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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第15話(12) 『みんなを守ると言うのなら』

 メビウスの悪魔の瞳による眼光を受けたことで戦場を半強制的に退避させられてしまったへレスティルらだったが、ある程度の死地を乗り越えたことのある者から順に徐々に平静を保ち始めていた。


「なんだ、今の……」


「闇の魔力……じゃ無いですよね」


「ああ……あれは闇より深い、常人では理解出来ない『何か』の感情だった」


 あれが何だったのかという明確な答えは出なかったが、大勢の足を眼光だけで止めさせたということは、他者の思考に干渉し恐怖を押し付けることが出来るという非常に高度な能力なのは間違いない。

 それを一人の少年が使えるとは到底思えないが、実際にその影響をその身で感じ取った者たちは平静を保つことは出来ても跳ねる鼓動を治めることは未だ出来ずにいた。


 魔法とは違う未知の力。

 それでも組織として最もしなければならないことを考えるべきだと思い直したへレスティルは、ルビアと共にいち早くこの状況に対する解を出そうと口を開いた。


「でも、どうしますか騎士団長。無理矢理にでも拘束しますか……?」


「……いや、理由はわからないがあの犯罪者はメビウスに固執している。あの状況に割り込んでメビウスを捕えれば、その隙を突いて彼が殺されてしまう可能性が出て来てしまうだろう。それに彼相手だと初手で拘束出来る確信は持てない。それはあの犯罪者に対しても同じだ」


「なら……」


「……癪だが彼が協力的でない以上、私達は住民たちや負傷した者の避難を優先させるしかない。彼らが闇魔法の効果を受けているのであればすぐにでも教会の結界による保護を受けるべきだ」


「でもあの人、動けてるのが不思議なくらいの怪我を負ってますよ。どちらにせよこのままだと、そう遠くないうちに限界が来てしまうと思います」


「そうだな。この状況もあそこに割り込めることが出来る奴がいればすぐに変われるというのに……まだセルスは来ないのかっ」


「……来たら叱ってください。私は見てるだけにしてるので」


「当たり前だ」


 こういう事態が起きた時の対処法は聖神騎士団の中で幾つもあったが、そのほとんどを本来いるべきでないメビウス・デルラルトの存在によって白紙へと戻されている。

 もちろんその対処法が実際に有効となるかは定かではないが、それでもその内の一つである『セルス』と呼ばれる存在の介入があれば必ずこの状況を打開出来るという確信があったのは事実だ。


 故にその『セルス』が未だにこの場にいない事実を受け、思わずへレスティルは顔を顰める。

 結局ボロボロな姿を晒すメビウスがたった一人で相当な功績を上げている以上、へレスティルたちも彼の傲慢な態度を受け入れざるを得なかった。


「全隊員に告ぐ! 直ちに戦闘態勢を解除し住民たちの救出に向かえ! いつ我らに犯罪者の矛先が向けられるかはわからない! 警戒は決して怠るな!」


 だからへレスティルはこの場にいる全部隊に指示を出し、意識を失っている住民たちのもとへ向かわせる。


 命に観点を向けるのであれば、意識を囚われているだけの住民たちよりも負傷している騎士たちを先に教会に向かわせるべきだ。

 だが騎士としての仕事にどうしても意識が向けられてしまうへレスティルには、守るべき住民たちを無視して仲間を最初に教会に連れて行くという決断はどうしても出来なかった。


「騎士団長! あれ!」


「――っ!」


 故にせめて少しでも早く住民たちを避難させ、一人でも多く仲間を救おうと動くへレスティル。

 だがそんな時、傍にいたルビアが声を上げ指を指したことでへレスティルの意識はそちらへと向けられた。


 ――ルビアの指の先には、赤髪の子供がドーム状の怪物によって囚われていた。


 ……カイルだ。

 カイルはしゃがみ込み、両耳を手で塞ぎながら蹲ってしまってる。


「聖女様の言っていた聖徒か……! だがこれは……」


「君大丈夫!? 何処か怪我してない!?」


 近付き、急いで回収したい所ではあるが、如何せんカイルを覆う怪物がそれをさせてくれそうにない。

 ゆらゆらと小さな手を無数に伸ばし、威嚇するようにへレスティルたちの少し手前で停滞している。


 これは明らかにあの犯罪者の能力のはずだ。

 なのに子供を傷付けずむしろ守っているような状況にへレスティルは思わず困惑するが、犯罪者の思考など正常な人間では到底理解出来るものではないとすぐに一蹴することにした。


