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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第15話(13) 『たたかえない』

 冗談にしてはあまりにもたちが悪い。

 だがそれでも、その視界に広がる光景はあまりにも真実味を帯び過ぎていた。


 だって……わかるんだ。

 何一つ見たことのある姿を見せなくても、目の前に生まれた怪物があの二人なんだって俺の魂がそう叫び続けて止まらないから。


「【魂霊媒禍】とは何か、教えて差し上げましょう」


 動くことも出来ず、顔を強張らせたままただ一点を見つめる俺を前に、クーフルは語り掛けるように口を開いた。


「魔呪召現は本来、呪法によって生成された泥を好きな形、好きな性質へと変貌させる拡張性に優れた術です。魔法という旧世代の術では到底到達することの出来ない高みへと私は立っているのですよ」


 クーフルは言葉を続ける。


「ですが旧世代と言えど、決して侮ることが出来ないのが魔法なのでございます。人類は魔法と共に発展してきた。たとえ個々で使用出来る魔法に大きな違いがあったとしても、魔法が使えるだけで人生において他者よりも上位に立つことが出来る。だからこそ私にはこの呪法に加えて……魔法が、必要だったのです」


 結論を言わず、あくまで自分のペースを崩さないクーフルに本来だったら苛立ちを感じているであろう俺も今は何も思えない。

 ただだらりと身体の力を抜き立ち尽くしながらクーフルの言葉を聞き続けていた。


「だがそれすらも、私の呪法は叶えてくれた! 魔法は肉体ではなく魂に宿る。魔呪召現を持つ者によって殺された者の魂を呪法で包み込むことで、呪法自体に魂を格納することが出来たのでございます!! 魂を素材に呪法を使用することで、その魂に刻まれた魔法を使える魔物を創り出す。それが私の力! それが【魂霊媒禍】!!」


「――――」


「強者の命を奪えば奪う程、私はより強くなれる。今は【原罪の悪魔】によって不要な殺しを制限されていますが……貴方を殺せば、その制限も無くなることでしょう」


 つまり奴が使ってきた魔法はクーフル自身のものではなく、呪法によって殺された人達の才能を無断で使うことで成したものだったということか。

 奴がその呪法とやらを手に入れてからまだそこまで時間は経っていないからこそまだ回避可能な物量でしか使えなかったのだろうが、他者を殺せば殺す程手数が増えるという能力は敵対してる側からしてみれば非常に厄介極まりないものだろう。


 ……だけどそれはおかしい。

 コイツの言ってることは、全部でたらめだ。


「嘘、吐くなよ……」


 だってそれなら、今この場にアルカさんとラックスさんがいることの証明にならないだろ。

 それこそ【原罪の悪魔】に思い出させられたんだ……子供の頃誰が、俺にとって大切な人達を殺してきたのかを。


「アルカさんもラックスさんも……殺したのは俺だ。俺、なんだ……お前なんかじゃない。俺がちゃんと、なるべく痛い思いをしないようにって、苦しまないようにって、そう思って……殺したんだっ」


 もう何年も前のことのはずなのに、ついこの間のことだと錯覚してしまう程今でも脳裏に過るだけで俺の両手が真っ赤に染まっているように見えてしまうのだ。


 忘れたい過去だけど、決して忘れちゃいけなかったものなんだってわかってる。

 俺は自分のしたことから目を背けちゃいけないんだって、記憶を取り戻してからずっとそう思って生きてきた。


 だから奴の言葉は全部嘘だ。

 嘘のはず、なのに……クーフルは小さく笑みを溢して見せると、俺を見下すわけでもなくただ現実を理解させるために丁寧に説明を始めている。


「ふふっ……そんなことはありませんよ。呪法とは【原罪の悪魔】の権能。私達は、あくまで契約により【原罪の悪魔】から力を譲渡されているだけに過ぎません。……聞きましたよ。貴方も、【原罪の悪魔】と契約を行ったと。恐らくこのタイミングでは貴方の持つ権能の結果が定まっていなかったのでしょう。当時の貴方の魂にも、呪法《魔呪召現》があったというだけのことです」


 ……それが本当であれば、確かにここに二人の魂があることも理解出来る範疇にある。

 結局悪魔の契約に関する具体的な詳細を俺はベルゼビュートによって知らされてはいないが、当時の俺のしてきたことがそのままベルゼビュートの権能にあてがわれるのであれば、それが巡り巡ってクーフルに継承されていても不思議じゃないだろう。


