれるというのに、何故それがわからない!?」


 こちら側を悪党と定義するなど、クーフルの言っていることは支離滅裂だと思うかもしれない。

 だが同じ傲慢だと言う俺には、奴の思想を何となく理解出来てしまっていた。


 奴は決して、人殺しに快楽を見出しているわけじゃない。

 奴にとって人の命を奪う理由は俺により強固な絶望を与え、自身の創り上げた劇場の進行を思い通りに進めたいというだけに他ならない。


 だから先程もベルゼビュートに指示されたこととはいえカイルをわざわざ呪法で守った。

 放置すれば良いだけなのに、わざわざ奴は子供を自分の意志で守ったんだ。


 故にクーフルにとって自身の考える脚本の邪魔をするということは、脚本に描かれていない殺傷が起きてしまうということになり、そういうことをさせようとするこちら側を悪党と定義し糾弾しているのだろう。


 それは多分……俺が他者を悪党と定義しているものと本質的にはほとんど変わらないことなのだと思う。

 俺の抱く『平穏な日々』が非教徒にとっての『平穏な日々』ではなくて、非教徒が抱くものを成すために聖女であるセリシアを狙ったことを悪党と定義している俺は、視点を変えただけで幾らでも善悪が変わる思考だ。


 『正義』は個々によって大きく変わる。

 クーフルにとっての劇場の主役が奴自身であるように、奴にとっての悪党は自身の邪魔をするセルスたちなのだ。


「……なるほどね。状況は何となくわかった」


 流石にここまでの狂気を見せられれば、途中からの参戦であろうとこれまで何が起こっていたのかはある程度把握出来たのだろう。

 セルスはチラリとクーフルへと視線を向けると呆れたようにため息を吐いた。


「実際に見たことは無いけど、劇場とか舞台っていうのは本来観客を楽しませるためにあるもんなんじゃないのか? 見た感じオマエしか楽しんでないみたいだけど?」


「私の創り上げた劇場には絶望が不可欠なのでございます! それによって巻き起こる悲劇の歓声! それこそが私の望む劇場! 主役は私で敵役が彼! それ以外は有象無象の小道具だというのに、それをわからない愚か者共が我が物顔でいつも私の劇場を汚していくのですッ!」


「汚す、ね。自分の思い通りにしたいだけだろ?」


「貴方にはわからないでしょう。この私の崇高な思想は!」


「まあな。全然理解出来る気がしないよ。ていうかわかりたくもないしな。子供を手に掛けることを躊躇しないその人間性なんてさ」


「そうさせたのはそこのガキだろッッ!!」


「それでも……どんな理由があろうと、子供を手に掛けていい理由にはならねぇよ」


 言葉を交わし、互いの思考の違いを認識し合ったことで明確に敵という認識を得たセルスは先程までと違って鋭い目付きでクーフルを睨んでいる。

 それが更に奴の神経を逆撫でしたようで、肩を強く震わせながら激情に任せ《魔呪召現》を発動する。


「《魔呪召現【魂霊媒禍】》ッッ!!」


 それは俺に使用した岩柱弾で、顔と口だけの怪物から放たれた土魔法は進路上に存在する全ての人間を薙ぎ倒そうと超高速で迫っていた。


 一度受けたからわかる。

 呪法で守られているカイルにまで届くことは無いだろうが、それ以外の人間は只では済まない。


 結局クーフルの攻撃を一度消滅させられたからと言っても、結末は変わらない。

 どの道全員が死ぬという事実は……変わらないんだ。


「――大丈夫」


 でもそんな時、背中を見ている三人に向けたのであろうセルスの言葉が俺の耳にも不意に届いた。

 何を想ったかセルスは勢いよく地を蹴ると、そのまま迫る岩柱弾へと走り出していた。


 そして岩柱弾と――衝突する。

 そのまま岩柱弾によって押し飛ばされると思って、俺は虚ろな瞳のまま僅かに開いていた目をゆっくりと閉じようとした。


 ――だが。


「…………は?」


 その時、クーフルの二度目に渡る困惑の声が耳に届いた。

 ぼんやりとする視界を広げると、どうしてか大口を開けた顔だけの怪物は岩柱弾を詰まらせているかのように地味な前後運動を続けていて、その証拠に大口から伸びた岩柱弾は進む力を何かによって留めさせられているのが見える。