 どちらにせよ聖徒であるこの子はこの場において一番に保護するべき存在だ。

 守るといっても耐久力の低い怪物を斬り捨てることなど造作もないことだろう。

 そう思い、へレスティルはカイルを覆う怪物を斬り払おうと剣を振るう。


 ――だが。


「――ッ!?」


 斬るという行為は無数の手が剣を掴むことでいとも容易く静止させられ、その強大な握力を前にへレスティルは剣を動かすことも出来ずに立ち尽くすことを強いられてしまっていた。

 押そうとも引こうともビクともしないためへレスティルは反撃を見越してすぐに剣を離し距離を取るが、その怪物はそれ以降何もすることなく剣を手放しただけだ。


「なんだ、コイツ……!?」


 油断を誘うための罠かと、少しだけ考える。

 だが警戒しながら剣を拾うことすら怪物は許してくれていて、あくまでカイルを守護するという目的だけで行動しているのだと察するまでに至った。

 攻撃ではなく守ることだけに特化させたからこそこれほどまでの防御力を有しているのかもしれない。


 そのおかげでこの戦場でも無力な子供が無傷で生き残ることが出来たのだと思えば非常に有力なものではあるものの、それでその戦場から離脱させることが出来なくなっているのなら本末転倒だ。


 現状出来ることと言えば最早カイルを安心させられるよう声を掛けることぐらいしか無くて、ルビアは膝を折りなるべくカイルと目線を合わせるよう意識して声を掛ける。


「もう大丈夫だよ。騎士団も大勢来たし、君のことも私達が絶対に守るから。すぐに聖女様の所に帰れるようにするからね」


「う、うぅ……!!」


「……っ?」


 柔らかな声でカイルの安堵を誘うが、カイルはルビアには全く視線を向けることなく蹲ったままだった。

 困惑しつつもルビアは顔を傾け、カイルの表情を見ようと試みる。


「人が、いっぱい……人が……!」


「……!」


 ……カイルは瞳を大きく揺らし、完全に怯え切っていた。


 当然だ。

 状況としてはメビウスが襲撃してきた怪物たちを殺戮した時と同じだが、それと唯一違う所は、見た目ではなく本当の人が死んだという所。


 知り合いとか知り合いじゃないとかは関係ない。

 今まで非教徒という怖い存在はいたものの、そんなものを優に超える本物の悪意を前にカイルは現実逃避がしたくて堪らなかったはずだ。


 それでも、見せられた。

 それに加え、それを必死に止めようとしていた兄と慕う少年の傷付く姿も、絶叫も、暴力でさえも見ていたのだ。


 これによってカイルの成長に、人格にどれだけの影響が出るかを考えた時、ルビアは今かけるべき言葉が見つからず思わず眉を潜め息を呑んでしまった。


「……」


 それはへレスティルも同じだ。

 騎士団長という虚勢があるからこそ平静を保つよう努められてはいるが、その実自身でも相当な感情が湧き上がってしまうのに、この光景を子供が見てしまったという状況に対しかける言葉が見つからない。


 ……優しくするべきだと思う。

 だがそれは大人にとって都合の良い綺麗事の押し付けにしかならないことをへレスティルは理解していた。


 故にへレスティルは一度目を瞑り覚悟を決めると、鋭い目付きでカイルを射抜いた。


「……人の命は簡単に消える。強大な悪意によって、無残な死を遂げることもあるだろう」


「――ひっ!」


「――っ!? 騎士団長っ!」


「彼はもう二度と忘れることなど出来ない光景を見てしまった。大人である私達に出来ることは、適切なケアを行うか無理矢理にでも立たせるかだけだ。だが……この状況でケアなど出来るはずもないだろう」


「それは……でもっ」


 まだ完全に住民たちの避難が終わっていない以上、今後も死体の山が増える可能性は充分にある。

 そんな死臭漂う戦場で子供に適切なケアを行うことは不可能だ。


 だがだからといって、何も言わずに寄り添うことも子供にとっては酷なこと。

 寝て起きて、それを繰り返して……そうして必ず何処かで殺しについて考えてしまう。

 それが良い意味でのものか悪い意味でのものであるかは本人の性格次第ではあるが、悪い意味であった場合の思考が芽生えてしまえばカイルの未来はきっとどんどん闇へと堕ちていってしまうだろう。