 だが……理解した所で、だ。


「魂には魔法だけでなく……記憶も、刻まれている」


『『メビ、ウス……メビウスゥゥゥゥ』』


「~~~~っっ」


 クーフルが生き返った理由がどうでもいいように、現実として俺の大切な人達が俺の前へと立っている事実は変わらない。

 そして俺はこの怪物を殺す手段を、何一つ持ってなどいなかった。


「私は貴方のことを知りません。なにせ貴方と出会ったのはこれで二回目なのですから、貴方という天使がどういう生き方をしてきたのかなど知る由もありません。ですがどうしてか、わかるのです。貴方が何なら許容出来て、何なら拒絶しようとするのかを。それはきっと、私が貴方と同じ【傲慢】な存在であるからだと思います」


 それは多分、俺が奴の思考をある程度読むことが出来るのと同じ理由なのかもしれない。

 もちろん実際には大きく異なっていることの方が多いだろうが、あるピンポイントの事柄に関してだけは互いに互いを理解出来ているという謎の自信があるのも事実だ。


「貴方はこれを殺せない。殺さない限り、貴方は私には……勝てないのだと」


 故にクーフルは理解している。

 何をしたら、俺が俺であるために行わなければならないことが出来なくなってしまうのかを。


「……《魔呪召現》!」


「――ッッ!!」


 そしてクーフルによる攻撃が再開した。

 咄嗟に『ウイングソール』を起動し空中へと回避するが、奴は追撃することなく不敵な笑みを浮かべたまま俺のことを見上げていた。


「ふふっ。飛んで良いのでしょうか」


『『ガハッ――!』』


「――っ!?」


 そのまま奴の手のひらから長い針のような物体を創り出すと、それを勢いよく〖傀儡〗の腹へと突き刺した。

 血に似た黒泥が勢いよく吹き出し、小さな悲鳴が俺の耳へと残酷に届く。


「やめろぉぉぉぉッ!!」


 その瞬間俺は回避を諦め急降下し、超高速でクーフルへと蹴りを放った。

 だがその蹴りは恐らく予測していたであろう二つの巨大な白い手によって阻まれ、単調な蹴りによって生じた隙に俺の足首を掴み勢いよく地面へと叩き付けられる。


「ほらっ! 守らなきゃあ!」


「ぐっ、うぅぅぅっ!!」


 白い手が地面に叩き付けられた俺をそのまま潰そうとしてくるがそれをなんとかバク転することで回避する。

 だが同時にクーフルから放たれた波状攻撃の標準が俺ではなく〖傀儡〗に向けられていることに気付き、咄嗟に全身で凝縮させていた魔力を放出することで現れた放電が脆い黒泥を全て破壊していった。


「ぐ、くっ……!」


 魔法とは呼べない、あまりにも粗末な迎撃方法だ。

 更に体内の魔力を抑えることなく一気に放出したことで俺の身体にも影響が出てしまっていて、雷による痺れが全身へと起こってしまっている。


 筋肉が痙攣し、ほんの少しの間だろうが身体の自由が利かなくなった。

 故にすぐにクーフルによる追撃が来るだろうと思い慌てて顔を上げるものの、奴はその場から動くことなく気味の悪い笑みを浮かべているだけだ。


「忘れていますか? それはあくまで! 私の傀儡でしかないことを!」


「――――がっ!?」


 ――そして瞬間、俺の横腹が突如棒状の何かによって叩かれ吹き飛ばされる。

 何処かの臓器がやられてしまったんじゃないかと錯覚する程の強烈な激痛は俺の顔を大きく歪め、身体中が悲鳴を上げているのがわかった。


 でもどうして背後から……!

 背後には何も――


『『――――』』


「うっ!」


 そう思って先程俺がいた所へ顔を向けると、そこには泥で作られた二本の棒を持つ〖傀儡〗がいて、クーフルが言ったようにあれは奴の操り人形でしかないことを思い出した。


 〖傀儡〗は二本の棒を正確に振るい確実に俺を仕留めようと距離を詰めて来る。

 その連撃をどうにか回避してはいるが、〖傀儡〗の動きが、思考が、俺の身体に沁みついていたものと同じであると思い知らされる度に俺の顔は何度も歪んだ。


 ……知っている。

 この戦い方を、俺は……知っているっ。


『『――――』』


「――ッッ!!」


 聖剣がここに無い以上、武器を持った熟練の相手を前に籠手もない拳でマトモな攻防を繰り広げるのは不可能だから、俺は隙を作らないよう少ない動きで振られる棒を回避した。


 発達した筋肉による豪快な剣術はまさしくラックスさんを想起させる。

 あの頃は何度も何度もラックスさんの放つブラフに引っ掛かって本命の一撃を貰ってしまっていたが、俺はもうあの頃みたいな何も出来ない子供じゃない。


 迷うな……! 大人になった今の俺なら、向こうの本命に合わせてカウンターを放つことが出来る……!