 どう、して……

 そう思いしっかりと目の焦点を合わせると。


 ――セルスは、生身の身体と両手だけで巨大な岩柱弾を受け止めていた。


 そんなの、有り得ない。

 初見だったら、きっと誰もがそう思う程に人間の限界を超えた状況だった。


 天使である俺でも無理なのだ。

 奴が魔族であろうとそれは変わらなくて、この短時間で相当不可解な力をセルスは俺達に示している。


 だがそれだけじゃない。

 セルスは自身の押さえ込んでいる岩柱弾を左腕だけに変えると、広げた右手を拳へと変えて腰を構えた。


 そして光り輝く拳が岩柱弾を――殴打する。

 瞬間、強烈な轟音と衝撃波と共に強固で巨大な岩柱弾は瞬く間に粉砕され、空に届く程の土煙が舞い散った。


「な、なんですかその力は……私の呪法を……【魂霊媒禍】を、一撃で……」


 流石のクーフルもこのあまりにも強大な力を前に驚愕で目を見開いている。

 先程まで俺と戦っていたからこそ、その対応の強引さとそれを実現させる程の力に強烈なギャップを感じてしまっているのだろう。


 今の攻撃すら通用しなかったという事実は、既にクーフルの持つ手数の大半が烏合の衆と化してしまったことを表していた。

 特に【魂霊媒禍】でない通常の呪法では、幾ら放った所で広範囲の衝撃波によって何の成果を得ることもなく散っていってしまうだろう。


「《ルミナ・フラグメント……――」


「――ッッ!?」


 だから、別の方法を考えなければならない。

 そう思ったであろう刹那、土煙が一瞬で晴れたかと思うと、既にクーフルの目の前には左手で右拳を支え構えるセルスが立っていた。


 右手首には星形の魔法陣が展開されているのが見えることから、もうマントによる瞬間移動は間に合わない。

 故にクーフルは目を見開き大量の黒泥を自身へと纏わせることで自身に受けるダメージを最小限に抑えようと試みるものの、ぱっちりと開かれているセルスの瞳は――蒼く、煌めき続けてる。


「――【剛拳ごうけん】》ッッ!!」


「ごお――ッッ!?」


 そして瞬間――眩い程の輝きと共に《ルミナ・フラグメント【剛拳】》がクーフルの顔面へと放たれた。

 強大な衝撃波によってクーフルの防御も虚しく勢いよく吹き飛ばされ、数多の木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいるのであろう轟音が中央広場に響き渡っていた。


 その衝撃波は高さ的に地面に突っ伏している俺ごと吹き飛ばすようなことは無かったが、それでもその強烈な風圧によって俺の髪は痛くなる程に揺れ動いてる。


 ……一撃だ。

 たった一撃で、俺がこれまで出来なかったことをこの魔族は全部成し遂げた。


 もちろんあれでクーフルが死んだとは到底思えない。

 安心するにはあまりにも早過ぎるということはわかってる。


「お~結構飛んだなぁ。ていうかオレも森壊しちゃった……次はちゃんと地面に向けて撃たないと駄目だなこりゃ」


 それはセルスも同じようで、ここまで強力な殴打を見せながらも未だに安堵することなく次の動きについて考えていた。


「……さて」


 だがそこでセルスは吹き飛ばれたクーフルを追うことなく切り替えるような言葉を告げると、先程までクーフルがいた場所に向け一歩を踏み出し。


「大丈夫か? 天友」


 自信のある笑みを真横で倒れ込んだままの俺に向け、そう問い掛けてきたんだ。

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