 流石に聖徒として過ごすカイルが恐怖で引き籠ることを【帝国】は許しはしない。

 どの道カイルには切り替えるという道しか残されていないのだ。


 ならばその為にも、出来る出来ないに関係なく強引にでもこの現実を今受け入れさせるべきだとへレスティルは考えた。

 ルビアも感情論を抜きにすればへレスティルの行動は間違いではないとわかっているから、反射的に否定してしまったもののその後の咎めの言葉が続くことは無い。


「少年。人が死んだ光景を見て君が怖いと思っているのは自分も死んでしまう姿を想像してしまっているからだ。それと……混乱か。どうして犯罪者はこんなことをするのかという理解出来ない感情に君自身戸惑っているからこそそれが恐怖へと変わっているんだろう。だが犯罪者の思考など理解出来なくていい。君のことも私達が必ず守る。三番街にまた犯罪者が来るのではないかという不安も、もうしばらく経てば解決する糸口が見えている。だから、難しいかもしれないが君は何も考えず安心してくれていいんだ」


「違う……ちがうよっ……」


「……確かに君をここから出すことが出来ない以上、根本的な解決にはなっていないかもしれない。だが住民たちの避難が完了次第総力を挙げて君の周りを覆うものを破壊するつもりだ。だから――」


「違うっ! 俺のことはどうでもいいんだよ! でも……シロ兄は? そんなこと言うなら、シロ兄はどうして助けてくれないの?」


「……!」


 少しでも思い悩まないようにとへレスティルなりに一つ一つ問題を解決させるための行動を言葉で示したが、カイルから返ってきた言葉は彼女の想像からは大きく異なったものだった。


 人が殺される。

 犯罪者によって、当たり前のように生きてきた光景に死の香りが漂ってくる。

 自分も、殺されてしまうかもしれない。


 ……だが自分が殺されるかもしれないということは、それよりも早く自分を守ろうと、助けようとしてくれている兄と呼ぶ少年が既に殺されてしまっていることを意味していた。


 だから最初に助けるべきなのは、閉じ籠ってる者じゃないのだ。


「騎士団なんでしょ!? みんなを、避難させるって……なら早くシロ兄も助けてよ! 俺はただ、シロ兄と一緒に居たいだけなのに……なのにシロ兄だって今、死んじゃうかもしれないんだよ!?」


 事実、へレスティルの言い分にはメビウス・デルラルトという少年の存在は一切入っていなかった。

 仮に入っているのなら、こうして話をする依然に今犯罪者と戦っているたった一人の少年を助けに行かなければならないはずだ。


 カイルを含め平穏な日々を生きる人達にとって、犯罪者を捕らえ治安と秩序を守るために存在するのが『聖神騎士団』だというのは周知の事実。


 犯罪者がいる。

 被害が出る。

 騎士団が捕らえる。

 法によって悪党を裁く。


 その一連の流れを必ず行う安心があるからこそ、誰もが騎士団の指示を聞き心に安泰を注ぐことが出来るのだ。


 だがカイルは教会を含め、三番街に住む全ての人間の中で唯一メビウス・デルラルトという兄がどれだけの苦労と苦難をもってこの街を守り続けてくれていたのかを知ってしまった。

 これまでの全てを見てきたカイルにとって、どちらの『守る』という言葉がより安心出来るものなのかと考えた時に出る答えは、思考する必要すらない程に簡単なものだ。

 故に既にカイルの中で、聖神騎士団に向ける感情は『安心』から『敵意』へと変わってしまっている。


「騎士団がそんなだからシロ兄があんなに辛い顔をしなくちゃいけなかったんじゃん! シロ兄はただ、みんなが笑顔でいられるようにって、一緒に過ごしたいって、それだけなのに……」


「……っ。確かに君の言う通り、この状況は我ら聖神騎士団の失態だ。君の怒りも最もだろう。だが無論、全員の避難が終わり次第すぐに彼も回収する。彼に命を賭けさせるつもりなど毛頭ないよ」