 ラックスさんは、死んだんだ……俺が、殺した。

 もうこの世にはいなくて、むしろこのままで居させることの方がラックスさんにとって望まない結果になるはずだ。


 ヨゾラの言っていた言葉の意味が今ならわかる。

 殺すことこそが、この〖傀儡〗を救済することになる。

 だから俺は事前に右手に雷の魔力を籠めて、的確にラックスさんの初撃を逃さないよう目を凝らした。


 そして――縦回転による本命の二刀斬りが俺の身体を捉えていた。


「――――ッッ!!」


 同時に一撃で葬り去るべく強く拳を握り締め、《ライトニング【撃鉄】》の詠唱をしようと口を開ける。


 遂に来た……!!

 その体勢じゃ、俺の反撃は避けられない!


 今度こそ俺が――救ってみせるッッ!!


『『――――』』


 ……だが刹那、〖傀儡〗の持っていた左の小太刀が――手から離れた。

 いや、離れたんじゃない。

 俺が回転斬りを避け横から叩くために踏み締めようとした足の接地面を塞ぐために、ピンポイントで小太刀を投げ刺したのだ。


「ぅっ――!?」


 この搦め手は、アルカさんの……!!


 既にモーションを取ってしまっていた俺はその接地面をズラそうと反射的に身をよじる。

 だがそれはまさしくアルカさんの術中に嵌まってしまっていて、〖傀儡〗による足払いが既に視界に迫っていた。


「しまっ――!」


 翼があったならこの状況下でも打開策は多くあっただろう。

 だがクーフルによって一度逃げれば必ず不幸が待ち受けていると擦り込まれてしまった俺は、足払いを回避するための『ウイングソール』を使うことを躊躇ってしまう。


 故になすすべなく両足が地から離れ、後頭部から地面へと激突した。

 〖傀儡〗はその隙を決して逃がすことなく俺を仕留めようと泥の棒を振り上げる。


「――ッッ!!」


 だが――腕を上げるよりも早く俺は両手で地面を押し込み、バネの要領で跳び上がった。

 そのまま決して離されないように両足で〖傀儡〗の首を挟み押さえ付けると、既に〖傀儡〗の視界には銃の形を作った両手を突きつけ殺意の光を瞳に宿した俺がいる。


 確かに翼は失った。

 だけど――翼を失った代わりに、この世界で手に入れたものもある……!!


 重ね、銃を模した指先には光雷球が凝縮されていて既に魔法の発動条件は満たしている。

 詠唱をする時間もあるから、確実に〖傀儡〗を葬り去ることが出来るだろうという確信があった。


 ……だが。


「く、ぅ……!」


 指先は震え……俺は未だに引き金を引けずにいた。

 ここまでの至近距離なら照準がズレることだって無いというのに、俺の脳裏には楽しかった平穏な過去がずっとフラッシュバックしてしまうのだ。


『『メビ、ウスゥゥ……』』


「ぅ、くっ……!」


 迷うな、迷うな、迷うな、迷うなッッ!!

 何のために銃口を向けてると思ってる!

 こんな怪物にとってはこんなもの脅しにすらならないことはわかっているはずだ!


 脅しで手を止めてくれないなら、殺すしかないんだよ!!

 だから俺は今、今生きてるみんなのためにもう一度大切な人を殺す必要があるんだ!!


 アルヴァロさんだって殺したんだよ!

 堕落してる俺なら、この二人だってまた殺すことが出来るはずだろ!?


 ……だけどそこで、思い出す。

 俺がどうして、アルヴァロさんを殺すことに決めたのかを。


 俺は、殺したんじゃない……【断罪】したんだ。

 悪党だったから、大切な人であろうと覚悟を決めて命を奪った。


 もう二度と、昔のような善人を殺すことが無いように。


 ならば……今目の前にいる大切な人は、果たして本当に【断罪】するべき悪党なのだろうか。


「――――」


 揺らぐ瞳と共に……銃口を、降ろしてしまった。

 泥にまみれたフルフェイスの兜二つをこの目で見ているだけなのにも関わらず、視界に上塗りするかのようにアルカさんとラックスさんの笑った顔が映し出される。


 ……撃てるわけ、ないだろ。

 もうあんな思いをするのは嫌だって、ベルゼビュートにそう……教え込まされたんだから。


「――がっ!?」


 だが……あれはもう、俺の知ってる二人じゃない。

 だから俺とは違って、俺を傷付けることに戸惑いなんて生まれない。


 左手で俺の頭を掴んだ〖傀儡〗は、そのまま俺を地面へと叩き付けていた。

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