「なんで最後なの……!? 今助けてあげてよ!」


「……そうだな」


 子供相手に「その本人がそれを拒否したから」などという言い訳をする程大人として落ちぶれてはいないつもりだ。

 だが事実を言うことが出来ない以上、カイルに告げることが出来る説得の言葉をへレスティルは持ってはいなかった。


 今助けるべきだ。

 それはわかっている。


 だが大量に現れた怪物をたった一人で、尚且つ誰一人傷付けることなく迅速に蹂躙したのが今戦っている少年だ。

 そんな少年がこれほどまでに苦戦している相手と自身を含めた聖神騎士団が入れ替わった所で彼以上に適切に制圧することは恐らく出来ない。

 

 入れ替わった結果犯罪者によって更なる犠牲者が生まれてしまうことになった場合、それを彼は決して良しとはしないだろう。

 結局は無駄な死体を増やした状態で、無理矢理戦線に復帰するであろう彼とまた入れ替わることになる。


 つまり現時点で、助けるという概念自体が無いのだ。

 子供一人に安心させるための言葉すら告げられない事実に、へレスティルは自身の無力を感じて歯噛みした。


「やっぱり騎士団は何もしてくれないんだ……」


 そんな様子を見て、カイルは落胆したように重い息を吐き出している。


「なら……なら、もう捕らえるなんて考えなければ良いじゃん」


「――っ!」


 揺らぐ瞳には、自分でも正解がわからないであろう混乱した感情が混じり合っているように見えた。


 この短時間で受けた精神的負担が恐怖を憎悪に……本来教会で過ごしてきたカイルが持つことなど無かったはずの負の感情へと変え、瞳孔を開きカチカチと歯を鳴らしながらも震えた声で言葉を紡ぐ。


 その揺れる瞳をへレスティルは直近で見たことがあったから反射的に眉を潜めた。


「だってあいつ、みんなを殺したんだ。何の罪も無い……みんなを。あいつには罪があるでしょ? 捕まえることに意識を割かなければ、騎士団だってシロ兄を助けられるでしょ? それぐらい……出来るでしょ!? 犯罪者だけが生きてるなんて、そんなの理不尽じゃんかっ!」


「その考えは駄目だ少年……!」


「そうだよ……シロ兄やみんなを虐める悪党なんて、殺しちゃえばいいんだッッ!!」


「少年ッッ!!」


「ひうっ……!?」


 一度固まった個性はそう簡単には変わらない。

 だがそれは大人ならの話だ。

 子供だけは環境によっていとも容易く個性が変わってしまうから、へレスティルは怒声に近い声質でカイルの言葉の上書きをする。


「自分の感情を偽るな……偽り続けてしまえば、いつかそれが本心へと変わることになる」


「だって……だって……!」


 本当はカイルだってそんなこと思ってなどいないのだ。

 人の命は大切で、それはたくさん人を殺してきた犯罪者であっても平等に神の裁きと祝福を受ける権利があると思ってる。


 だが理解していてもこの感情の矛先を見つけることが出来なかったから、だから正当性さえ無くしてしまえばだれでも真っ先に思い付く感情にその身を任せてしまっただけだ。


 それは、堕落の感情。

 自分の心を早く楽にしたいがために抱く、誰しもの心にある弱さの象徴。


 それをカイルが今この場で、顔を覗かせてしまっただけのことだ。


 だがそこで、子供にとって理不尽と思える叱咤を受け下を向くカイルに目を合わせようとする一人の少女がいた。

 カイルの瞳に映るルビアはあくまで安心させるように柔らかな表情を向けながらも、言葉だけは真剣にカイルの感情に向けられていた。


「君、名前は?」


「カイル……」


「カイル君。そう思っちゃうのは仕方のないことだと思う。でもね、君の年齢でそれを決め付けちゃうのは私達としては勿体ないなって思うの。カイル君はこれからたくさん楽しい日々を送るのに、そんな考えに囚われてしまったら楽しめるものも楽しめなくなっちゃうから。カイル君の抱く感情を持ったまま大人になってしまった人は……きっと、ちゃんと笑えなくなっちゃってると思うよ」


「じゃあ早くっ、捕まえてよ……!」


「うん……わかってる」


 結局、どれだけ言っても行き着く先はそこになる。

 聖神騎士団という立場とそれに準ずる退魔騎士の肩書を持つ自身の無力さを痛感したルビアだが、カイルの目尻から零れ落ちる涙を見てゆっくりと一度目を瞑った。


 無力さを痛感する。

 だが、だからといって無力のままで居ていい理由にはならない。


「……」


 少なくとも子供の流す涙を見てただ呆然と立ち尽くすだけの人間になるなど、ルビアはまっぴらごめんだった。


「騎士団長。私、行きます」


「――っ!?」


 だから立ち上がり、覚悟を決めた表情でへレスティルへとそう告げる。

 その言葉を受けへレスティルは目を見開きつつも、自身すらも諭すかのように騎士としての言葉を紡いだ。


「……駄目だ。打開策は既にある。お前もそれはわかっているはずだ」


「……私は子供一人慰めることも安心させることも出来ない女にはなりたくありません。たとえそれで万が一死ぬことになったとしても、誇れる死であるはずです」


「お前も私を困らせるな……それにそれこそ、彼の怒声が正しいことを証明することになる。お前を死なせるわけにはいかないんだ。お前はやるべきことがあるから、退魔騎士になることを選んだんじゃないのかっ」


「……困らせてしまってすみません。でもだからこそ、そのやるべきことを成すために今の自分を恥だと思うようなことをしたくないんです。それは騎士団長だって同じはずです。死ぬつもりだって毛頭ありませんよ」


「今私達が行ってどうなる。彼にとっての邪魔者になり判断を鈍らせる結果になるだけだ。……私は公私を分け、情に流されず最善の行動を取るよう常に心掛けている。言葉が彼に届かない以上、むしろ彼を窮地に陥らせる程私の判断は揺らいでいないつもりだ」


「はい……騎士団長の判断は正しいものです。ですから私は、退魔騎士としての肩書を捨てます」


「ルビアッ!」


「人一人助けることも出来ないなら、騎士なんて肩書に意味なんて無いじゃないですか」


「――っ」


 幾ら覚悟があるとしても【帝国】に今後も所属する必要がルビアにある以上、メビウスのようにへレスティルの返答を無視するわけにはいかない。

 メビウスがあまりにも傍若無人に振舞っているため結果的にそれが正しいことだと思ってしまいそうになるが、組織である以上……いや、秩序が保たれた社会で生きている以上権力を持つ人間に判断を委ねなければならないのは当然のことだ。


 だが時には自身に責任を課してでも行動しなければならないことだってある。

 だから意を決して戦場へと進もうと一歩を踏み出したルビアの腕を、苦悩に満ちた表情のままへレスティルが掴み止めた。


 へレスティルは知っている。

 その公私を混合させた理屈の無い行動が、どういう結果をもたらすのかを。


「駄目だっ! その軽はずみな判断のせいで、より多くの死者が出ることに――!」


「――シロ兄」


 だから強くルビアの言葉を否定しようとしたへレスティルの意識は、カイルの小さく呟いた言葉によって上塗りされる。


「「――ッ!」」


 名前を呼んだことでへレスティルとルビアが戦場へと視線を向けると、そこには地に膝を付きながら震えた身体で犯罪者を見上げているメビウスがいて、もうじき戦いが終点に行き着くことを遠目ながらも示していた。


 どちらが勝者でどちらが敗者かなど、過程を見なくてもわかってしまう。


「こんどは……」


 ……ボロボロの身体の兄の姿を、これまで何度もカイルは見てきた。

 今まではどうしてそうなっていたのかわからなかったけど、今のカイルにはその頼りになる背中にどれだけの重責が伸し掛かっていたのかが痛いくらいにわかってしまう。


 誰も、その重責を分けて持とうとはしなかった。

 その重責を分けるに値する人が、きっと誰一人としていなかったんだ。


 教会で過ごしていた時、偶々聞こえたことがある。

 『神サマは、何もしてはくれない』んだって、兄と呼ぶ少年は言っていた。


 聖神騎士団は何もしてはくれない。

 神様も、こんなに辛いシロ兄に救いの手を差し伸べてくれてない。


 ――なら。

 ――ならば。


「今度は、おれが……」


 故に無意識のうちにカイルはゆっくりと……立ち上がっていた。

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